異世界の窓
「いらしゃいっせー」
両親が死んで4日たった。遺してくれていた金はあるが、一人で生きていくなら無職のままではいられない。とりあえず、コンビニのバイトで食いつないでいくことにした。
「この前のあれは………夢か何だったのか………」
俺の部屋に現れた黒いもや。そこから現れた美少女。その子は俺を勇者と呼んだ。異世界へ扉。確かにそこに有ったのに。
「はぁ……」
「ちょっと……店員さん!」
「あっ……すんません。780円になります。ありがっしたー」
あの一件以来、何事にも身が入らない。どうにかしなくては。これから昼時。今日も忙しくなりそうだ。
「58番のたばこを一つ」
「かしこまりましたー。こちらでよろしいですか?」
禿散らかしたサラリーマンのおっさん。まともに生きてればこんな姿になっていたのだろうか。昼飯がコンビニ弁当なところは、今の自分となんら変わらないな。よく見ると社会の窓が開いている。さて、言わずにおくべきか、伝えてあげるべきか
(勇者様…………勇者様……)
声が聞こえた。この声はまさに、俺を異世界に導こうとしたあの美少女だ。どこだ、どこにいるんだ。
(勇者様………今日こそお迎えに上がりました………私はこちらです………)
「おいあんた。なにやってんだよ」
くそっ。禿リーマンが邪魔だ。それどころじゃないのに。
「申し訳ありません。お弁当は温めっ……………」
おっさんの社会の窓から、黒いもやが立ち込める。立ち込めている。まるではみ出てしまっているように!よく見るとあの幾何学模様が窓の奥にある。なぜそこに扉を開いたんだ。
「あ…………温めますかぁ!?」
「おぉ………お願いします」
変な声が出た。おっさんめっちゃ驚いてるじゃないか。
(勇者様………さぁこちらに手を伸ばして………さぁ………)
できるわけないだろ。現世とおさらばできるからといって、最期がおっさんの股間に手を伸ばして終わりなんてまっぴらだ。なんとかしなくては。弁当を温め終わるまで3分ある。考えろ俺!
「あ、そうだそうだ………鏡買っていかないとな………」
おっさんが戻ってきた。社会の窓から今度は青い大きな瞳が一つこちらを覗き込んでいる。チャンス!禿が何のために鏡を買うのかはわからんが、この状況をあの子に伝えるチャンスだ。きっとこちらの世界は見えているはず。
「350円になりまーす」
俺はわざとらしく鏡を傾け、おっさんの股間を映し出した。頼む。気づいてくれ
(あぁ勇者様………申し訳ありません………このような小ささですと役に立ちませんね………)
やめて!言葉を選んで!なんだかおっさんがかわいそう!
「お待たせいたしましたー。あの………お客様、チャックが開いております………」
「おぉすまんね。教えてくれてありがとう。釣りは取っておいてくれ」
「ありがとうございましたー」
またダメだった。なぜだ。いや、おっさんに罪はない。怒らずに笑顔でお礼を言ってくれた。おまけにおつりまでくれた。すごくいい人だったじゃないか。なのになぜだろう。目から涙が止まらない。
異世界転生が確定したのに、またしても現実が俺の邪魔をする………