第5話 〜「魔法」について〜
「……つまり私はあなたの世界の人間とは違って「魔法を使うための臓器」が無いから魔法は使えない…と」
「そういうこと」
私とウルスは、相変わらずしんみりとした森の中を二人歩き続けていた。
「その臓器の名前が…なんだっけ?」
「“エアジオ”、エアが「魔法」を、ジオが「臓器」を意味するから、日本語だと「魔法の臓器」…上手く訳すとすると「魔臓」ってとこかな」
「魔臓かー ……魔法を唱えるには魔素を使うってさっきウルスが言ってたと思うんだけど、魔素と魔臓ってのは何か関係でもあるの?」
「もちろん。教科書的な説明になるけど、見ることも触れることもできない魔素には本来人間は干渉できない。その魔素を人間の体内に取り入れて、形と光を持ったエネルギーの塊として再構成することで魔法ってのは使うことができるんだけど……その際に魔素を再構成するという一番重要な働きを行うのがこの「魔臓」ってわけ」
「じゃあ魔臓が無いと魔法は唱えることができないんだ」
「うん、まあほぼそうだと考えてもらっていいよ」
「“ほぼ”?」
「んー… ちょっとその辺りは難しいところなんだけど…… 実は魔臓が無いと絶対に魔法が使えないかと言うと、必ずしもそうではないんだ」
「というと?」
「魔臓を失ったはずの魔導師が魔法を使ったという報告が何件かなされているんだ」
「…『魔臓を失った』? 臓器ってそんな簡単に失くしたりできるものだったけ……」
「そこは少し語りにくい話だったからあえてボカしたんだけど……気になる?」
「気になる」
「……じゃあ話すよ。魔臓を失くしたっていうのは、言ってしまうと重罪を犯した魔導師がその刑罰として魔臓を取り除かれるってこと」
「うわっ、残酷…」
「一応魔法で昏睡状態にしてから取り除くから肉体的苦痛はそんなにないけどね。けど魔導師にとって自分の存在意義を奪われるこの刑罰…「去魔刑」って言うんだけど、これは死刑に次いで恐れられている刑なんだ。体面を気にする魔導師にとっては死刑よりも恐ろしい、何たって魔法を使えない以上は魔導師の身分ではいられず、平民に落とされる訳だからね」
「刑罰で臓器摘出って……やっぱ日本人からしたら考えられないようなことが平気で行われているのね異世界って」
「君の世界にもそんなことをやってる国があるらしいけどね、まあ公的な制度に取り入れて行ってるのは流石にいないだろうけど」
「え、そんな国あったの? 知らなかった怖い」
「まあ問題なのはこの刑罰そのものじゃない。この刑罰を受けた魔導師の中に、なぜか再び魔法を使えるようになった者がいるという点だ」
「普通は魔臓を取り除かれた魔導師は、もう魔法が使えなくなるものなの?」
「普通はね、だから刑罰として存在できている訳だし。魔素を再構成できない以上は魔法を発動させることもできないはず……帝都の魔法庁や魔法大学のエリート達が長年調査や研究を重ねても一向に原因を掴めないでいるこの事実だけど、僕はこのことについて三つの仮説を最近思いついた」
「ほうほう、それは?」
「まず一つ目は、去魔刑を受けながら魔法を使ったとされる魔導師の存在、これを示す報告そのものが間違っていた可能性。つまり、ある普通の魔導師を顔が似ている去魔済の魔導師と見間違えたのが、誤った情報として広まったという説」
「何だか元も子もない話ね」
「まあこの説は可能性は高いけどつまらないものではあるね、でも次の説は面白いかもよ。二つ目は、去魔刑を受けた魔導師が別の人間から魔臓を抜き取って自分の体内に移植したという説」
「ゲッ、また残酷… 面白くないよ〜」
「フフ でも安心して、この可能性は低い。なぜならこのエルギアの世界に臓器移植を行えるほどの医療知識や技術も存在していないからね」
「そうなんだ、よかった」
「三つ目は、その魔導師が魔素を再構成する道具を用いて魔法を発動したという説。これなら魔臓がなくとも魔法を発動することは、理論上は可能になる」
「そんな道具があるの!?」
「少なくとも現時点ではそんなものは見つかってない。どんな魔法書や歴史書を見てもそんなものの存在を窺わせる記述すら見当たらないよ。でも、非公式にそんなものが作られている可能性はなくはない」
「まあそれはそうだけど… もしその道具があれば私も魔法を使えるようになるかもしれないってこと!?」
「魔臓が無い魔導師の人体構造はアオミの世界の人間と全く同じと言っても良いから、当然去魔済の魔導師が使えている以上はアオミだって使えると思うよ。…そんな道具が本当にあればだけど」
「へぇーそうなんだぁー………」
私は右手を軽く開いて宙に向ける。
平らになった手のひらに少し力を込めて、頭の中で炎や氷の激しく震える情景を思い浮かべる。
すると手のひらからは炎の塊が燃え出て、すぐ後には氷の鋭い塊が冷気を帯びて放たれて……
魔法を存分に使いこなす自分の姿を妄想して、思わず口元がにやけた。
「……使ってみたいの? 魔法」
「ヘッ!? いやぁ、まぁ、そりゃ少しは…」
「まあ確かに無いよりはあった方が便利だけど、君たちが思うより魔法って使いどころないんだけどね」
「え、そうなの?」
「日常で使う魔法なんて火を起こす時に使う燃焼魔法や、怪我した時に使う治癒魔法くらいしかないなー」
「なんかロマンないね」
「もちろん雷を操る雷撃呪文や、氷柱を飛ばしたりする氷撃呪文なんかも習得はしてるけど、攻撃魔法なんてそうそう使わないな。使わない方がまともな生活送れてるってことだから別にいいんだけど」
「攻撃や回復の他にも、ウルスは何か魔法使えるの?」
「もちろん! これでもイゼルの血を引く一人だからね、魔法に関しては幼少期に徹底的に叩き込まれたよ。例えばさっき枝を飛ばした時に君に見せた呪文、あれは物理魔法に属する物質操作呪文だ。他にも人を昏睡状態にしたり幻惑状態にしたりする精神魔法や、体を透明にしたり鉄に変えたりする変性魔法なんかも習得してるよ」
「なんだか悪用できそうな魔法が多いわね……」
「いや僕はやましいことには魔法は使わないよ、変な目で見ないでよ。……でもアオミが言ってるのはもっともで、魔法ってのは往々にして悪用されたら非常に凶悪になるものが多いんだ。ゲームでも、特にいわゆる洋ゲーなんかだと魔法で人を操って情報喋らせたり、透明になって侵入できるゲームとかよくあったでしょ? だから攻撃や精神といった特に危険な魔法は魔法庁の厳格な管理の下に置かれていて、特定の大学の学位を得て当局の許可を得なければ習得のための勉強や修行すら出来ないようになってるんだ」
「まあそこら辺の村人が透明化して襲いかかってきたり主人公操作したりしてくるゲームがあると考えたら恐ろしいものね…」
「そういうこと。だからアオミがもし仮に魔法が使えるようになったとしても、使えるのは回復や防禦、そして一部の変性系といった害のないものだけだよ。雷撃や氷撃みたいな君の想像する華々しい魔法は面倒臭い許可をとらないと使えない」
「そっかー はぁ、何だか転移者なのに今のところの私って何の力も持ってないただの旅人Aでしかないような気が…」
「転生系の小説って最弱だと思ってた力が実は最強だったって話多いじゃん。だから実は今すでに自分が気がついてない小さな力が身についてて、ある程度時間が経ってそれに気づいたところから物語は大きく変わっていく…なんてことがあったりすんじゃない」
「そうなのかなぁ… その割には自分の体に何の変化も感じられないけど…」
「あっ、ここに飛ばされる途中に変な声が聞こえてきたりしなかった? ああいう小説で異世界に飛ばされるときって、よく謎の存在がスキル与えてきたりするじゃん、アオミもそこで何かスキルとか貰ったんじゃない?」
「いやそんな声一切聞こえなかったけど…」
「じゃあダメだね、スキル無し確定」
「そんな簡単に判断されるの!?」
「そもそも“スキル”なんて概念この世界には無いからね、VR型MMORPG転生モノじゃないんだから。それにアオミにはそんなスキルや魔法が使えなくたって十分素晴らしい力を持ってるじゃないか」
「素晴らしい力? 一体どんな?」
「これだよ、これ」
ウルスは自分の頭を指差して言った。
「これ? …...頭のこと?」
「頭っていうか、その中にあるものだよ」