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魔法と英知の探求者 ~異世界からはじまる哲学冒険~  作者: ナポ
第1章 〜「正義」について〜
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第6話 〜「新生」について〜

「頭の中に?」


「アオミには、ここより文明の遥かに進んだ世界で培った、膨大な知識ってものがあるじゃないか。それはこの世界の誰も持ってない貴重な知識で、きっと強大な力となるものだと思うよ」


「それはそうかもしれないけど、でもその知識はこの世界で活躍する上では何の役にも立たないというか...…私はスマホの使い方は知っているけれど、スマホの作り方は何一つ知らないし、所詮高校生の知識じゃ小説みたいな活躍は何もできないよ…...」


「別に科学技術の知識だけが全てじゃない、法律や経済や文化の知識だって立派な力を持っているじゃないか。この世界の国のあり方や社会の姿を、君は特別な視点から眺めることができるんだから。…...まあ、もしそういった知識もないんだったら何も言えないけど」


「社会の見方……理系のことはからっきしだけど、社会のことだったら少しは自信があるかも」


「アオミはやっぱり文系なんだね、バッグに入ってたノートも倫理や歴史だけビッシリと文字で埋められていたし」


「ちょっ…!? 勝手に人のノートの中見ないでよ!」


「ああゴメンゴメン、君がどこからやって来たのかを確かめたかっただけで、別に他意はなかったんだ。他には何も見てないよ、スマホの中身もね」


「だったらまあいいけど…...それにしても文系の知識で活躍する異世界小説ってあまり聞かないないけど、そんなこと可能なのかな?」


「さあね、活躍やら無双できるかは僕も分からないよ。でも、君のその知識が、君にとって大きな力となるのは間違いないと思うよ。歴史や哲学や社会の知識を通して、君はこの世界を特別な形で見つめることができるんだから。そうやって異世界を見つめることは、今度は君自身の世界を見つめ直すことにも繋がるんじゃないかな。僕もそうだったみたいにね」


「ウルスも?」


「うん、エルギアから日本に飛ばされることで、僕はこの世界をかつてとは違った見方で眺めるようになった。それまでは生まれてきたこの世界のあり方こそが絶対で、それ以外の世界なんて考えてもいなかった。だけど、日本という異世界では何もかもが違っていた。そんな全く違う世界で過ごすうちにこう思うようになったんだ、「世界に“絶対”なんてものは無い」ってね」


「うん」


「そして世界を見つめ直すことは、君の人生を見つめ直すことにつながると思う」


「…すごい哲学的な言葉ね」


「ハハ、まあ聞いて。日本で8年を過ごした後またこの世界に戻ってきて、一族の使命である世界を記す旅に出させられた訳だけど、今は密かにこう思ってるんだ…世界をただあるがままに記すだけでなく、“あるべき”世界の姿を導いていく方が面白いんじゃないか、って」


「…まあ人生の約半分を日本で過ごした僕にとってはこの世界…エルギアのこともまだろくに分かっていない状態だから、あるべき世界どうこうを論ず段階にすら至っていないのが現状だけどね。だから今はこの世界を記す旅にこの身を投げて、まずは世界のことを知ろうと努めている訳だけど......でもそんな「一族の使命」だけに囚われた生き方とは別の人生…そんな風に別の道を歩くって考え方は、異世界で過ごすこと無しには生まれなかったと断言できる」


「…だから、きっとアオミもこの世界で過ごす中で、自分のもう一つの生き方を見つけることができるんじゃない? スキルやらを使ってこの世界で活躍できなくても、それを見つけられたのなら、それだけで君がこの世界に来た意味はあったことになる」


ウルスはそう深く語った。


「…...もう一つの人生」


私は今までの人生を振り返ってみた。

平凡な家庭に生まれ、数は少ないけど友達を持つことはでき、平和な日常を送っていた日々。

それは確かに華やかに彩られたものではなかったけれど、私にとっては十分に満ち足りた生活であった。

そこに不満など抱いたことはなかった。

だから、もう一つの人生…...今とは別の人生を! なんてことを考えたことも一度もなかった。


しかし、今や状況が全く変わってしまっている。

かつての私の周りにあった世界は家と学校という、とても狭いものでしかなかった。

今の私の周りに広がっているのは、どこまでも広大で、どこまでも異質な異世界なのだ。

私がこれまでの人生の中で経験したことがないほど、とてつもなく大きな世界。

そんな世界を今、私は出会ったばかりの男子と二人で歩いている。

考えてみればこうして男の子と二人で歩くのも物心がついてからは初めてのことだった。

そう思うと変な意識が頭に浮かんできてしまう、落ち着け落ち着け。


ともかく、今までの人生とは全然違うことが私に起きていて、そして起ころうとしていることは確かなことだ。

なぜこんなことが突然私の身に起こったのか、さっぱり分からなかったけど、もしウルスの言っていることが正しいのだとしたら…...


「…...私がこの世界にやってきたのは、私の人生を変えるため?」


「そうかもね」


「でも私、自分の人生を変えようだなんて思ったことは一度もないわ」


「人生そのものを無理に変える必要はないと思うよ。けど、人生への見方を変えることは、きっと君にとっても有意義なことなんじゃないかな。神様は気まぐれだけど、意味のないことはしないらしいからね」


「…...ど平凡な私だけど、そんな私でも変わることなんてできるのかな?」


「できると思うよ、そのために来たんだと思えばいいんじゃない。本当のところ君が転移してきた理由は僕もわからないけど、「新しい人生を見つけるために来た」と勝手に決めつけちゃえばいいよ。だって、理不尽に異世界に飛ばされたと思いながらずっと過ごすより、君にとって何か意味があるんだと考えながら過ごした方が、何倍もいいでしょ?」


ウルスが微笑みながらそう言った。

なんだ、人生だとか難しい話をしていたと思ったら、結局は異世界に一人で飛ばされた私を慰めるためのお話だったんだ。


新しい人生を見つける、か。

考えてみれば、こんな深い緑の苔に覆われた神秘的な森を、何時間も男の子と二人で歩いてる時点で、既に「新しい人生」が始まっているようなものだ。

そんなものは求めていない、今までの人生で十分だった、だなんてことを今いくら言っても、結局その「新しい世界」の中で泣き言を言ってるに過ぎない。

もう私は、これまでとは違う世界に放り出されてしまっているんだから。


だとしたら…...どうせ嫌でもこの世界に向き合っていかなければならないのなら、私はこの異世界というものをしっかりと見つめていこう。

力はないし魔法も使えない、あるのは趣味の歴史と哲学の知識だけ(それも所詮は高校生レベル)。

そんな私に一体何ができるのかはわからないけど、それでもこの世界で何ができるのか試していきたい。

もし何か、ほんの小さなことでも何かを成し遂げることができたとしたら、その時点で私は今までとは違う「新しい私」になっていると思うから。


そのためにも、私は歩こう。

何かを成し遂げようと考えている人間が、異世界に押し潰される訳にはいかない。

私は、この世界に来てからまだ、木と木の続く光景しか目にしていない。

だけど異世界はこんなものでは終わらないはずだ。

きっとこの森を抜けた先には見たことのない光景が次から次へと私を襲うだろう。私には想像もできないけど、きっと今まで味わったこともないほどそれは面白くて、そして苦しいものなんだろう。

私はまだこの世界のことを何も知らない。

だから、こんなところで挫けてはいけない。

新しい私がどんなものなのかはまだわからないけど、ここを出ないとそれを知ることは絶対にできない。

私は、歩かないと!!


足の裏から力が湧き上がる。

神秘的な森から力を受けたのか、はたまた私の内面から現れてきたのか。

私の一歩は明らかにその速さを増して、明らかにその強さをみなぎらせていた。


「急に速くなったね、アオミ」


「そう? 気のせいじゃない?」


「このペースなら日が落ちきる前に目的の村に到着できるよ。このペースがずっと続くのなら、だけど」


「女だからって舐めないで、歩くくらいは訳ないから」


「そう、じゃあこのまま進むね」


私とウルスは静けさの充満した森に足音を残すように進み続けた。

道無き道を歩く中で、真昼の明るさをたたえていた空も少しづつその色を淡くしていった。

それまでも薄暗かった森は、気がつけば一層暗い色をあたりに漂わせていた。

その光景は、当初この森に飛ばされた私が最も恐れ、必死に火を起こしてまで逃れようとしていたものなはずだった。

けど、そんな森の闇に身を包まれた私の中に、今、恐怖の感情は一切なかった。

私が怖さを感じない理由… ...

一つは、ウルスがすぐそばを歩いているから。

もう一つは、森の外にどんな光景が広がっているのか、私の中に少し湧き始めていたその好奇の気持ちが恐怖の感情をかき消したからだった。

今、私の頭の中にあるのはただ歩くことだけ。

ウルスから離れないように、外の世界を切り開くために。

葉の間からかすかに漏れてくる夕日の光を頼りに、そうやって私たちは力強く歩き続けた…








「ハア…ハア…ハア…ハア………」


推進力を上げて歩き始めてから数時間、さすがに体力の限界が近づいてきた。

途中で何度か休憩は挟んだけど、酷使した足腰は最大限の悲鳴を上げて体に訴えかけてくる。

もはや痛さを通り越して関節が焼けてるような感覚に襲われてきた。

一歩一歩足を動かすたびに、何処かから「もうダメ」という幻聴すら聞こえてくる有様。

鏡がないから確かめられないけど、きっと今の私の顔は苦悶がはっきりと映ったものになっている。

なんでウルスは平然として歩き続けられるの?

魔法使いってひ弱なのがあるべき設定じゃないの?

どんな堅強な足腰してるの? ローブの下のふくらはぎの肉付きどうなってるの?

顔つきはあんな爽やか系なのに、ふくらはぎは戦士系みたいな発達を遂げてるの?


もう、限界…………………





「アオミ」


ん?


私は俯いていた上半身を振るい起こして、黙ってウルスの方に顔を向けた。

もはや返事をする気力すら残っていなかった。


「見てみな」


ウルスは腕をしなやかに動かし、私たちの進んでいる方向の先を突き刺すようにして、その一点に人差し指を向けた。


私はその指の向かう先を目を凝らして見つめた。


今までと変わりないように見える木の群れ。

奥へ、奥へ、私の目は遥かな一点に向かう。


…...そこに見えたのは、一筋の光。

葉の隙間から入ってくる頼りない夕日の光なんかじゃない。

とても力強く燃えている、オレンジ色の光。


「…...!? あの光って、もしかして!」


私はそれまでの疲労を全て忘れ去り、その光の方へと全力で走り出した。

土を蹴る音が森の闇に軽快に響き渡る。

ヨレヨレのスカートをはためかせ、土まみれの靴を走らせて、私は希望の灯りに飛び込んでいく。

その光が森に差し込むその場所に着いた時、私の目の前に広がっていたものは…


「ハア…ハア…ハア…ハ、ハハハ….........アハッ!」


目の前に見えたのは、小高い丘の麓に広がる村から放たれた、数々の篝火かがりびが夜を照らす景色。

この世界に転移してから初めて目にする人の営みの光景。

長い、あまりにも長い森の道を通り抜けて目にしたその夕方の景色は、とても暖かく私の心に染み込んできた。



「やっと森から出られたね」


後ろから遅れて森を出てきたウルスが、どことなく褒め称える口調で私に言った。


「この丘の麓に見える篝火の鮮やかなあの村こそ、僕たちの今日の目的地“ロイヘム“だ」


「綺麗…」


「アオミはここに飛ばされてからずっと森の中にいたもんね、この世界の村はだいたいあんな感じだよ。日本と違って街灯なんてないから、夜景にしてはちょっと暗めに感じられるかもしれないけど、それでも結構綺麗でしょ?」


「うん、すごく綺麗。火を灯りに使った夜景なんて初めて見たけど、こんなにキラキラしてるんだ…...」


「うん…... で、夜景に見とれているところ悪いけど、僕たちもそろそろあの村の中へ向かおうか。アオミの足もそろそろ限界でしょ? やっとベッドに横になって休めるよ」


「え? あ…...」


ウルスの言葉でそれまで忘れていた足の痛みが蘇ってきた。


「…...せっかくいい雰囲気だったのに変なこと思い出させないでよ」


「アハハ、思い出したのならなおさらいいや、早いとこ宿をとって足を休ませよ」


ウルスは笑いながら緩い傾斜の丘を下っていった。

私はそんなウルスの背中を呆れた目で見つめたけど、休みたいのは事実だったので私も彼の背を追いかけて丘を下った。


篝火の村…...ロイヘムはどんどんとその姿を広げながら私たちに近づいてくる。


この暖かさに溢れた村こそ、私が異世界に転移して初めて訪れることになった村。


そして、異世界の旅の中で経験することとなる数々の衝撃のうちで、その最初の衝撃に出会うこととなる村であった。


夕暮れの風が、丘の草を小さく揺らした。


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