6-11
一か月以上投稿までに期間が空いてしまいました。申し訳ないです。
描写したい内容に大分てこずりました……
今年中には完結できるように頑張ります。
ライオット。そう呼ばれた小柄な人物が、何処からともなく剣を抜いた。
巨大な剣だ。それこそ彼自身の身体よりも大きい。太さも、長さもだ。
煌びやかな装飾をされているわけでもなく。
切れ味の鋭さを感じるわけでもなく。
あいてを斬るよりも潰す事を目的とするかのような。
そんな、年季が非常に入った、武骨な大剣。
「……もしかしてだが、あれが」
「その通りだ。あれが『剣聖』が使用したとされる剣だ」
「予想していたのより随分とボロボロに見えるが……」
「役目を終えた剣にとって、刻まれた傷は勲章だ。戦いの凄まじさを後世に語るべく、損傷もそのままに、あの剣は風化しない様に魔法で固定化されただけだと聞いている」
「何百年も魔法は継続するものなのか?」
「無論、不可能だ。だからこそ、定期的に重ねがけをしていると聞いている」
「なるほどね。……あと、なんかあの剣から嫌な感じがすると言うか、妙な威圧感があるような気がするんだが」
「何百何千何万と言う魔物を、あの剣は斬り伏せた。その名残だろうな」
「……あの剣の犠牲になった魔物たちの呪いだと」
「多分な」
こりゃ随分な粗悪品だ。俺はそう思う。敵方の呪いを強く受けた代物など、俺は扱いたいなんて到底は思えない。……勿論時と場合によりけりではあるけど。
と言うか、だ。
「ライオットって、アイツ呼んでいたよな」
「ああ」
「……『剣聖』ってことかな」
「俄かには信じがたいがな」
信じ難くとも、信じざるを得ない真実ってのはある。例えば、イーリスとか。シュヴァルグランとか。
それに恐らくだけど、シグレも同じようなものかもしれない。ならば、もう一例似たようなのがあってもおかしくはない。
「……今の内に、他に使用できそうな剣を探しに行くか?」
今の内ってのは、邪魔者2人が都合よく対峙し合っている間にって事。
そもそもの話、俺たちが此処に来たのは『剣聖』が使用していたと言う伝説の武器を拝借する為だ。アイツらと戦う為に来たわけじゃない。
「そう、だな……アレには及ばなくとも、今のこれよりはマシなのがあるかもしれん」
そう言って。アリアはボロボロになった剣を掲げた。幾度となく俺たちの危機を救ってくれたその剣は、もうあとニ、三回も打ち合えば崩れ落ちてしまうだろう。剣としての機能は、残念ながら終わったと言うしかない。
未だに2人は睨み合いを続けている。空いている距離は10mに満たない。だが2人ならば、瞬きの間に潰せるだろう。逆を返せば、一瞬でも隙を見せれば終わる距離だ。
幸いにして2人は、俺たちが出口に向かうにあたって、全く支障の無い位置で睨み合いをしている。加えてこちらに気を向ける余裕が無いのであれば、音を立てて走って出て行っても咎められまい。珍しくも都合は俺たちに良い訳だ。
「先に行け」
「……恩に着る」
交わす言葉は最低限。それだけでいい。俺たちなら最低限の言葉で意思の疎通くらい可能だ。
2人が此方に意識を向ける様であれば、俺が気を引く。単純な役割分担。今武器が必要なのはアリアだからこそ、彼女を先に行かせる。当然の決断だ。
あとは。念のためにタイミングを計るだけで――――
「待てっ! テメェら!」
■ 妹が大切で何が悪い ■
突然に響いた声。
対峙している2人でも、アリアでも、当然、俺のものでも無い。
だがそれが契機だったかのように、シグレとライオットは剣を交わした。
「行けっ、アリアっ!」
「クソッ! 待て、テメェら……って、お前ら、キョウヘイとアリアか?」
「あぁ!? ……んん?」
邪魔すんじゃねぇよ。第三者さんには悪いが、そう言葉をぶつけようとした矢先。呼ばれたその名前に、思わず言葉が引っ込む。アリアも同じなのか、走り出そうと加速をつけた足を、咄嗟に止めたせいでたたらを踏んでいた。
燃える様な赤色の長髪。鋭い目つき。上品な服装とは相反し、粗暴や荒々しさが先行する雰囲気。
……知っているさ。勿論、覚えているとも。かつて一緒に、ケントの街で魔族と相対した仲間。
「ルドガーか? 何で、此処に?」
ルドガー・ベッグ。アルマ王国の名家出身にして、単体で魔族を相手取れる戦闘能力を有する、貴族らしからぬ貴族。
何故、彼が、此処に?
「それは俺の台詞だ。指名手配犯共」
「指名手配?」
「イーリス聖教国を壊滅させ、さらには聖女を攫った一員として、2人とも第一級の犯罪者として指名手配されているだろうが。なんでわざわざこんなとこに居るんだよ」
うわっ、マジか。イーリス聖教国のあまりの手の速さに、思わず天を仰ぎ見る。予想はしていたが、此処までされるとは考えてもいなかったのだ。
「……色々あるんだよ、俺たちも」
「あー、いや、責めているつもりじゃねぇんだ。目的は聞いているからな。つーか悪いが、それよりも俺は――――」
「ルドガーさん! ティル君は――――ってアリアさん!? キョウヘイさんも!?」
「ルドガー殿! ティル殿はいましたか!?」
次に入ってきたのは、此方も見覚えのある2人。
茶色で癖っ毛の入ったセミロング。同じような色の優しげな瞳。ミリアと同程度の小柄な体躯。
茶色で癖っ毛の入ったショート。同じような色の利発そうな瞳。細きで、俺と同程度はある身長。
ルドガーと同じく、アルマ王国の貴族。
クシー・トリーシャと、確か彼女の兄だ。
「皆様、先行されては困ります――――っ、君たちは、な、何故!?」
その2人から遅れる形で。入ってきたのは、此方も見覚えのある甲冑姿と、金髪の女性剣士。
甲冑姿は、多分クシーが操っているゴーレムで。
もう1人は、禁足地から助け出した女性の傭兵で――確か……そう、レオナさん。
「……おいおい、どういうことだこりゃ」
「お久しぶりです――じゃなくて!」
「ええ、そうです。キョウヘイ殿、アリア殿、お2人とはゆっくりと語り合いところではあるが……」
「あぁ、悪いが、俺は俺の案件を優先させてもらうぜ!」
言うが早いが。ルドガーが先に行動に移す。彼は呆然とする俺たちを置いて、俺たちの向こう側――つまりは、シグレたち――に向かっていく。
「っ、チィッ!」
馬鹿、自殺行為だ! なんて。
そんな言葉を言う間も惜しい。
咄嗟の反転。空いている距離は一歩。だが、加速の付いた一歩と、これから加速しようと言う一歩じゃ、その差は大きい。
「キリア! 助太刀! それとお兄様!」
「分かっている! キョウヘイ殿! 進んで下さい!」
後方からの声。何かをしようとしている、と。そう思った瞬間、身体が軽くなる。
加速。
瞬間的に理解をすると同時に、魔力が両足に行き渡る。ミリアのサポート。足りない距離を埋めるために、此方が指示を出す前に回してくれたらしい。……全く、出来た奴だよ。
「ティル! 止めろぉ このイカレ女!」
「はっ、邪魔するんやない!」
一太刀。打ち合う。だがシグレは見もしない。ライオットとの打ち合いの間の、羽虫を振り払うかのような一撃。だがそれだけで、ルドガーの一撃は止められてしまう。
しかしそれもルドガーは織り込み済みだったのだろう。一撃を犠牲に、彼は剣戟の間に割って入り、
「ティル! 止めるんだ!」
「邪魔だよ、羽虫如きが……チッ!」
「同感やなぁ――――って、チィッ、アンタ……」
ルドガーに構わず、互いが互いの息の根を止めるが如く。ライオットとシグレは、必殺の一撃を放つ。だがその動きが、どういう了見か一瞬だが止まった。
「っ、化け物共が!」
後方から苦渋に満ちた声が聞こえる。恐らくは、クシーのお兄さん。効果は一瞬だったようだが、2人に対して彼が何かをしたのだろう。動きを阻害する何かを。2人は一瞬だけ手を止め、そこから動きを再開する。
だがその一瞬があれば、充分。
ライオットはルドガーが、シグレの方はギリギリで俺の手が間に合う。無防備だった背中から抱き着く形で、俺はシグレを羽交い絞めにする。……いや、そんな上品なもんじゃないな。抱き着くと言うよりは飛びつく形で、タックルを決める。ゴロゴロと転がり、組み伏せる形で動きを止める。
「チィィ、キョウヘイ! 邪魔や! 情熱的なのはええが、状況を考えや! 発情期か!」
「ほざけ、テメェに欲情なんか絶対にしねぇよ!」
こんな奇跡は、もう一生起きまい。
シグレの不意を突けたのも、彼女を羽交い絞めに出来たのも、得物を落とさせたのも。
その全ては奇跡的に諸々様々な要因が重なって絡み合って成せた結果だ。
同じことをやれと言われても、その内の一つすら達成は困難だろう。
「今はマジで黙っててくれ……」
「はっ、大方割って入った羽虫への同情ってところやろ。甘いなぁ」
「うるせぇ」
……意外にも。すんなりとシグレは抵抗を止めた。力を抜き切り、面倒くさげに言葉を零される。
とりあえず、力はそのままに拘束を継続する。
「俺も状況が分からねぇんだ。アレが何なのかも含めてな」
状況、とはルドガーが飛び掛かった事。アレ、とはライオット。
正直疑問は沢山ありすぎて、どこから解決すればいいかは分からない。分からないが、このままシグレとライオットが戦い続けるのだけは避けるべき案件だろう。……逆を言えば、俺にはそれくらいしか分からない。
視線の先では、ルドガーがライオットを組み伏せていた。そして必死に呼びかけている。ライオットではなく、ティルと呼び掛けている。
「なんや、アイツら兄弟なんか」
「いや、知らねぇ」
「知り合いやないんか?」
「ルドガーの方は知っている。ライオットの方は知らねぇよ。お前の方が知っているんじゃないのか?」
「中身は知っとるで。ガワは知らん」
「……どう言う事だ?」
「言うたやろ。拾いもんや」
そう言えばそんな事を言っていたような。興味を引いた的な何とやらを。
「ガワってどういうことだよ。あれはライオットじゃないのか?」
「言うているやないか。ライオットや。中身はな」
「中身ぃ? 身体は違うってことか?」
「せや。さっき拾った子供やからな」
「拾ったって……じゃあ何も知らない子供に、ライオットの人格をぶち込んだとでも言うのかよ」
「そんなキモい事するわけないやろ。アレが勝手に乗っ取られただけやろ」
「どういうことだ?」
「今言った通りや。……せやな、もう少し首を強めに締めたら説明してもええかもしれんなぁ」
返答はせず、代わりに締める力を強める。コイツの言う通り……というよりも、下手な事を言うなという意味を込めている。
だが何故かコイツは気持ちよさそうに声を漏らすだけだ。どういう趣味だよ。
「うーん、まぁ、あくまでも予想やけどな」
「それでいい」
「簡単な事や。見込みのあるガキがおったから、ライオットの剣を使わせただけや」
「使わせた?」
「せや。まだ子供やったが、才覚は充分。鍛えれば、アンタの足元くらいには及ぶかもしれんかと思うてな。ま、暇つぶしや」
「子供は、どこから」
「ん~、さっき城内で見つけた。それだけや」
城内で見つけた? この建物内ってことか?
……あ、いや、待て。ルドガーは確かティルって呼びかけて割って入ったよな。ティルって、確か、ルドガーの、
「おとうと……そうだ、ティルって、確かルドガーの弟だ」
「何や、あの2人本当に兄弟やったんか」
どこまでも他人事なシグレ。まぁコイツにとってはそうだろう。他者がどうなろうと関係無いのスタンスなのだから。
ティル。ルドガーの弟。ケントの街での数少ない生き残りだが、正直俺もそこまで彼の事をしているわけじゃない。最後に会ってから一か月以上が経過した今、顔すらも朧げにしか覚えていない。
話を整理すると……コイツがティルを連れ攫って、ライオットの剣を使わせた。だから人格が乗っ取られた。そう言う事か?
「言うておくが、望んだのはあの子供の方や。それに応じただけや」
「ティルが、力を望んだ?」
「せや。その想いは本物やったから、機会を与えただけや」
「……何で、わざわざ」
「そんなん知った事やない。まぁ、あの様子を見るに、兄でも守ろうとしたんちゃうか?」
クイッ。シグレは器用にも顎で2人の方を指し示した。その先では、ルドガーを投げ飛ばすライオット――――投げ飛ばす!?
「げっ!?」
「あっ」
「づっ!」
視界に入った情報を言葉にするのなら、それはみるみるうちに近づいてくるルドガーの背中が見えた。ただのそれだけ。
避ける、のは可能だ。受け止める事も可能だ。
だがそれをすれば、俺はシグレと言う第一級キチガイクソ女を自由にすることになる。天災イカレ殺人鬼を放つことになる。
そんなことは当然避けるべきで、そして迷っている間に避ける時間も無くなって――――結果として、俺はシグレを逃さぬ様に庇う形で身を丸め、ルドガーに思いっきり衝突される。……歯を食いしばったのに、視界に星が回るかのような衝撃が頭に響いた。
「ルドガー、お前……っ」
「クソッ、ティル……」
……どうやら、ルドガーは死んじゃないらしい。あんな投げ飛ばされ方をしたのだから最悪の事も考えたが、それは避けられたみたいだ。
それにしても、先ほどから状況が目まぐるしく変わりすぎだ。シグレの襲撃。ライオットの急襲。ルドガーたちの登場。ライオットの正体。これがこの30分にも満たない時間の中で起きた、大まか事だ。ハッキリ言って、頭が付いてこない。俺が何をすべきか、何から手を付けるべきかが分からない。
「状況を整理させてほしいよ……」
「災難やなぁ」
「テメェもその一因なんだけどなぁ?」
人の下で呑気に呟きやがって。てかこの城の惨状と言い、ライオットの事と言い、ルドガーの事と言い、物事の大半ってコイツが絡んでるんだよな。そう考えたら一因どころか元凶もいいところじゃねぇか。
「そない眼で見んといてや、惚れたか?」
「……」
「強いヤツは大歓迎や。アンタなら合格や」
もう幾ら戯けた事をほざかれようと、俺はコイツに何か言う気力が起きない。だってなんか気が付いたら体勢変えているし。さっきまで後ろからうつ伏せの形で組み伏せていたのに、何で仰向けになっているんだよ。コイツ逃げようと思えばいつでも逃げられたんじゃねぇのか?
「……いつまで組み伏せられているんだい、シグレ。続きをやろう」
「待てや、もう少しこのまま抱かれてたいんや」
「趣味が悪いね、相変わらず。しかも、その程度の男に」
「人の趣味に口を出せる程、アンタも高尚やないやろ」
「君はいつだってそうだ。口だけだ。強い奴が良いと言っていたのに。前は、あんなとりえもない女に誑かされていた」
「気に喰わんかったのなら、組み伏せれば良かったやないか。ヘタレのアンタには無理な話やろうけどな」
「今なら、出来る」
「口だけなら幾らでも言えるやろ。相変わらず、つまらん男や」
盛大に、聞こえよがしに。つまりは挑発するかのように。
シグレは溜息を吐き出した。
「そうか……なら、そうしようか」
「嫌や。やる気でぇへん」
……少しだけ、ほんの少しだけライオットに同情する。気分屋を相手のすることほど怠い事も無いからな。そこだけは、まぁ、共感できると思う。
「ああ、でも……そうやなぁ」
ふと無遠慮な視線を感じて。
思わず下を見る。
そこには可愛らしく、そして少しばかり頬を染めた。可憐な笑みを浮かべたシグレがいて。初めて見るのではないかと思うくらいに悍ましさも邪気も無い笑顔を見せるシグレがいて。
そして彼女は何故か、両腕を俺の首に回していて。
――――ちゅっ
■
それは長かったかもしれないし、短かったかもしれない。
長々と続いていたかもしれないし、瞬間的なものだったかもしれない。
ただ。
呆けていた俺は――俺の唇と、口内は。
コイツの柔らかな唇と舌に蹂躙をされた。
「ぷはっ♡」
幸せそうに。コイツは俺から口を離すと、息継ぎをするかのように可愛らしい音を立てた。……多分、わざと。大きめに。聞こえよがしに。
視界の端でルドガーが固まっている。見えないけど、多分アリアたちも同じなんじゃないかな。そして俺自身も、きっとそう。視線の先で満足そうに笑みを浮かべるこのイカレ女以外は、皆、そうなんだろう。
「……そうか、そう言う事か」
地の底から響くような声だった。怨嗟に満ちた声だった。
呆けた頭の、少しだけ残っていた冷静な箇所が、他人事のように状況を俯瞰する。
それはつまり、人ってキレると、あんな感じになるんだ。
「あの女の次は、その男と言う訳か。趣味が……本当に君の趣味は、悪い」
「同じことを言わすなやヘタレ。人の趣味に口出せる程高尚やないやろ」
「そんな奴よりも君を幸せに出来るさ」
「寝言は寝て言うもんや」
「本心だ」
「なら戯言やな。寝言の方がまだマシや」
シグレの態度は相変わらずだ。俺に抱き着く形のまま、言葉だけをライオットに向けている。……おい止めろ、足を絡めんな、動き辛いだろ。
「……くっつきすぎではないか」
「相変わらず口煩いなぁ、知らんわ」
「しかしだな、嫁入り前の清い身体で……そ、そんな、」
「清い? ホンマに童貞臭いヤツやな。キョウヘイは清濁併せて飲み干してくれる奴やってのに」
「おい、巻き込むんじゃねぇ」
漸く思考が元に戻る。いや、まぁ、遅きに失した気はするけど。完全に巻き込まれた後だけど。
「つれへんなぁ、相変わらず。あない事した仲やないか」
「何もしてねぇだろ」
「あんなに語り合ったのに?」
「知らねぇよ」
「あんなに搾り取るくらいにきつく抱きしめてくれたのに?」
「あのまま死ねばよかったのに」
イーリス聖教国の時のだろう。ぶっ殺すくらいに抱きしめた。それは、まぁ事実だ。
というか、だ。もう、コイツこのまま殺してやろうかな。幸いコイツから抱き着いてきてるし。
そう思って、腕をコイツの背中に回し直して、
「貴っ様ぁ!!!」
「うぉっ!?」
飛び退く。同時に、まだ転がったままのルドガーを蹴飛ばす。一拍の遅れと共に、俺たちが居た場所が縦にひび割れた。
「斬撃を飛ばしたのかよ……」
ラヴィアと同じだ。斬撃を飛ばす。しかも一概に比較ができないとはいえ、多分同程度……いや、もっと上かもしれない。何せ精巧に固めて作られた床が、一直線に割れる程なのだから。
ラヴィアの時と同じように、魔力で太刀打ちできればいいが……
「今すぐシグレから離れろ、この雑魚がぁ!!!」
「うおっ!?」
視線を切った、その一瞬で。ライオットは俺たちとの距離を潰して、剣を振り降ろしていた。
慌てて後ろに飛び退けば、巨大な大剣が俺たちのいた場所に穴をあける。
「待てぇ!」
「っ、コイツっ!」
出鱈目な太刀筋だ。アリアやシグレの太刀筋を見てきたからこそ分かる。感情に任せた技術も何もへったくれもない太刀筋。
だが速い。あのちいさな身体からは想像できない速さ。恐らくは魔力によるブーストもあるのだろう。俺がミリアのサポートを受けるのと同じだ。太刀筋は出鱈目だが、速さがその稚拙さをカバーする。動きから次手を読み取り、どうにかいなし、躱すので精いっぱいだ。
「やぁん♡ 怖いなぁ♡」
……加えて、此方には胸に引っ付いたままの阿呆がいる。邪魔で仕方がない。だがコイツはコイツで振り払われないようにと、しっかりしがみついてきやがる。楯にしようかと思ったが、何故かライオットはシグレを傷つけないように剣を振り回している。そのおかげで太刀筋が読めるので、少しばかりでも助かってしまっているのが気に喰わなくて仕方がない。
「死ねぇ! この! 雑魚野郎がぁ!」
「男の嫉妬は醜いなぁ」
「テメェのせいだろうが!」
振り回される大剣。それを最低限の接触で受けて、いなして、流す。あんなもの、受け止めるなんてできやしない。今だってミリアのサポートが無ければ、とうの昔に俺の両手は使い物にならなくなっていただろう。
仮に手甲があったとしても、あの大剣を叩きつけられれば、手甲ごと叩き潰されるに違いない。対峙して漸く分かった事だが、ライオットの大剣はボロボロの見た目に反し、流石の一品という奴なのだ。
ここまで防戦一方。どうにか隙を見つけて攻勢に出たいが……
――――ありがとう!
無邪気な笑顔。子供特有の、邪気の無い顔。あの街で分かれた時の、その笑顔を、ライオットの向こうに見てしまう。
「チッ!」
出しかけた手が鈍る。当然、相手がそんな隙を見逃すはずが無い。不用意に少しだけ前に出た右手を、斬り飛ばすかのように大剣が振り上げられ――大きく、右腕が弾かれる。
「づっ!」
『あぁぁあああああ!!!』
脳内でミリアが叫んでいる。今の一撃で、彼女のサポートも消し飛んだ。魔力が途切れたのが分かる。
右腕は文字通りの裸状態。
次に同じ一撃を喰らえば、俺の右腕は永遠に身体から泣き別れするだろう。
「キョウヘイ!」
「っ、邪魔を!」
次の一撃までの、本当に僅かな間隙を縫うようにして。
アリアの声が飛ぶ。
同時に、俺とライオットの間を裂くようにして、炎の壁が猛り立つ。
……恐らくは、あの剣の、最後の一撃だ。
「小癪な!」
だがそんな一撃も、ライオットからすれば大した障害ではないのだろう。
彼は壁を破ると、そのままの勢いで、俺に向かって剣を振り下ろす。……避ける暇は無い。
ならば、
「っ!」
咄嗟にそれを左手で受け――る事は出来ない、斬られて死ぬ。そうでなくても叩き潰される。
なら、受けなければいい。魔力を手甲代わりに。振り下ろされた剣をいなし、流す。面で受けずに、斜めに受けてずらさせる。
「ぬっ!?」
「っらぁ!」
今の一撃は、余程力任せに振るったのだろう。簡単にライオットは体勢を崩した。そのまま剣を蹴り払い、手から離させる。
「ナイス! キョウヘイ!」
その隙をルドガーが逃すはずもなく。
隙だらけだったライオットに、再びタックルを決めて馬乗りになる。今度は振り下ろされない様にと、強く抱きしめる。
「ルドガーさん、そのままで! お兄様!」
「分かっている!」
瞬間、生じる重圧。自分の体重の何倍もの重さを背負っているようで、俺たち全員の動きが阻害される。
「やぁん♡ 重たいなぁ♡」
……胸元でほざいてる馬鹿は置いておく。コイツは全然元気だ。死ねばいいのに。
「このまま捕縛します! ルドガー殿!」
「いや! 俺ごとで構わねぇ! 早く!」
「っ! はいっ! クシー!」
「お兄様、私は大丈夫です!」
弾かれるように。皆が動く。ライオットが伏したのを契機に、各々が各々の役目を果たすべく動く。
「キョウヘイさん、すいません!」
「こっちはいい! それより、ルドガーを!」
クシーが銀色の、お兄さんが金色の縄を何処からともなく出す。それはまるで生き物のようにルドガー事ライオットを縛りあげると、逃走をさせないように地面に突き刺さった。
だが、
「っ、の程度でっ!」
「まだ動けるんですか!?」
抱き着いているルドガーも、自身を縛り上げている縄も。
全く意に介す事無く、ライオットは立ち上がろうとしている。
「邪魔なんだよ、お前ら全員……僕と、シグレのっ!」
「……キモッ」
……胸元でぼそりと、多分本心を吐露するシグレ。俺としてはお似合いそうだし2人仲良くくたばって欲しいのだが。
「アンタがその剣に憑りついとったのは誤算や。上手くいかへんもんやなぁ」
「誤算じゃない。こうやって君と再び出会えたことも、剣を交える事ができたのも、全ては運命なんだ」
「運命を意味を違えるんやない。お前が使うてもキッショイだけや」
「愛してる」
「……うわっ」
サブいぼが立つ、とはこの事なのだろう。今の一言は本当にヤバい。状況が状況だってのに、よくそんな言葉を吐けるものだ。
ぶちぶちと。縄は引き千切られる。しがみついていたルドガーは振り払われる。そして遠くに転がった剣が、持ち主の元に戻るが如くライオットの右手に飛んできて収まった。
「君の目を覚ます」
「寝言は寝て言えって言うとるやろ」
「そこのそれを殺す」
「巻き込まないでくれるか?」
「せや。こいつは私のもんや。お前のもんちゃう」
「いや、お前は黙れよ」
話が一向に進まねぇ。何だか同じ事の焼き回しをしている気分だ。
引っ付いたままのシグレ。敵意と殺意でとんでもない形相のライオット。転がるルドガー。タイミングを窺っているアリアたち。
うん、とりあえずアレだ。ライオットを黙らせる。それが先決っぽいな。
「シグレ」
「何や」
「手ぇ貸せ。お前が招いた事だろうが」
「ん~……まぁ、そうやなぁ。そうとも言うなぁ」
「そうとしか言わねぇよ」
「貸し一やで」
「ほざけ、逆だろ」
「キョウヘイにも、きっと良い話やと思うけど?」
「会話をさせろ」
ダメだ、全く意思疎通が図れている気がしない。いや、気がしないんじゃなくて、絶対出来ていない。狂人はどこまでいっても狂人でしないんだ。
げんなりして心が重くなるが、何故か俺とは相反して楽しそうな表情をシグレは浮かべている。あぁ、もう、嫌な予感しかしねぇ。
「ま、ちょうどええ肩慣らしや。ほな、行こか。『雪花』」
そう言って。シグレは俺から漸く離れると、何処からか日本刀を取り出して、
「静まりなさい、人の子たち。そして、我が同心よ」
■
今日はどうやら、随分と昔の面々に縁があるらしい。
突如として割って入った声。
視界の端に映った人影。
そして感じる、あの悍ましさ。
「「……チィ」」
シグレがつまらなそうに舌打ちを零した。俺は自身の運の無さに舌打ちを零した。
ほぼ同時に零した舌打ちは、意外なほどに大きく室内に響き渡る。
「随分な態度ですね、2人とも」
「「ほざけ」」
「あらあら、息がぴったりなようで」
くすくすくす。ワザとらしい笑い方。上品ぶった仮面。その下で、どうせロクでも無い事を考えているだろうに。
イーリス。
まさかコイツに最終審判前にまた会うとはな。
「……『聖女』か? 随分と様子が変わったようだが」
「あれほどまでに酷い裏切りをされれば、変わりもすると言うものですよ、『剣聖』」
どうやらライオットも顔見知りではあるらしい。……情報が多すぎる。頼むから整理させてほしいもんだが……
「キョウヘイ。貴方も元気そうで、何よりです」
「……ふぅ、皮肉にしか聞こえん」
ええ、その理解で構いません。悪びれもせず、笑顔で宣うイーリス。平時であれば安心感を覚える様なその笑顔も、今の俺にはただの分厚い仮面にしか見えない。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。今日の目的は、貴方たちではありませんから」
それはつまり、今は殺さない。最終審判で必ず殺す。そう言う事だろう。わざわざ確かめるのも面倒だから、別に俺も口に出して問いやしないけど。
イーリスは笑顔を湛えたまま、ゆっくりと一歩を踏み出した。不用心な一歩ではあるが、誰もそれにアクションを起こさない。この部屋にいる面々は、俺の様に警戒しているか、あるいはクシーの様に見惚れてしまっているかの、どっちかに二分されているからだ。
「今日の目的は、『鬼神』。そして、『剣聖』。貴方たち2人ですから」
そう言って。ゆっくりと。まるで演じるかのように。イーリスは2人に向けて手を差し出した。
「『鬼神』シグレ。『剣聖』ライオット。2人の手を貸してください。この世界を救うために」




