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※22/04/18 誤字脱字修正
黒いナニカを見て。
まず脳裏をよぎったのは、呪いの集合体だ。
かつてマノのダンジョンで遭遇し、散々に追いかけまわされた、あの悍ましい存在。
そしてその考えは。飲み込まれ、周囲を塞がれ、影鬼越しに感じる感情を以って。
確信に変わった。
死ね、と。
耳元で何かが囁く。
何でお前が、と。
耳元で何かが零す。
お前がいなければ、と。
耳元で何かが恨む。
ひたひたと。俺を侵すように。
それは老若男女問わず。
或いは今までにあった誰かの声のように。
絶え間なく、俺に囁き続ける。
「うるせぇな」
何か前もあったな、こんなこと。顔を顰めながらそう思う。
何も見えない暗闇の中、絶えず聞こえる恨みつらみに辟易する。
盛大に溜息を零してしまうのも、仕方が無い事だと思う。
「今度は何だ? また呪いの塊か?」
「あー、多分、そうっぽいですね」
傍らでミリアが頷く。呪術師のミリアがそう言うのなら間違いは無いだろう。何と言うか、まぁ……俺も随分と呪いに縁のある事だ。
「かなり濃密ですよ、これ」
「マノのダンジョンよりも酷いか?」
「比べ物にならないです。触れたら即気が触れるレベルです」
「……どーりでさっきから煩いわけだ」
前も似た事があったから、魔力で防げば軽減できることは知っている。ウザイとは思うが、耐えれなくはない。
「……その程度で済むって、どれだけ呪いに耐性があるんですか。影鬼越しとはいえ、あまり緩和できていないんですよ」
「出来ていないのか?」
「はい。あ、言っておきますけど、影鬼のレベルが低いわけじゃありません。ただこの呪いは次元が違うんですよ」
「その割にはお前も冷静じゃないか」
「私はキョウヘイさんと繋がっていますから。キョウヘイさんに耐性がある以上、私にも耐えられます」
よくは分からんが、まぁそう言うものか。いや、勿論、ミリアがおかしくなられても困るからそれでいいけど。
「まぁ正体はもういいや。それより脱出方法だな。試すぞ」
「何か方法があるんですか?」
「ん? ああ、全力で殴ってみる」
「脳筋ですか」
■ 妹が大切で何が悪い ■
練り上げた魔力を右拳に集中し、ぶっ放す。真正面に向かって、思いっきり。
狙いとしては、魔力を込めた一撃で呪いを霧散させる為だ。有効は分からないが、試す価値はあると思っての行動。
だが結果から言えば、この行為は俺の全く予想していない方向へと舵を切った。
「っ!?」
ぶっ放す。言葉にすればそれだけ。この呪いの塊を消し飛ばすための方策。
だが俺の身体は、何故か後方へと引っぱられた。……いや、違う。後方へと吹っ飛んだ?
「うおっ!?」
多分、ジェット噴射みたいなものだろう。確かに踏みしめる為の足場も無かったし、踏ん張りが利く筈もない。その状態で周囲をぶっ飛ばすような魔力の放出を行えば、そりゃ身体は後方に流れもするだろう。細かい原理は分かんないけど、そう言うもんだきっと。
で、だ。
後方へと跳んだ俺の身体は、思いの外あっさりとこの呪いの集合体から抜け出ることに成功した。不意に感じた解放感と、視界が開けたことからそう判断する。
咄嗟に身を捻って、吹っ飛んでいる方向へ足の裏を向ける。
ほぼ同時に、着地の衝撃。
「~~~~っとに、なんだいったい」
ビリッ、と。足裏から頭へと衝撃が伝わる。クソッたれと悪態を零しそうになるが、それを寸でのところで飲み込んだ。
改めて周囲を見ると、どうやらここは全く別の場所らしい。重ねられた木箱、布を掛けられた細長い何か、転がる木片、石畳の造りの床と壁。どこかの倉庫と言った印象だ。さっきまでいた筈の、遺跡のような場所とは全く違う。
頭上を見上げれば、黒々とした呪いの塊が、水たまりの様に波紋を広げていた。どうやらあそこから脱出と言うか、落ちてきたようだが……
「とりあえずアレを伝って出るのは無しだな」
あの気持ち悪い道を通って、元居た場所に戻れる保証もない。現に探知のスキルは、全く別の道を指し示している。直感という意味でも、経験という意味でも。あの呪いの中に入る選択肢は無い。
「イーリス側のカラクリも解けてないってのに、面倒事ばかり大挙しやがって」
「どうしますか?」
「進むさ。スキルの指し示す通りに」
指し示す先は、勿論一佳。遊仙やラヴィアがいるとはいえ、今の俺の様に突然の何かが起きないとは限らない。俺は今回脱出できたが、仮に一佳が同じ目に遭って、脱出できるとは言えないわけだし。
「アリアも黒騎士も実力はある。問題は無い。シグレに至っては言わずもがなさ」
「まぁ確かにそうですよね。まずはそりゃ最初に、妹さんですよね」
「イーリスの企みを思えば、アイツの傍に急いだほうが良さそうだしな」
イーリスは一佳を狙っている。そしてその目的は、恐らく次の依代とするため。それはミリアと確認し合った仮定だが、多分真に迫っていると思う。
だからこそ、一佳の傍にいなくてはならない。一佳が一人になった時こそが、イーリスの狙いなのだろうから。
「行くぞ」
「はい」
ミリアは言葉ともに消え去った。俺の魔力に戻ったのだろう。……混乱を鎮めるために具現化し、混乱が収まれば魔力に戻ることで戦闘のカバーをしやすくする。何と言うか、本当によくできた奴だよ。助けられてばっかだ。
右拳に魔力を込める。光は正面のドアへと続いている。だけどそれを、わざわざ行儀よく開ける程能天気なつもりはない。
「ぶっ壊すぞ。罠の警戒……というよりは、八つ当たりだけどな」
「はい!」
■
男を殺す。
真正面から向かってきたそいつの、首の骨をへし折る。
男を殺す。
余裕をかまして御高説を垂れたので、顔面を殴り抜いて陥没させる。
男を殺す。
やたら早かったけど、影鬼で一撃。
女を殺す。
命乞いをしてきたところ悪いが、それを聞き入れるほど人間できちゃいない。
「これで5人目か」
「あぁん? 余裕ぶっこいてんじゃねーぞ、このカッ」
何と言いたかったのかは分からない。だってその前に、殴り抜いたから。
ボキッ、と。もう慣れた、相手の首が折れる音。
首が裂け、血が噴き出す。
「うーわっ」
傍らでミリアが、辟易とした声を出した。だが気にせず、パックリと傷口が開くように、頭髪を掴んで振り回す。血が多少かかったが……まぁ確実に止めを刺すためだ。致し方ない。
かひゅー、だの。或いはこひゅーだの。そんな気の抜けるような音を立てて、相手の身体が倒れた。
「……これも、隷属の証は無いですね」
「5人連続で無しか」
「はい。……屍人の可能性は、極めて低いかと」
ああ、それは悲報ってやつだな。ミリアの検分を聞いて、思わず天を見上げる。
「厄介なカラクリだな。どうやってイーリス側は人員を送り込んでいるんだ?」
「……皆目見当がつきません」
「事を聞こうにも、どいつもこいつも敵意MAXで向かってくるしなぁ……ヴァネッサはまだ起きないか?」
「まだです。こればかりは本人の意思によるところが大きいので、いつ起きるかは分からないですね」
まぁもうそろそろ起きてくれても良いんですけど。ミリアはそんな、慰めにならない言葉を吐き出した。コイツはコイツで、この状況に辟易しているようだ。
辟易……まぁそりゃそうだ。辟易もする。雑魚ばかりとは言え、立て続けに戦う事になっているのだ。しかもどいつもこいつも、まるで俺が来ることが分かっていたかのような臨戦態勢っぷり。さっきの呪いと言い、脱出した先と言い、何か作為的なものすら感じるのだ。
それはまるで、用意された道を進んでいるかのようで――――
「……また、ドア一つだけですか」
同じような造りの部屋を繰り返す。石畳の部屋で、先に進むドアは一つだけ。勿論光の道はそのドアを示しているから、俺としても進むほかない。
「行くさ。……あぁ、行くともさ。クソッたれ」
次もきっと、同じような光景なのだろう。5人を殺して進んだのと、同じことが繰り返されるのだろう。
俺自身もそんな鬱屈し辟易とした感情のまま、扉を殴り飛ばす。
――――瞬間、広がる水面。
「……は?」
思わず呆ける。その水面が足首程度までしか浸からない、浅いものだということに気が付いたのは、たっぷり1分は経過してからだった。
「……池、じゃないな」
そんなわけがない。自分で呟いといてなんなんだが、視界は水平線の先まで続いている。つまりは今までの部屋の繰り返しから、突如として随分と開けた場所に出たわけだ。
そしてそんな開けた場所ながら、水面は凪いでいる。波の一つも立ちはしない。俺が動くことで波紋が生じる程度。
「うわぁ、すごい……」
ミリアも驚きに感嘆の声を上げた。何と言うか、随分と幻想的だ。見上げた上も、天井ではなく青色に染められた空。さっきの遺跡の例があるから、そりゃこんな場所もあるだろうが、それにしたって随分と穏やかだ。
「こんなところがあるなんてな」
多少動いても、土が水中で巻き上がることは無い。水中は透き通るかのように綺麗なまま。ひとまずこの程度の浅瀬差なら、鮫だの鰐だのといった危険生物にも注意を払えるだろう。そんなのがいたらの話だけど。
「こんなに綺麗で穏やかなら、水浴びしたいですね」
ミリアの言う通りだ。大分よっごれている事だし。水浴びの一つでもしたいものだ。
だが見渡す限り、ここにはどこかに身を隠す遮蔽物も無い。敵が来れば一発で気付かれるし、遠距離から攻撃をされれば逃げ回ることも難しい。
「……残念だが進もう。ここは休むに適さない」
そもそも水に浸かり続ければ、体温を奪われる。浅瀬とは言え水は水。しかも着衣した状態。体温は奪われ続ける。その恐ろしさは、マノのダンジョンで体験済みだ。
ミリアも思い出したのだろう。少し残念そうに頷き、
「ッ、キョウヘイさん!」
分かってる。そう言うよりも先に、拳に魔力を纏う。そしてそのまま真正面に向けて構える。一佳へと続く光の先に向けて、構える。
「イーリスの言う通りよ。全く、中々の強者ではないか」
水面が騒ぐ。あれだけ静かだったのに波打ち、渦が逆巻き。そしてゆっくりと、そいつは立ち上がった。まるで水が形を成すかのように、それは大男の身体を成した。
……いや、ただの大男ではない。
黒々とした穏やかな眼。右目を潰す縦一文字の刀傷。愉快気に笑い、剥き出しになる牙。人では為せないような、筋骨隆々な体躯。そして何よりも特徴的な、逆立つよう雄々しい白色の毛。
人、ではない。
彼を人とは呼ばない。
「獣人、か」
「如何にも」
俺の呟きのような一言を、愉快気にそいつは拾った。話すことが楽しいとでも。そう言いた気な感情が、その声色からは伺えた。
「キョウヘイ・タチバナだな。此度の争いにはまるで興味が湧かなかったが、貴様と相ま見えるのは楽しみにしていた」
そう言って。そいつは背から、水分と大柄な武器を取り出した。槍のような柄の長さに、鉞のような大柄な刃。所謂、ハルバード呼ばれるものだろう。切れ味鋭さが伺えるような鈍い光が、それが決して無用の長物では無い事を示している。
「さぁ、さっそ――――!?」
言い切られる前にぶん殴る。口上を述べている時は手出し厳禁? そんなの知った事か。お約束? 知るかっての。
いきなりの出現に驚いてしまったが、俺がやることは何も変わらない。一佳を護るために動く。アイツを無事に帰すために動く。その為に邪魔なものは、全力でぶっ壊していくだけだ。
流石にその筋肉は張りぼてでは無いようで、俺の一撃を喰らってもそいつは多少たたらを踏むだけだった。だが別に構いはしない。一発で斃れなければもう一発。それでもだめならもう一発。相手が倒れて死ぬまで続けるだけの話だ。
「ハッ!」
だが俺の踏み込んだ一足は、強制的に停止させられる。振るわれたハルバードを避けるためにだ。
「……ふむ。やるではないか。良い拳だ」
ゴキリ、と。そいつは首を鳴らした。そしてハルバードを、俺に向けて構え直す。
「これがライオットあたりであれば、戦いの礼儀に煩かろうが……所詮戦いなど命の取り合い。知った事では無いわなぁ。ましてや戦争と来れば、その通りであろうさ」
「……話が早くて助かるよ」
面倒な相手だな。相槌を打ちながら、そう思った。先ほどはともかくとして、今は油断も隙も無い。
「では、続けようか」
剥き出しの牙。喜悦に染まった声色。反して、相変わらず眼は穏やかなまま。
つまりは感情に呑まれずに動くことができる、知性派の相手というわけだ。ジャックやカタリナみたいに感情的な奴の方が、俺の経験上で言えば扱いやすいのだが……正直に言えばこういうタイプは苦手だ。
冷静でいられると言う事は、周囲が良く見えるということ。それこそアリアや黒騎士の様に。
つまりは、面倒。
「我が名はレオニダス。貴様の認識の通り、獣人だ。……さぁ、行くぞ。キョウヘイ・タチバナ」




