7-7
なんとか3週連続で投稿。
この調子で終わらせたいっす。
※22/3/3 誤字脱字修正
シグレは相変わらずだ。
最後に見た時から何も変わらない。
着物には返り血一つつかず。露出している肌に傷もなく。
可愛らしさと悍ましさが同居する、あの笑みを浮かべている。
相も変わらず、浮かべている。
「生きていたか」
我ながら味気ないどころか冷たい言葉である。発してから、そう思った。生存確認をするにしても、もう少し気の利いた言葉があるだろうに。
だがシグレは気分を害した様子もなく、ニタニタと笑いながら頷いた。
「当たり前や。この程度、準備運動にしかならへん」
ビッ。刀を振るって血を払う。獣人さんの血。無造作に振り払われたそれは、水に落ちて溶けて消える。
「全盛期はそれなりに楽しめる奴やったんや。けどなぁ……まぁ裏切って世界の傀儡に成り果てた程度の奴やから、こんなもんか」
「全盛期?」
「さっきのヤツな、顔見知りなんや」
さっきの獣人さんは、シグレの顔見知りだと。つまりコイツは、顔見知りであるにも構わず、挨拶より先に斬りかかった訳だ。狂人か。
「腑抜けおったわ」
溜息を一つ。不服さを隠そうともせず、苛立ちすら込めて。昔の顔見知りに対して、随分な態度である。しかもコイツは正々堂々真正面から斬りかかった訳ではなく、背後から不意打ちの様に斬りかかっておいて、だ。
スッ、と。シグレは血を払った刀を鞘に戻して。戻して、再び溜息。
「キョウヘイはあんな腑抜けになるんやないで」
余計なお世話だ。
■ 妹が大切で何が悪い ■
「斬った数なんか覚えてへん。まぁ、フェルムとレオニダスくらいやないか」
いくら頭の中が斬る事だけの狂人とは言え、今は仲間であることは変わりない。
シグレが今まで何をしてきたか、どんな相手と対峙してきたか、倒せた相手はどれくらいいるのか。一先ず情報交換をしようと試みたが、返って来たのはある意味で予想できた、最低限程度の返答だった。
「特別強い奴はいなかったわけだ」
「せや」
まぁそうは言っても、ひと月もコイツと行動を共にしていれば、ある程度の思考は分かる。己の快不快が行動指針のイカレ女だ。そこらの雑魚なんか記憶に残るはずもない。
とりあえずのところ、今のレオニダスという獣人さんレベルの奴を、もう1人倒してくれたらしいってのが分かっただけ収穫だろう。強者が減るのは万歳だ。
「ま、レオニダスもそうやけど、ライオットの件もあるし、あと3人はそれなりの奴がおるやろ。一先ずそいつら斬りに行こうや」
「その言い方だと、全員知っているやつか」
「せやな。退屈、腹黒、堅物の3人や」
どういう覚え方だ、そりゃ。旧知の仲の癖に随分な言い方である。
「全員それなりの力は有しとる。そん中でも、限度が見えとる退屈や、戦いたがらない堅物よりは、腹黒の阿呆の方が楽しめそうや。そっちは私がやるで」
「どーぞ。……つーか、いったい全員どういう奴らなんだよ」
「会うたら分かるで」
ニシシ。悪だくみをするような笑みをシグレは零した。何が会ったら分かるだ、コイツは本当に自分本位でしか情報を渡そうとしねぇな。
「ま、そんな気張りなさんな。会うてからの楽しみや」
「……まぁ、そうだな。結局出たとこ勝負だからな」
「その通りや。キョウヘイは難しく考えすぎや。斬り続ければいずれは終わる話やろ」
斬り続ければ、ねぇ……そりゃテメェだけだ。
返事の代わりに溜息一つ。結局有力そうなのが2人脱落した以外は、情報交換どころか近況報告にも満たない会話だった。このイカレ女と会話を続けても、これ以上は俺の精神が徒に疲労していくだけだろう。
「とりあえず、他の皆を探すのと、次の奴を殺しに行くのとを並行して進めるけど、シグレはどうする?」
シグレは俺に会うまでに味方とは誰とも会わなかったらしい。一佳たちは置いておき、状況が不明なのはアリアと黒騎士の2人だけだ。2人とも簡単には斃されないと思うが、合流しておくに越したことは無い。
そんな意味も含めてシグレに声をかけるが、
「うーん、せやなぁ……」
考え込む様にシグレは眼を伏し、しかしすぐに口角を釣り上げた。面白い事を思いついたと言わんばかりの、嫌な予感しか覚えない笑み。
「なぁ、キョウヘイ。私な、ここのところ雑魚ばっかが相手で、存分に腕が振るえてないんや」
「……」
「このまんまやと、腕が鈍って、錆びて、どうしようもなくなるやろなぁ」
「……」
「……てぇなわけでぇ」
「おい、先に言っとくぞ。テメェと戦うつもりは今はねぇぞ」
チリチリと嫌な予感が項を焦がす。命の危機に身体が即座に反応するようになったのは、果たしてこの世界に来たおかげなのか、それともどうしようもない悪癖なのか……
シグレは嗤った。ニンマリと、ゾッとする様な、おどろおどろしさを含んだ可憐な笑みを浮かべた。
「一戦、やろうや」
発した言葉を無視した、一方通行の意思疎通。
逃げた俺は悪くない。
絶対に、悪くない。
■
結局シグレからは逃げられなかった。
二部屋程は移動したが、それで終わり。
振るわれた刀を弾くために足を止めたところで、否応なしにコイツと拳を交えることになった。
……最悪の体力消費だ。
「なんや、新しい女誑かしたんか?」
最終的にシグレは満足いったのか、10分ほど拳と刀を交え、俺が体勢を崩されて馬乗りにされたところで終わった。そのままコイツは人の胸部を撫でまわし、何かを感じ取ったのか愉快そうに笑った。
「あの子供とは別の誰かを感じる。しかも女やな。あの魔族どもといい、随分とアンタもスキモンやな」
「……分かるのか?」
「この程度、造作も無いわ」
カリッ。胸を爪で引っ掻かれる。少し強めに引っ掻かれたせいで、ピリッとした痛みが走った。
「アンタはええ男や。そら放っとかれるわけも無いわな。けど誰のモンか、そろそろ目に見える形で証明せんかアカンかなぁ」
「俺は誰のものでもねぇよ」
「照れ隠しか? 可愛いやっちゃな」
……本当に会話になんねぇなぁ、コイツ。俺が悪いのか? 俺の言葉が悪いのか?
人の心臓の辺りをくすぐる様にして撫で回される。無駄に悪趣味だ。
「さっさとどいてくれませんかね、このキチガイ」
元から限界が近かったが、流石に我慢しきれなくなったのだろう。
傍から隆起する影。それはすぐさま人の形を模したかと思うと、苛立ちを隠さぬ言葉と共に腕が振るわれ、
「躾のなってない狗やな。お勉強が足りひんとちゃうか?」
しかして死角から振るわれたそれを、シグレは刀の背で受け止めた。何の造作もないように、容易く。
影鬼から舌打ちが大きく響いた。
「戦う為に脳を溶かした戦闘狂が道理を説きますか? 本心が隠し切れていないんですよ」
「隠しとるつもりはないからなぁ。ヤりたい時にヤる。本心を隠すとか道理に従うとかは弱者のする事や」
「ハッ、流石イカレてますね。会話も出来ないとは。勉強が足りないのはそちらでは?」
「死人に説かれるとはなぁ……死人は口なしやろ? あ、いや、それとも死人に朽ち無しやっけ。どっちが正解なんやろなぁ」
「ハァ?」
「あぁ、もう少し分かりやすく言ったろか? 負けて死んだ雑魚が私とキョウヘイの邪魔をすんなや」
「……2人ともやめろ」
ぶつかる敵意と殺意。あぁ、これ以上はダメだな。そう思って間に割って入る。経験上こういうことに割って入るのは損にしかならないのだが、このまま放っておくほうが俺としてはよろしくない。
「ミリア。今はコイツの力が必要だ。少し我慢してくれ、頼む」
「……キョウヘイさんが、そう言うのであれば」
「シグレ。テメェは一佳、ミリア、イーリス聖教国の事と、借りが随分とある。今は後回しにしているが、楽に死ねると思うなよ」
「ふふん、楽しみや」
暖簾に腕押しとは、こう言う事を言うんだろうなぁ。馬乗りにされた状況で凄んでも意味はないってのもあるかもしれないけど。
退いてくれ。溜息と一緒にそう言って、退かそうとシグレの腕を掴む。
だが何故か、シグレはその状態で踏ん張る様に足に力を込めた。
「……シグレ?」
シグレは馬乗りになったまま、真っすぐに俺を見ていた。傍の影鬼も、俺の手も気にせず、真っすぐに。少し眉根を寄せて。俺もつられて、不可解な事もあって、眉根を寄せる。
「なぁ、キョウヘイ」
「なんだ?」
「疑問に思っとんたが……アンタ、元居た世界に帰るんよな。コユキと一緒の」
「あぁ、そうだけど?」
シグレは今更何を言っているのか。そんなのは随分と前に、それも皆の前で言っている事である。イーリスを倒して一佳の無事を確保したら、元の世界へ帰る。本当に今更の話だ。
「……何で残らへんのや?」
「あぁ?」
「戻ってどうするんや? アンタやコユキのような稀人は何人も見とるから、そっちの世界のことは何となくわかっとる。けど、あんな世界に戻って、何がしたいんや」
こっちで過ごしたほうがええやろ。シグレはそう言って人の首に手をかけてくる。
「向こうで縛られて生きるより、好き勝手生きていた方がええんとちゃうか?」
縛られる、ねぇ……戯けた事を言ってくれる。価値観の相違によるものだろうが、そもそもとして俺がこの世界に来たのは、一佳の為だ。一佳が関わっていなければ、此処に来るはずなんて無かったんだ。
自由気ままに、好き勝手に生きる。それを望む人がいないとは言わない。ジャックやチカ、遊仙みたいに、望んでいる奴だっているから。
だけど、俺は望まない。
「元の世界に帰る。それの何がいけない事なんだ?」
「いけないとは言ってへん。ただ、不思議に思っただけや。アンタなら、この世界で何にでもなれる」
何にでも? 言っている意味が分からない。思わず首を傾げれば、シグレは笑みを浮かべた。初めて見る、慈しむ様な笑みだった。
「アンタはどうも、自分を過小評価しとるようやな。……ええこと教えたる。アンタに付き従っている奴らだけで、国の一つや二つは簡単に落とせるで」
「は?」
「そこの小娘とまだ眠っとる子、あの半端モン、第七位と魔族の小娘。おやぁ? 数えてみたら見事に女ばっかやなぁ、ふふっ」
ミリアとヴァネッサ、アリア、ラヴィアとネムってことか?
確かに女性ばかりだが……いや、違う。コイツが言いたいことはそう言う事じゃなくて、
「確かに、皆充分な実力者ではあるけど」
「英雄色を好むとはよく言うたもんや」
「……人を好色扱いすんな」
「好色は悪いことやないやろ。雄としての資質の一つや」
すぅ、と。首の血管を撫でられる。触れるか触れないかのような、そんな絶妙な感触で。
「雄は女を孕ませる。次世代に向けて、子種を残す為に。せやからそこらの有象無象の弱者を踏みつけ、潰し、1人でも多くの子種を残すために多くの女性を従わせる」
「そりゃ一部の奴らだろう」
「アンタにはその資質がある。そこらの牙を抜かれた有象無象やない。負けて果てる雑魚ではない。その足で踏み潰し、その手で払いのけ、その口で従わせる。その資質がある」
「阿呆な事を抜かすな。それを俺が望むとでも?」
「望む望まないの話やない。資質があるって事は、必ずそうなるんや」
「世迷言だな。生憎と弱い者いじめをして楽しむ性分じゃ無いし、複数人を愛せる程器用でもない」
「……ふふっ」
「何が可笑しい」
「性分の話やない。なら、言葉を変えよか。今まで何人邪魔者を殺してきた?」
……返す言葉を失う。コイツの世迷言を否定する為の言葉を失くす。
邪魔者。そんなの知らん。だってもう俺は、数えきれないくらいに何人も殺してきた。この世界では、特に。
「先に言うとくけど、別にアンタの事を糾弾するつもりやない。ただ、不思議なだけや。アンタには資質がある。好きなように此処で生きて、一国の主にすら簡単になれる。なのに、それを望まずに帰ろうとする。それが分からん」
「……資質があったとしても、それを望むかどうかは別だろう」
「確かにその通りやな」
けどなぁ。そう言って、耳元で、囁くように。
シグレはわざわざ俺を抱きしめる様に密着してから口を開いた。
「アンタの意志は置いておいて……世界はアンタを置いておくほど我慢強く無いし、そもそもアンタの周りには、笑顔で見送れる程お行儀の良い子はおらんよ?」
ドロリと。言葉以上に濃密な何かが、耳を通して入って来る。俺の脳に、意思に、関与するようにして入り込む。
「アンタも大概やけど、女はもっと我儘やからなぁ」
キヒッ。それはそれは楽しそうに、シグレは笑みを零した。
キュッ、と。心臓が鳴った。そんな気がした。
■
少し前の話。
アリアに、ラヴィアに、ネムに。この世界に残らないのかと問われたことがあった。
何れの回答にも、残らないと言った。帰って、やらなければならないことがあると。そう言った時に3人は、言葉は違えど、一応は納得したように頷きはしてくれた。
だけど、人の意志は変わるものだ。幾らでも、どんな事でも。
「キョウヘイは難しく考え過ぎや」
シグレは呆れを隠そうともせずに口を開いた。いつもなら「テメェは考えなさ過ぎだ」と返すものだが、今はその気も起きずに続きを促す。
「人生一度しかないのに、他人の為に考え過ぎ。そんな事をするくらいなら、他にやることがあるやろ」
「うーん、こればかりは私もそこのそれと同意見と言うか……」
そしてどうやら味方はいないらしい。ミリアも渋々と言った様子で、しかしシグレに同意の意を示した。
「キョウヘイさんって、ストイックすぎるんですよね。別に前の仲間の事を言う訳じゃないですけど……もう少し自由でも良いと言うか、そうしても悪くないと言いますか」
「なんならここで一発しよか? こっちもそれなりに欲求不満やさかい」
「そこは黙ってください。アンタなんかをキョウヘイさんが抱くわけないでしょう」
「凹凸の少ない子供体型は黙ってろや」
「殺す」
考え事をしている間に何故か争いが始まる。隆起した影鬼が腕を振りかぶるも、先にシグレの一閃が腕を斬り飛ばした。と言っても、織り込み済みなのか、すぐに生やして殴りかかったが。
「ストップ。無駄に体力を使わさないでくれ」
「せやなぁ、キョウヘイの子種注いでもらわんとアカンからなぁ」
「だからアンタは違うでしょう。死ね」
バッチバチである。本当に水と油だ。仕方ない事ではあるけど。
「しかしこんなに誘うとるのに、頷かんとわ……キョウヘイは童貞なんか?」
「断じて違う」
「ええっ!?」
ショックを受けたかのように口を半開きにするミリア。ニヤニヤと笑うシグレ。両者それぞれ反応は正反対である。
「そんなぁ……」
「何でだよ」
「だって、ユウトさんとは違うと思ってたのに……」
「なぁキョウヘイ。こっちは数百年ヤッて無いんや。ヤろ?」
「黙れ阿婆擦れ」
「本当に煩い小娘やな」
……疲れたなぁ、色々と。考え事をしようにも、さっきから邪魔ばかりされる。おかげで疲労も倍増だ。
「……先にこの最終審判を終わらせよう。後の事はそれから考える」
「なんや、後回しかいな。ヘタレか」
「うるせぇ、俺は固い地面よりも柔らかいベッドの方がいいんだよ」
……なんか言葉を間違えた気がするがどうでもいい。うん。
「つまり、終わったらヤるんか?」
「あ? その前にぶちのめす方が先だ」
「うーん、そこは抱き潰すって言うてくれへんと」
ハァ。溜息を吐かれる。吐きたいのはこっちだよ、バーカ。会話になってねーんだよ。
「しゃーない、ちゃっちゃと終わらせよか」
「五月蠅いなぁ、絶対殺す」
「知っとるか? キョウヘイはな、子供体型に興味は無いんやで」
「アンタも大して変わらないでしょうが」
「ふふん。残念やったな。着物で潰しとるだけや。揉めるくらいは余裕であるで」
「殺すっ!」
どうどうどう。魔力の流量を狭めると、ミリアの影鬼は行動を停止した。それから錆びついた機械のような緩慢な動きで、此方を見る。うわっ、怖っ。
「何で邪魔をするんですか……コイツの言う通り、キョウヘイさんは大きい方が良いんですかぁ?」
「阿呆。勝手に人の魔力を使うな。まだ斃さなきゃならん相手は幾らでもいるんだぞ」
質問に言葉は返さない。だって絶対に面倒になるから。あと個人的には好きになったら体型なんてどうでもいいだろうと思う。大きいか小さいかのどっちかについてはノーコメント。
ミリアは渋々と言った様子で影鬼を解いた。納得いかないと言うのがありありと分かる、不貞腐れ顔。
「さぁて、ほな終わらしに行こうや」
そして自分から焚きつけて来たくせに、シグレは飄々と次の行動を終わらせていた。
真っ黒な穴。
魔石を砕いたあの穴と同じようなそれを、彼女は宙に浮かべている。
「はぁ……じゃあ行くか」
考える事も面倒になってきて、言われるがままに、そして誘われるがままにシグレの手を取る。
何故かコイツは、滅茶苦茶に楽しそうに笑っていた。
俺には到底理解できないような、満面の笑顔だった。




