7-18
2023年になっていまいました。
今年こそ完結を目標に頑張ります。
一応話は終盤の終盤なんだけどなぁ
一佳は俺たちとは違い、直接的な攻撃方法を持ち合わせていない。
俺のように殴殺することも。
アリアのように剣技に長けることも。
ネムのように瘴気を放出することも。
ラヴィアのように斬撃を飛ばすことも。
ターニャのように雷を纏うことも。
シグレのように斬り刻むことも。
一佳にはできない。一佳は優しい子だから。いや、そもそもそんな事出来なくて良いんだよ本当は。
だけど、一佳は力を望んだ。
護られるだけの存在から脱却するために。
大切な人たちを護れるように。
とは言え、覚悟を決めたとしても、そう簡単に人を傷つけることはできない。
人を殴った時の反動とか、刃を突き立てた時の感触とか、炎を当てた時の臭いとか。そう言う話じゃない。
怨嗟。恨みつらみ。明確な敵意。指向性を持ってぶつけられるマイナスの感情。
それらに慣れなければ、人を傷つけることはできない。それらを無感情に処理できなければ、人を攻撃することはできない。
……ある意味では当然のことだけど。一佳にとってそれはあまりにも厚くて高い壁だった。
今までは無我夢中だったから。ゲームの世界と言う甘えがあったから。ターニャやカタリナたちが代わりにやってくれたから。だから一佳はそこに真に悩む必要はなかった。
だけど自分の手で、自分の力で、自分の意思を以ってイーリスを倒すと言うのであれば。
一佳自身の力で、その壁は乗り越えなければならない。
そんな一佳が辿り着いた攻撃方法が、カウンターだった。
一か月程度で意識を変えるのは難しい。ならばせめて、全力で敵意を排除する術を覚える。
普通であれば、カウンターは高度な技術と、冷静な見極めと、そして胆力が無ければ成しえない。相手の攻撃に合わせて、相手の意識外から、無意識で無防備な箇所を的確に打ち抜く。失敗すれば自分が逆に沈みかねないし、そもそも攻撃に転じる一瞬を見極めるのだって、相当に神経をすり減らすのだ。
だが一佳には全ての魔法攻撃や遠距離攻撃を無効化できるスキルを持っていた。ならばそのスキルを用い、相手に接近をさせるように仕向ければ、あとは覚悟とタイミングの問題だ。さらに一佳は、相手が己の心理から戦況を読むことを逆手に取り、己の意識を介入させずに全自動で攻撃を跳ね返すオートカウンターの術を構築した。
正しい意味での意識外から、受けた威力を増幅させた状態で返して、その意識を刈り取る。
我が妹ながら中々にえげつない攻撃方法に辿り着いたものである。
「……大丈夫なの?」
「一佳が大丈夫だって言うんだ。俺はそれを信じる」
結果から言えば。
一佳はウルに勝利した。
カウンターで彼女の意識を刈り取り、無力化する事に成功した。
そして――――そして今は、そんなウルを一佳が介抱している状況だ。
「結構な敵意だったと思うけど」
「俺も同意見だ。……けどまぁ、ここで意地を張っても仕方ないだろ」
心配そうに問いかけてくる入須に、俺は不安な気持ちを飲み込んで答える。本音を言えば入須と同じ想いだが、ここで無暗に心配をしても意味は無い。一佳はウルを介抱すると言った。敵として攻撃をされたのに、救うと言ったのだ。なら、その意志を尊重するまで。
「それより先の事だな。まだあと最低でも3体は斃さなきゃいけない奴がいるんだからな」
大本のイーリス、氷漬けにしてきた『氷眼』とやら、それにチカ……どいつもこいつも一筋縄じゃ行かない奴らばかりだ。ここでウル一人の処遇に、無駄に議論を重ねて時間を浪費することは好ましくない。
「ラヴィア、早速で悪いが状況のすり合わせをしたい」
ライオットを追ってチカを処分するか、或いは一旦体勢を整えるか。
どちらが今後の為になるのかは、今は分からない。
分からないが、優先したのは後者の方。
聞きたいことは山ほどある。
■ 妹が大切で何が悪い ■
俺が逸れた後のラヴィアたちの動向は、存外に平穏なものだったらしい。
突然俺がいなくなったことも、瞬時にこの最終審判のステージの特異性にあると予測したラヴィアと遊仙は、俺が死ぬことはまずないと結論付けて、自分たち――とりわけ一佳――が分断されることのないようにと注意を払っていたという。
だが抱いた危機感を裏切るかのように、3人の身に何かが起きることは無かった。
そりゃあ敵が一人も来なかったわけじゃない。だが襲ってきた敵はいずれも戯言を繰り返す雑魚ばかりであり、いずれもあくび交じりに振り払って終わりなくらいだった。
「まぁ……危ないかもぉと思ったのはぁ、あの鬼神と会った時くらいねぇ」
ラヴィアたちは、シグレにも会ったらしい。民族衣装風の装いの見知らぬ男と一緒に行動をしていたとか。おそらくはサイのことだろう。……なんでもこの時、シグレは珍しくも不機嫌だったとかなんとか。
で、サイからは俺の時と同じように、イーリスを裏切る計画を聞いたという。正直3人ともそっちの方は何一つとして興味を示さなかったが、俺が近くにいる旨も話してくれたので、計画の真偽性は置いておき、まずは俺に会いに行くことにしたらしい。だが前述のこの場所の特異性か、あるいは俺が動き回っていたからか、近辺を探しても俺の姿は見つけられなかったそうだ。
「癪だけどぉ、まさかそこで鬼神の手を借りることになるなんて思わなかったわぁ……」
手を借りるとは、鬼神に俺の位置を示してもらうこと。シグレは俺にマーキングをしているらしく、俺の居場所がわかるとかなんとか。甚だ迷惑な話ではあるが、今回はそれが、本当に俺も癪なことではあるのだが、まさかのまさかで役立ったわけである。
そして居場所が分かったことで、ラヴィアはあの魔石を砕いたアレ(ラヴィアは黒水と名前をつけていた)で俺のところまで空間をつなげたらしい。
「念のため第一位には元の場所に残ってもらっているわぁ。これで問題なく合流は可能よぉ」
そして残していた遊仙の位置も把握しているので、アイツをたどればここからの脱出も問題ないと。まるで至れり尽くせりと言わんばかりの好状況だ。けど正直俺としては、3人と逸れてからかなり危機的な状況が続いていたから、事態が好転したことにかなり大きな安堵感を覚えた。……それこそ、思わずその場に座り込みそうになるくらいには。
「でぇ? 私としてはぁ、ダーリンがこれまで何をしていたのか知りたいんだけどぉ?」
ラヴィアの疑問は尤もだ。ここには入須や比奈坂といった、皆の知らない人物がいる。それに氷眼やチカの事など、共有しておいた方がよい情報もある。どうせウルを介抱中で一佳も動けない。可能な内に情報共有を行ってしまった方がいいだろう。
だが。詳細な説明をするには一つ問題があるわけで……
「あー……そう、だな……逸れた後から話すと長くなるから……とりあえずそこの二人は味方と考えてくれ。それともう一人、金髪で好戦的なくそ野郎がいるけど……そいつも味方だ。あとで紹介する」
「……説明に一切なっていないんだけどぉ?」
「正直に言うと、そこまで俺もこいつらの事を知っているわけじゃないんだよ……」
そう。俺は入須の事も、比奈坂の事も、ライオットの事も、たいして知らないのだ。知っていることだけを羅列するのなら、入須は初代の聖女で、比奈坂は助けてくれた恩人で、ライオットは言葉の通り好戦的なキチガイ野郎である。自分で言っておいてなんなのだが、こんな説明で納得できる人はいないだろう。辛うじて比奈坂くらいだ、ギリギリ納得に足る説明をできるのは。
入須もライオットも、味方とカウントするには素性が不明すぎる。役に立たなければ殺す、くらいの考えで味方とカウントしているだけだ。けどそんな判断を良しとするのは、当事者である俺ぐらいなものであって。ラヴィアたちに詳細な説明をしたとしても、納得してもらうことは決してないだろう。それこそミリアと同じように憮然とした態度になるのは日の目を見るより明らかだ。
「とりあえずは味方だ。3人ともな」
「訳アリ、ってことねぇ。了解よぉ」
意外なことに。ラヴィアは早々に納得の意を示した。
そんな俺の驚きを見て取ったのだろう。彼女はニンマリと口角を釣り上げた。
「ダーリンが無茶苦茶するのは知っているわぁ。貴方が決めたことならぁ、私は別に反対するつもりもないわよぉ?」
「ラヴィア……助かる」
「あらぁ? タダとは言ってないわよぉ? 報酬上乗せ、かしらねぇ?」
そう言ってウィンク。相変わらず絵になることだ。それこそ目を奪われるくらいの美しさ。
ニンマリ。俺の内心を読みとったかのように再び彼女は笑顔を見せた。そして瞬きの間に耳元まで距離を詰めると、そっと口を開いた。
「ふふっ、今度は優しくしてねぇ♡」
『キョウヘイさん?』
ノーコメント。両方に。
ミリアが呪詛のような波動を投げつけてくるが、ガン無視を決め込む。
すまん、ミリア。けど、この件は口外する気は一切ないんだ。マジで。
あとラヴィア。一佳の教育に悪いような発言と仕草は止めてくれ。マジで。
■
結局。
チカはどこにもいなかった。
落胆した素振りのライオットが、ホールの奥の廊下から戻ってきた後。謀っている可能性を考えて、もう一度コイツと同じルート探しに出たが、彼女はどこにもいなかった。
「だから言ったじゃないか。ロクなものがないよ、って」
呆れ交じりのライオットの言葉。癪だがこいつの言うとおりだ。廊下の先、最後の部屋。俺らが行った先には、ロクなものがなかった。……少なくとも、正気で見るものではなかった。
「実験の痕、ってところかな。それにしては些か度が過ぎているようだけどね」
些か。ライオットはそう言って鼻で笑う。こいつからすれば、この程度は気にも留めるようなものではないのだろう。
だが少なくとも。俺の価値観からすれば、これを見て好き好んでみるやつとは仲良くなれないと。そう思える程度には凄惨とも言える。
「……猟奇的だな」
「件の女は、確かネクロマンサーだったか。それにしても趣味が悪いとは思うよ」
「顔見知りはいるか?」
「……いくつかは、います」
今部屋の中にいるのは、俺以外に2人。ライオットと比奈坂だ。
入須は外で待機。一佳は広場にてウルをまだ介抱中で、ラヴィアはその護衛として残ってもらっている。
比奈坂は俺の問いかけに、息も絶え絶えといった様子で答えた。
「ネネ。ご主人様のお気に入りの子の一人です」
そう言って比奈坂が指さしたのは、頭を縦に割られてこと切れた死体。
「ノイン。ご主人様が9体の死体を混ぜて作った実験体」
えぐり取られたかのように、腹部の殆どがなくなった死体。
「カズ。ご主人様お気に入りのガードマン」
頭だけが残り、胴体がどこにも見当たらない死体。
「あとは……」
「オーケー、もういいよ」
まだまだ出てきそうなので、いったん止める。要はこの部屋もチカの実験室だったのだろう。それにしてはずいぶんと残虐で猟奇的で乱暴だが……
「とりあえずチカはいない。それが分かっただけで充分だ。いったん戻るぞ」
得られた情報は少ないが、ここにしがみ付いていても発展は望めないだろう。それどころか気分が悪くなる。
足元のおぼつかない比奈坂に肩を貸し、部屋を出る。だがそこで、比奈坂はガクリと膝を落とした。
「ご、ごめんなさい。ちょっと……」
「あー、いいよ。じゃあちょっと待っててくれ。ライオット」
「ん?」
「現場検証。知恵貸せ」
「へぇ? 検証するものがあるとは思えないけど」
「あの死体の死因を調べる」
うへぇ。思いっきり顔を顰めるライオット。ミリアも辟易といった調子のため息を吐いた。だが死体は物言わないだけで充分に情報を持っている。
かつてマノのダンジョンでアリアに教わった通り、その死体の死因を調べる。……と言っても、詳しく調べるほどのものではないのだろうけど。
「剣、じゃないよな。得物」
「ああ、間違いなく剣じゃないよ。というか、武器系じゃないと思う」
「魔法か?」
「まぁそうだろうね。ほら、この死体とか物理的には無理だろう?」
そう言ってライオットが示した死体は、腹部をえぐられたやつ。かつてラヴィアが振るった大鎌や、ネムの巨大な斧で刈り取ったとしても、こんな傷にはならないだろうと思えるような、暴力的で破壊的な奇妙な傷跡。
「魔法で消滅させた。そんなところかな」
「どんな威力だよ……」
「普通はこうはならないさ。よっぽど高密度な魔力の塊をぶつけられたんだろうね。ほら、傷口は粗い。けどそのくせ、例えば火傷痕も、水滴も、魔法に換算されるようなものは何もない」
「魔力の塊をぶつけた……技すら必要ないってことか」
「そういうことだね」
技すら必要ない、ねぇ。まるで自分の素の力を試すかのような、傲慢な殺し方。それをチカが行ったってことか?
ありえなくはない。アイツはネムと対峙したときに、力量差があったとはいえ、随分と力任せな相対の仕方をした。俺と相対した時だってそうだ。アイツがもっと上手くやれば、俺やアリアを殺すことは充分にできたはずだ。
……待て。確か比奈坂は、お気に入りがいたって言っていたよな。さっきの部屋の死体もそうだけど、なんでわざわざお気に入りを殺すんだ? 能力を自分のものにするため? じゃあこれらの死体は、なんで力任せに殺されている?
「訳が分かんねぇな」
上手くは言えない。けど、心の奥底で火種が燻ぶる様な違和感を覚える。
そう、違和感。
チカは敵だ。それは間違いない。俺のために、アイツは会ったら殺す。アイツの本心がどうであろうとどうでもいい。
だけど、今目の前に広がる惨状に。
本当にこれを行ったのが、チカなのか?という。
そんな疑問を覚えた。
「……どうでもいいことだ」
かき消す。違和感を。
飲み込む。疑問を。
アイツへの理解なんてのは、今しなければならないことじゃない。
「案外、イーリスかもね」
そんな俺の思考を読んだかのように、ライオットが言葉を投げてくる。視線を向ければ、あの好戦的な笑みを消し去り、どこか神妙な面でこちらを見てきていた。
「あの甘ちゃんのほうじゃないよ。もう一人のイーリスの方さ」
「殺さないとならない方か」
「そっち目線で言うところのね。まぁ、どうでもいいことだろう」
「ああ、どうでもいいことだ」
そう、どうでもいい。
どうせイーリスもチカも殺す。
どっちがこの惨劇を生み出したかなんてのは、本当にどうでもいいことだ。
……ただ、
「仲間割れしてくれているのなら都合がいいんだがな」
「ははっ、言うね」
いまだウル程度にしかここでは遭遇していないこと。
チカのお気に入りのはずの面々が殺されていること。
俺が奴隷にされることなく放置されていること。
自称役立たずの比奈坂への監視が正直甘いこと。
「戻ろう。それでどうする決める」
「異論はないよ。早くシグレに会いたいしね」
疑問はそれこそ数あるが、それら全てを一旦頭の片隅に留め置く……否、追いやる。
ぼんやりと。思うところはあるが、
「戻るぞ。比奈坂、歩けるか?」
「大丈夫です。……ええ、大丈夫」
今はまず、一佳の元へ。
■
結論から言ってしまえば。
俺のこの行動は正しかった。
「戻ったぞ。……なんだ、目を覚ましたかのか。それ」
「それ、ではない。ウルという名前があると何度言えば……っ」
ひたひたと。忍び寄る様な悪寒。
人を舐めまわすかのような、気味の悪い視線。
「お帰りぃ。……あらぁ?」
「……わかるか?」
「ん~、まぁ……ねぇ?」
つけ狙われているかのような。じっくりと観察をされているかのような。すぐそばからのぞき込まれているかのような。
そんな無遠慮で、不躾で、無礼極まりない、気味の悪さ。
「お兄ちゃん、なんか……」
「……気にするな。自分の身だけを考えろ」
「え、いや、でも」
手を出せるのに出してこない。今はただ見る。観察をする。そんな悪趣味。
そう、観察。
けど子供が虫を見るようなのとは違う。研究や実験とも違う。
そこには悪意しかない。無邪気でも、使命でも、なんでもない。悪辣な悪意。
ねっとりと。じんわりと。蝕むように、侵食するように。
「遊仙、呼べるか?」
「できなくはないわぁ。けどぉ、私たちが戻った方がいいかもねぇ」
「それはそうか」
ラヴィアも同様に感じているからこそ、撤退の提案をしてくれる。
頼む。その一言で、ラヴィアは遊仙の元につながる穴を広げてくれた。
「1人ずつどうぞぉ」
「入須とライオットは戻すから、先に――――」
一佳から。そう言おうと、口を開いて。
「一佳様っ!!!」
視線を切ったのは一瞬だった。
だがその一瞬を狙いすましたかのように、表面化する悪辣さ。
ガクン、と。体が傾ぐ一佳。
その足元には大きな穴。
一佳の体を飲み込むように、広がった穴。
そして一佳が落ちる――――前に、体当たり気味に一佳を逃そうとするウル。
「ラヴィア!!!」
多くはもう伝えられない。
ウルが体当たりをしてくれたおかげで。俺の手がギリギリ一佳の腕を掴むことができて。そして力任せに引き寄せることができて。
「すまん」
コマ回りのように。俺を支点にくるりと回る。力任せに一佳を穴から出す。間髪入れずに、穴からは無数の手が。まるで一佳を捕えようと伸びてくるかのように、おぞましいほどに。
「あとは任せた」
その手を遮るように、ウルが目一杯に体を伸ばして阻害する。彼女をすり抜けて伸びてきた手は、俺が無理くり阻害する。一本たりとも俺より先には行かせない。
視界の端。一佳を抱えたラヴィア。驚いた様子の比奈坂。そして自分の身も構わずに手を伸ばそうとする一佳。
「全く。まぁいいさ」
「まぁまぁ急転直下だね。はぁ……」
なおもすり抜けてくる手を、同様に阻害するライオットと入須。
「お兄ちゃん!!!」
一佳の声。悲痛に塗れるようなその声に、しかし俺は何も返せることなく。
俺の視界は、何度目かの黒々とした世界に飲み込まれた。




