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異世界の穴

 「いてててて……歯は磨いてたんだけどな………」


今日は歯医者に行く日だ。死んだ母の躾のおかげで、歯だけは朝昼晩、毎日欠かさず磨いていたのに、虫歯になるときはなるもんだな。


「はーい。ではこちらの番号でお待ちください」


今日は祝日というだけあって、やたらに混んでる。まぁ祝日に営業している歯医者が近辺でここだけということもあるのだろうが。


「そろそろ昼か………」


連日の異世界への扉のことが気がかりだ、この二回、決まって昼ごろに扉が開く。もしかするとまた同じ時間帯に扉が開くかもしれない。


「そろそろあの子もわかってくれてるといいんだが………」


異世界への導き手、金髪碧眼の美少女、ちょっと頭が弱そうなだけに心配だ。


「58番でお待ちのお客様。お待たせしました。こちらへどうぞー」


呼ばれた。今日はやけに奥歯が痛む。さっさと楽になりたい。


「今日はどうしましたかー」

「右下の奥歯に虫歯があるようで………」

「そうですか。では椅子を倒しますね。はい。おーきく口をあけてー」


歯科医が俺の口に丸い鏡がついた棒を入れる。ひんやりとした感触はどうもなれない。そして歯科医が目につけてるCDみたいなあれ。嫌な予感がする。まさかあそこに異世界への扉が開くんじゃ………


「これは大きな虫歯ですねー。見てみますか?」

「ふぁい………ほへはいひはふ」


小型カメラで口の中の状況を歯科医は画面を通して見せてくれた。なるほど、下顎の一番右奥の歯にかなり大きい虫歯がある。これは痛いはずだ。よく虫歯の部分は黒く穴が開くというが、よく言ったものだ。見てみろ。まるでもやが蠢いているかのような………えっ?


「はーいそれじゃ今から削りますねー。痛かったら手を挙げてくださいねー。」

「はっ……………はほっ……………はっへ………」

(勇者様………お迎えに上がりました………)


ふざけんな。ひとの虫歯になんでゲートを開いてるんだ。そもそもそこに開いたとして、どうやって連れ出すつもりなんだ。


「はーい削りますよー」


切削ドリルが口の中に、けたたましい音を立てて入ってきた。どうなるんだこれ。虫歯は削れるのか? それともドリルが異世界転生するのか?


(勇者様………これはいったい………きゃぁっ!)


どうやらドリルの先端が、向うの世界に行ったらしい。そもそも歯科医にはゲートが見えていないのか?


「んー頑固な虫歯ですねー。もうちょっと深く削りますねー」


見えてねぇ。一般人には知覚されないのか。


(勇者様……ピンチなのですね! 今お助けいたします………)


何を、何をするつもりだ。お願いやめて。


(清涼なる風の精霊よ………勇猛なる火の精霊よ………)


呪文みたいなものを唱え始めた。俺のゲームで培った魔法の知識が正しいとするならば………


(眼前の不浄なるものを滅せよ! バーニングストーム!!)

「ふゃあああああああああああああひはひいいいいいいいいいいいいいい!!!!」


タップする。歯科医の腕をこれでもかと。歯科医は気にも留めてない。腕太っ。右奥歯で起こった小爆発が、歯神経に直撃する。このままでは転生する前に天に召されてしまう。転生できるならそれでもいいのか?いや、痛いのはいやだ。


「これは神経ダメになってますね。抜いちゃいましょう」


はい。ダメになってます。ダメになりました。今しがた。


「麻酔お持ちするので、少々待っててくださいねー」


よし、歯科医が離れた。あの子を止めなければ。


「………聞こえるか? 今は手が離せない。違う日にしてくれないか?」

(勇者様! お怪我はございませんか?)


なぁに歯が一本なくなるだけさ。君のせいで。


「とにかく今はそちらには行けない。日を改めてくれ。必ずそっちに行くから」

(勇者様……………わかりました……………またの機会にお迎えに上がります……………)


声が止んだ。どうやらゲートは閉じたようだ。やがて麻酔がひっていると思しき瓶と抜歯用のペンチだろうか。物々しい銀色に光る工具なような物を持って歯科医が戻ってきた。


「まず表面麻酔から始めますね。痺れてきたら教えてください」


歯茎に塗られた液体はほのかに甘い味がした。液体に触れた舌がひりひりする。


「では麻酔を注射します。ちょっと我慢してくださいね」


細い注射針が口に入ってきた。思わず目をつむってしまった。歯茎に何か入っていく感覚はあるが、まったく痛みを感じなかった。あぁ。もっと早く麻酔をしてほしかった。


「では抜歯しますね。口を大きくあけて、我慢してくださいねー」


ペンチで奥歯を挟まれるや否や、ぐいぐいと勢いよく引っ張り出した。頭が振られる。


「なかなか抜けませんねー。もうちょっとですからねー」

「はっ……がぁ…………うがっ」


スポンッと栓が抜けるような感覚の後、身に着けたゴーグルを曇らせ歯科医がいた。相当手ごわかったのだろうか、肩を上下に動かしながら息をしているようだ。


「はーいそれではガーゼ詰めますねー」

(勇者様………今日こそお迎えに上がりました!)


ん? 今あの子の声が聞こえたような。


(勇者様………なんですかこのもこもこしたものは………血が! 勇者様!?)


どうやら今度は歯を抜いてできた穴にゲートが開いたようだ。なぜそこにばかり。いやしかし日を改めるよう言ったはずだが、もしやあれか。時間軸がなんたらというやつか。ガッデム!


(お気を確かに! 今復活の呪文をっ!)


いったい何を復活させるつもりだ。


(清涼なる風の精霊よ……冷厳なる水の精よ……今ここに失われた命を再び宿せ。リサーテ!)


抜かれた奥歯のあたりが温かくなってきた気がする。そしてなんだが違和感が…………。


「今日はこれで終わりです。次の予約をしてお帰りくださいねー」

「はい。ありがとうございました」


トイレに駆け込み、鏡で穴の開いた箇所を覗いてみた。なんということでしょう。抜かれたはずの歯がそこにあるではありませんか。虫歯付きで。


「ぐっ…………ふぐぅ…………うぅ…………」


実に20数年ぶりに、歯医者で泣いてしまった。

















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