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第15話 香月

 その瞬間、ビクッとカヅキの体が震えて、あからさまに表情がこわばった。

 あ、しまった――とそのときになって思い出す。そういえば、この前も……二の腕の筋肉にケチつけて怒らせたばかりだった。肉がついてきたの、カヅキは気にしてるんだっけ。

 みるみる顔を赤くして、気まずそうに俯いてしまったカヅキに、俺は慌てて「ごめん!」と謝った。


「いや……気にすることないぞ。全然、目立たねぇし。いい胸板だと俺は思う!」


 ぶっと、その瞬間、カヅキの隣で噴き出す声がした。


「やば! まじ腹痛い!」

「ごめん、私ももう我慢できない……!」


 堰を切ったように、バンバンとテーブルを叩いて、ナノと呼ばれていた一際キラキラオーラを放つゆるふわヘアーの子は大笑い。もう一人のマイという子も苦しそうな声を漏らしながら、顔を伏せてぷるぷる震えているのが視界の端で見えた。

 え、なに……? なんで、いきなり爆笑の渦?


「陸太くん、陸太くん」ひとしきり笑ってから、ナノさんが落ち着いた声で話しかけてきた。「香月かづき()()ね、Aカップっていうなかなかマニアックな大胸筋なのよ」


 は……? エーカップ? なんだっけ、それ。シックスパック……は、腹筋か。

 ぽかんとする俺の視線の先で、カヅキはばっと顔を上げ、血相変えてナノさんのほうに振り返った。


「菜乃! いきなり、そんなこと陸太に……」

「あのねぇ、あんたは過保護すぎ」急に鋭い声色になって、ナノさんはぴしゃりと言った。「いつまで続ける気? もう高二よ。とっくに潮時でしょ。これ以上はさすがに陸太くんがかわいそうだわ。私たちは付き合う気ないから」


 過保護? 潮時? 俺がかわいそう……て、なに? 大胸筋の話じゃないの?

 話が全く見えずに困惑する俺と違い、カヅキはぐっと堪えるように表情を険しくして、ナノさんのほうを見つめていた。どんなにしつこく逆ナンされようと、爽やか笑顔でいつも紳士的にかわしていたのに。女子にムキになるカヅキは初めて見る。まるで、別人みたいな……そんな気さえして、胸騒ぎを覚えた。


「おい、カヅキ……」とたまらず、言いかけたそのとき、


「笠原、てめぇ!」突然、がん、と頭に衝撃が走った。「お前、やっぱ騙してたな!? 何が『女の子が苦手』だよ!」


 何事かと振り返れば、遊佐が拳を震わせながら憤怒の表情でそこに佇んでいた。ああ、そういえば、遊佐もいたんだ。忘れてた。


「なんだよ、いきなり……?」と殴られた頭をさすりながら、俺は遊佐を睨みつけた。「騙してたって、なんのこと……」

「カズキって……いつも話してた親友の『カズキ』だよな!?」

「ああ……そっか、お前は初対面か」俺は思い出したようにハッとして、「そうそう、そこに座ってるのが櫻カヅキ。俺の幼馴染で……」

「そうそう、じゃねぇよ!」黙っていれば賢そうなその顔を惜しみなく悔しげに歪め、遊佐はびしっとカヅキを指差した。「何がイケメンだよ。――超絶()()()じゃねぇか!」

「は……?」


 美少女? カヅキが?


「いやいや」と失笑が溢れた。「お前、どんだけ女に飢えてんだよ。幻覚見えてんぞ。ちゃんとよく見ろよ。どこからどう見ても、カヅキは……」


 言いながら、遊佐に視線で促すように俺もカヅキを見やり――俺ははたりと言葉を切った。

 窓から燦々と注ぎ込む柔らかな春の光の中、そこに浮かび上がっていたのは、頼りないほどに華奢でか細いシルエットだった。

 長い睫毛の陰で俺を見つめる、心もとなく揺れる潤んだ瞳。ほんのりと頰を赤らめ、何かに耐えるようにきゅっと閉じた瑞々しい唇。見ているだけでぞくりと何かが胸の奥でざわめくような、そんな憂いに満ちた表情を浮かべ、ふいに視線を逸らすその姿に――あれ……と俺は固まった。

 そこには、俺の知ってる凛々しく頼れる親友の姿はなくて、あったのは――恥じらう……美少女!?

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