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7-3

 隆起した指のような五本の柱。

 握り潰さんと迫りくる圧迫感。

 このままで居れば、圧死は間違いないだろう。

 ……このまま何もせず、それを受け入れたら、だけど。




「甘いっての」


 五本の柱が、いずれも動きを止めた。物理法則に逆らうような、不自然な形で倒壊を停止した柱。まるで見えない何かに阻害されているかのように、俺たちを握り潰す、まさにその直前での状態での停止だ。


「奇襲くらい備えるに決まってんじゃん」


 溜息を吐きながら、遊仙は指を鳴らした。パチン。合理性を欠いた気障な仕草であはあるが、それが契機かの様に、柱が先ほどの光景を巻き戻すかのように、元の状況――つまりは闘技場に――に形を戻した。


「出て来なよ」


 クイッ。今度は人差し指と中指を、上に向けて折り曲げる様に動かした。すると闘技場の端から、地盤を砕いて何かが飛び出てくる。

 野球ボールくらいのサイズの、小さな球状の何か。

 それは飛び出て、ふわりと一瞬空中で停滞した後、俺たちの足元向けて落下してきた。……赤黒いその何かは、脈打つかのように小刻みに震えている。


「君が本体か。察するに、さっきの弱々しい死体を本体と見せかけて、油断したところを奇襲で仕留めようとしたってところだね」


 うーん、20点ってとこかなぁ。審査でもするように、余裕綽々の態度で遊仙はそうまとめた。その言葉がまさしく正解だったか、赤黒い球体は一段大きな震えを起こした。

 怯えか、或いは絶望か。

 ……まぁ考察なんかどうでもいい。コイツが何であり、どんな目的を持っていたかも。知ったこっちゃない。

 ぐしゃりと。遊仙は傍に転がっていた槍で、球体を潰した。


「これで死んだってことか」

「正真正銘ね。間違いないよ」


 視線も感じないし。そう言って遊仙は大欠伸をかました。汗はおろか、呼吸一つとして乱れやしない。

 潰れた球体の跡を見る。物言わぬそれは、確実な死体と成り果てている。

 これで今度こそ。間違いなく3人倒した。そう言う事だろう。


「さ、じゃあ残りもさっさと倒そうよ。最新作のゲームの為にもさ」











■ 妹が大切で何が悪い ■











「なぁなぁ、最新のワンピー●って今どこらへん? もう完結したん?」

「うぐっ! ……知らねぇよ、クソッ」

「えー、ジャン●読まんの? もしかして非国民?」

「うっぜ……カハッ、」

「言えば見逃してもいいよ、一瞬だけどね」

「……遊仙」


 ……4人目。多分、俺らと同じく、現代日本から来たヤツ。

 名前は、確か、えーと……


「……あんまり遊ぶなよ。てか逃げられたら困るんだが」

「だから一瞬だって。僕が逃がすわけないじゃん。ねぇ、ツルギ君?」


 あー、そうだ。ツルギだ。あんまりにも正々堂々と名乗るもんだから、その後の遊仙の蹂躙もあって、逆に忘れてしまっていた。

 ツルギ。俺たちが開けた扉の先の部屋にいた、敵の1人。多分剣士。剣持ってるし。

 堂々と名乗って、俺たち悪を斃すとか息巻いて、そんでもって遊仙を指名して戦う事を強要して。

 結果、ものの見事に圧倒されて組み伏せられている。マジで言う事が無い。それくらい一方的な結末。


「クソがっ……!」

「元気だねぇ。情報さえ吐けば楽に殺してあげるよ。ワンピー●の状態を教えてくれれば尚良し」

「ふざけっ、がっ、っっっ!!!」

「お、意外と我慢強いね」


 組み伏せたツルギの、その掌に短刀をぶっ刺した。柄の辺りまで突き刺されているので、掌の貫通は確実。そのまま地面に縫い留められている事だろう。

 もう一方の手にも、同じように突き刺した。


「うああああああああああっ!!!」

「早く言った方がいいよ。そうすればもう痛いことは無いからさ」


 言っている事、完全にイカレているよなぁ。喧嘩を売られたとはいえ、ノシて倒して拷問とは。一昔前の不良でもやらん。ヤクザと見間違うかのような手段。少なくとも、現代日本で普遍的に教育される価値観をもっていれば、中々できる事じゃ無い。俺みたいに色々と迫られているなら兎も角。

 その点遊仙は、流石魔人軍一位というところだ。強さもそうだが、思考とか善悪のぶっ飛び具合も。なるべくしてなったんだと頷かせられる。


「……これで4人目か。俺たちに集中し過ぎじゃないか」

「んー? まぁ、確かに。しかもこの程度ならすぐ終わるよね」


 くるくるくる。掌で三本目の短刀を弄びながら、遊仙は平然と相手方は人材不足であると口にした。

 まぁ、その通りだとも思う。ヴァネッサ……は置いておいて、カタリナと言い、あの死体と言い、そしてコイツと言い、正直全員一斉にかかってきたところで、俺1人だけでも勝てるであろうと思えるレベルだ。敵の事ながら、この程度でしか人材がいないのかと疑問を覚えてしまう。


「『鬼神』……はこっちにいるから仕方がないとしても、せめて『炎帝』レベルはいないと。この程度だったら、黒騎士1人で蹂躙できちゃうよ」

「その『炎帝』とやらもシグレが殺したみたいだけどな」

「マジ? 散々だね、それって」

「だとしてもここまで人材不足になるものか? 他にいるだろ、流石に」


 この程度の力量の輩を並べられたところで負ける気はしない。だがあれだけ敵意をぶつけ、最終審判を宣言したからには、もっと強力な手駒を用意していると考えるのが普通だろう。或いは何かしらの策とか。

 遊仙は考え込む様に目を伏せた。


「あー……もしかしたらさ、遊戯●みたいにさ……こういった雑魚を生贄にして、もっと強力な奴を召喚しようとしているとか?」


 懐かしいな、遊戯●。子供の頃は友達と遊んだっけ。

 まぁそれは置いておいて、確かに遊仙の言う事にも一理ある。寧ろそう言った裏が無いと、こういった雑魚を選出する意味が分からない。


「ま、みんな倒せばそれでいいでしょ。寧ろ強い奴が出てくれない張り合いないし」

「俺はみんなコイツ程度であった方が嬉しいけどな」

「そう?」

「ああ。さっさと終わらせて帰りてぇ」

「ホント恭兵ってば帰りたがるよね」


 もう少し楽しんだら? そう言って遊仙は笑った。余計なお世話だ。俺は今すぐにでもこんな戦場からおさらばして、元の世界に帰りたいんだよ。


「キョウヘイ? ……くそっ、テメェが裏切り者か。このクソッたれ野郎が」


 ……何故か俺に向けて罵詈雑言が飛んでくる。意味が分からず声の主――ツルギを見ると、涙目になりながらも俺を睨んできていた。


「まさか早々に元凶に会えるとは思ってもいなかったぜ」

「……恭兵?」

「テメェが裏切って『聖女』を連れて行くから、世界がおかしくなってんだよ! しかも魔族に引き渡すとかさぁ、人の心がねぇのかよ!」

「……あー、ツルギ君? 色々と言いたいことはあるが、まず、あれだ。俺たち初対面だよなぁ、おい」

「ああ、そうだよ! だがテメェの悪評は聞いているさ! この裏切りもんが!」


 すごいキレられるじゃん。なんで?

 考えども分からず、思わず首を傾げれば。それがツルギの琴線に触れたみたいで、一層の呪詛を込めるかのように目が血走りはじめた。


「ぶっ殺してやる! イーリス様の手を煩わせるまでもねぇ! クソ野郎が!」

「いや、君、この状況でよく吼えられるね」


 呆れを隠さず、遊仙は言葉を吐き出した。組み伏せられ、両手を短刀で縫い付けられて、今尚地面に横たわった状態で。ツルギは俺に向かって呪詛を吐き出しているのだ。こんな状態で吐き出しているのだ。そりゃ呆れもする。

 俺はコイツとは初対面だが、どうやら向こうは一方的に俺の事を知っているらしい。言葉から察するに、イーリスに変な事を吹き込まれたようだが……それにしたって俺の事を敵視し過ぎじゃないだろうか?


「殺してやる! 殺してやる殺してやる殺してやる! その首切り飛ばしてぐっちゃぐちゃにしてやる!!!」


 ……よく吼える事だ。そこに力を使うくらいなら、まず遊仙をどうにかしようとは考えないのだろうか。大した根性ではあると思うが、絶対に使い方が間違っている。


「殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!」

「おーい……気持ち悪いよ、お前」

「殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! こ殺してやる! 殺しししてやる! ころっ、殺してやるるるる!」

「……恭兵? コイツ、ちょっとヤバくない?」


 ちょっとどころか派手にヤバいと思うぞ。マジで。

 口角から泡を吹き零し、眼を血走らせた状態で、一心に呪詛の言葉を吐き続けるツルギ。

 はっきり言って、異様だ。最初に喧嘩を売られた時は、まだ元気いっぱいなアホの子だったんだけど……


「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して……」

「うわぁ……っと!?」


 ガバッ、と。まさにそんな擬音をつけるような勢いで、ツルギは立ち上がった。上に乗っていた遊仙を弾き飛ばして立ち上がった。

 そしてギョロリと。その異様な双眸で俺を見据えると、無手のまま飛び掛かって来る。


「チィッ!」


 初撃を躱し、カウンターを顔面にぶつける。右拳から顔面の骨を砕いた感触が伝わった。

 そのまま殴り抜くと、ぶざまにツルギは転がった。だがすぐに立ち上がる。


『いいいいいいいいい、気持ち悪いいいいいいい!!!』


 脳内でミリアが嫌悪感を隠すことなく吐き出した。だが気持ちは分からなくない。正直に言って、俺だって嫌だ。

 確実に骨は砕いた。両手は短剣を無理矢理引き抜いたせいで、千切れかかっている。普通ならば、痛みで動くこともままならないだろうに。

 だが目の前のそいつは、そんな事は気にする素振りもみせず、再び俺に向かって走って来る。


「無視すんなよ」


 一閃。遊仙が文字通りの横槍を入れる。さっき拾った得物を用いての一撃。

 無防備なわき腹に喰らったツルギは、くの字に身体を折り曲げて吹っ飛んだ。手加減も無い、本当に人を殺める為の一撃だ。

 ……だが、


「こ、殺す、殺す、ここ殺す、殺す、殺すす、ろす、す、すすすすっ、すっううううううううううううううううううううううううううううううう!!!」


 それでも動く。呪詛の言葉を吐きながら動く。骨が折れ、身体はボロボロで、正直立ち上がる事すらままならないだろうに、彼は動く。

 屍人、ではない。アレなら、まだ屍人の方がマシだ。


「イカレてんね。なーんかされたっぽいけど、ヤバいよあれ」


 うんざりと言いたげに遊仙が溜息を吐いた。正直俺も同じ気持ちだ。

 イーリスに何をされたかは知らないが、あの様子だと彼はもう手遅れだろう。仮にイーリス側が勝利したとしても、音の生活に戻れるとは思えない。何をされたかは知らないが……あの女はあの笑顔の裏で、相当にあくどい手法を、味方にすら使用しているらしい。


「殺すのが情けとはね」


 パチン。遊仙が指を鳴らすと同時に、地面が隆起して壁となる。そしてそのまま、ツルギを挟んで潰す。さらに挟んだ箇所から、棘が何本も生えた。その一本一本には血やら肉片やらがついている。


「挟んで潰して、内側から棘を生やして串刺しか」

「ご名答。ま、流石に死んだでしょ」


 ぱん、ぱん。埃を払うかのように、両手を叩き合わせる。すると魔法が解けたかのように、隆起した地面が元へと戻った。ツルギを飲み込んだまま、だ。


「これで4人。あと3人殺して、さっさと終わらせようよ」

「……そうだな」


 もうきっと……いや、絶対にツルギは死んだ。生き返ることは無い。

 なのに、何故か。俺は心の中で沸き立つ不安を拭えずにいた。

 また出てくるんじゃないかと。あの呪詛に満ちた表情で追いかけてくるんじゃないかと。

 血に濡れた地面を見て、そう思ってしまっていた。











 最終審判の舞台である螺旋迷宮は特殊だと聞いたが、実際に見てみると中々に奇天烈だと思った。

 最初の西洋風の部屋、何の変哲もないただの部屋、闘技場、一面の砂漠、細い橋だけの通路、階段だらけの吹き抜け、火柱の立つ小部屋……部屋の大きさもそうだが、各部屋のギミックも多種多様と言える。


「で、どこまでこの螺旋階段は続くんだ?」


 あれから幾つかの部屋を抜けて。誰と会う事もなく。今の俺たちはひたすらに上へと続く階段を上っている。


「うわっ、下ヤバっ! 何も見えない!」


 そして何故か遊仙はテンションが高い。わりかし自分勝手な気もあるから、疲れたと駄々をこねるかと思っていたが、存外この状況を楽しんでいるらしい。……大した奴である。


「うわぁ、落ちたらどこまで行くんだろ。なぁなぁ、次の敵はこの下に落としてみようぜ!」


 訂正。イカレていやがるの間違いだ。個人の楽しみ方にケチをつけるつもりはないが、それにしたって考え方がおかしい。倫理観皆無かよ。……いや、今までの態度的に無いのは明らかだったな。俺が間違ってら。


「落として逃げたらどうすんだよ」

「だから瀕死にして落とす」

「発想がえぐい」


 もう好きにしてくれ。俺は相手を全滅さえできればそれでいいや。

 相手にするのも疲れるので、適当に言葉を返すが、遊仙は気を良くしたのか「分かってんじゃん、イイね!」なんて褒めてくる。どこがイイんだか。同好の士と思われているとしたらなんか嫌だ。


「ん?」


 そんな風に思考が散漫になりつつあったところで、耳が何かしらの異音を捉える。ギャリッ、と。鉄製の物同士がぶつかる様な音だ。


「上だねぇ」


 遊仙にも聞こえたらしい。新しい獲物を見つけたと言わんばかりに、喜色に口角を釣り上げている。

 早く行こうぜ。言葉にされなくても分かる。その音が誰かが奏でているのか、或いはギミックでしかないのか。何であれ、見たくて仕方がないと。そう言いたげな顔だ。

 もう一つ付け加えるなら、俺の人探しのスキルも、しっかりと真上を指し示している。


「……最短距離を突っ込むか」

「イイね!」


 この場合の最短距離とは、真上に真っすぐぶっ飛ぶ、という意味である。間違っても階段を走るなんて、そんな無駄な事では無い。……つまりは、


「行こう、掴まって!」


 遊仙が背に翼を生やす。ネムのと似た、だけどネムのよりよっぽど力強く、強大な翼だ。


「ああ。出ろ『影鬼』」


 俺は影鬼を出すと、入り口を作るかのように穴を広げる。つまりは影の中を通り、障害物なんて全部素通りして、遊仙の翼で高速移動し、さっさと音の下に辿り着こうと言う魂胆である。あんな怪しい音がするのなら、途中に誰かがいる事も考えづらいし、ショートカットしても問題は無いだろう。


「せー……のっ!」


 溜めて、跳ぶ。いや、飛ぶ。

 一瞬の風圧の後、影の中へ。影から別の影へと移動することは、多少の距離ならその場から動かずに移動可能だが、ある程度の距離を移動するのなら、自分で動いた方が何倍も効果は高い。

 自分に出来る事を正しく理解する。

 何事であれども、原点の理解は必須だ。


 そして、出る。

 影を、出る。


「あ」


 それは誰の言葉か。

 俺か、遊仙か、或いは、別の誰かか。

 出た瞬間。

 正面には顔。

 多分、相手方の5人目。


「あー……」


 冷静に。至極、冷静に。

 俺は影鬼を操作して。

 遊仙は翼を操作して。

 驚いたままの相手に、反射的に、本当に反射的に攻撃をする。

 ……当然、クリティカルヒット。顔面殴打。ぶっとぶ名も知らぬ誰かさん。転がる誰かさん。……下へと落ちて行った誰かさん。


「あらぁ、落ちたわねぇ」


 そして冷静に事を実況する、聞き覚えのある声。

 ……自分たちでしでかした事ながら、情報量が多すぎて頭がなんだか痛かった。

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