第14話 違和感
んなわけない――と思いつつも、こんなイケメンを見間違えるわけがない、とも思う。そもそも、「陸太」て俺の名前を呼んだし。
マジで……カヅキか。
よかった――とほっと安堵のため息が漏れていた。
鎖のように巻き付いていた緊張が一気に解け、こわばっていた体中の筋肉がほぐれていくようだった。
情けねぇな、ほんと。カヅキに甘えてちゃだめだ、て決意したばかりで……やっぱ、カヅキがいると安心してしまう。顔見ただけで無条件に、もう大丈夫だ、と思ってしまう。これで、この合コンもなんとか乗り切れそうだ、なんて甘えたことを考えてしまっている自分がいるんだ。
「びびった……」緊張が解けた反動もあるのだろう、はは、と力ない笑みが溢れていた。「土曜の約束って、お前もこれだったのかよ。偶然、同じ合コンで出くわすなんてすごくね?」
ぽかんとしている遊佐を押しのけるようにして前に出て、カヅキの向かいの席にどっかりと座った。
「いやー……なんか気が抜けたっつーか……まじでよかった〜」まるで我が家に帰ったような……て言ったら、大げさか。でも、それくらいの安堵感があって、俺はへにゃりと背を丸めて机に突っ伏した。「やっぱ、お前がいると安心するわ」
しかし――カヅキからの返答はなく。倉田くんも遊佐も黙りこくって、席に着く気配さえない。
妙な雰囲気が漂っていることに、ややあってから気づいた。
あれ……とおそるおそる顔を上げると、目の前にはメニュー表が。いや、まるで顔を隠すようにメニュー表を掲げているカヅキがいた。
何してんの……? てか、無視かよ?
「おい、カヅキ……?」
声をかけようとした俺の声を、「あのさー」と間延びした声が遮った。
「もしかしなくても……だけど。笠原陸太くんだよね」
ぞわっと条件反射のように背筋に悪寒が走る。
その甘えるような声はカヅキの隣からした。視界の端で、ふわふわとウェーブがかった髪の女の子が頬杖ついて俺をじいっと見ているのが分かった。――いや、その子だけじゃない。カヅキを挟んで反対側に座っているお団子頭の子も、こっちを見ているような……。
やば。カヅキと出くわした驚きで緊張感が吹き飛んで、すっかり忘れていた。そういえば、カヅキの両脇をがっちりとキラキラ陽キャ全開の二人が固めているんだった。そりゃ、こんなイケメンが来たら女の子は放っとかないよな。まず両脇に陣取るよね。そんな激戦区に、眼鏡と身一つ、なんの武装もなしにうっかり踏み込んでしまっていた。
意識してしまったら、もう終わりだ。身体中が熱くなって、顔がみるみるうちに赤らんでいくのが分かる。たまらず身を縮こまらせ、俺は俯いた。
「あれ……今のでもうダメなんだ?」
「ちょっと、菜乃!」と、もう一人のお団子頭の子だろう、甲高い声が割り込んできた。「グイグイ行きすぎ。怖がらせちゃってんじゃん」
「だってさー、興味あるんだもん。舞衣だって、気になってるくせに」
「そうだけど……でも、いきなり、菜乃のテンションはかわいそうだよ」
「どういう意味よ、それ?」
やめてくれー! 俺を巡って争わないで!
俺なんて掘り起こそうが耕そうが、何も得られない不毛な土地みたいなもんだから。争う価値ないから。もう無視でいいんで。俺のことはスルーでいいんで。だから、頼むから……きゃっきゃきゃっきゃと俺の話をするのは――。
「陸太」
ふと、鼓膜に滲み入るような澄んだ声がした。
その途端、さっきまで耳鳴りみたいに響いていた彼女たちの声が遠のいて、ぐるぐると目眩を覚えるほどに混乱していた思考がぴたりと止まった。
「大丈夫」とまるで、呪文みたいなその声に誘われるようにゆっくり顔を上げると、「俺だけ見てればいいから」
テーブルに身を乗り出して、カヅキが微笑を浮かべて俺の顔を覗き込んでいた。
その慈愛に満ちた眼差しを向けられただけで、ふっと肩の力が抜ける。
こんな状況に在るからなのだろうか。心なしか、今日のカヅキはいつも以上に優しく見えた。いつもよりぱっちりと大きく、輝きを増したように思える瞳。いつもよりどことなく凛々しさの無い、ほっそりとした眉。いつもより色みのある、潤沢な桃色の唇。そして――キラリと光る胸元のハートのネックレスに誘われるように視線を下げれば、カヅキらしからぬタイトなニットトップスに浮かぶ膨らみが。気のせい……にも思えなくもないが。なんだろう、妙な違和感がある。
俺は眉を顰めて、その僅かに膨らむ胸元を見つめがら、
「カヅキ……」とつぶやくように訊ねた。「お前、なんだよ、そのだらしない大胸筋は?」