初めての生き甲斐
アルバイトに入ると当然のことながら
いきなり料理を作れる訳などなく皿洗いをした。
みんなより少しだけ年上で僕と同い年以上の人は
みんな仕事が出来て少しの恥ずかしさもあり
日々をなるべく目立たせない様に過ごしていた。
そんな僕にでも料理長は常に真剣で
想像以上に厳しくそして優しかった。
でもそのレストランは調理師免許を
支援してくれる制度もあって
なんとか調理師免許の資格だけはと
奮闘していた。
当時、満足に包丁さえ使えない僕は
今なら何10秒で出来るであろう
タマネギスライスも恐る恐る
5分以上かけてやっと出来上がるような
不甲斐ない有り様だった。
そんな僕にも周りの人はとても親切で
少しずつ楽しさと
真剣に物事へ取り組むことの大切さを
学んでいった。
料理長はコック帽を被ると
別人のように怖くなり厨房に
姿が見えるだけで
空気が引き締まるのを感じた。
叔父の暴力と暴言に毎日怯えていた
幼い頃の記憶は薄れることなく
料理長に怒られる度に必要以上に
萎縮していた気がする。
ただ少しずつだが料理長の仕事への情熱と
皆への気配りなどを間近で見ていく度に
初めて厳しい言葉の中に優しさと
思いやりを感じられるようになった。
そしていつか必ずこの人のような料理長に
なりたいと僕の中での目標となっていった。
1年ほどして仕事も覚え収入も安定し
ある程度は任されるようになった頃
奥さんに子供が出来ているのがわかった。
僕自身は母が43歳の時に産まれたので
自分はなるべく若いお父さんになりたかった。
だからとても喜んだ。
そして予定日もある程度分かった時に
生まれてくる子にどうしても名付けたい
名前が頭の中に浮かんだ。
それは男の子でも女の子でも
絶対につけたい名前だった。
奥さんにその意図と理由を告げると
その名前にしよう!と笑顔で言ってくれた。
もうじき23歳になる
夏営業も終わる頃だった。




