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異世界異聞帳  作者: からし太郎
1/1

源之丞始末記 一

生い茂る草木


「果たして、それは誠なのか?」

源之丞はなにかにつけて動揺することの無い、冷静沈着な武士の倅であった。

その源之丞が珍しく眼を見張っているのだ。傍にいた()()()もその姿を認め、やや不安そうに俯いてしまった。

「では、拙者と()()()は死後の世へと参ったということか?」

源之丞は()()()をチラと見やり、目線を前のご老体に移す。

「左様であろうな。私達が住むこの世界にはこのような伝承があるのじゃ」

目の前のご老体、ドォゴンはこの世界のことについて語りだした。源之丞や()()()がこれまで過ごしていた日の本の国ではなく、顔付きも服装も違う別の世界、異世界についてのことを…


遡る(さかのぼ)こと一刻(約2時間)前、源之丞は草木が生い茂る中で目を覚ました。

瞼を開けると、目の前には緑に覆われた視界でいっぱいになった。途端、草木の蒸れる匂いが鼻を突く。が嫌な感じはしない。

やんわりと暖かな空気に包まれている感覚もあるり。どこか懐かしくて、どこか切ない…しかし、妙に落ち着いてしまう。


ぞくりと、背筋に冷たい汗が吹き出してきた。

【何故生きておるのだ?】

源之丞は起き上がり、身体をあちこち確認するが斬られたあとは無かった。


少しづつだが記憶がよみがえる。


再び視線をあちこちに移す。果たして源之丞は見覚えのある1人の少女を捉えた。

「おときっ!」

源之丞は何処も痛くない身体を俊敏に動かし、()()()の元へと駆け寄った。

目の前にいる()()()は仰向けに転がり、両手を投げ出していた。源之丞はゆっくりと優しく、赤子をあやすように()()()を呼び起こす。

「おとき、おとき、、しっかりしなさい、おとき」

なるべく手荒にならぬように源之丞は呼び起こす。

何回目かの呼び掛けで、()()()の瞼がぴくりと瞬いた。

「ん…じょ…う……さ…ま」

「おとき!気がついたか?何処か痛いところはあるか?」

ようやく目覚めた()()()は、眼をあちこに向け、そして源之丞に目を戻す。

「源之丞さま、ここは何処(いずこ)にてございますのでしょうか?おときは確かあの時…」

源之丞のように少しづつ記憶が蘇ったのだろう。()()()は源之丞が斬られた処に居た。その時の恐怖と旋律が、今もって身体を巡り()()()の血の気を引いてゆく…

「源之丞さまっ!おときは、おときは!あの…とき!」

()()()は態勢を起こし、源之丞にすがりついた。

「良い。そなたが今無事であるのならば拙者はそれで良い」

源之丞は優しく声を掛け、()()()を再び寝かせる。

()()()はあの場のことをひどく悔やんでいる様子である。しかし、源之丞自ら彼女に協力を求めたのだ。()()()が悔やむことなど何一つないではないか。

むしろ彼女はとても辛い思いをした。なぜ真っ先に自分の事ではなく、相手を気遣えるのか?これは彼女の優しい心根のなせることなのか。

しかし、俺はそれに甘え、つけ込んでしまったやもしれぬ。である。

握った()()()の手はまるで、真冬の氷水に浸けた()かのようにひどく、ひどく冷たかった。


それは()()()の手ではなく、俺の心の痛みが身体の感覚を麻痺させていたのであった。


いつもなら感情を表に出さない源之丞が顔を濁らせる。ここまで()()()を思うのは、自分に非があるからだ。

「すまなかったな、おとき。そなたを巻き込み、怖い辛い思いをさせてしまった。本当にすまない」

源之丞は横になっている()()()に目をやり、謝った。

「やめてください、源之丞さま。確かに怖い思いをしましたが、それはおときが望んでのことです」


落ち着いたのか()()()は先程までの恐怖と旋律を、最早微塵も感じさせてはなかった。

さすがは、武家の娘だ。改めて源之丞は、目の前の見目麗しい()()()に感心した。

「やはりそなたは強い娘じゃ」

源之丞は右手で()()()の頭を撫でてやった。

されるがままに()()()は頬を赤らめ、源之丞にそっぽを向き口をにんまりした。


源之丞と()()()は家が隣同士であり、歳は4つ離れている幼なじみである。ゆくゆくは祝言を挙げるだろう、と周りから囁かれていた。

その矢先に今回の事件が起こってしまった。


源之丞の父源一郎は勘定組頭であり、ある不正を暴くため父は陰ながら行動していた。しかし、源一郎が内偵した相手に気取られ斬殺された。

その相手を突き止めた源之丞は、ある噂を聞きつけた。それは、父の仇がなんと()()()を妾に欲しいというものだった。その仇は、さる豪商の旦那であり町で見掛けた()()()に欲を狩られた。

これは上手く利用出来ると思った源之丞は、策を練った。ところが問題は果たして()()()が了承するかどうか…


結果は二つ返事で返ってきた。危険も伴うことも承知だと言う。()()()は、

「源之丞さまのお役に立てるのであれば、おときは勇んで火の中にも入りますっ!」

と、それに加えて、

「源之丞さまのお父上、源一郎様を手にかけた相手を絶対におときは許しません!」

と、十六の娘にしてはなんとも強気な姿勢で引き受けてくれた。

後は練った策の通りに進めば源之丞は仇を討てる筈であった。

しかし、ことはうまく運ばなかったのである。

仇は罠を承知で参り、こちらを嵌めた()のだ。

相手は5人程を隠れて共にし、源之丞が助ける間もなく()()()攫った(さら)

源之丞は直ぐに後をつけた。奴らを何が何でも殺す、その意志だけで動いていた。父だけでなく、自分の妹のように可愛がってきた()()()に万が一のことがあったらと…


追いついた源之丞は、走りざまに鯉口を切り1人を斬り伏せた。

仇は振り向いた。()()()を伴い、下卑た笑いを堪えている。


瞬間、源之丞の糸が切れた。

血塗れた一刀、父の形見である無銘の備前業物を正眼に構える。仇含めて5人を相手に自分がどこまでやれるか。何より()()()を救うことを先決に動く。

ジリジリと互いの殺気が漂う。源之丞は小さい頃から学より剣を好んだ。父の知り合いにいた新陰流の道場に世話になり、めきめきと腕を上げ免許まで来た。

だが、実戦と試合とでは違う。そこには生と死かのどちらかである。


源之丞は正眼の構えを下段に構え直し、脚を前後に開いた。こうすることで踏み込みも引くことも出来る。

仇以外の用心棒4人は数に勝って余裕の顔である。が、そこが付け入る隙でもあると源之丞は考える。

とりあえず目の前の1人に殺気を放つ。返ってくる殺気は微力だ。どうやら相手はそんなに強くはないと判断した。

途端、気合を発し切り込む。切り込む。

1人を袈裟懸けに斬り、出血が止まらず、腹からは臓腑が溢れ手に腸を絡めている。振り向きざまに頭から刀を下ろす。脳天を割られ即死であった。

残りは用心棒2人と仇のみ。だいぶと気を発し体力の消耗が激しい。

肩で息をつきながら、目の前に注意を向ける。

()()()は後ろ手に縛られている。恐怖で顔に生気が見受けられない。

「お前は勘定組頭の倅だな?」

傍観一方だった仇が口を開いた。なんとも悪人らしい声音であり不愉快でもあった。

「父の仇を打たせてもらう」

源之丞は静かに、殺気を込めて言った。

「残念だがそうはならない。よく見てみろ。自分の立場を分かっているのか?」

仇はぶつぶつ顔を()()()に近づけた。

()()()は顔をそらし、抵抗するも仇の腕の中でどうにもならない。

「そこの雨蛙、死ぬぞ?」

源之丞は疾駆しようとした。が、それは弾ける高音と共に阻まれた。


源之丞の顔に赤い線が走る。拭うとそれは血であった。

「どうだ!この短筒は命中率がいいなぁ!」

それは回転式の鉄砲であった。異国ではレボルバと言うらしい。

「さて、形勢逆転だ!早く刀を捨てろ。このお嬢ちゃんになにか起きる前にな」

源之丞は構えを解き、無銘の備前業物を放り投げた。

咄嗟に用心棒1人が源之丞を拘束した。

足と手を同じ箇所で拘束されている。

「さて、倅よ。お前が死ぬ前にこの生娘を頂くところを見て死ぬがよい」

典型的な極悪人を模写したような既視感を、源之丞は感じた。

しかしながらその後の記憶が無い。()()()がどうなったのか。



なぜこのようなところにいるのか…





「それで源之丞さま、ここは?」

「ふむ、それがさっぱり分からんのだ。この様に草木が生い茂るところなど近所にあったものか…」

しかし、江戸にこのような樹木など見たことがない…。

源之丞は立ち上がり、膝程に生い茂る草を踏み均し(ふ なら)若干の平地を作った。

「よし、拙者は少し辺りを見て回ってくる故、()()()はここで待っておれ」

源之丞は先程まで横になってい、今はちょこんと正座で話を聞く()()()に告げた。

「分かりました。おときは此処でお留守番しております。お気をつけていってらっしゃいませ」

()()()は改めて背筋を伸ばし、源之丞を見送った。


さすがは()()()だ。自分が一緒に行動したら足手まといになるやもしれぬと、自ら留守を言いでた。

いつもこちらを察して言動する()()()を、源之丞はにこりと笑って懐手で歩いて行った。



源之丞は顎に手をやった。

【何故俺と()()()は生きているのだ?⠀】

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