6-EX-2
別視点、その2
次章で最終章。
なるべく2021年中に終わらせられるよう、頑張ります。
「キョウヘイ達と一緒に、アンタのくだらない計画を潰す方が楽しそうやな」
その発言を。その言葉を。
シグレが発したのを聞いて。
私――宮下小雪――がまず思ったのは、この子何言ってんの、だった。
片方が表に出ている間の、待機スペース。つまりは、私の意識の中。私だけのスペース。テレビに映し出された光景を見て。
息を、呑んだ。
恐れおののいた、と言ってもよかった。
考えうる限りで最悪の選択肢を、シグレは取ったんだから。
「ああ、ええやろ? 別に」
敵対宣言とか、敵意とか、反対意見とか。
そういった事が何だかんだ落ち着いた、その翌日の真夜中。
場所は魔界っていうの? 要は橘たちの陣営。
寝静まり、互いの意識が共有される一時。
何食わぬ顔で戻って来たシグレを詰め寄ると、いつもの緊張感の無い顔で彼女は笑った。
「問題ないやろ。勝てばええだけや」
それが問題でしょ。そう言いたかったけど、呆れ返って言葉が出なかった。
最終戦争……あ、違う。審判だっけ。まぁいいや。どっちでもいっか。
要はそんなのに参加すること自体が、私からすれば却下したい案件なんだ。
私はこの世界を楽しみたいだけ。美味しいものを食べて。移ろう四季折々を楽しんで。可愛い服を着たりして。可愛かったり、煌びやかなものを集めたりして。そうやって、好き勝手して過ごしていたい。
だから戦闘関係なんていう、全く興味のそそられない方面についてはシグレに任せているし、任せているからこそ彼女の方針には口を出さない。だって私は戦う事に興味なんて無いから。そんな人間が戦うなんてできるはずが無い。便宜上、役職は……なんだっけ、魔法使いにしたんだっけ。もうずっとステータス画面なんて開いてないから覚えてないや。でもそれでいい。戦闘については、殆どの場合はシグレは勝つって分かるから。信じているから。だから任せる。
でも、そんな大掛かりな戦争とやらは別問題。幾らシグレが強くたって、他の何かのせいで負ける可能性がある。それこそ、あのイーリス聖教国での、橘たちと戦った時みたいに。3:1で追い詰められた時みたいに。
「あのニセモノの手駒を斬って、ニセモノも斬って。そんで、最後にはキョウヘイも斬る。ええことばかりやないか」
なにが、ええこと、なのか。もう疲れてきたよ、本当に……
ぶるぶると頭を振って、溜息を吐く。ダメ、これはダメ。こういう子の事、何て言うんだっけ……えーと、戦闘大好きッ子? まぁ、いいや。兎も角シグレに説得は通じない。私の言葉も、世界が認める正論も、きっとシグレには通用しない。
こんなことになるなら、あのイーリスってのが現れた時点で、意識を無理矢理にでも代わって逃げるべきだったかも……あ、ダメ。無理。あの戦闘状態で、しかも敵や橘が近くにいる状態で代わるとか、自分から死ぬレベルだ。自分から重り着けて、自分からなんか高いところへ登って、自分から遺書用意して、自分から飛び降りる様なものだ。鴨が葱を背負うどころのレベルじゃないんだ。
「戦うのは私やからええやろ。いつも通りや」
そういうんじゃないんだって。……もう言っても通用しないのは分かっているから言わないけど。今更だから飲み込むけど。
「楽しみやな」
何も楽しみじゃないんだけど。私の気持ちなんて気にした様子もなく、シグレはソファーに寝転ぶとテレビをつけた。映し出されたのは、今までのシグレの戦闘の記録。今までシグレが斬ったり斬り捨てたり斬り飛ばしたりした、数々の記録。
ぴっ、と。ここ最近のお気に入りの記録を、シグレは映し出した。
……橘との、戦闘の記録。
「ほんとシグレって、アイツの事大好きだよね」
「ふふん、愛しとるからな」
それはまぁ随分と歪んだ愛ですこと。シグレの愛とは、即ち殺す事。気に入ったら殺す、気に喰わなくても殺す。どーでもよくても殺すときは殺す。まぁつまりは、感情を向けられる=殺害宣告みたいなもの。相手からすればたまったもんじゃないよね。橘も本当にご愁傷様。……てかさ、
「……今回、よく橘たちも受け入れたよね」
何たって私たちとの関係性は、どう好意的に解釈しても敵同士だ。友好的になれる要素はどこにもない。ちょうどテレビでは、橘と最初に会った、あのダンジョンでの戦闘の記録が映し出されている。人を殺さんと睨み付ける、敵意に満ちたあの顔がこっちに向いている。
「そんな小さい事気にしとる場合やないからやろ」
何てことない。そんな響きの返答。私にはさっぱり分からない。
「アイツも、そのお仲間も。分かっとるんやろ。分かっとるから、受け入れたんや」
私には分からないよ。代わりに溜息。私だったら、どんな状況であろうと、絶対に人に刀を向けてくるような奴なんて嫌だけどね。
「……てかさ。橘も、あの褐色の子もそうだけどさ。あの聖女さんまで受け入れるとは思わなかったよ」
どっちかって言うと、あの子は私側でしょ。好きな事が出来ればいい、痛いのは嫌。少なくとも橘とかと足並みをそろえられるような子じゃない。
最初にあの子を見た時、私はそう思った。……そう思っていたのに、久々に会ったあの子は変わっていた。強い眼をしていた。……嫌な事でも、前に進むためなら我慢して飲み込むような。そんな眼だった。
「人は変わる。ええことやろ、コユキ」
……良いこと、なのかな。私には分からない。分かりたくもない。戦う事に前向きに思うなんて、私には無理。
「……まぁ、いいよ。死ななきゃ」
もう呆れて、それ以上会話をしたいとも思わない。思わないから、打ち切る。打ち切って、部屋の隅のベッドに横になる。
「いつもどおり。そっちは任せたよ。じゃ」
「ハッ、任せぇや。おやすみ」
説得は早々に諦めて目を瞑る。だって私の力じゃ、シグレは止まらないし。……それに、仮に止まったところで、今更もう後戻りはできない。あのイーリスとやらに敵対を宣言し、最終戦争とやらに参加するのは確定なんだ。
なら、進み続ければいい。勝つ限り、進み続ければいい。……進み続けてくれなければ困る。
「……負けないでしょ」
だって。
負けたら、それはイコール、死ぬってことなんだから。
そんなのシグレが受け入れるはずが無いもん。
■
夢を見ている。
昔の夢。
2年前。まだこの世界に来る前の、私。
……中学生の頃の、私。
私にはお姉ちゃんがいる。
少し年の離れたお姉ちゃん。
可愛くて、頭が良くて、何でも出来て、誰に対しても優しい、自慢のお姉ちゃん。
将来は決まって無いけど、出来る事の為に頑張り続ける。そう言っていつでも努力を続けるお姉ちゃんは、パパやママにとってもそうだし、私にとっても自慢でしかなかった。
私もお姉ちゃんみたいになりたいな。そう言ったら、お姉ちゃんはいつも微笑んで私の頭を撫でてくれた。
そんなお姉ちゃんが。
今、私の目の前で。
両手で顔を覆って、泣いている。
……あぁ、思い出してきた。これって、アレだ。お姉ちゃんが失恋した日だ。
後にも先にも、お姉ちゃんが家族の前とは言え、人前で泣いたのはこれっきりだから。
だから、よく覚えている。
「私が悪いの」
お姉ちゃんはパパにもママにも、泣いている原因を言わなかった。ただ、酷い事をされたわけじゃない。それだけしか言わなかった。
原因を知ったのは、後になってから。彼氏との失恋。私がしつこいくらいに食い下がったから、教えてくれたんだと思う。
……私も、パパも、ママも。全然知らなかったけど、お姉ちゃんには彼氏がいたみたいで。それも大学生の頃から付き合っている彼氏で。
なのに。卒業して1年くらいで、別れてしまったと言う。
「ずっと付き合っていたのに……馬鹿なことしちゃった」
別れはお姉ちゃんから切り出したって言っていた。
何でもお姉ちゃんは、彼氏が自分を愛してくれているか不安になったみたいで。
それで、同窓会に行ってわざと朝帰りしたり、友達と旅行に行ったり、なんなら男の人が一緒に映っている写真を見せたりして。要は自分がされたら絶対に嫌な事をしてみせた。それで怒ったり、不機嫌になったり。そうなってくれることを、お姉ちゃんは望んでいた。
けど、その彼氏は何時もと変わらなかった。いつも通りの態度のままだった。
それでお姉ちゃんは、不安な方に気持ちが加速して。
そして最後には、自分から別れを切り出した。
「馬鹿でしょ?」
そう言って、お姉ちゃんは泣いて笑った。
「こんなに好きなのに、自分で終わらせちゃった」
酷い顔で、お姉ちゃんは自分を責めた。
「分かっているのに……本当に……馬鹿」
お姉ちゃんは一頻り泣いた後、気持ちに区切りをつけて、翌日から何時ものお姉ちゃんへ戻った。
可愛くて、頭が良くて、何でも出来て、誰に対しても優しい、自慢のお姉ちゃん。
だけど私は知っている。あれから彼氏を作らず、浮いた話も無く。そして時折、どこか遠い眼をしているお姉ちゃんを。……きっと、その彼氏を思い出しているお姉ちゃんを。
私は、知っている。
「小雪って可愛いのに、全然彼氏とかそういうのは作らないんだね」
お姉ちゃんの失恋話を聞いたからか。私は恋愛と言うのに、全く興味が無くなった。
ううん、興味がないなんて、それどころじゃない。
あんな風にお姉ちゃんを泣かした、恋愛が嫌い。憎い。そう思っている。
だから友達にそう言われても、適当に返すだけ。
興味がないとか、好きな人がいないとか。今は勉強に集中したいとか。
全部、嘘。だけど本当の事は言えるわけもない。
「付き合ってください」
お姉ちゃんがそうだったように、私も結構モテた。
でも、付き合うつもりはないから、断った。
あんなに可愛くて、頭が良くて、何でも出来て、誰に対しても優しい。そんな自慢のお姉ちゃんを泣かせた恋愛というものを。
私は絶対に前向きに捉えられない。受け入れられない。
そんな私の態度を、嫌味だとか、プライドが高いとか、適当な事を言って来る子はいたけど、そう言うのは全部無視した。
知らない子には、適当に言わせればいい。誰に何を言われようと、私の恋愛というものへのスタンスを、変えるつもりはないから。
「小雪は彼氏いないの?」
お姉ちゃんが不思議そうに聞いてきても。私はまだいいかな、なんて。そう言って流した。流石に本人を前に、お姉ちゃんをあんなに泣かせた恋愛なんか生涯するつもりはない、なんては言えなかった。
……そもそも、お姉ちゃん。まだ元カレの事忘れられてないじゃん。
自分で発言して、自分で思い出して。それで、寂しそうに笑うの。
反則だよ。……本当に。
「お姉ちゃん」
夢の中。
まだ目の前で泣いているお姉ちゃんに、口を開く。
「私は可愛いものが好き。美味しいものが好き。自分が好きで、楽しくて、嬉しく思える事だけをしているよ」
強がりでも何でもない。本心の言葉。
「恋愛なんて、そんな他の人に依存する様なもの。私は絶対にしない」
本人の前では絶対言わない。けどこれは夢だから。夢だから、言う。
「だから、お姉ちゃんさ……忘れちゃおうよ」
元カレの事なんてさ。もういいじゃん。次に進もうよ。
知っているんだよ。口では次の恋愛に向けて考えている的な事を言っているけど、全然忘れられていないの。今でも好きで、新しく良い感じの人ができても、元カレさんを比べちゃって自己嫌悪しているところ。
全部知っているんだよ。
「良い人なんていなくたって、自分が楽しくできればいいじゃん」
私はお姉ちゃんの元カレさんがどんな人か知らない。どんな顔で、どんな性格で、どんなことが趣味で、どんな人生を送っていて。それで、どうやってお姉ちゃんと付き合って、別れた後はどうしているのか。……そんなのは知らない。知ろうとも思わない。
「好きな事だけしていれば、いいじゃん」
そんな勝手に傷ついているよりもさ。我慢してまでしてさ。
そうやって辛いことを抱え込む必要はないと思うんだ。さっさと好きなことをして生きていくのが一番だよ。
「私はそうするよ」
痛いのは嫌。傷つくの嫌。肉体的にも、精神的にも。
私は絶対に痛い目に遭いたくない。傷つきたくない。
恋愛なんて、そんな他人に依存しなきゃいけないことで……傷つけられたく、ない。
■
「ん、シグレ――あ、いや、違うな。宮下か」
翌日。
もう状況については仕方が無いし、今更どうにもできないし。それにシグレも寝ているし。起きそうに無いし。
まぁ、そんなわけで。せっかくの機会だからと屋敷内を散策していたら、橘を見つけた。橘も少し遅れて私に気が付き、何故か一目でシグレじゃなくて私であることを看破した。
「久しぶり」
なんか変わらない様子の橘。顔見知りに会った時の様な、何の気負いも無い言葉。……一応、私と言うか、シグレと殺し合いをしたくせに、よくまぁこんな風に話せるものだ。これじゃあなんか気負ってた私が馬鹿みたいじゃん。
「あ、うん、久しぶり」
……ぎこちない返答。色々と意識しているのがもろバレ。コミュ障でももう少しマトモに返事はするんじゃないかな。
「あー……よく私って分かったね」
「あぁ、まぁな。その、なんて言うか、シグレはものすごく気持ち悪い笑顔を俺に向けてくるからな」
「あ……ご愁傷様」
「確か宮下が主人格なんだろ? なら、アイツの事なんとかしてくれないか?」
「あー、いやぁ、無理かなぁ、うん。頑張って」
「諦めるの早いだろ」
本当にご愁傷様。でもシグレに興味を持たれることについては、私にはどうする事も出来ないから仕方がない。本当に何というか、言葉の通り頑張ってとしか言いようがない。
橘は「うへぇ」と言いたげに顔を歪めるけど、それだけだった。無理な事は察していたらしい。
「シグレさ。最後に斬りたいって。橘の事」
「勘弁してくれ。普通に元の世界に帰らせてくれ」
「へぇ、橘は帰りたいんだ」
「当たり前だ。こんな危険なところにいたいわけないだろ」
そこは同意。この世界は結構私の好きなものが多いけど、命のやりとりが身近になっているのは、やっぱり受け入れ難いところ。私ですらそう思っているし、より前線に立つ橘は尚更そう感じていても不思議じゃない。
「此処に来た目的は果たした。後は帰るだけなんだよ」
「それって、妹さんの事?」
「ん? あぁ……そっか、シグレから聞いているか」
まぁ聞くって言うか、自動的に入って来ると言うか。別にそこら辺はどうでも良いことなので、訂正はしないけど。
「その通りだよ。……そうじゃなければ、こっちには来なかった」
ゲームなんかしないしな。そう言って、橘は疲労を存分に乗せた息を吐き出した。なんかめっちゃ疲れているみたいだ。多分、苦労性だ。こいつ。
「でもさ、帰ってどうするの? 結構此処に来て時間たっているでしょ?」
「あぁ、まぁな。でも、それがどうかしたか?」
「いや、橘って私と同じ年くらいでしょ? 帰ったら受験シーズン真っ只中とかじゃない?」
私なんか、リアルにそれに巻き込まれるし。何せ高1でここにきて、すでに2年が経過。今更戻っても、多分、てか絶対、受験勉強に付いて行けない。
「此処にいた方がいいんじゃない?」
今更帰って、勉強して。それで間に合うとは思えない。ましてや、行方不明からの帰還ともなれば、満足に勉強できる状況が用意されるとは、私には到底思えない。
「受験……は俺には関係無いしな。まぁ流石に次の仕事を探す活動は必要だろうけど」
……ん? 仕事? 受験より先に、仕事?
それって、もしかして……
「え、橘って……もしかして卒業済み? 学生じゃないの?」
フリーターって事? 勝手ながら結構しっかり者なイメージ持っていたのに。
「ん? いや、普通の社会人だぞ?」
え、マジ?
「……え、童顔過ぎない? どう見ても未成年か、よくみても20歳くらいでしょ」
「あぁ……それな。何か知らんけど、何故か此処来て若くなった」
えぇ……どういうこと、それ。
「身長、体重、顔つき、年齢。そう言ったのは現実と同じにしたんだが、何故か諸々全部若くされた。具体的には、高校生くらいだな」
「……じゃあ、実年齢は?」
「25」
わぁ。じゃあ、お姉ちゃんと同い年くらいかぁ。それは、まぁ、立派な社会人だね、うん。
「……よくその年齢でこっちに来ることを決断できたね」
「まさかこうなるとは思ってなかったからな。……ゲームの世界に入れるなんて、誰が信じるか」
あの時は妹でいっぱいいっぱいだったからな。そう言って、橘は大きく溜息を吐いた。
「望んできたわけじゃないんだ」
「望みはしたさ。ただ、妹のためだよ。アイツが行方不明になって、必死で探していて。ほんと、あんな噂話を鵜吞みにするほど、藁にも縋る思いだったんだ」
橘はこの世界の事を信じていなかったらしい。……まぁ、私も同じだけど。偶々友達に誘われて、ちょっと試しにやってみたようなものだ。
「良かったね、会えて」
決して、ただの相槌なんかじゃない。
家族の大切さは、私にも分かる。
大切なお姉ちゃんが、もしも橘の妹さんみたいに、どこかへと行ってしまったら。
私だって、絶対探したと思う。
……だから、今のは。心からの同意。
『なんや、キョウヘイおるやん。ヤらせろや』
……なんでこういう時に、シグレってば起きるかなぁ。台無しだよ、色々と。
シグレ起きちゃったから行くね。
ん、分かった。じゃあな。
おい、待て、待つんや、キョウヘイ! コユキ!
なんだか内部で煩いけど、それを無視して、物理的に橘から距離を取る。
橘と戦うのは最後だって、自分から言ったじゃん。まったくもう……
『ちゃうわ。ちょっとちょっかいを出すつもりだっただけや』
はいはい。はぁ……




