7-22
あけましておめでとうございます。
旧年中の完結はできませんでしたが、今年こそ完結目指して頑張ります。
「さてさて。礼を言うぞ、キョウヘイ。これでようやくそこの敗者を捕まえることができた。全く……一時はどうなるかと思ったぞ」
「む、この姿か? ……ほうやはり惚れた女の事は気になると見える。はっはっは、そんな目で睨むな」
「詳細……は後で説明してやろう。我が能力によるものだ。そう睨むな、危害を加えているわけではない」
「そもそもこうなったのも、そこで無様に転がっている阿呆のせいだ。あの程度で出し抜けると思われたことが、残念でならない」
「まぁなんにせよ終わりは終わりだ。定めたルールに違反をした時点で未来は無いことを分かっていただろうに」
「さぁ、遊びは終わりだ」
■ 妹が大切で何が悪い ■
現実味というか、現実感というか。
そういったのを感じないってのは、こういう状況のための言葉なんだなって。
俺は阿呆なことに、そう思った。
「はーいはい。お終いお終い。さっさと帰りましょー」
手を叩き、相変わらずの軽い語調で。その場にいる全員を促すように声を上げる遊仙。
「で、これはどうされますか?」
正反対に、油断も隙も無く。首だけの姿で囚われているイーリスに剣を向ける黒騎士。
「当初の予定通りに進める。定めたルールに則っての決着、これで終いだ」
つまらなそうに、ため息すら交えて。アリアの顔と姿で立ち振る舞うシュヴァルグラン。
「……いいんですか、キョウヘイさん?」
「いいのかい?」
「橘さん、どうします?」
「一佳様に害をなさないのなら、それでいいのでは?」
通常運転の1名は置いておき、3人が意見を聞いてくる。心配そうなミリア、さして興味なさそうなライオット、諸々含んだ聞き方の入須と、三者三様ではあるが一応俺の意志にここは任せるつもりらしい。
だけど俺は……言いたかないが絶賛混乱中である。
なんであのアリアがシュヴァルグランに乗っ取られているのかってのと、でも一応無事ではあるんだよなという微量の安堵と。イーリスを引き渡せることとか、これで悪趣味なクソッタレゲームも終わりかとか。これでようやく帰れるんだよな、とか。あと、遊仙こっちにいるけど、一佳やラヴィアはどうしているのかとか。
ともかくなんというか……ぐっちゃぐっちゃのごちゃ混ぜなんだ。なにをするべきか、なにをしたらいいのか。全く状況に追いついていなくて、訳が分かっていないんだ。
「はぁ……おい――――ッ!?」
とはいえ。
このままじゃ埒が明かないので、まずシュヴァルグランに声をかける。アリアの形した、その肩に手を置こうとして、
「――――無礼者が」
光が、閃く。
それが黒騎士の大剣によるものだと気が付いたのは、咄嗟に側面を弾いた後のこと。弾き切れずに肌の表面を斬られ、その無駄に重厚で黒光りしている図体が視界の端に映ったことで間一髪死を免れたことを察した。
少し遅れて心臓が焦ったように不規則に音を鳴らす。
それほどに速く、要因は多数あれど、彼我の差を感じる一撃。
「……先に死にてぇみてぇだな」
だけど、意外なことに、というか。
思考や理解よりも先に、口をついて出てきたのは。
我ながら感心するほどのチンピラというか三下染みた一言だった。
「ちょうどいい。テメェには借りがあったな」
「……ハッ、よく吠える」
「どっちがだよ」
こんこんこん。わざとその鎧を叩きながら、煽るように顔を歪めてやる。
……さっきの内容に対して、癪だが訂正が必要だ。
大剣を振り下ろされたとき。確かに拳が間に合いはした。だが、弾き切るまでの力までは籠められなかった。軌道の修正も、ほぼほぼできていなかった。
いわば、当てただけ。
にもかかわらず、表面を優しく斬られただけってことは、
「最初っから当てる気もなかったくせによぉ……お優しいことだな? マウント大好き野郎がよ」
そんなに自分の力を誇示したいのか、或いは俺を殺せない理由があるのか。
なんにせよ、コイツがムカつくやつであることには変わりない。
今の事だってそうだが、そもそもこいつにはケントでの出来事と言い、ネムの件と言い、返さなきゃならんものがある。
「ふっ、吠えるな。望むならあとでいくらでも相手をしてやる」
「先に手を出したのはテメェだろぉが。あとその言葉は俺が言うならまだしも、テメェが言うとただの勘違い野郎だぞ」
なんで俺が喧嘩を売っている立場なんだよ、テメェが売ってきてんだろうが。
「そこまで敵意を振りまいておいて、よくそんな言葉を選べるものだ」
「それが手を出した理由か? 記憶喪失かテメェ。あぁ、それとも都合よく記憶を書き換えたのか? なら納得だ」
「……あの街で出会った時と比べ、随分と変わったものだな」
「なんだ、覚えているんじゃねぇか。ならなんでテメェの事が気に食わねぇのかもわかるだろ。人に責任の所在を擦り付けようとしてんじゃねぇよ」
気に食わない奴だ。ぶち殺したいとも思う。それでもコイツの手を借りたのは、少しでもイーリスとの争いの勝率を上げるためだ。
だがそれももうおしまい。イーリスとの決着がついた今、コイツの助力は必要ない。
「ふっ、レオル、そこまでにしておけ。非はお前にある」
「承知しました」
シュヴァルグランの言葉に、あっさりと引き下がる。……忠臣気取りか、くそ野郎が。
「そこまでそこまで。もう終わりなんだからさ。恭兵も色々と説明欲しいっしょ?」
遊仙も仲裁に入ってくる。その手にはイーリスの生首。憎々し気に見やってくるのは変わりないが、遊仙は気にすることもない。
「てことでみんな、かーえろ。穴は空けてあるから、入った入った。あ、妹ちゃんとラヴィアと……なんかもう1人いたけど、みんな脱出させているからね」
「随分とフォローが行き届いているな」
「まぁね。あ、それともうルールは気にしなくていいから。破ったのはこいつが先だし、今更ルールに則れって話は無理だからね」
無駄に争わなくていいのは吉報だ。と言っても、イーリス側の生き残りはウルくらいしかわからん。あとは姿を見せないチカか? あとは……氷眼もいたっけ。それと……
「……シグレは?」
「え、知らないよ。会いに行くつもりもないし。ねぇ、良いでしょ?」
「我は構わん。キョウヘイがどうしてもと言うのであれば「いや、俺もいい。そのまま放置で」はっはっは、随分と嫌っているじゃないか」
話に割って入る。アイツにはミリアの件や一佳の時とかのことがあるからぶちのめしたいが、今は余計な気苦労を背負い込みたくは無い。遊仙の言葉の通りで、まずは色々と説明が欲しいのだ。
……そう考えると、いくら喧嘩を売られたからと言って、黒騎士に突っかかったのは余計なことだった。反省が必要だな。
「……あれ? ライオットは?」
「シグレの話題をするときに無理やり戻した」
「やるぅ」
ひゅー。からかうように口笛を吹く入須。
そのせいで今めちゃくちゃ脳内でうるせぇけどな。
あとにしてくれって話だよ、本当に。
■
結論から言ってしまうと、事の顛末はほぼほぼ予想した通りだった。
最終審判の開始後に、イーリスがシュヴァルグランを襲撃。
だが撃退されて撤退。代案として、一佳を依り代にしようとするが、俺たちの邪魔が入り失敗。
で、拘束されて逃げようもなくなったと言う訳だ。
「まさかキョウヘイたちが入ったすぐ後に襲われるとは思わなかったぞ」
俺がシグレに無理やり穴の中に連れていかれて。それを追ってイチカやラヴィア、遊仙が入って。そのタイミングでイーリスは襲ってきたらしい。
「虚を突かれたと言えばその通りだ。襲ってくることは考えていたが、まさかあのタイミングと思わなくてな」
まだアリアと黒騎士が残っている状態だったが、イーリスは当然気にも留めず、シュヴァルグランを襲ったという。そしてその結果は、シュヴァルグランへの致命傷。
「心臓を突き破られた。……認めたくはないが、まぁ、致命傷だ。肉体への回復も阻害され、死が目前に迫っていた。我に出来るのはせめてイーリスに一矢報いることぐらいだった」
その結果、イーリスにも重傷を負わせた。
イーリスはシュヴァルグランの顛末を見届けることなく逃げるしかなかった。
「もしもこやつが逃げなければ、重傷ではなく致命傷を与えられただろうが……まぁ過ぎた話だ」
両者相打ちになれば、最終審判がどうなるかは分からない。参加者がどうなるかは、何も定義していない。
もしかしたら、最終審判の無効化で、螺旋回廊が消滅するかも知れない。
もしかしたら、何も起きずに、最終審判は継続するかもしれない。
だがその分からない内容を、都合の良いように解釈することはイーリスにはできなかった。イーリスとしては、依り代候補である一佳の確保は絶対条件。もしも螺旋回廊の消滅と共に、一佳も消滅してしまえば、イーリスの目的は結果的に果たせなくなる。
だから引いた。引かざるを得なかった。
「作戦で言えば、認めたくはないが負けだ。追い返しはしたが、身体はどう足掻いても保ちそうになかった。それこそ、随分と昔に戯れで開発した魔法を使わざるを得なかったわけだからな」
「……その魔法が、アリアの形をしている理由か」
「そういうことだ。……ふむ。キョウヘイ、貴様としてはそちらの方が本題と言いたそうだな」
くっくっく。隠しきれずに笑いを零される。なにがどうやら分からんが、シュヴァルグランとしてはそれが随分と面白いことらしい。
「なぁに、後ほど説明をしてやる。まずは飯を食い、疲れと傷を癒すがいい。貴様はよくても、他の皆は同じではないらしいぞ?」
そうシュヴァルグランに言われたのが、螺旋回廊を抜け、始まりの広間に戻った時のこと。
一佳との再会を喜ぶよりも先に。自分の都合で勝手に説明を始めたくせに、そう言ってアイツは話を打ち切ったのだ。
「で、説明は?」
結局あの後。
皆と食事をとり、休息を取り。
一佳とラヴィアは、それぞれターニャとネムに報告をしに向かい。
ウルと比奈坂は2人を追い。
遊仙は自室に戻り。
黒騎士はどこかへ消え。
残った俺は、真っすぐにシュヴァルグランに話を聞きに来たと言う訳だ。
「随分と急かすではないか」
シュヴァルグランはまだアリアの姿のままだった。そしてあのテンプレートのような王の間で、これまたテンプレートのような大きな椅子に座っていた。小柄なアリアの身体には尚更大きすぎるにもかかわらず、ふんぞり返るようにして。
そして俺を見て、来ることが分かっていたかのように笑みを浮かべた。
「よほどこの小娘が大事と見える。惚れたのか?」
「……その通りだ、と言ったら?」
「ふん、もう少し恥じらってもいいだろうに」
つまらなそうな言葉とは反して、表情からは喜悦が溢れている。よほど俺の姿が滑稽に見えるらしい。悪趣味な奴だ。
パチン。シュヴァルグランが指を鳴らすと同時に、目の前に小さなテーブルとワイングラスが二つ現れる。
「付き合え。それとも飲めぬか?」
いつの間に取り出したのか。その手には赤ワインが一本。
「貴様らの世界のモノだ。中々にイイ。味は保証するぞ」
とくとくとく。アリアの形をしているとはいえ、魔王様直々に注ぐというのは、中々に珍しい光景なのだろう。黒騎士あたりからすれば、泣いて喜ぶ光景かもしれない。俺は何も思わないが。……というか、
「……よく見りゃこれ、日本語が書いてんな。しかも高いやつだ」
「ほう、知っているか」
「名前くらいはな。口にしたことは無い」
たしか100万以上する代物じゃなかっただろうか。もちろん知識として知っているだけで、今まで見たことは無い。……まさかこの世界で実物にお目にかかるとは思いもしなかった。
「イーリス、貴様はどうする?」
「いりません」
まったく気が付かなかったが、シュヴァルグランの足元にはイーリスの生首があった。鳥かごのような小さな檻の中に入れられ、しかし相変わらず憎々し気な目つきでこちらを見てくる。
「……まだ処分してなかったのか」
首だけになったとはいえ、命を狙ってきた敵である。そんなのを足元に置いておける考えが分からない。
だがシュヴァルグランは、俺の言葉を聞いても肩をすくめるだけ。……本当に気にも留めていないらしい。
「もうこやつには何もできない。最後の役目を終えるまではこのままだ」
「役目?」
「ああ。……そうだな、それも説明をしてやろう。なに、聞きたいことはいくらでもあるのだろう?」
「……否定はしない」
この世界の事。こいつらの関係。呼ばれた理由。この後の事。イーリス側の世界の処遇。
アリアのこと以外にも、聞きたいことは確かにくらでもある。
……考えを見透かされているようで、あまりいい気分ではない。
「けど、最優先はアリアの事だ。それ以外は別になくてもかまわない」
「まったく。よほど惚れこんでいるようだな。こやつも幸せ者なことだ」
にやにや。アリアの顔でありながら、シュヴァルグラン自身が随分と楽しんでいることが分かる笑い方。魔王というポジションのくせに、随分と世俗的なところで楽しみを覚える輩なことだ。
「安心しろ、説明はしてやる。だが物事には順番がある。まずは……そうだな、この世界の始まりから話をしていこうか」
「いきなり随分とスケールのデカい話だな」
「そう急くな。必要な手番なのだ」
そう言って。シュヴァルグランは天に向けて右手を掲げた。
その親指と中指は合わさっていて――――
「さぁ、見せてやろう。その上で説明をしてやる」
――――パチン
■
景色が、変わった。
以前にイーリスの過去の映像を見せられた時と同じように、だけど今回は空を浮くようにして宙に立っている
それともう一つ。
「え、あれ?」
「おっ、と」
「……ふぅん」
「わわっ!?」
ミリア、ライオット、入須。
3人ともが、同じように……あれ?
「どうせという話だ。4人ともみるがいい」
にやにやと笑うシュヴァルグランだが、俺はそれどころではない。
「い、一佳?」
ぺたりと。宙に座り込む形で。
なぜか一佳がここにいる。
「……あ、あはは……バレていたんだね」
「分からぬはずがなかろう。兄が兄なら、妹も妹ということか」
「……後をつけてきてたってことか?」
「え、あ、うん。だって話を聞きに行くなら、絶対このタイミングだろうなって思っていたし」
「ターニャのところに行ってなかったのか?」
「えーと、まぁ、うん、その通り」
一佳は困ったように頬を掻いたが、悪びれる様子はない。それはつまり、突発的な思い付きではなく、最初から俺の後をつけ、話を盗み聞きするつもりだったわけなのだろう。
「お兄ちゃんの事だから、きっとなんでもかんでも一人で片付けようとするでしょ。だから一人だけのタイミングで行動すかなって思って」
「……つまり、俺は泳がされていたわけか」
「まぁ……そうだね!」
開いた口が塞がらないとは、きっとこういうことなのだろう。……正直色々と感情が追いつかない。どう今の気持ちを表現すればいいのか、まったくわからない。ただ、まぁ、うん……そうだな。随分と逞しくなったものだ。
「あ、大丈夫だよ。私以外は聞いていないから!」
「……確かめようがないだろ」
「心配はない。ここは我が招いた者のみしか来れぬ。他の手立てで盗み見ることは不可能だ」
そうですか。俺が言いたいことは別のことだったかが……まぁいいや、埒が明かん。
「で、この下の光景が世界の始まりってことか?」
眼下の光景を指さして、話を促す。
下は草原。
そこには何も、特別目を引く様な何かは無い。
「うむ。……懐かしき光景だ。何もなかった、産まれたままの星の姿。まだイーリスと、こんなにも長い付き合いになるとも思っていなかった頃だな」
「そうだろうと思っていたけど、やっぱりかよ」
以前の問答で、俺はこいつら2人がグルだと疑っていた。あの時はこの世界に人を呼ぶ手引きの事しか聞いていなかったが、そもそもの話、ずっと以前からの旧知の仲だったわけだ。
「我々はこの世界に降ろされた。いや、放り出されたという方が正しいか。好きにしろと言わんばかりに、何も言われず、何も求められずにな」
「訂正がありますね。好き放題しすぎたから放り出された、でしょう」
口を挟むイーリス。興味のない素振りだが、是正はするらしい。
「所謂、悪童。故に放り出された。いくら能力があれど、制御をできないものに価値は無い。貴方たちのように」
「それは負け惜しみだな、イーリス。キョウヘイたちのことなら、いくらでも他に手はあっただろう」
「よく言いますよ、私から時間を奪っておいて」
「それはお前が負けたのが悪い。お前とて、勝者の特権もなしに全てを戻しはしまい」
「……否定はしません。ただ、貴方の方が悪趣味でしょうに」
……早速話が脱線してきたな。大丈夫か、これ?
「てことはなに、アンタらってこの世界の存在じゃないとでもいうの?」
横から入須が口を挟む。それは俺も思ったことだ。確かに今の会話を聞いていると、コイツらはこの世界の存在ではない。放り出されたと言うことは、別の世界から来たってことに聞こえる。
「ふむ……話が逸れたな。まぁ部分的にはそう言うことだ」
「部分的には? とんでもない事実だが認めるんだな。……正直話が飛躍しすぎているんだが」
「事実をねじ曲げても仕方あるまい。それに今更隠されることも、貴様らは望むまい」
それはその通りだ。関係の無いようなことでも、それがアリアの身に関わる事であるのなら漏らすわけにはいかない。そもそも全てを説明すると言ったのは、シュヴァルグランなのだから。
「部分的にと言ったのは、確かに我々はこの世界の存在ではないが、今この限りこの姿においてはそうではない、と言うことだ」
「……何の問答だよ。遠回し過ぎて何が言いたいのか分からん」
「そう焦るでない、順番に説明をしてやろう」
言うが早いが、場面が切り替わる。
見下ろしていた草原は、荒野へと景色を変え。緑は消し飛び、大きなクレーターがあちこちにできている。
「放り出された我々は暇を持て余した。何もすることがなく、何もしたいこともなかった。最初の内は戻り方を考えたが、上手くはいかなくてな。次第にイーリスと喧嘩をするようになった」
「その元の世界とやらに戻るための協力は諦めたってことか」
「その通りだ。互いに実力は認めつつも、そりの合わない者同士でな。ついにはこうして、この世界を変化させるほどの喧嘩に発展したのだ」
「ただの喧嘩でこれかよ……」
「だがまぁ、喧嘩をしても互いに決着はつかない。次第にそれも飽きてきてな」
うんうん、と。過去を懐かしむように、感慨深く話すシュヴァルグラン。イーリスが補足を入れないあたり、本当の事なんだろう。……そしてまぁ、そりが合わないと言うが、俺からしたら2人は似た者同士だ。
「単純な戦闘での決着がつかず、いたずらに時間だけが過ぎる。それは我々としても本意ではなく、しかし今のままでは暇で、決着がつかなくとも喧嘩をしていた方がまだマシという具合でな。ならば別の形で暇をつぶしつつ、かつ互いの優劣をはっきりとさせ、決着も付けられる方法を考えることになった」
「加えるのならば、私たちの直接の力が及ばない決着のつけ方、になりますね」
「うむ、その通りだ。そして出した結果が、互いに生命体を進化させ、より高次の存在を作り上げた者を勝者とすることだった」
「はぁ?」
「幸いにして、今と比較すると低度な知的生命体しか当時はいなくてな。既存の存在を進化させ発展させていかなければならなかった。破壊するのは簡単だが、育てるのは存外難しく、しかし楽しくもあった」
……想像以上に壮大な話である。と言うか今の流れを全て信じるのであれば、こいつらはまるでこの世界の神のような存在と言えるのではないだろうか。
「最初の頃は失敗だらけだった。それに高次の存在の具体的な線引きをしていなくてな。なにをもって勝利とするかを決めていなかったので、結局この方法も決着がつかなかった。だが見せ合いを重ねる内に、育てることに面白さを感じるようになった」
「面白さ?」
「自分の手や思惑を離れ、想定外の進化をするものが出てきたのだ。突然変異と言う代物だろう。理屈や理論の枠に収まらないということが、こんなにも面白いものなのか! と感動したことを覚えている」
それこそ、本当に俺たちの世界の歴史のようなものなのだろう。生命体の進化と、文明の発展。当事者としてその流れを見ることは、確かに面白いことなのかもしれない。
「相変わらず決着がつきそうになかったこともあり、この想定外の進化の行先で我らは争うことにした。もちろん下地は作るが、その後の手を加えずに監視だけをする。貴様らの世界で言うところの、シミュレーションゲームというやつだな」
街を作ったりするやつのことだろうか。一佳や入須は分かったように頷いているので、脳内で想像はできているのだろう。
「互いに監視する範囲を決め、どちらの生命体がより優れた進化をしていくかで、決着をつけることにした。言わば、互いの国の興りの始まりだな」
「よいアイディアだったと思います。天啓、とでもい言える閃きでした」
「うむ。我々二人とも、期待に胸が膨らんだものだ。どんな進化をし、我々の想像もつかないような結果を見せてくれるのか。楽しみで仕方がなかったことを覚えている。……だがなぁ」
はぁ。ため息を零しつつ、シュヴァルグランは再度指を鳴らした。ぱちん。
「わっ! 争っている!? え!?」
「うーん……もしかしてだけど、これって戦争ってこと?」
一佳と入須の言葉はその通りで、眼下では大規模な争いが生じている。
人間っぽいの、獣人っぽいの、魔族っぽいの。それぞれが入り乱れて、あちらこちらで怒号や悲鳴が上がっている。
「その通りだ。まさかの争いに発展をしてしまったのだ」
「互いの国が互いの国を侵略しようとしてしまった。私たちの見たかった進化は、強制的に止められてしまったのです」
争いのない世界、というのは無理な話だ。戦争程大きくなくても、差別やイジメは必ず起きてしまう。
それは人以外でも起こっていることであり、シュヴァルグランたちが手を加えたからと言って、必ず起きないとは言い切れないことだ。
「戦争は一時的だと思ったが、随分と長く続いてな。最終的に停戦もなくただ両陣営が疲弊をしただけだった。当然進化どころではない。無論負荷がかかることで別種の進化をするかもしれないという期待はあったのだ……だがなぁ」
「進化はしない上に、また争い始めたとかか?」
「その通りだ、キョウヘイ。少し休み回復したら、また争って疲弊する。それを続けられてしまった。見たいものは見れそうになく、これでは埒が明かない。実に困ったことになってしまったのだ」
よほど長い間、この戦争は続いたのだろう。それこそ2人が我慢できなくなるくらいには。
「結局任せきりにするのではなく、要所要所である程度方向性を操作しなければならない。それがイーリスと共に出した結論だった」
「本当に仲良しだな、お前ら」
「それだけ永劫の時間と言うのは大敵なのですよ」
「だが時間が余っているからこそ、このように理解できたこともあった。決して無駄ではなく、必要なものだったのだ」
ぱちん。また場面が切り替わる。今度はどこか、きっと王室のような豪勢な一室。煌びやかな装飾品、無駄にデカい調度品、豪華で壮大な眺め。
そしてそれらに相反し、床を埋め尽くす死体の山々。隙間を満たす赤い液体。
……生きているものはどこにもいない。
「そしてまた、過度のストレスは反抗を招くことも知った。この場面は、反抗してきたもの処刑したところだな」
「反抗、ね。そんな生易しいものではなさそうな惨状に見えるけどね」
「人は理解できないものに対して、恐怖心を覚えます。そしてその値が一定を超えると、反抗心へと変わります。ライオット、先代の聖女に反抗した貴方なら理解できるのでは?」
「失礼な。僕はこいつに恐怖を覚えたのではなく、単純に嫌いだったから殺すことにしただけさ」
「こっちに話題振らないでくれる? ノーコメント。今更どうでもいいわ、そんなこと」
入須とライオットのいざこざは置いておき、シュヴァルグランやイーリスの言うことは理解できる。理解の及ばない相手に対して、下手な反応はせずに従うか、それとも抵抗するか。スケールの大小はあれど、そう言うことだろう。
「絶対王政や独裁政権、それらは短期的には効果を発揮するが、長期的な視野では進化や発展を妨げかねないことを知った。この世界の生命体を超越した存在だからと言えども、なんでも思い通りにはできないということだな」
「私たちが手を加えて導けるのは、あくまでも私たちの想像の範囲内の事だけ。それを超える進化を望むのであれば、過度の指導は不要でした」
「先ほど言った通り、完全に任せてしまうと争ってばかりなので、ある程度の軌道修正は必要にはなるのだがな」
なるほど、少しずつ全容が見えてきた。この世界に来たばかりの頃に、何も知らない俺のためにアリアが説明をしてくれていた。人の世界と魔物の世界は、大昔から争っていたと。つまりはこいつらの軌道修正が実を結んだ結果が、今のこの世界に根付いている歴史ってわけだ。
「指導者についてはかなり苦労したが、最終的には我々の血を引く者が、代々の後継者として責務を担うことにした。いやはや、口で説明するのは簡単だが、ここに至るまでには随分と失敗を重ねてきたものだ」
「その世代で一番の実力者に任せる手法も取りましたが、それでは致命的な誤りをした際の軌道修正に大変苦労してですね……血縁関係による承継が最も合理的で効果のある方法でした」
「……血縁関係者であれば、依り代とするのも容易いから、ですか」
「ほう? 意外と頭が回るではないか、亡霊の小娘。まさしくその通りで、蚊ほどの血しか流れていなくても、血縁であれば依り代としての機能は十全にこなせる。逆を言えば、血縁でなければ一苦労と言う訳だ」
「待て待て、そこのイーリスは血縁関係でもない俺の妹を依り代にしようとしていたんだが」
「確かに血縁関係ではありませんが、奇跡的に赤の他人でも合致する場合があります。彼女の場合、まさしくそのパターンでした」
臓器移植のドナーみたいなもんか。赤の他人でも、奇跡的に体に合えば後遺症がない場合があるってのは聞いたことがある。
「先代のそれとは比べ物にならない代物でした。……あぁ、実に惜しかった」
「ざまーみろ」
中指を立てて、敵意を隠さずに蔑む入須。可愛らしい顔つきが、逆に随分と絵になって見える。不思議なことだ。
「……ん? おいおい、ちょっと待て。今の話を整理すると……あれか、お前らは基本的に依り代としての機能は、自身の血縁関係者でないとダメってことだよな」
「うむ、そうだな」
「てことはだ。あー、いや、ちょっと待て」
導き出た結論を、脳が拒む。理解を拒む。
いや、そりゃそーだ。ちょっと待ってくれ。必死に否定の言葉を探すけど、懇切丁寧に説明されたせいで、行きついた答えの逃げ場がない。
目の前には、シュヴァルグラン。ただし見た目はアリア。中身はシュヴァルグランで、外身はアリア。
そして依り代とするには、血縁関係者でないとならない。
「ほら、どうした?」
俺の混乱がよほど面白いのだろう。シュヴァルグランは揶揄うように、次の言葉を促してくる。ニヤニヤと笑いながら。分かっているくせに聞いてくる。
こっちはそれどころじゃないってのに、本っ当に悪趣味な野郎だよ、クソがっ。
「……あー、もう」
分かってんだよ。もう。クソッタレ。
アリアはシュヴァルグランの血筋を引いている。
……そういうことかよ。




