第7話 〜「到着」について〜
太陽は既に沈み、空は深い紺色に染まって天を覆っている。
街に至るところに立てられた街灯は、その燃える火を輝かして夜の闇に逆らっている。
その火が暖かく照らすのは、自然味溢れる土の露出した道と、その上を行き交う村人たちの姿。
私が異世界に来てから初めて訪れることになった村、ロイヘムの第一印象は、とても「暖かい」場所であった。
村の男たちは友達を連れて笑いながら歩き、みんながみんな一つの大きな木製の建物に向かって歩いている。
ドアが開放的に開かれたままのその建物…集会場か何かかな? そこからは、私たちの立っている所からはだいぶ距離があるにも関わらず、けたたましい笑い声とやかましい話し声がありありと聞こえてくる。
声質が荒々しい上にそもそも異世界の言葉なので、村人たちが何を言っているのかは私には何もわからないけど、とにかく楽しそうにしていることだけは分かった。
「随分と賑やかな村なのね」
「普通はこの規模の村がこんな時間に盛り上がっていることなんて滅多にないものなんだけどね、噂は本当だったようだ」
「噂って?」
「エリエルの森を南に抜けた先にある村がある。その村はかつて凶作と疫病にあえいでおり、存続の危機に陥っていた。しかしここ10年ほどはかつてない豊作に恵まれ続け、宿場や酒場を建てることで商人や旅人の中継地として多くの財貨を得るまでになったという。…理由はわからないけど、とにかく他の村が羨むほどの繁栄を、急速に遂げることとなった村が現れたって話なんだ」
「その村がここってこと?」
「そう。ここロイヘムこそが僕が目指していた村なんだ。一体どのようにしてたった10年で村を繁栄させたのか、その理由と方法を是非とも記しておきたくてね」
「へー……でも、なんでわざわざ村なんかを目指してたの? 旅だったらなんか、こう、竜の巣とか水晶の洞窟みたいな、もっと華やかな場所とか目指しそうなものだけど」
「そういう場所もいつかは行こうとは思っているけどね。でも、そんな刺激的な場所を旅するだけが僕の使命じゃないよ。僕はイゼルとして世界を記す旅に出ている訳だけど、こういった人の目にはつきにくい人間の営みこそ、もっとも記されるべきものだと思うんだ。竜の巣なんて放っておいても冒険心に駆られた男たちが勝手に記録を残してくれるだろうけど、一つの村を歴史に残そうとする人なんて自然には現れないでしょ?」
「たしかに」
「ならイゼルとしてはむしろそういった、一見華の無いものをこそ積極的に記していくべきだ。だからわざわざ森を抜けてこんなところまで来たってわけ」
「…まあ今はイゼルの使命どうこうよりも時空転移魔法の習得こそが僕のやるべきことなんだけど、どうせ君を王都のおじさんの家に送らないといけないことには変わりはないからさ。王都までの道のりの途中にあるこのロイヘムについでに寄ったんだ。…そこでちょっとお願いしたいことがあるんだけど」
「ん? なに、お願いって」
「この村のことを記録するにあたって知りたいことがいくつかあってね… 本来なら一夜だけ休んですぐに君を王都に送る旅を再開させるべきなんだけど、もしかしたら村の調査に数日かかってしまうかもしれないんだ。君には関係のない僕の仕事に付き合わせてしまうことになるんだけど…それでもいいかな?」
「そんなこと? そんなの全然気にしなくていいわよ…そもそも私の方が一方的に助けてもらってる立場なのに文句なんて言えるわけないし」
「ありがとうアオミ、できるだけ早めに終わらせるようにはするよ」
「そんなことよりウルス… もしかしてだけど、なんだかさっきから、私たち変な目で見られてない?」
「ん? あー…ちょっと、注目されてるね」
村の道を歩く人たちは大抵笑いながら話をして歩いているので、私たちのことには気がつかないようだったけど、篝火の光を通して私たちの姿を見つけた何人かの村人は、まん丸に丸まった目をこちらに向けて凝視している。
その目つきを見るに敵意はないみたいだけど、すごく珍しいものが現れたと思われているみたいだった。
「私たち怪しい者みたいに思われてるのかな?」
「私”たち”っていうか、“私”って言った方がいいかもね。村人たちの丸い目はみんなアオミに対して向いているよ」
「そ、そうなの?」
「うん。まず君みたいな真っ黒な髪と瞳はこの世界には珍しいし、顔つきだって全然違う。それに君の着てるその制服、エルギア大陸のどの地域を見渡してもそんな衣装をした民族なんていないからね、浮くのは当たり前だよ」
「なるほど… とりあえず敵意はない…よね?」
「それはないよ、大丈夫。ここは旅人の中継地としても栄えているようだし、見たことない格好の人が現れても珍しがられることはあれど、恐れられることはないよ。そんなんじゃ中継地なんて務まらない」
「そうか、じゃあよかった」
「それじゃ、ひとまず宿に向かうことにしよう」
「うん、そろそろ横にならないと足がヤバイしね」
村人の放つ笑い声と熱い視線を身体中に浴びながら、私たちは篝火に照らされた道を緩やかに歩いていった。
宿屋の主人「Ibal saloi, byutoh suld unueus …」
ウルス「Ah, ibaleus… Ques zai ul dizio havead anga duma ?」
主人「Suz ibal saloi…」
ウルス「Walukalai…」
宿らしき建物の中に入ったところで、ウルスと宿の主人らしき人が異世界の言葉でやり取りをしている。
当然ながら二人が一体何を喋っているのかは私にはさっぱりわからない。
けど、異世界の言葉を話すウルスの顔が若干困惑しているのが気になる。
言葉は異なっていても、表情が示すのは日本と異世界でも変わらないとしたら、これはもしかして…
「フー… あー、お待たせアオミ」
「…どんな話をしていたの?」
「えーとね…部屋の予約を取ろうとした僕に、ます主人が返してきた言葉が、『残念ながら部屋は全て埋まっておりまして…』…です」
「…冗談でしょ?」
「それで僕は次にこう言った、『この村に他の宿はありますか?』って」
「主人の返事は?」
「『誠に残念ながら…』だって」
「つまり今日は部屋に泊まることは…」
「できない」
「…」
「…」
「あ、ちなみに最後に僕が言った言葉の意味は『わかりました』、ね」
「いやそんなのはどうでもいいから!」
私は両手を膝についてうな垂れた。
「どーすんのー… 私の体もうボロボロだよ… とてもじゃないけどベッドで休まないと明日動けないよ… このままだとまさか…野宿?」
「そうなるね」
「いや、それだけは勘弁してください」
「いや野宿もそんなに悪いものじゃないよ、テントの中って以外と広いし、この村の近くなら野党や獣が襲ってくる心配も少ないし… まあ宿屋のベッドに比べたらそりゃ負けるけどさ。さて野宿するとなると毛布をもう一人分用意しておく必要があるな…まだ雑貨店が開いてるといいけど」
「もう野宿前提で話が進んでる…」
ハアー…...
森を出た先の村でぐっすりと休めると思ったから足が悲鳴をあげても歩くことができたのに、まさか野宿だなんて…...
いくらテントの中とは言っても薄布を一枚隔てて堅い地面の上に寝ることになるんだから、そんなの実質地面じゃん。とてもじゃないけどそんなゴツゴツした床で快適に寝られるわけないよ…
フカフカのベッドの上に倒れこんで横になりたいよ…
そうでもしないと消耗しきった私の体は回復しないよ…
あーベッドに寝られないかと思うと頭がクラクラしてきた…誰か助けて….........
「Ques anjie ibaleus !」
すると、入り口のドアから声を男の声が聞こえてきた。
言葉は理解できないけど、どう聞いても私たちに向かって投げられた声。
私はその声のする方へと振り向いた。
振り向いた先に映ったのは、ウルスよりも少しだけ背が高い、金髪の若い男だった。