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※22/02/21 誤字脱字修正
獣人ってのは、言葉の通り獣と人間の相の子だ。
獣の様に力や敏捷性、五感に優れて、それでいて人間のように物事を知性と理性で考える。
要は両者のイイトコどりなわけだ。
「チィッ!」
振るわれるハルバードを避ける。間違っても受けはしない。ハルバードを得物とする相手と戦った経験は無いが、武器の特徴はアリアから聞いている。
刃ではあるが、斬る事よりも叩き切る――いや、叩き潰す事に特化していると。
魔力によるブーストは勿論、獣人の力を余すことなく乗せたその一撃を受けでもしたら、幾ら魔力でガードしようと、お構いなしに俺の腕は叩き潰されるだろう。シグレのような鋭利な一撃を、いなすのとはまた訳が違う。
避けるついでにがら空きの手首に蹴りを入れるが、
「温いわぁ!」
クソッたれが、効いちゃいねぇ。
当たり前の事だが、獣の筋力を持っているという事は、同等の防御力もあるわけだ。単純な肉の厚みだけではない。獣としての皮の厚さに体毛。しかもそこらの野生動物を相手にするのと異なり、魔法によりガードもある。
加えて、同じ獣人でもターニャが殆ど人間だったのに対し、コイツは特徴が獣に近い。単純な筋力、及び物理防御力に関しては、コイツは今まで遭った敵の中でも一番って言って良いだろう。
だったら、
「ミリアっ!」
「はいっ!」
俺の思惑を察し、影の中から剣が一本飛び出してくる。カタリナが使用していた剣。アイツを殺した後、何かに使えないかと、影鬼の中に入れて持ち歩いていた奴だ。
と言っても、これを使って斬りかかる訳じゃない。これを出した目的は、ただ一つ。炎を出すためだけだ。
勿論、炎の出し方は分かる。魔力を込めればいいだけ。
流し込んだ魔力に応じて、刀身に炎が宿る。存分にぶち込んだだけあり、熱気が身を焦がす。
躊躇なんか当然せず。俺はソレを、目一杯の力で相手に向けてぶっ放した。
■ 妹が大切で何が悪い ■
「……まぁ、効かねぇわなぁ」
炎の渦の先。晴れた視界。
予想通りの光景に、呆れが口をついて出てくる。
そこには渦を放つ前と然程も変わらぬ光景があった。
「水、操れるんだもんな」
「如何にも」
違う点があるとすれば、獣人さんの前には水の壁がある事だろう。
すぅっと。相手は指先を動かす。それだけで水の壁は、パシャリと元の形へと――即ち足元へと――還った。
「水を操るのは得意でな。先ほどの炎程度であれば、対処は訳ない」
「なるほど。あの程度じゃ炎は無駄だと。ご丁寧にどーも」
カタリナが出したのよりも大きなのをぶっ放したつもりだったが……あれだけ容易くいなされるのは中々にショックだ。
再び剣を影鬼の中へ。分かりやすい説明のおかげで、これは用済みだ。意味のない武器を振るっても仕方がない。
「水を操るのが得意か。……四方八方が水に囲まれているここは、アンタにとっちゃ最高の場所ってわけか」
「左様。ここは我にとって良き場所よ。己の陣地を確保する事こそが、戦争の基本であるからな」
「こりゃ参ったね。マズいわ」
水を操る能力を持つなら、そりゃ水辺がある方が良いに決まっている。ここはアイツにとって、自身の力を最大限に引き出せる場所ってわけだ。
単純な筋力や俊敏性だけでも厄介だってのに、地の利も取られたってのは、俺にとっては中々に厳しい状況だ。
「ところで、仕舞ったという事は先ほどの剣はもう使わないのか?」
「炎を出したところでアンタに意味はないからな。此処の水を全て蒸発させるのなんて不可能だし、そもそもその前に、そこまで炎を出したら熱気でこっちが参る」
「それでも振るう事は出来よう」
「剣は不得手でな。付け焼刃程度の腕で、アンタに優位に立てるとは思えん」
準備期間の間に、何度かアリアに手解きはしてもらった。だが、腕前が上達したとは到底思えない。結局のところ俺はこの四肢で戦うのが一番ってことだ。
「そもそもあの剣でアンタのハルバードを受けたら、耐え切れずにぽっきり折れるだろう」
「分からぬぞ。先ほどの剣、中々の業物と見たがなぁ」
「へぇ、そうなのか? 生憎とアレは拾いものでね。価値は分からん」
炎を生み出せる剣なのだから、相応の価値はあるのだろう。だがこの戦闘で役に立たない以上、今この場においては、俺にとってはそこらの盆暗と意味は変わりはしない。
「ふぅむ、しかし徒手空拳を継続する様では、決め手がないと見受けるが?」
「ん、まぁな。アンタの言う通り、中々厳しい状況だよ」
「ほう。存外に冷静だな」
「優勢と分かっていて仕掛けてこないアンタには負けるさ」
ワザと挑発するような物言いをしてみるが、相手は楽しそうに口角を上げるだけだ。優勢であることを自覚しながらも、不用意に攻めてこない辺り、今まで一番厄介と言える。
「ちなみにアンタはそっちの中で何番目くらいに強いんだ?」
「さてな。一番と言いたいところだが、寄る年波には勝てなくてのぉ」
「何が年波だ。そんだけ筋骨隆々な身体しといて」
「身体はな。だが精神はそうもいかん。如何せん叩き起こされたばかりでな」
「おかしなこと言うな。どういう意味だよ、それ」
精神は違う?
何て事の無いような口ぶりで出てきた言葉。そこに引っ掛かりを覚える。
本来だったら悠長に話をしている時間も惜しいが……
「アンタも隷属の呪術でもかけられているっていうのか?」
確認をとる。
今までは全員問答無用で襲ってきて、情報を聞き出すことも対話も見込めなかったが、此奴は違う。
少なくとも、此奴は話ができる。
……ああ、我ながら随分と程度が低いとは思うが、それだけみんな問答無用なのだ。対話できる相手がヴァネッサ以来というレベルなんだ。
「アンタも屍人で、イーリスに絶対服従状態なのか」
「如何にも」
……あっさりと認めやがったぞ。秘かに気合を入れていたのに、肩透かしにあったみたいだ。
しかもイーリスって呼び捨てにしているにもかかわらず、表面上は特に気分を害しているように見えないってことは、
「無理やり叩き起こされた感じか」
「ハハッ、如何にも」
こっちもあっさりと認めた。しかも笑い飛ばすおまけつき。狂信者ばかりかと思ったが……ヴァネッサの件といい、イーリス側も一枚岩ってわけじゃないらしい。
「アンタも苦労してんな」
「まぁの。誰とも知れぬ小娘の言う事を聞くハメになろうとは思いもせんかった」
「ハハッ、小娘か。確かに」
言いえて妙だ。外見を幾ら取り繕うと、思い通りにならなければすぐに癇癪を起す様は、確かに小娘だろう。
呵々、と。俺と同様に笑い飛ばした獣人さんだが、一転して神妙な顔つきになる。
「全く……隷属の術など使われなければ、好き放題に動いたと言うのに」
「アレの指示には従わなかった、と」
「それはそうとも。あ奴が何者であろうと、そもそもとしてイーリス如きの言うことを聞くのは癪ではあるが……まぁ仕方があるまい」
「仕方がない?」
「うむ。何せ世界の危機なのだろう。であれば、いくら気に入らなくとも、仕方があるまい」
一枚岩じゃないが、目的は同じってことか。ヴァネッサのように無理やり隷属されているのではなく、自分の意志を持って付き従っているってわけだ。
ふぅ。溜息というよりは、様々な気苦労を乗せた息を獣人さんは吐き出した。
「さて、キョウヘイ・タチバナ殿。貴様に恨みはなく、あ奴の言葉に従うのも癪ではあるが……敵は倒さなくてはならんときている」
ゆっくりと。ハルバードを掲げる。そのひと振りで俺の首を落とすと。そう言わんばかりの、威圧的な構え。
「さぁ、来るがよい。このレオニダス、寄る年波には勝てぬと言ったが……若者に道を譲るほど、老い耄れたつもりはないのでな」
■
結局碌に情報を入手できないまま、此奴と戦うしかないらしい。
面倒なことだ。いい具合に会話をできたと思ったが、結局は思うようにいかない状況に、ため息を吐き出したい気分だ。
「アンタとは対話できそうだと思ったんだがな」
「対話をしても結末は変わるまい。我らか貴様らか、そのどちらかが滅亡するだけだ」
「滅亡とは限らないだろう。勝者の管理下に降るわけだろ?」
「甘いのぅ。管理下に降るということは、それ即ち滅亡と同義よ。敗者への温情なんてものは、あるはずもない」
負けたやつには何もない。まぁそらそうだよな。それはわかっていることだ。この世界に来てからは、特に。
「幕は上がったのだ。後は奪い合うしかなかろう」
「まぁ……確かに、そうだな」
「ほう? 稀人のわりに物分かりが良いな」
「生憎と理想を信じるには年をとりすぎた」
「ハッ、達者な口先よ!」
拳を握る。魔力を纏わせる。いつかかってきても良いように、カウンターを決められるように。
「貴様の年頃であれば、もう少し夢を語ったほうが可愛げもあろうに」
「夢ねぇ……それを語るのは俺の役目じゃない。もっとその先を生きる面々がすべきだ」
「ほう? その言葉、ここが死に場所というように聞こえるが?」
「馬鹿言え、こんなところで死んでたまるか」
さっきの言葉は、一佳みたいな若い奴らって意味だ。俺はこれまで色々と他人の人生を台無しにしてきた。夢を語るにはもう疲れたんだ。
「アンタに恨みはないが、アンタを倒す。この戦いに参戦した奴ら全員も倒す。それからイーリスも倒して、妹と家に帰る。それを成すまで殺せると思うなよ」
「言うではないか、大言壮語に終わらぬことを祈るぞ」
「うるせぇ」
ぶわっ、と。獣人さんの身体から魔力が立ち上る。そして掲げたハルバードにまとわりついた。応じるように――――ハルバードが不協和音を鳴らし始めた?
「先に言おう。我はこの一撃にすべてをかける」
「……いきなり、随分な宣言だな」
「武器が保たぬ。我には過ぎた極上の代物であるが……流石に時の流れには敵わなくてな」
ああ、なるほど。これは不協和音というよりは悲鳴か。魔力を込めすぎたことによる、キャパを超えた限界の叫び。
「光栄だな。そこまでして俺を殺そうと」
「イーリスから聞いている。貴様は油断せずに殺せとな。……最初は戯言かと思ったが、拳を交わして納得した」
正直なことを言えば、今までのどこに納得するものがあったかは分からない。だが当人が納得したというのなら、そう言うことなのだろう。……俺としては油断したままでいてくれたほうが良かったんだけど。
「避けられると思うな。多少距離をとったところで、逃げられるほど我が一撃は軽くないぞ」
「この水は全部あんたの支配下だろう? 逃げられるとは思っていないよ」
水の形を変えられるってことは、俺の足の回りを固めて、動きを阻害することもできるだろう。下手に動くよりも、ここで迎撃をすると見せかけたほうがまだ勝機がある。
迎撃をすると見せかける……つまりは、影の中に入って回避する。
そして無防備なところへ、俺の全力の一撃を入れる。
あいつを倒すには、きっとそれしかない。
「……タイミング逃したら死ぬな」
目の前で尚も膨れあがる魔力。目に見える形で巨大化し、黒々とした靄をまとうハルバード。
正直に言おう。この獣人さん、多分イーリスやシュヴァルグランには及ばなくとも、近しいレベルの実力の持ち主だ。少なくとも、魔力の総量という観点で見れば、俺が今まで会った中ではトップクラスである。
「全員がカタリナレベルなら苦労しなかったのにな……ミリア、サポート頼む」
「わかりました」
心なしかミリアの声も強張っているように聞こえた。それだけその魔力に、俺が恐れを覚えているってことかもしれない。
恐れ……そう、恐れだ。この感情はそういう類だ。
馬鹿言えと。そう鼻で笑い飛ばすには、あまりにも強大な力。
「馬鹿言え」
分かっていて、己を鼓舞する。こんなところで負けてたまるか、死んでたまるか、と。まだ目的は果たせていないのだから。
ふっ、と。強めに息を吐きだす。そして己の腹筋に力を入れる。
敵が強い? だからどうした。
死ぬかもしれない? だからどうした。
そんなこと、今までいくらでも乗り越えて来たじゃないか。
「アンタに恨みはない」
一歩。わざと踏み出す。今や俺の背丈よりも強大化したハルバード。吹き荒れるような魔力。波打つ水面。それらを無視して、踏み出す。
「だが妹の邪魔だ」
魔力を込めた拳。それを、獣人さんにも見えるように突き出す。攻撃のためじゃない。これはただの宣言。
「アンタが妹の邪魔をする以上、殺す。せいぜい全力で来い」
大言壮語。我ながらそう思う。実際には、己の鼓舞のための言葉だ。
俺の言葉を聞いて、獣人さんは笑みを深くした。唸るように、犬歯すら見えるように。
さぁ、気張れよ、俺。
もう賽は投げた。
あとは刹那にも見たいないであろう瞬間を見切らなければ……次の瞬間にここに転がっているのは、きっと俺だから。
■
「なんや、相変わらずやな。レオニダス」
■
荒れ狂う魔力。いざ振り下ろさんと込められた力。解き放たれる寸前の魔力。
その刹那の間を縫うようにして。
相対している獣人さんの胸から、刀が生える。
「!?」
驚きは俺か、獣人さんか、ミリアか、或いはその全員か。想定外のことに、一瞬だが時が止まる。
心臓の音すら届かない。完全なる静寂。
「さっきフェルムに会うた。復活しても何も変わらんヤツやったがな」
その中で、一人だけ。何も変わらず、普段通りと言わんばかりに動く影。
「なんも変わらへん。つまらんまんまやったわ」
「――――シグッ」
「口を開く元気があるなら、口上より先に手ぇ動かせや」
煌めく鈍い輝き。飛び散る赤い飛沫。制御を失い膨張する魔力。
「あのアホウ、何を考えとるんやろなぁ。こんな裏切り者ども生き返らせて」
「このっ」
「まだ動くんやな。流石は『獅子王』。大した耐久力や。ま、意味ないんやけど」
裂かれる胴体。さらに返す刀で、左腕が飛ぶ。膝をつけば、もう一本。
「ええ刀やろ? 雪花って言うんや。さっき刺したのは陽炎。そんでもって、」
「この異常者がっ!」
剛腕。右腕一本。掲げたハルバードを、背後の敵へと振り回す。背後どころか、その先までも切り裂くような勢いだった。
――――そしてその明確すぎる隙を逃すほど、俺は人間出来ちゃいない。
「ガッ」
人の常識を超えた、極太の首。そこにかかと落とし。右こぶしに纏わせていた魔力を、足の方に回しての一撃。当然、その首を折るつもりの一撃。
汚いだの、男ではないだの。そんなのはどうでもいい。
「き、きさまっ」
「悪いな」
口先だけの謝罪。そして次の行動に移られる前に、そのまま影から出したカタリナの剣を無防備な背中に突き刺す。
「抵抗はやめとけ。それなら多分楽に死ねる」
魔力を込める。刀身に宿る炎。獣人さんに埋まっている分も、この様子なら炎を灯しているはず。
裏付けるように。肉の焼ける臭いが獣人さんから漂い始めたかと思うと、身体を突き破って炎が立った。
「ゴッ、ガッ、」
体内から炎で焼き尽くされるってのは、いったいどんな気分なんだろうか。
早々に離れた俺の目の前で、獣人さんは苦しみからもがく様に暴れまわっている。だが体外に出た炎ならまだしも、体内の炎は消せない。
「……影鬼」
せめてもの手向け。これ以上苦しまないように。
巨大化した影鬼による、一撃。それは獣人さんの頭を砕き、彼の命を終わらせた。
痙攣し身体は、すぐに炎に飲み込まれる。このままにしておけば、跡形もなくとは言わないが、生前の姿が分からないくらいには燃えるだろう。
「呆気ないもんやな。こんなもんか」
対して。何の感慨もなく、そいつは溜息すら吐き出した。
察するに顔見知りであろうに、相変わらずの様子である。
「さっきぶりやな、キョウヘイ」
そう言って、シグレは笑った。
いましがたの残虐行為を忘れるかのような、認めたくはないが可憐な笑みだった。




