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7-19

最終更新から半年以上経過してしまいました…

2023年中の完結を相変わらず目標としています。

どうか最後までお付き合いいただければ幸いです。


※23/9/18 誤字脱字修正

 なんだかこの世界に来てから、俺は落ちてばかりな気がする。

 思えば最初の古城で。ドラゴンの強襲から階下へ落下して。

 マノのダンジョンで。魔物側の世界や地下水路に落とされて。

 イーリス聖教国に入る前に。アリアとネムと一緒に高度落下を強制されて。

 そしてこの場所では早々に落とし穴にハマって皆と逸れた上に、またこうやって落ちている。


 そう、また落ちている。


 異なる点があるとすれば。

 それは俺の体に絡みつく無数の手。

 逃さないように、或いは本命(一佳)を逃した腹いせのように。

 力任せに体が下へと引っ張られる。

 黒々とした穴の中へと落ちていく。


「さて……何が待っているかねぇ」


 呟いてから俺自身の呑気な考えに舌打ちを零しそうになる。

 何が待っているかって?

 んなもん一佳を狙った時点で、何をどう考えてもこの先に待っている奴は一人しかいないだろうがよ。











■ 妹が大切で何が悪い ■











 落下の終着は唐突だった。

 ドプン、と。地面ではなく水のような何かに落ちる。

 だがそれは水よりも抵抗力が強く、何より粘液性を感じる。

 それに水の中にしては呼吸もできる。背景は真っ暗だがそれ以外は見える。かざした手も、一緒に落ちてきた同行者たちも。

 つまりはこれは影の中。ミリアによるサポート。地面に影を広げたことで、着地の衝撃を可能な限り緩和し、ダメージを最小限に抑えてくれたってわけだ。


「!!!!!?????」


 一方で、初対面の時の強者っぷりはどこへ。すぐ隣には状況が分からずに手足をばたつかせて藻掻くチビ助(ウル)

 ……まぁ事前知識もなしに影の中に入ったら水と勘違いして焦るよな。しかも抵抗しても浮き上がらずに、その場で藻掻くしかないわけだし。ならばこそこの醜態は仕方がないのかもしれない。


「落ち着け」


 ガシッ、と。首根っこを掴んで声をかける。一瞬硬直するチビ助の身体。それからゆっくりと、彼女は俺に視線を向けた。


「水の中じゃない。息できるだろ」

「……なるほど。確かに」

「冷静なようで何よりだ。ほら、手を離すぞ」

「あ、ま、待って、沈む」

「沈まんわ。ほれ」


 そう言って手を離すが、実に俊敏な動きでウルは俺の腕を掴んだ。ガシッと、それはそれは俺の腕を握りつぶさんとせんほどの力で。

 そして遅ればせながらも沈まないことに気が付いたのだろう。忙しなく周囲を見渡しこそするが、ゆっくりと掴む力は緩んでいった。


「どういうこと……?」

「水じゃなくて影の中だ。だから息もできるし、これ以上沈むこともない」

「なるほど……」


 恐る恐る。ウルは手を俺から離した。話した通り、沈むことなくふよふよと彼女の身体は浮いた。


「理屈の説明は後だ。こういうものだと納得してくれ」

「……ええ、大丈夫です。なるほど、わかりました」

「話が早いのは助かるよ」


 もう少し何かとやかく言われると思ったが、思いのほかウルの納得は早かった。実力者は状況判断も早いってことだろう。なんにせよ余計な手間が省けたことは喜ばしいと思うべきだ。

 ……何せ、絶対悠長に過ごす時間なんてないはずなのだから。


『ッ! キョウ――――』


 ほらね。焦るミリアの声、よりも先に納得。ほぼ同時に体を襲う強烈な引力。下、ではなく上に。つまりは沈んでいたのとは正反対に、思いっきり引っ張り上げられる。それこそミリアの喚起も間に合わないほどに。


 だがまぁ。

 正直なところ、この展開は充分に予測可能な範疇だ。


 引っ張りあげられて、消し飛ぶ暗闇。その瞬間を捉えたかのように、ほぼ同時に俺たちに襲い来る白色の何か。着地――――よりも先に襲い来るのは明白。避けることは不可能だ。

 ならばそれを思いっきり殴りぬいて弾く。踏みしめる足場はないので、腕力のみで横殴りにして弾く。魔力には魔力を。だがミリアの魔力コントロールに頼らず、ただただ全力で殴りぬく。

 そうして足元をしっかり確認した上で着地。




「よぉ、イカレクソストーカー」




 色々と。これでも考えていた。アイツに再会したら何を言おうって。あんな奴でも聞きたいことがないわけじゃなかったし、正直それ以上にぶつけたい言葉もあった。

 だけど。その姿を目にして。視界にとらえて。認識をして。

 まず口をついて出たのは、自分でもわかるくらいに刺々しくて陳腐なそんな言葉だった。


「ご機嫌どーですか?」

「……本当に、忌々しい」

「そりゃ光栄だ」


 同時に、再び白色の何か。多分、光線的なヤツ。

 それを再び弾く。今度は足場を踏みしめているからか、さっきよりも抵抗なく殴りぬけた。裏拳一発。正直拍子抜けなくらいだった。

 それから、改めて俺は真っすぐに相手を見た。真正面にいる相手に視線を合わせた。

 青色と白色の、修道服みたいな服装。栗色のロングヘア。そして忌々し気に俺を睨む翡翠色の眼。

 見間違えるはずもない、今回の争いの敵方の総大将。

 人の妹に良からぬ思いを抱く諸悪の根源。

 俺がこの世界に来ることになった原因。


「改めて、一ヶ月ぶりかな。相変わらずクソ忌々しい面構えだなぁ」

「……そっくりそのまま返しますよ。貴方さえいなければ、事はもっと楽に運べたというのに」


 憎悪に満ちた視線。ふんだんに突き刺さる敵意と殺意。もしも視線だけで人を殺せるのなら、俺は何回死んでいることやら。

 だけどきっと、俺も同じものを同じくらい目の前のクソったれにぶつけているのだろう。


「貴方の存在が最大の誤算でした。橘恭兵」

「原因を作ったのはテメーだろうが。イーリス」


 交わした視線も、紡いだ言葉も、表面化する態度も、その全てに含まれる敵意と殺意。

 そして瞬きの間に再びあの白い光線が発射されて、巻き戻しのようにそれを弾き飛ばす。




「「ぶっ殺してやる」」




 初めてコイツと意見が合ったな。他人事のようにそう思った。











 多分だが。

 イーリスは一佳を俺たちから引き剝がし、依り代とするつもりだったのだろう。

 だから一佳だけを引き込もうとした。あのおぞましい手で一佳に触れようとした。

 わざわざ一佳以外にも大勢いるタイミングで狙ってきたのは分からないが……まぁその理由はどうでもいいことだ。それを考えるのは俺のやることじゃない。




 イーリスが光線を放つ。俺がそれを弾く。

 俺が距離を詰める。イーリスが牽制の光線を放つ。

 それをまた俺が弾き、追撃の光線を前に足を止める。

 すでに何回同じことを繰り返したのかはわからないが、俺とイーリスの殺し合いは、始まる前の口汚い罵り合いを思えば静かな立ち上がりと言えた。


「……ボロボロの様相ですが、存外体力は有り余っているようですね」


 言葉とともに、先ほどの倍の大きさの光線が飛んでくる。だがそれも、左腕の一振りで弾き飛ばす。


「わざわざお気遣いいただきありがとうございます。そっちは随分とお優しいことで」


 皮肉を込めた返答。三下のような口調になるのは、感情が先んじているからに他ならない。冷静になろうと努めども、諸悪の根源の前には些か昂ぶりが過ぎてしまっている。

 メキメキと。握りしめた左拳が鳴る。あれだけ力が入らなかったのがウソのように、今は逆に溢れて仕方がない。光線を視認するだけでなく、殴りぬくという対応ができるほどに、俺は今不可解なほどに飛躍的なパワーアップを成し遂げている。


 そう、不可解(・・・)なほどに。


 光の速度で迫りくソレを視認し。

 視認してから防ぐことに成功している。

 一秒で地球を何周もできる速度を持っている存在を相手にだ。

 無論、イーリスの手から放たれたということは、純粋な光ではないのだろうが。それにしても明らかに不可解としか言いようのないパワーアップ。


「……まぁ、なんだっていいさ」


 今のこの状況で。

 溢れ出る力に理由が必要か?

 理由を考える必要はあるか?

 それらは優先すべき事柄か?

 ……いいや、絶対違うね。


「ちまちまちまちま、そんなもんかよ」


 嘲りをふんだんに乗せて。馬鹿にするように、挑発するように、嘲笑をもって言葉を吐く。


「それともまだ右腕がイカレている俺への手加減か? お優しいこったなぁ?」


 手加減? そんなわけはないだろう。けど右腕のことは隠すものでもないし、どーせイーリスにはバレているのだ。嘲りの道具として口にしても問題はない。

 それに、


「安心しろよ、テメェの面見てたら力が湧いてきたんだ。手加減の必要はないぜ?」


 嘘でもハッタリでもない事実。言葉の通り、どうやら俺の右腕は回復傾向にあるらしく、感覚が少しずつ戻ってきている。あのクソッタレな面をぶちのめすのも、もう時間の問題だ。


 そう、時間の問題(・・・・・)


 ひと月前にはあれだけ力の差が合ったにも関わらず。

 ラヴィアや黒騎士がいなければ一佳にも危害が及び。

 シュヴァルグランがいなければ一発も入れられず。

 ましてや殺されてもおかしくはなかったのに。

 右腕が使えず身体もボロボロなのに、何故か今は片手で互角に相対が出来ている。

 そりゃ何の奇跡だって話だ。


『奇跡、ではないだろう』

「ああ、分かっているさ」


 脳内に響く呆れ交じりの声。ライオット。だがその言葉の通りで、奇跡なんてものはこの世にそう転がっているわけじゃない。必ず結果に至るまでの過程と要因が存在する。

 例えば俺がこの世界で一佳に再会できたことは、決して奇跡なんかではなく細かな積み重ねが紡いだ結果だ。もちろん都合よく進んだ面もあるが、それでも奇跡で一括りに出来る話じゃない。

 とすれば、だ。イーリスがやけに俺を倒すのに手を拱いているのも。そもそも一佳をあんな杜撰な形で襲おうとしたのも。入須の言葉が正しければ、なぜかシュヴァルグランの元ではなく、この争いの場にまだイーリスがいることも。必ず答えとなる何かがあるはずだ。

 それこそ、例えば――――


「意気揚々とシュヴァルグランを襲ったはいいが、無様に返り討ちにされたとか、な」


 入須の以前の発言が正しければ、イーリスは早々にこの戦いなど見切りをつけ、シュヴァルグランと直接対峙をしに行ったはずだ。相手の土俵に乗ったと思わせ、不意打ちで勝利をもぎ取りに行く。自分の思い通りにするために、俺たちの勝利の判定をゆだねるという約束など無視をして。

 だがイーリスはここにいる。ここにいて、一佳を連れ去れなかった腹いせを俺にぶつけに来ている。

 その行動の意味を考えるに、少なからずシュヴァルグランが関係してくるのは想像に難くない。それもイーリスにとっては悪い方向にだ。

 それこそ今さっき言った通り、返り討ちに遭うとか、そもそも逃げられて会えなかったとか。


『逃げることは無いと思うよ。アレ、そういうの嫌うタイプだから』


 入須の補足。なるほど、経験者は語るというやつだ。確かにあのプライドが高くてめんどくさそうな魔王様が、わざわざ向かってきた相手を前に逃げるとは思えない。それも積年の相手を前にして、だ。

 ならば返り討ちの線が強い。勝算をもって襲撃をしたはずが敗走の憂き目に遭った。そう考えるとしっくりくる。


「返り討ちにされて、しっぽ巻いて敗走。で、代替策として一佳を欲して、それも失敗したってところか?」


 シュヴァルグランに負けて敗走し、力を得るために一佳を欲した。そうであるのならば、あのタイミングで一佳を襲ってきたことにも理由が付く。皆の意識がイーリスから離れていたとはいえ、俺もラヴィアもその他大勢いる中での襲撃なんて、そんな失敗する可能性が高い方法なんて普通は取らない。

 にも関わらず敢行したということは、そうせざるを得ない事情があったと考えられる。例えばボロッくそにやられて、もう長くは保たないとか。

 そんな俺の言葉に、実に分かりやすくイーリスは表情を歪めた。おいおいどうした、どうやらビンゴらしい。


「目論見が外れて残念だったなぁ! その程度の余力で一佳を連れていけると思われていることが悲しいぜ!」

「本っ当に……貴方さえいなければ……っ」


 イーリスにとっては誤算だらけだったのだろう。一佳を取り込めないことも、周囲が味方だらけなことも、よりにもよって一番イーリスに殺意を抱いている俺が来たことも。想像でしかないが、シュヴァルグランに返り討ちに遭ってからは、運にも見放されたということだろうか。


「ま、お前の事情なんかどうでもいいよ。元から殺すつもりだったし。シュヴァルグランの代わりにゴミカスの後始末をするってことになった、それだけの話だ」

「減らず口を……っ!」


 憎々し気な言葉と視線。イーリスの手が一層の輝きを放ち、瞬きの後に幾重にも重ねられた光の束が襲い来る。今までのとは明らかに違う大技。逃げ場のない一撃。

 決めにきやがった、というところか。流石に逃げるのも無理なら弾くのも無理なので、おとなしく飲まれることを選択する。もちろん身体を魔力の防壁で覆っての耐久勝負。逃げる余力を防御に回し、ミリアの魔力操作でどうにか耐える算段。と言っても、耐えられるかは微妙なところだが……


「っ、ふぅっ!」


 ジュウッ、と。何かが焼けるような音。だがそれも一過性で、残熱を感じつつも光は消え失せる。それは拍子抜けと言わんばかりの一撃。そして目を開けた先には、明らかに狼狽をしている様相のイーリス。


「……マジでもう力がねぇんだな」


 憐みをふんだんに乗っけて。心の底から同情という屈辱をイーリスにぶつけてやる。

 忌々し気に俺を見るイーリスからは、あの圧倒的な威圧感も何も感じられなかった。

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