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第13話 合コン、行きます!

 新学期始まって最初の週末。空は気持ちよく晴れ渡り、ぽかぽかと暖かな春の陽気が満ちる中、肌を撫でるような心地よい風が通り過ぎて行く。そんな眠気を誘う昼下がり。遊佐に半ば強引に引きづられるようにしてたどり着いたのは、二駅隣の街にあるファミレスだった。

 扉をくぐれば、食欲をそそる芳ばしい香りとともに、賑やかな喧騒がどっと押し寄せてくる。家族づれやら、暇を持て余した若者たちやら……わいわいと騒がしい店内に、ひときわ響く――女性の笑い声。野生の本能とでも言えばいいのか。ぞわっと全身の毛が逆立つのを感じた。


「ここは……」と俺は思わず一歩後退っていた。「魔窟だ」

「ファミレスだよ!」

「やっぱ、無理! 俺の全神経が逃げろと告げている!」

「お前の神経なんか知るか!」


 踵を返して逃げ出そうとした俺の腕をガシッと掴むと、遊佐は目を吊り上げ、まるで鬼のような形相で睨みつけてきた。


「ただでさえ、お前がグダグダして電車乗り遅れて遅刻してんだよ。ここまできたら観念しろ!」

「いや……しかしだな……この先には女子が三人も待ち構えてるんだぞ」

「《《待ち合わせ》》してるからな!?」


 狂気すら感じさせる引きつり笑みでがなり立て、遊佐は俺の腕をもぎりとらん勢いで引っ張り、店内を突き進み始めた。


「こちとらな……お前に言われた通り、セナちゃんに話しかけるのもずっと我慢してんだからな!? クラスの奴が、どんなに『セナちゃん、妖精すぎる』って写真見せてこようと、一年の教室行くのも我慢してんだよ。この合コン、うまくいかなかったら、迷わず、俺は一年六組に行くからな! 『うちのクラスの笠原ってやつが、セナちゃんと同じスケート場で練習してたらしいんだけど、知ってるー?』て自然な会話でお近づきになってやるからな」  


 やめてー! と想像しただけで、絶叫しそうになった。

 『妖精』は……『同じスケート場で練習していたホッケー少年』のことは覚えてはいないだろうが、『保健室のベッドで、ゲームのカノジョにデレデレしていた変態』のことは間違いなく覚えているだろう。

 遊佐から俺の写真を見せられて、『あ、知ってます、この人!』と嫌悪感に満ちたひきつり笑みを浮かべる『妖精』の姿が想像できてしまう。いや……あの『妖精』のことだ。表立ってそんな顔は見せないか。遊佐には『知りません』とニコリと微笑んどいて、遊佐が去ったあとに、『あの写真の人ね……』とクラスの友達に言いふらすんだ。

 そう言う奴だって、あの日、俺は知ったんだ。知ったから――だからこそ、《《こんなざま》》で合コンに挑むはめになってるんだ。


「よお、遊佐。こっち!」


 遊佐に引っ張られるまま、店の一番奥まで来た時だった。そんな声がして、遊佐がぴたりと足を止めた。

 ハッとして見やれば、窓際の角のテーブルで、立ち上がってこちらに軽く手を振る奴がいた。さっぱりとした短髪に、少し焼けた肌。ポロシャツの上からでも分かる引き締まったいい体つき。野球部……だろうか。


「中学んときの同級生。倉田な」手を振って倉田という彼に応えると、遊佐は俺の腕から手を離し、テーブルの方へと歩き出した。「お前のキャラ設定のことももう話してあるからさ。思う存分、黙って座ってろよ」

「なんだ、キャラ設定って」


 遊佐め。相変わらず、信じてねぇ。俺の女性恐怖症これを、まんじゅう怖いの類か何かだと思ってんな。

 おのれ……と思いつつも、それ以上、反論の声が出てこなかった。遊佐の軽口に付き合ってる余裕なんてもうなかった。テーブルが近づいてくるにつれ、徐々に喉が締められていくようだった。一歩進むごとに恐怖と緊張がまとわりついてくるかのように足が重くなっていく。ひいひいとファミレスで一人登山でもしてるような息苦しさの中、俺は必死に足を動かし、遊佐の陰に隠れるように身を縮めながらも進んだ。

 そして――、


「どうも、すみません! お待たせしちゃって」


 遊佐が再び足を止め、媚びを売るようなやけに明るい声でそう言った。「遅いよー」とからかうような女子の声がして、「座って座って」とまた別の女子の声が続く。

 すでにわっと湧くテーブルの雰囲気に、もう目眩が……。


「倉田と同じ中学だった遊佐(あきら)です。で、こっちが……同じ高校の――」


 盾がわりにしていた遊佐がひょいっと横にずれ、ぱあっと目の前が明るくなった。って、おい。まだ、心の準備が……! ぎょっとして顔を上げた、そのときだった。


「陸太!?」


 遊佐が言うより早く、取り乱したような裏返った声が俺の名を呼んだ。

 あれ、なんで――と、俺は反応もできずに、ぽかんとしてしまった。

 遊佐の陰がなくなり拓けた視界に、見慣れた顔があったのだ。テーブルの向こう側で、ソファーの席に座る女子二人。そんな彼女たちがあっけにとられた様子で真ん中に座るそいつを見ていた。『王子様』というにふさわしい整った顔立ちを見たことないほど険しくさせて、俺を見上げるそいつを……。

 俺は何度も瞬きしてからそいつをまじまじと見据え、


「カヅキ……?」


 寝ぼけたような惚けた声でそう呟いていた。

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