7-2
※21/11/22 誤字脱字修正
死んだと。
そう思っていた。
俺は死体を見たわけじゃないが、一佳たちが死体を見たと言っていた。繋がりも断たれたと言っていた。俺よりもずっと長く一緒に居た一佳たちがそう言っていたのだから、間違いは無いと思う。
だが目の前には、死んだはずのヴァネッサがいる。
一佳たちが嘘を吐いた? いや、嘘を吐くメリットが無い。そんな仮定に意味は無い。
じゃあ生き返った? ……あり得なくはないが、その間繋がりとやらは消えたままなのが腑に落ちない。
「先に言っておきます。私は死人です」
俺の思考を読んだかのように、ヴァネッサは言葉を紡いだ。そして自らの服に手を掛けると、何の躊躇いもなくするりと脱いだ。
……露わになったのは、ボロボロの肌。穴が開き、中が見える胸。貫通した刀傷。
「私はこの戦いの為に、カタリナの手で蘇生されました」
カタリナ。俺が先ほど殺した敵。炎に呑まれ、ただの黒焦げの身体と成り果てたそれを、ヴァネッサは指差した。
「私はイチカをおびき寄せる餌だとか。……笑っちゃいますよね。私がそんなことするはずないのに」
だからこそ、強制させたんでしょうけど。そう言ってヴァネッサは右腕を上げた。そこにはタトゥーの様に、紋様的なものが描かれている。
「意志剥奪、そして隷属の呪術ですね」
「ミリア?」
いつの間にかに、俺の隣には具現化したミリアが現れた。その姿は今までと異なり、白いマントを羽織った、ザ・呪術師的な格好だった。
■ 妹が大切で何が悪い ■
「死者の蘇生と隷属はセットのようなものです。生き返らせたは良いけど反抗されたらたまったものじゃないですからね。大方、主が死んだことにより、束の間の自由を得たという事でしょうか」
「ご察しの通りです」
淡々としたミリアの解説は、それだけ彼女がこの内容への造詣の深さを物語っている。小柄な体躯に戦闘の拙さから忘れるが、そう言えば彼女は呪術師として修業中の身であった。こう言う事への理解は、俺よりも彼女が適任だろう。……いや、ちょっと待った。束の間?
「束の間ってのはどういうことだ」
「簡単な事です。契約で蘇った身体は、その時点から生活するための力を魔力で補います。そしてその魔力は、契約内容によって変わりますが、大抵は術者から供給されます」
「……つまり、カタリナを殺した今、ヴァネッサの魔力の供給源は消えたって事だから」
「はい。術者による絶対服従から解放されたと同時に、彼女は自分自身で魔力を得なければならなくなったと言う事です」
自足自給。言葉にするだけなら簡単だ。だが、実際に自分の力だけで得ようとするのは、大変難しいと言わざるを得ない。
加えて、この最終審判という局面。
……彼女には悪いが、自足自給など、絶望的と言う他ないだろう。
「大凡のことは察して頂けたかと思います。……今やこの身体は、普通に動くどころか、しゃべるだけでも魔力を消費していきます」
「契約者を失いましたからね。楔が無くなった今、魂はこの世に留まれない。残存する魔力を大切に使えば、或いはもう暫くは生き永らえもするでしょうが……」
「そのつもりはありません。あと数分が数時間に変わったところで、そこに私は意味を見出せません。物言わぬ死体となるか、屍人として彷徨うか……いずれにせよ、私の人生はもう終わっています」
言葉は悲観的だ。だがヴァネッサ自身の顔には、何の憂いも無い。人生を終わらせることに、何の心残りも無い様な。そんな表情だ。
「ただ……最後に会えたのが貴方で良かった。そう思います」
「一佳の方が良かったんじゃないか?」
「イチカに会いたくないと言えば嘘になりますが……それよりも、可能であれば貴方に会いたかった」
俺に?
心当たりがなく、思わず顔を顰めてしまう。
それを見て、ヴァネッサは何故か微笑んだ。
「お礼を言いたかったんです。貴方に。ずっと」
「お礼? 悪いが、言われるような覚えは無いが」
「いいえ。2つ、あります」
すぅ、と。ヴァネッサは息を吸った。まるでそれが最後の呼吸となるかのように、大きく、胸を張って。
「1つは、イチカを助けてくれたこと。彼女をあの監獄から助け出してくれたこと。私は手引きしかできず、志半ばで死んでしまいしたから」
そう言って、ヴァネッサは自身の胸を軽くノックした。先ほどから露わになったままの、あの刀傷。……シグレによって与えられたであろう、たった一突きの致命傷。
「死人の私に顛末なんて誰も教えてくれません。私が知っている結果は、イチカが逃げたという事のみです。……それも、カタリナの悔しそうな顔と、侮蔑の愚痴から察したという程度でした」
「……目に浮かぶよ。アイツ、相当腹に据えかねていた感じだったしな」
「ええ。それはもう」
その光景を思い返したのだろう。彼女は苦笑いの表情を浮かべた。言葉の刺々しさに反して、どうしようもない悪ガキに頭を悩ませるような、そんな顔だ。
「カタリナも、最初は全然今とは違ったんですよ。確かに魔物に対して、並々ならぬ敵意を持っていましたが……それでも、4人でパーティーを組んでいた頃は、こんな未来になるとは思いもしませんでした」
「確かに魔物に対しての敵意は強かったな……信仰の暴走ってところか」
「或いは、私たちとの解釈の相違でしょうか。気が付いた時には遅く、私たちの道は別れてしまいました。もう少し早くに気が付ける事が出来れば、まだ違った道があったかもしれません。……もう、遅いですけどね」
ちらりと。彼女はカタリナの死体を見た。……今やもう黒焦げで、カタリナであったことは何も分からないであろう死体。
「もう私たちの歩みは交わることは無い。……だけど、それでもイチカには貴方やターニャが付いている。なら、あの子の事は、もう心配ありません」
「……こっちこそ、今までアイツを守ってくれてありがとう」
「ふふっ、お気になさらないで下さい。……それに、貴方から感謝なんて、受け取るわけには行きません」
どういうことだ?
そう問おうとする前に、ヴァネッサは一本指を立てた。
「もう1つ。あの禁足地で、私たちを助けてくれたこと」
禁足地。つまりは、あの屍人の森の出来事。
「近くの街まで避難をした際に話したかと思いますが、あの森で山賊たちに囚われた事は、完全に想定外でした。為すべきことを為せずに、志半ばで死ぬ事を考えていたくらいです」
「……」
「ですが、貴方は助けに来てくれた」
……アレは、偶然の産物だ。場合によっては、見捨てることも考えていた。
結果として彼女は助かっただけで。感謝されるような謂れは無い。
「本当はですね。適当な一計を案じて、貴方の人となりを見て……それで結果がどうあろうと、イチカには貴方が兄である可能性が低いなんて、そんな嘘を言うつもりだったんです」
「……初耳だな」
「言ってませんからね」
呆気カランと。彼女は騙すつもりだと言った。一佳に引き合わせるつもりなんて無かったと言ったのだ。
「いい気分はしないでしょうが、私はイチカの身を最優先に考えております。そしてあの国は、イチカにとって最悪な考えを有してはいましたが、身を護るという事だけを考えれば、適した国でもありました」
「あのまま囚われ続けた方がよかったと」
「外に出て、魔の者に命を狙われ続けるよりは。或いは、死体だけ偽装して、私たち3人で護り続ける。いずれにせよ、外部の者に助けを求めるつもりは毛頭もありませんでした」
それはヴァネッサなりに一佳を思いやった末の結論だろう。そこは今更責めるものでは無い。結果として一佳を助け出す事が出来たのだから。
「ですが、貴方に救われた」
にっこりと。彼女は微笑んだ。
嘘偽りがないと。そう言い切れるような笑みだった。
「私の邪な想いなど消し飛ばすかのようでした。……それと同時に、全部すっ飛ばして気づいちゃったんです。貴方は、本当にイチカのお兄さんなんだなって」
誰かを守ろうとする事。敵が強くても退かないところ。本当に兄妹そっくり。
そう言って、ヴァネッサは目元を拭った。
「それと同時に……その……物語みたいだな、って。安い物語の、安い女みたいでアレなんですけど……恥ずかしながら、トキメキもしました」
彼女の顔が、僅かに赤色に色づいた。……隣で「キョウヘイさん?」なんてミリアが睨み上げてくるがガン無視する。この流れで俺が悪いところ何一つないだろ。
やや話が逸れ気味になった事を察したのだろう。ヴァネッサは軽く咳ばらいをすると、顔を戻した。真面目なあの顔に戻した。
「貴方には、感謝してもしきれません。イチカの事、私自身の事……貴方がいなければ、私はあの森で、イチカはあの国で果てていたでしょう」
潤んでいた双眸。そこから、一筋の線となって雫が伝い落ちる。
それから彼女は何かを言おうと口を開き、もう一度閉じて、固く結び直した。それから乱暴に、己の眼を腕で拭う。それでも律しきれなかった感情が、眼から、口から、零れて止まない。
……もう一度。彼女は此方を向いた。だがそこには、あの冷静そうな顔も、優しそうな微笑みも、全てが無かった。ただただ、無念で仕方がないと、そう言わんばかりの顔があって、
「助けてくれて……っ、本当にっ、ありがとうございましたっ!」
多分、それが最後だったのだろう。体力的にも、気力的にも。
ニッコリと。泣き笑うかのように、無理矢理笑みを作って。
それから深々と。彼女は頭を下げた。90度にはなろうかという最敬礼。――――そしてそのまま、ぐらりと傾いた。……ぐらりと傾いて、地面へと倒れる。
■
「まだだ」
倒れ落ちる寸前。俺はヴァネッサを受け止める。支えた先から、拒絶するかのように力が込められたが、知った事では無い。
「ミリア」
「えー……マジですか?」
名前を呼んだだけだが、彼女はそれだけで察したらしい。頭の回転が速い子だ。振り返って、精一杯嗤ってやる。笑うんじゃなく、嗤う。
これから俺が行おうとしている事が、決して人道的でないことだから。
だから、嗤う。
「情報、知ってるだろ。生かして、吐かすぞ」
感謝の言葉? 思い出? そんなもん知った事か。それよりもイーリス達の情報。どんな相手がいて、どんな策を講じているのか。そっちの方がよっぽど知るべき内容だし、有意義に扱える。
はぁ、と。ミリアが溜息を吐く。
「でももうこの人死体になりますよ?」
「契約の更新をすればいいだろ」
「できませんよ。術式違いますもん。できて、魂の抽出ですかねぇ?」
「そりゃどうなるんだ?」
「私みたくなります」
つまりは、影鬼になると。なるほど、そりゃそっちの方が好都合だ。俺の魔力で好きな時に顕現させ、再生も可能となれば、屍人として従えるより断然そっちの方がいい。
俺の顔を見て、考えを変える気が無い事を察したのだろう。ミリアはやや大きめな溜息を吐き出した。
「いいからやるぞ。どうやればいい?」
「うっわ、ちょう非人道的……私の時と同じですよ。影鬼を出して、彼女の魔力を吸わせればいいんです」
ミリアの時は偶発的な要因が重なった末の出来事だ。だがどういう理由であれ結果が出たという事は、条件さえそろえば同じ事が出来るという事だ。
まぁ失敗しても、その魔力を糧に影鬼は成長しますから、デメリットは無いに等しいですね。そう言って、ニヤリと。ミリアは笑った。その表情には今の言葉とは裏腹に、俺の策が成功する事を疑っていないような、確信的な想いが見て取れた。
「こうか」
「ええ。まぁもう死体みたいなもんですし、どれだけ知性が残るかは分かりませんけどね」
「死体ごと食わせればいいか」
「とんでもないこと言いますね……ま、この人が本当に心の底から死にたくないって思っているなら、きっと私と同じように、影鬼になりますよ」
本当に死にたくないならね。ミリアの不自然な、再確認をするような一言。
ぎゅっ、と。返事の代わりに、ヴァネッサが俺の服を強めに掴んだ。
「じゃあ、行くぞ。そらっ」
「うわぁ、感慨も何も無いんですね」
荷物を放り出す様に、ヴァネッサを影鬼に向かって放り投げる。それを見てミリアがドン引きする様な顔を見せるが無視だ無視。感慨なんて抱いてどうするんだって話だ。
影鬼はヴァネッサを飲み込むと、人一人分膨らんだ。膨らみ、それから俺の影へと戻る。……心なしか、身体が重くなった気がした。
「ま、あとどうなるかは半々ってところですね、当人の意思次第です。魔力に負けて一体化すれば、彼女が目覚める事は永遠にありません。ただ目覚めるとすれば、今回は魔力だけでなく魂ごと飲み込んでますから、私の時よりはずっと早いですよ」
「何時間くらいだ?」
「そこはなんとも。まぁ早ければ1時間くらいじゃないですかね?」
「……どっちにしろ目覚めるまで悠長には待ってられないな。とりあえず、一佳と合流するぞ」
我ながら随分な思考回路だとは思う。だがゆっくりのんびり手を拱いていられる程、俺は能天気じゃない。一佳最優先。カタリナのせいで足止めを喰らったが、こっちは急ぎの身なのだ。
「……そうやって女の人を落として、いつか刺されても知りませんよ」
「人聞きの悪い事を言うな。あと俺は一途なつもりだ」
「相手がどう思うか気にせず、自信満々に突き進む人っていますよね。あーあ」
何故か不満げに言葉を吐かれる。解せない。俺は最初に言っているぞ、情報が欲しいと。
「その情報の為に、終わろうとした命を救うって……はぁ、なんだかなぁ、もう」
「救ったつもりはないさ。しっかりこれから働いてもらうしな」
「はいはい」
呆れを隠そうともしないミリアの態度に、こっちが溜息を吐き出したくなる。……出したくなるだけで、実際に吐き出すつもりはないけど。
代わりにミリアの手を取り、無理矢理抱える。
「行くぞ。まず一佳と合流だ」
「……そういうところですよ、もう」
■
西洋風の建物を、導に従って走破する。
ダンジョンの時と同じだ。
扉の先。場面が変わる様に、光景は突如として別の何かへと変わる。
「お、恭兵じゃん。お疲れ」
「……遊仙か」
やけに固く閉ざされた扉を蹴り破り、次の部屋へ。だがそこは部屋というよりは闘技場ような広大な空間だった。シグレの馬鹿と全力で対峙しようとも、きっと何の問題も無いと思える空間。
そして一歩踏み入れたところで、俺の足は強制的に止まった。
高野遊仙。
魔人軍の第一位がいたからだ。
「そいつ、殺したのか」
……いや、正しくは遊仙だけじゃない。
もう1人。地面に倒れ伏して血を流す人物がいる。
大きな穴を胴体に開け、身動ぎ一つせずに倒れているヤツが、いる。
「ああ、殺した」
遊仙は何の感慨も含まず俺の言葉を肯定した。外見年齢に見合わず、この手の事には慣れきっているのが分かる語調だった。
「あっけなかったよ。本当にこんな大切な戦いに選ばれる人材なのかって思うくらい」
「どんなやつだった?」
「さぁ? 僕に槍を向けたから、きっとそれが得物だったんだろうけどね」
つまり興味はないと。死んだのなら聞いても仕方がないので、俺もそれ以上は言わずに死体にもう一度視線を向けた。
体格の良い成人男性。
転がる武器は確かに槍なので、少なくともライオットでは無いらしい。
「俺は2人始末してきた。これなら、あとは4人だな」
「ヌルゲーだね。ヌル過ぎてこれでいいのかと疑問に思うよ」
ま、疲れるの嫌いだから別に良いけど。そう言って大欠伸を遊仙は零した。緊張感の欠片も無い態度だが、それだけ今回の相手は弱かったのだろう。
うつ伏せに倒れている死体を、仰向けにひっくり返す。ついでに服を剥ぎ取る。
腕から胴体にかけて、先ほどのヴァネッサの時と同じように、紋様的なものが刻まれていた。
『同じですね』
頭の中でミリアが肯定する。これでこいつも誰かに操られていたってことか。
「何その模様」
「死人を操るらしい」
「マジ? キモッ」
遊仙はこの手には興味が無いらしく、うへぇとだけ呟いて視線を逸らした。勝手ながらこう言う事に詳しそうだと思っていたが、意外にもそうじゃないらしい。
「あー、でも、なんか様子がおかしかったのはそういうことか」
「様子がおかしかった?」
「そ。幾ら刺しても怯まなくてさ。痛覚遮断しているにしては自分の身を顧みなさ過ぎて、めっちゃ気持ち悪かった」
想像する。痛覚無視して突き進んでくるその光景を。……俺はケントの街とかダンジョンとか屍人の森で慣れたが、冷静に考えてみると確かにめちゃくちゃ気持ち悪い。
「そっか、屍人じゃしゃーないよね。でもそうすると変だよな」
「変?」
「そ。だってさ、屍人って俺ら側じゃん。操るにしたって、イーリス側にいるって何かおかしくない?」
言われて見れば確かにその通りだ。屍人は魔物。それはこの世界で何度も言われた事である。
……パッと。疑問を覚えると同時に、脳裏にある人物の顔が何故か過った。屍人を操るネクロマンサーの事。あの屍人の森で再開した、かつての同期。
そう言えば確かアイツは、レアスキル持ちで生き残ったとか言っていたような……
――――死んだ? ドラゴンにやられて?
――――死んでないよ? ほら、見て
「どうした? 顔色悪いよ?」
「あー……」
一つ、嫌な想像をしてしまった。
確証はない。あくまでも想像。
だが想像を仮定する為の材料はある。
「……何と言うか、この手の奴に心当たりがあると言うか」
仮定は簡単だ。本当に、実に、簡単だ。
そう言えるだけの情報を俺は持っている。肯定するにしても、否定するにしても、あと一歩が足りないだけの……本当に充分な情報を持っている。
「煮え切らない態度じゃん。その心当たりって、何さ?」
「あー、うん……そのな――――っ!?」
前に対峙したやつで、殺し損ねたかもしれない。
そう言おうと口を開いたところで、いきなり地面が揺れた。思わず口を噤み、焦りを覚える程度には大きな地震。
遊仙もいきなりの事に焦り、うわっ、おいっ、とか言っている。
――――同時に、隆起する地面。
「うおっ!」
五本。俺たちの周囲に柱が立つ。囲う様に、逃さぬ様に。
……その柱が指を模している事に気が付いたのは。
握り潰さんと超速で俺たちに向けて倒れて来てからだった。




