7-21
昨年中に終わらせる予定が、全く手を付けられずに2024年ももうすぐ終わり。
物語自体はもすぐ終わりなんですけどねぇ…
「貴方がイチカ・タチバナとの再会を望んでいなければ、魔族側で旅をスタートしていたことでしょう」
「貴方自身の願いと、シュヴァルグランの趣味の悪さもあり、スタートこそこちら側でしたが……やはり運命は変えられませんでした」
「道はいくつもあったはずなのに、導かれるように貴方は魔族側へと歩みを進めていきましたね」
「そのどれもが、普通の感性であれば選ばない道ばかり」
「呆けた顔をしていますが……気づいているのでしょう?」
「貴方がこの世界で初めて会った、半魔の小娘も」
「貴方を殺さずに見逃した魔族も」
「貴方の身に宿った奇妙な能力も」
「貴方の行く先々で都合よく魔族絡みの出来事が起きたことも」
「貴方がシュヴァルグランのもとにたどり着いたことも」
「そのどれもが一つとして選択肢を違えていたら、今のこの状況には結びつかなかったでしょう」
「つまりは全てが――――全部全部定められていたようなものなんですよ」
「貴方がこの世界に来て、今に至るまで」
「癪ですがね」
■ 妹が大切で何が悪い ■
ひどい気分だ。
ぐるぐると視界が回る様な感覚と、早鐘を打つ心臓。
どうしようもない胸騒ぎ、掻き立てられる不安、呼吸が乱れるのを止められない。
そして脳内で展開される、これまでの道のり。
目を瞑り、考えないように努めども、俺の意思を飛び越えて勝手になぞらうこの世界に来てからの日々。
アリアとの出会い。黒騎士との対峙。シグレとの殺し合い。ミリアの死。ラヴィアの腕試し。ネムの同行。聖教国での戦闘。一佳との再会。シュヴァルグランとの交渉。
命を失うかもと思ったことは一度や二度ではない。死んでもおかしくないことなんて幾らでもあった。目的のために見捨てた命があった。この手で奪った命があった。犠牲にしたものがいくつもあった。
踏み潰して、踏み締めて、踏み越えて。
そうやってこの世界でここまで来て。
なのに、その全てが。
定められていたようなものだと。
決まっていたようなものだと。
その実、何も選んでやしないと。
まるで、偽りだと。
「……くだらない話だ」
イーリスの独白を受けて。
その意味を咀嚼するのに、しばしの時間をおいて。
ため息を一つ。言葉を一つ。
疲労を存分に乗せたそれは、我ながら随分と重たく感じた。
「今更そんな話に何の意味がある」
「あら? それはつまり、認められないと? 私の話は嘘偽りだと?」
「そういうことじゃねーよ」
首だけの状態で囚われて、明らかに敗色濃厚で、それでも今なお上から目線のイーリスの言葉。
その口から紡がれた、嘲りのような言葉を切って捨てる。決して強がりでもなにでもなく、本心から。
「お前の言葉が真実だろうが嘘だろうがどーでもいいんだよ、俺は」
「は?」
「だからどーでもいいんだって」
俺の意図が全く分からないのだろう。珍しくもイーリスは呆けた顔を見せた。だが呆けたいのはこっちの方だ。
「なぁ、イーリス。お前は俺の目的を知っているんだろう?」
「えぇ、もちろん」
「なら、なんで今のお前の言葉に、俺が異議を唱える必要性が出てくると思えるんだよ」
「?」
「あのなぁ……」
どうやら分かっていないらしい。反応も、表情も、相槌も、その全てが俺の言葉を理解していないと言っている。一から全部説明しなければならないと言っている。
「俺の目的は一佳を連れ戻すこと。それはお前が言ったとおりだ。その目的達成が第一優先なんだから、ほかの事なんかどーでもいいに決まっているだろ」
「……であれば、全部がシュヴァルグランの筋書き通りでも良いと?」
「だからそう言っているだろ」
「シュヴァルグランの目論見に従うと?」
「だから筋書きだとか目論見だとか、そんなことどーでもいいんだって」
もう一度溜息を吐く。話が通じない奴だと、暗に苛立ちを含めて。
「俺は一佳を連れ戻せれば、それでいいんだって。その行いのせいでお前が死のうがシュヴァルグランが死のうがどうでもいいし、世界が崩壊するのもどうだっていい。もっと言えば、ここにいるやつらの生死だってどーでもいいんだよ」
「ははっ、言うね」
「え、ちょっと待ってください」
「そこで笑ってる阿呆も、そこで異論を唱えたチビ助も、一佳を助けるための駒でしかない。俺の目的も、行動の基準も、何も変わっちゃいない」
もう何べんも、何べんも同じことを繰り返すが、俺の目的は一佳を連れ帰ること。そしてその目的のためには、それ以外の事は二の次になる。ここまでの道程が何であろうと、俺がシュヴァルグランの言うとおりにしているのは、それが目的達成のために一番現実的で可能性が高い手段であったからに他ならない。
「逆に言ってしまえば、お前が今すぐ一佳と俺を元の世界に返してくれるなら、お前側で戦ったってよかったんだよ」
カタリナやヴァネッサ、氷眼とやらと一緒に、シュヴァルグランと戦う。それはアリアを、ネムを、ラヴィアを裏切る行為になるだろう。だがそれでもいい。3人とも俺にとって大切な奴らだが、一佳と天秤にかけられはしない。そこがブレてしまっては、俺がここに来た意味も、ここまでの意味も、すべてがなくなる。
……冷たいと、きっと第三者は言うだろう。非難もするだろう。幾度となく助けてくれて、時には命すら賭してくれた相手を、目的のためならば容易く切り捨てると言っているのだ。人でなしの烙印を押されるには十分すぎる。
だがそれでも。俺は一佳を優先する。そしてその為であれば、他の何を犠牲にするのも厭わない。なんなら一佳を無事に連れて帰ることができるのなら俺自身だって……
「……ま、そういうことだからな。お前をこのあとシュヴァルグランに引き渡して、すべては万事解決。俺は一佳をつれて元の世界に戻っておしまいだよ」
「この程度の言葉に揺らいでもらうのは困るけど、それにしても随分と強固だね。まぁ僕にとってもどうでもいいけことだけど」
「言ってろ」
ライオットの言葉を受け流す。強固で結構。そんなことは重々承知で、今更他人に指摘されるまでもないことだからだ。
「お前が今更どんな言葉を弄しても、お前を逃がすつもりはないよ。せいぜい暇つぶしにこの世界のカラクリでも、企んでいた策でも、なんでもいいからネタバレしてくれ」
お前の言葉に意味はない。なにを言おうと今更意思を変えるつもりはない。
俺の言いたいことを理解したのだろう。イーリスは苦虫を嚙み潰したかのような、酷い表情を見せた。それは実に胸のすく様な、俺にとっては気持ちのいい表情だった。
「それで、どうやってシュヴァルグランとやらを呼ぶつもりで?」
「……そうだな。ひょっこり出てきてくれねぇかなぁ」
俺の言葉にやれやれと言いたげに頭を振る面々。
割と本気の意見だったんだけどな。いや本当に。
■
「そういやさ、世界が消滅するってどういうことなんだろうね?」
入須がそんなことを口にしたのは、全員が全員やることもなく、いよいよもってどうしようかと悩んだ矢先だった。
「普通に負けるのと同じなのかな? イーリスが死ぬだけ?」
「ハァ? 言葉の通り、消滅は消滅だろう?」
何をバカな、と言いたげに。呆れを隠そうともせずに言葉を吐くライオット。
「あの時の大戦と同じさ。負けた方の世界が破滅してお終いだろう。なにを今更」
「その大戦って、私たちの時のやつのこと? なら、あれ別にどっちも消滅してなくない? そもそもアンタら馬鹿どもが馬鹿したせいで有耶無耶になったじゃん」
「破滅自体は明言されていただろう。まったく、ロクに戦えない上に覚えも悪いとか救いようがない。よく聖女を名乗れたものだよ」
「破滅じゃなくて消滅でしょ。言葉の意味も分かんないの? ま、空っぽだもんね。シグレのお尻を見るくらいしか趣味ないもんね」
「破滅も消滅も、勝利者側からすればどうでもいいだろう。なぜわざわざ敗者側の事情を考慮しなければならないんだい? そんな無駄が多いから、この程度の輩に乗っ取られるんだ。あとシグレの魅力はそこじゃない、殺すぞ阿婆擦れ」
「破滅と消滅は全然違うでしょ。もしも言葉の意味の通りなら、不合理にも程があるよ。大体そうやって自分の都合のいいようにしか考えないから人の言葉が分からないんでしょ。シグレで妄想にふけてんの丸分かりだからね、キモいんだよゴミムシ」
あぁ? はぁ?
売り言葉に買い言葉。もうデフォルトで入須とライオットはこんな感じなので放っておく。今更仲介しても意味は全くない。
それよりも今の入須の言葉。確かに消滅ってのは、不合理と言えば不合理だ。
「消滅って、要は世界ごとなくなるんだよな。なに一つ残らないってことだもんな」
勝った後のことをどうするか、なんて。そんなのは勝者の考えること。ライオットの言うとおりだ。
だけど、消滅ということは何もないということ。物として手に入る何かは無く、ただ相手と世界の半分が消えるだけ。得られるリターンとしてはマイナスもいいところじゃないか? しかもそれは、勝てた場合の話なわけで。
「引き分けの場合は両方とも消滅……だっけ? なんでそんなケッタイな決着を盛り込んでんだ?」
引き分けの場合は互いの世界が消滅する。負けるなんてありえないことだから、そこは大して考えもしなかったが、よくよく考えればおかしい。なんでそんなリスキーどころか、最悪な終わり方をルールに入れているんだ?
「誰か……第三者が得をするなら分からないでもないですけどね」
ウルはそれほど興味がないのだろう。水を魔力でくるくると操り遊びながら、ちらりと視線を向けただけで、相槌を打つかのように言葉を紡いだ。こいつは所属で言えばイーリス側なのだから、一応どころかバリバリ関係するはずなのだが、我関せず感が実に強い。いいのかそれで。
「第三者ねぇ……」
ウルが何気なく呟いた言葉を反芻する。第三者、第三者ねぇ……まぁ確かに第三者がいれば理屈が通らなくもない。要は邪魔者を消しちゃうってわけだ。2人とも消滅して、文字通り無くなる。それが都合のいい輩がいる。そういうことなら、引き分けの場合の決着の定義も分からなくはない。
その場合はもう1人以上、この世界に関係する誰かが存在することになるが……
「今更新しい誰かが来られるのは困るな。あの2人だけならまだ話が単純だったのに」
「確かにそうですね。……まぁでも確定していないことを想像しても仕方がないのでは? 今の状態ですとそこのそれの一人負けですし」
「ルールに則れば決着間近だし、確かにお前の言う通りだな。……考えても仕方がないか」
想像で敵を作っても仕方がない。いるかいないかもわからないのだ。それをこの場で唯一知ってそうなのは、よりにもよってイーリスなわけだし。
「てことで、イーリス、教えろよ」
とりあえず雑に会話を振ってみる。
まぁ素直に丁寧に親切に教えてくれるとも思わないけど。
「……口の利き方も知らない野良犬が」
はいはい、やっぱりね。知ってた。
「あっそ」
大して期待していないのでため息未満で話を打ち切る。そもそもこいつに期待すること自体が間違っているって話だ。最初から分かっていたこと。なんとも思わない。
かりかりかり。少し目を離した間に、ウルは水を操ってイーリスの手首のあたりを搔いている。突然の奇行。行動の意味が謎過ぎて普通に怖い。
「おい、なにしてんだ? その首なし死体が動いて襲ってきても助けねーぞ」
「それは困りますね。ちょっと実験しているので、何かあったら助けてください」
「なんでだよ、なにしてんだよ」
「血管から血を抜いて、代わりに水を詰めたらどうなるのかなって」
発想がぶっ飛びすぎててドン引きだよ。聞かなきゃよかった。
「なるほど、外からの攻撃で殺せないのなら内部から殺すのか。アプローチする価値はあるね」
「なんか授業でやった記憶があるけど思い出せない……爆発して死ぬんだっけ?」
何故か喧嘩を止めて、様子を見に来る馬鹿2人。何で乗り気なんだよ。
「あ、違う。腐るんだったっけ」
「一先ず足切り落とそうか。そこから血管に入れればどうなるかわかるだろう」
「いえ、それだと血管の入り口を潰してしまうので、掘り当てていきます。その方が綺麗に血を抜けます。多分」
混ぜるな危険って、あんな奴らの事を言うんだろうな。もう普通に嫌である。というか嫌とかそうじゃなくて、マジで本当に関わりたくない部類。
ちらりとイーリスに視線を向けるが、特段気分を害した様子もなく、我関せずといった感じだ。自分の身体がどうなろうともいいのだろうか。尤も慌てふためいたところで助ける気は一切ないけど。
「……お前もお前で良いのかよ」
「知ったことではありません」
さよけ。相変わらずである。
「あ、失敗した」
「だから切り落とした方がいいって」
「血管つぶれちゃうでしょ、シグレみたいに技術があればいいけど、アンタは違うでしょ」
……なんか向こうは向こうで白熱している。マイナスにマイナスを掛けるとプラスになるんじゃなかったっけ? 今のところマイナスが増えただけなんだけど。
「掛けたのではなく、プラスしただけでは?」
あ、そういうことか。ミリアの呆れるような声に納得する。
そっかぁ、掛けてないのかぁ。あんなに大変だったのに……
「なんだかどっと疲れたわ」
「少し眠ったらどうでしょうか。正直起きている間はほとんど働き尽くめですし」
「……眠っている間に、コイツが変な動きしかねんだろ。あ、いや、ライオットもいるし平気か? でもあいつに頼るのなんか嫌だな」
ミリアの気遣いは嬉しいが、その言葉に甘えるには現状が全く落ち着いていない。なんだかんだ言ってもイーリスは敵の親玉であることには変わらないし、今回優勢にことを進められたのは外的要因があったからこそである。頭と体が離れていようと、その頭を固定しようと。シュヴァルグランに引き渡すか、コイツが死んだという確証がない限りは、気を緩められない。
全く。ほんとこれからどうれば――――
「あぁ、なんだ、終わったのか」
■
呼吸が止まる。思考が急速回転する。鼓動が不規則に、けど確実に早鐘を打つ。
それは脳を、心臓を、魂を直接ぶん殴られるような。
それくらいの、それほどの。
自分にとっては、衝撃。
「……アリ、ア?」
その声を忘れるハズがない。
その声を分からぬはずがない。
何せ俺がこの世界に来てから、ずっと助けてくれた人物なのだから。
「む? ……あぁ、そうか」
褐色の肌。
黒色の短髪。
意志の強さを感じさせる、翡翠色の眼。
凛とした口調。
「久方ぶり、か」
忘れるわけがない。
分からないわけがない。
間違えるわけがない。
「いやいや、時間を食った」
なのに、何故だろう。
「息災で何よりだ」
向けられた視線。言葉。態度。
立ち振る舞い。雰囲気。空気感。
「――――誰だよ、テメェ」
思わず。言葉が口をついて出る。意思の前に、出る。
それから、今更ながらに。俺自身が無意識のうちに放った言葉に。
ストンと。納得を覚えた。
――――あぁ、コイツはアリアじゃねぇ。
「ガワだけ似せんな、バレバレだぞ」
言いながら、ギロリとイーリスを睨みつける。どうせまたこの馬鹿が何かしたんだろう。
だがイーリスは眉根を寄せ、首を横に振った。私じゃないと言いたげに。
「あぁ、そこのそれは関係ない」
呼応するように、アリアの偽物が肯定の意を紡いだ。
「こちらの事情だ。……まったく、こうも早々にバレるとは思わなかったぞ」
「早々に認めるのは結構だが悪趣味にも程があるぞ。ぶっ殺してやるから、さっさと顔を戻せ」
「残念ながらそれはまぁできなくてな」
「あぁ?」
そうか、そんなに死にてぇのか。こいつ。
すんなりと意思を理解し、俺は拳に力を込める。
アリアのガワのままぶちのめすのは気分が悪いので、せめて一撃で殺してやろう。
「はっはっは、待て待て。それでは狂犬もいいところではないか、まったく」
にもかかわらず、随分と余裕綽々と言った表情だ。偽物であることがバレて、ここまで殺意や敵意をぶつけられての態度。挑発的と取れるそれは、イーリスのそれとは別の意味で怒りを覚える。
死にたいというのなら、それで結構。せめて全力をもってぶっ潰す。
ミリアが俺の意をくんで、実にスムーズに魔力を拳に集中させてくれる。あとはこれを全力でぶっ放すだけだ。
「まったく。お望みの通り来てやったのに、随分な態度ではないか。悲しいぞ」
よよよ。ワザとらしくその場に崩れ落ちる。ご丁寧に目元を拭って泣いているふりまで。どうやら相当に死にたいらしい。よし殺す。
だが俺のそんな意志は、行動は。
次いで現れた声に、無理やりに止めざるを得なくなる。
「魔王様。お戯れが過ぎます」
「いや、本当にね」
ガチャリ、と。相変わらず重厚な黒色の鎧を身に着けたまま現れる黒騎士。
すたん、と。反して軽装な上に何の緊張感も見せずに現れる遊仙。
「まったく。お前らは遊び心に乏しいな」
呆れを隠そうともせずに、しかしどこか楽し気に立ち上がるアリア……いや。
何があって、何が起きて。どういう理屈で、どういう原理で。
ああクソ、何が何だかわからねぇ。分からねぇけど、癪だけど、しっくりくる。分かってしまう。脳の理解よりも、目前の現実への視覚効果よりも、何よりも先に心が納得する。
目の前の、コイツは、この野郎は、
「急いては事を仕損じる、だったか。まったくもってその通りだとは思わないか? なぁ、キョウヘイ」
――――シュヴァルグラン。
おまけ
ウルのプロフィール
名前:不明(ウルファは便宜上つけられた名前)
年齢:不明
種族:不明(人工的に生み出されたため種別の特定が不可)
性別:女
出身:イーリス聖教国
クラス:自然魔法使い
好きなもの:イチカ
嫌いなもの:イチカを困らす全て




