波乱続きの初登校
まだ少し冷たい風が吹き、桜舞い散る通学路。鶴田サトシは手足を上手くスススーっと動かし滑るように走っていた。
離れた所に一時停止するスーパースポーツ系のバイク、それに跨る全身ブラックのライダースーツにフルフェイスヘルメットの女。彼女はこっそりとサトシの後をつけていた。
「まああああああああーー!!うほうほうほうほー!」
今日が初めての登校日と言う事もあってご機嫌にくるりくるりとスピンしながら移動するサトシ。その時だ!
「きゃっつ!」
角からいきなり、籠付きのママチャリに乗った黒髪の、マスクをした女子高生が飛び出してきた。
サトシはとっさに避けたがバランスを崩して電信柱に顔から激突し地面に倒れ、女子高生も反対側に避けようとして壁に前輪が激突、その勢いで後輪が浮き上がり、体を前に押し出され顔面も壁に強打して倒れ落ちた。
尻もちを付いたまま、目も隠れそうなほどの長い前髪ごとおでこを押さえ痛そうにしている女子高生、
「痛たたたた~……すいませ……ん。」
可愛いハスキーボイスの彼女が謝ろうとした時、額から離した手を見て血がべっとりと付いているのに彼女は気づいた。
額から流れ落ちた血液が左目とマスクを赤く染める。
とたんに彼女は目を見開いたまま無表情になり、自転車のカゴに入っていた鞄からランチに食べるつもりで持ってきていたきゅうりを取り出した。
「ふざ……けるな……」
少しふらつきながらも立ち上がり
「よくも……私の……顔……顔に……傷……」
怒りに震えた小声でぶつぶつ言いながら、真っすぐにサトシの方へと歩いていく。
うつ伏せに倒れているサトシの前まで来ると、上にまたがって座り、左手でサトシの髪の毛をぐしゃっと鷲掴みにして頭を持ち上げる。
サトシは頭を打った衝撃で放心状態、目は焦点が合わず開きっぱなしの口からは泡が吹き出していた、
「ぎゃあ゛あ゛ああああああああああああああーー!!」
女子高生は怨念の込もった声にならない咆哮と同時に右手に持っていたきゅうりを大きく振りあげた。その時!
「二人とも大丈夫!?」
突然の声にピタリと動きを止める女子高生、後ろを振り返るとそこにはフルフェイスの女が立っていた。
少女は二十秒ほどの間、かっと見開いた目でじっとフルフェイスを見ていたが、きゅうりを握っていた手をゆっくりおろし前方を向き、立ち上がり、折曲がったスカートをパンパンはらって伸ばす。
「私なら大丈夫です……」
「えっ?」かすれてあまりにも小さい声に思わず聞き返すフルフェイス。
「失礼します。」
少女はうつむき加減にそう言うとさっさと自転車を起こしに戻り、手で押して行ってしまった。
フルフェイスの女は女子高生の去ってゆく姿を見ていたが、ハッとするようにサトシに目を移すと、そばへ行き、うつ伏せで倒れているサトシの肩を抱き寄せた。
サトシの意識はまだはっきりとせず、目は半開きだ。
「……ウラジーミル……
これでもう大丈夫よ……」
フルフェイスの女はポケットから筆箱ほどの大きさの黒いケースを取り出し、中から蛍光紫色の液体の入った注射器を出すと、手慣れた動作でキャップを外し、サトシの黒い右胸にぷすりと針を突き刺した。
「ぶわぁああ!……」
サトシは痛みで一瞬目を見開いたが、またうとうととする。
フルフェイスはそっとサトシを地面におろした。
「幸せになってね……さようなら……」
そう言うと立ち上がり、後ろ髪惹かれるようにバイクの所へ戻りかすれたエンジン音と共にどこかへ去っていった。
サトシはそのまま気を失う。
物騒だったのでサバイバルナイフをきゅうりに変更しました。