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7-23

前話に引き続き、設定大解放状態。

だめだ、上手く小出しに出来なかった…

 アリアは己の産まれの事を知らないと言っていた。

 母は人間。判明しているのはそれだけ。

 父親が魔族だったのか、拾われ育てられた養子だったのか、或いは隔世遺伝か。

 なんにせよ、事実として判明していたのは、アリアが魔族と人間の混血であるということだけ。

 そしてそのことが、アリア自身を苦しめていたということ。




「誤解のないように言っておくが、我がこやつを娘と認知したのは、この地にキョウヘイたちが来てからだ」

「……信じられるかよ」

「信じる信じないは勝手にするがいい。だが事実だ。我もいつ拵えたかは覚えていないがな」

「アリアは魔族の血が流れていることに苦しんでいた」

「そうか? 全く理解できぬが……ふむ、そういうこともあるか」

「テメェ……」

「随分と惚れ込んでいるようだが……まぁほどほどにしておけ。一時の感情ですべてを失うつもりか?」











■ 妹が大切で何が悪い ■











 もともとシュヴァルグランに対し、信用や信頼といった類のものは持ち合わせていない。

 利害が一致した。ただそれだけ。

 いやそれすらも言葉としてはふさわしくない。

 帰るために、コイツの手が必要なのだ。

 そういう意味では、立場で言えば俺の方が圧倒的に弱い。


「貴様のそういうところは実に好ましいぞ」


 頭に上った怒りの感情を、理屈で抑えつける。震える拳から意識して力を抜く。優先すべきことが何か、それを見誤るわけにはいかない。

 そしてそんな俺の醜態を楽しむかのようにシュヴァルグランは笑みをより深めた。趣味の悪い野郎だ。分かっていたことだが、イーリスとは違った意味で、コイツとは反りが合わない。


「さて、説明が前後したが……まぁキョウヘイの察したとおりだ。この娘は我が血を引き、それ故に依り代とすることができた。いつの時代に拵えたかは分からぬが、今日に至るまでに随分と長い時間を過ごしたからな。我の把握していない血脈が存在しても不思議ではない」


 無駄に芝居がかった尊大な口調。要約すれば『知ったことではない』。……いけしゃあしゃあとよく言えたものだ。


「他の血縁者のこと把握してないって言うけど、それって常に依り代を使って世界を統治していたわけではない、ってこと? 私からすると、少なくとも数百年前からアンタの外見は変わっていないように見えるけど」


 横から入須が質問を挟む。……そういえば過去の映像を見せられた時に、シュヴァルグランがすでにいた。あれはたしかに数百年は前の出来事のはずだ。把握していないと言うには、昔過ぎないか。それとも俺たちが想像している以上に、歴史は長いということか?


「常に、ではないな。説明した通り、全てを自分が指導しては、進化は我の想像の範囲内で収まってしまう。もっとも数百年前については、別の意味で表に出ざるを得なかったわけだがな。なぁ、イーリス?」

「……魂を傷つけられなければ、こんなことにはならなかったのですがね」


 魂? また知らない設定である。だがそれが、コイツが入須の身体を奪ったことと関係することなのだろうか。


「順番に説明をしてやろう。だが、先に背景から必要だな……うむ、よし」


 ぱちん。再び場面が切り替わる。今度は……どこかの部屋。ただし豪奢でも何でもない、普通のどこにでもありそうな、ありふれた景観の部屋だ。


「いくら進化を生命体に委ねたとはいえ、そう簡単に飛躍的な進化をできるとは考えていなかった。我々が産み出したからこそ、想像を超える進化には幾星霜の時間が必要であるということは覚悟をしていた。……だがそれは杞憂に終わった。ある一人の人間が、当時の魔法の概念を壊したのだ」

「当時の生命体にとって、魔法は各種戦闘に用いるしかありませんでした。魔力をぶつける、しか用途がなかったからです。ですがその者は、魔力に火や水を纏わせたり、身体能力の向上、物体の移動といった多方面の使い方を可能としました」


 ぱちん。部屋の中央の椅子に、一人の青年が座っている。どこにでもいるような、特段変わったところは見られない、ありふれた外見の普通の青年。


「無論その魔法の使い方は、我々からすれば珍しいことでも何でもない。既知の能力で、それ以上の研究をしている。だがそれは我々二人のみの話だ。ただの人間がこの若さで、当時の価値観を壊し、その発想ができることは、言わば我々が待ち望んでいた飛躍的ともいえる進化の証明であった」

「飛躍し過ぎたという意味では、手を上げて喜べることではありませんでしたがね。全くの無知でありながら、数年の間にその発想ができることは、異常でもありましたから。故に暫し監視をしたのち、彼に直接話を聞くことにしました。なぜそんな発想ができるのかと、ね」

「べらべらとよく話してくれた。……まぁそのように暗示をかけたわけだがな」


 シュヴァルグランは口元に指を持って行き、静かにを意味するジェスチャーを見せる。それから再び指を鳴らした。ぱちん。


 ――――僕は、転生者なんだ。


「転生者、とは何を指すのか。それはどうやら、別の世界で死んでこの世界で生まれ落ちた者の事を指すらしい」

「ふぅん、なるほど。そこのそれやキョウヘイのように稀人ってことかい」

「そうですね、そのまま来るか、或いは産まれるかの違いはありますが、まぁ似たようなものでしょう」

「うーん、強くてニューゲームみたいなことかぁ」

「……すまん、一佳。どういうことだ?」

「えーとね……お兄ちゃんはちょっと違うけど、私たちってそのままの姿でこの世界に来たでしょ? でもこの人は、一度死んで生まれ変わったでしょ。記憶もそのままに、輪廻転生って言えばいいかな。だからこの人は赤ちゃんの頃から、死んだ時と同じ年齢の知能があるし、前世の記憶もあるから他の人よりアドバンテージがあるの。過去に戻って、現代知識で無双するみたいな感じかな」


 ははぁ、なるほど。それは確かに大きなアドバンテージ……いや、場合によっては絶大な効能だ。特に幼少期からそうだと言うのなら……確かに強くてなんとやらだ。


「別の世界、というのは我々にとって想像もしていなかった……いや、できていなかったという方が正しいだろう。何せ我々がいるこの世界と、元居た世界の二つしかないと思い込んでいたからな」

「……この転生者がいなければ、私たちがこんな目に遭うこともなかったわけね」

「たとえそうだったとしても、遅かれ早かれでしょう。この前例がある以上、ありえないということは無いわけですから」


 まぁ癪だがイーリスの言う通りだろう。生まれ変わりが実在しなければ話は別だが、現にしてしまっているのだ。この最初の転生者が別の人間になっただけで、こうなる未来は変わらないと考えるべきだ。


「だがよく俺たちの世界を認識できたな。転生って言っても、この時のコイツに取っちゃ生まれも育ちもこの世界ってわけだろ?」

「うむ、その通りだ。だがな、やりようはあるのだ。知識を出し尽くさせ、こやつの魂が存在した世界を探せばいい。なにせ存在することを知ってしまったのだからな」

「さらに言えば、別の世界を観測できれば、それは私たちが元の世界に帰ることが可能になるとも言えました。この世界だけでなく、私たち自身の価値観も、飛躍的に発展したのですよ」


 知識を出し尽くさせた。さらりと出てきた一言に反して、おそらくこの転生者は言葉以上に全てを搾り取られたのだろう。前の人生も、俺たちの世界の事も、他に似たような人物がいるかも、その全てを。……認めたくはないが、逆の立場たっだたら俺だってそうする。


「こやつの世界を探しだすのに、時間はさしてかからなかった。……思いの外、いるものだな。転生者と言うのは」

「何を切っ掛けにこの世界に産まれたのか。その理由は不明ですが、サンプルが一人だけでなかったのは幸いでした」


 ぱちん。場面が再び切り替わる。

 今度は大鏡のある広間。そしてその鏡には、俺たちには見慣れた光景が映し出されている。


「これって、」

「そうだ。懐かしかろう? 貴様らの世界だ」


 特徴的な建物。ひっきりなしに人の往来がある駅前。待ち合わせ場所で有名な銅像。

 懐かしいかと問われれば、その通りだ。あのへんてこな試練のせいでバグっているが、もう何か月も帰っていないのだ。


「観測させ出来れば、あとは手引きをする。幸い貴様らの世界は魔法に憧憬を覚えているものが多く、手引き自体は難しくはなかった」

「……手引きねぇ、つまりは攫ったってことかよ」

「まぁそうなる。貴様らの世界で言うところの、神隠し、だな」


 そりゃ言葉遊びだろう。神隠しと言うには悪辣すぎる。よくもまぁそんな言葉を吐けるものだ。


「付け加えるのなら、私たちも選定をしています。来たくない者を連れ去らうことはしません。どんな理由があれども、その世界を離れても構わないと考えた者だけですよ。貴方がたもそうでしたでしょう?」

「……説明もろくにせずに? 詭弁じゃないの、それ」

「『ゲームの世界に入ってみたかった』でしたね、貴女の場合は。戻れるとは言っていないのに、勝手に勘違いして入り込んだのはそちらでは?」

「へぇ? 満足に説明をしていない自覚はあったんだ。黙す気しかなかったくせに、よくそんな厚かましい持論を振りかざせられるわね」

「聞かなかったのはそちらでしょう? 少し考える頭があれば、何事についてもリスクくらい聞くものではないでしょうか。目先の欲に溺れて、よく被害者ぶることができますね」

「よくまぁ口が回るわね」

「貴女の場合は脳が回っていませんがね。契約書もロクに読まないタイプでしょう。良かったじゃないですか、他の誰に迷惑をかける前に死ぬことができて」


 一瞬だった。

 もともと沸点はそこまで高くはないだろうが、怨敵を前にして沸騰直前だったのだろう。

 イーリスの言葉で限界点を迎えたのか。入須は飛び掛かるようにしてイーリスへと距離を詰める。

 だが、


「そこまでだ」


 ぶわり、と。

 シュヴァルグランが腕を振るう。座ったまま、ただ無造作に。

 それだけで入須は消えて。そしてすぐに元の位置へ戻される。


「イーリス、揶揄いすぎるな。可哀そうではないか」

「事実を述べただけなのですがね……」


 困ったとでも言いたげな2人。瞳孔を開き、歯を食いしばり、いまにも爆発しそうな入須。

 ……入須の気持ちは分からなくもない。こいつらがやっていることはれっきとした悪事であって、それを言葉遊びで正当化しているように見せているだけだ。


「しかしまぁ、貴様らのおかげでこの世界ぎ飛躍的に進化や発展をしてきたことは事実であり、それは感謝をしなければならん。ほどなくして帰る手法も確立できたしな」

「は? じゃあなんで帰らないんだよ」

「我々の決着がついていなかったからな」


 あぁ、そういえばこいつらは進化や発展で決着をつけると言っていたっけ。


「だが困ったことに、共同で解明をしたこともあり、互いに同レベルの発展具合だった。これでは比べようもなくてな。……そしてその折に、何故かまた争いが始まった」

「不覚、でした。思い出したくないくらいの」

「貴様にとってはそうであろうなぁ、何せ巻き込まれた上に依り代ごと殺されかけたのだから」

「へぇ、そのまま死ねばよかったのに」

「そう言ってやるな、キョウヘイ。だが、中々に見ものではあった」


 ぱちん。場面が切り替わる。

 今度は怪我をしたイーリスが、大の字になって転がっている光景。

 信じていたものに裏切られた。そう言わんばかりに深々と傷つけられたそれは、一目で致命傷と分かるほどの大きさと深さ。


「この怪我のせいで、私は魂の治癒のために観測から離れるしかなかった。ですが治癒には時間がかかり、その間に私の血筋は途絶えてしまった。そこの能無しを依り代としなければならないほどに、追い詰められていたのです」

「ざまぁ」


 なるほど、過去の光景でイーリスが入須を乗っ取ったのは、そういう経緯だったわけか。これで謎が一つ解けた。


「困ったのは、才能はまぁ最低限のラインに達していましたが、肉体が合わなかった。無理やりにでも肉体と魂の情報を書き換えなければならないほどに。……結果的にはパワーダウンです」

「血脈が異なる者の情報を書き換えたことで、イーリスは随分と弱った。結局ある程度力が戻るまで引き籠らざるを得なかったほどにな」

「書き換え?」

「魂と肉体の情報が乖離をしている場合、どちらかに合わせなければ乖離によるズレから崩壊をするのだ」

「はぁ!? おいちょっと待て、じゃあ――――」


 アリアの、その身体は、どうなる?

 そう聞こうとした俺の口を噤ませるように、先にシュヴァルグランが口を開いた。


「安心しろ、これは問題ない」

「いや、問題ないったって、」

「全て説明をしてやると言っている。まぁ先に言ってしまえば、書き換えるつもりは一切ない」


 信じられねぇ。だが言う通りにするしかないのも事実。

 俺の内心を把握しているのか、シュヴァルグランはニヤニヤと笑みを浮かべたまま、次の言葉を紡いだ。


「すでにすべての決着はついた。あとは我々も帰るだけだ。つまりこの娘の情報を書き換える必要がないのだ」

「……帰るって言うのは、テメェらの世界へか」

「そうだ。言っただろう、方法は確立した。あとは決着をつけるだけだとな」

「そういえば、ついさっきそう言っていたな」

「今回の最終審判も、言わばこれは最初で最後の設定だったわけだ。どう転ぼうと、我々は元の世界に帰る。あとは残った者で好きに生きればいい」

「随分と無責任では? 僕としてはまぁ構わないけど」

「もともと我々はいなかった。どちらかが勝っても、負けても、或いは共倒れになろうとも、生き残りがいればそれらだけでどうにかするものだ」

「……そうは思えませんけど」

「ふむ、亡霊どもは納得がいかないようだが……数え切れぬ時間を我々は過ごしてきた。想像以上に人はしぶとく、したたかで、生き汚く、そして懸命に生きるものだ」


 そういうものだろうか。分からんし興味もないが、どうやらシュヴァルグランとイーリス的には、この先の事はもうどうでもいいことらしい。……やけにイーリスが協力的に説明をしてくれるものだと疑問に思っていたが、カラクリとしてはそう言う訳だ。


「……あれ? でも決着は進化の結果で決めるとか言ってなかったか?」

「その通りだ。だがな、そうもいかなくなってしまったのだ。……随分と説明が前後してしまったが、話を戻すとイーリスが油断して弱体化したせいで、悠長に観測をしている場合ではなくなった。放っておけば元の世界に帰る前にイーリスは限界を迎えてしまう。だから結局我々は、進化や発展以外の手で決着をつけることにした」


 そういうことか。なんでこんな悪趣味な戦いを企画したり、それを無視して殺し合ったりしたのかが分からなかったが、そこに繋がるわけか。


「弱って決着方法を変えてもらった上に、不意打ちしても勝てなかったわけか」

「はっはっは、ひどい言われようだな、イーリス。だがその通りだ」

「ある意味で、唯一の勝ち筋だったんですけどね。……せめてこの身体が思い通りに動けばよかったのですが」

「人の身体を好き放題しといて、本当にアンタって傲慢ね」


 もともと殺し合って、それからそれ以外の決着方法を考えて、それもまた変えて、でも結局殺し合い。この世界のこれまでの歴史を考えると、こいつらは文字通り神と言える存在なのだが、やっていることは結局俗人的と言うかなんというか……


「……そういえば、入須は俺らとほぼ同世代なんだよな? なんでコイツは数百年前に呼び出されたんだ?」

「世界同士の時間の流れが異なるのと、接続を一時的に止めていたからですよ」

「……まてまて、話がおかしくなったぞ。接続? さっきまで曲がりなりにも理屈が通っていた説明だったのに、いきなりなんだそれは」

「事実ですからね。彼女を依り代として書き換えましたが馴染まず、結局回復のため引き籠るしかなかったのは先ほどの説明の通りです。その間は呼び出しもしていなかったわけですが……ここまで時間に乖離があったことは想定外でした」

「原因は時間を掛ければ究明できるだろうが、我々にはその時間がなく、また優先する事案でもない。故に分からないままだ」


 つまり分かんねぇし、分かるつもりもないと。なんだよそりゃ。


「……俺らが帰るときに、変に時間が経過していたら困るんだが」

「そこは問題なかろう。ほぼ同等の時間が流れているはずだ。最後の最後まで接続し続けたわけだからな」


 説明としては当然不服である。信用できるかと言えば否だ。が、信じるしかないのが現状でもある。


「なぁに、そこまで信じられないのであれば……そら」


 ぱちん。場面が最初にいた部屋へと戻る。説明はこれでお終いということか。

 そしてシュヴァルグランの横の空間に、大きく穴が開く。その先に映し出されたのは、


「……俺の部屋か、これ」

「うむ。入ってきたところから出るのが良いだろう。喜ぶがいい」


 変なところでサービス精神を発揮してくれるが、別にそこはどうでもいい。……いや、訳分からないところに帰らされるよりはマシか。











 見た感じで言えば、俺の部屋はあの日から大きく変化はない。見覚えのある家具の配置に私物、俺の住んでいたアパートの自室なのは間違いないと思う。

 記憶よりも多少整理されているように見えるのは、俺もこっちの世界に来たことで行方不明になり、両親が情報を求めてこの部屋を訪れたついでに片付けた……ってところか。


「よほどうれしいと見えますね、餌を前にした野良犬ですか」


 イーリスの皮肉も大して気になりやしない。というか嬉しいに決まってんだろ。これでようやく帰れるわけだ。


「先に言うと、この穴を開けっ放しにするつもりはない。貴様ら2人が通ったら閉じるぞ」

「俺と一佳限定か。……遊仙とか、他の奴らは?」

「他など知ったことではない。遊仙に関しては、いずれ自身で帰ることもできるだろう。あれはあれですでに小規模ながら成功しているようだしな」


 貴様らも知っている通りな、とでも言いたげに意味ありげな視線を送ってきやがる。……バレてるってことだ。遊仙の力も、俺が考えていた代案も。


「他の奴らなど、どうでも良かろう。なぁ?」

「……よう、ご存じで」


 その通りだ。名前は出したが、他の面々なんざどうでもいい。そもそも他に俺が知っているのは、シグレと同居している宮下、敵のチカ、会ったばかりの比奈坂、所在も知らぬリオンくらいだ。……本当に気にするまでもない。


「創造神自らのご褒美とは随分と私と対応が違うじゃない」

「こやつら、特にキョウヘイは随分と楽しませてくれた上に、決着をつける切っ掛けまでになった。褒美の一つでもやらねば不公平という話であろう」

「帰れるならなんでもいいさ」


 不満そうな入須は置いておき、これで当初の目的である元の場所への帰還がほぼ目前のことになったのは、本当にうれしいことだ。……相変わらず見下されているが、今は気にもならない。

 あとは、


「じゃあ最後にアリアを解放したら終わりってことだな」

「ふむ、流石に忘れぬか」

「当たり前だ」

「欲深いですね」

「まったくだ。……さて、そうだな」


 考え込むように顎に手を当て、目を伏し。それからさも妙案を思いついたとでも言いたげに、シュヴァルグランは口角を歪めた。


「キョウヘイ、貴様はどうしたい?」

「あぁ?」


 ……何言ってんだコイツは。今更なんの問答のつもりだ?


「どういう意味だ? 具体的に言ってくれ」

「貴様は帰る。望みどおりに元の世界にな。だというのに、これの事を気にしてどうする。どうせ離れ離れになり、二度と会うこともあるまい」

「つまり……なんだ、俺の行動に意味がないとでも言いてぇのか」

「意味がない、とは言わん。貴様には意味があるだろう。だが、残されるものにとってはどうかな?」


 自己満足で救えるのは己だけ。

 つまりは、そういうことだ。


「綺麗に、あとに残すものは何もなく、元の世界に帰れる。そんな子供じみた夢想はしてないだろう?」


 ――――アンタの周りには、笑顔で見送れる程お行儀の良い子はおらんよ?

 シュヴァルグランの言葉が、シグレの言葉と重なる。

 ……認めたくないが、こいつらの言う通りで。中途半端な自己満足に意味は無い。帰るのなら突き通さないといけない。

 そしてそれが、間違いなく都合のよい一番の選択なのだ。


「加えて……そうだな、貴様に取り憑いている亡霊どもも、この世界からは離れられない。つまりは貴様がこの世界から持ち帰れるものは何もない」

「……じゃあこいつらはどうなる?」

「さてな。知らぬ」


 どうでもいい。そう言わんばかりに手で振り払うジェスチャーを見せると、そのまま指を鳴らした。ぱちん。

 ……それだけで穴が震える。見えていた俺の部屋が一瞬見えなくなり、心なしか穴が小さくなったように見える。


「さて……まだまだ話した足りなかろうとは思うが、そろそろ時間だ」

「……決めろと?」

「うむ、そうだ」


 ……お優しいことだ。無理やりに選択肢を消してきやがる。無理やりに時間を奪ってきやがる。

 全てを捨てて帰るのか。

 或いは、当初の目的を捨てて残るのか。

 ……口にはせず、しかし雄弁に。その表情で、その視線で、


「さぁ、決めろ。あと10秒だけ待ってやろう」


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