6-8
6-7の前書きで、毎週更新したいと言ったな。
あれは嘘ではない。ただ、実現するための見通しが甘かった…
21/6/22 誤字脱字修正
21/6/27 誤字脱字修正
21/7/4 誤字脱字修正
螺旋回廊:シュヴァルグランとイーリスが定めた、この世界とは別の次元にある闘技場。主催である2人、或いはその2人が選定した実力者同士で殺し合いを行う。闘技場と言う名ではあるが、内部構造はダンジョンと同じであり、部屋ごとで広さもギミックも異なる迷宮となっている。
最終審判:螺旋回廊の結果を以って下される、世界への処遇。敗者の世界は消滅するか、勝者の管理に降る。
尚、螺旋回廊においての戦闘は、以下のルールの下に執り行われるものとする。
■参加者について
①参加人数は互いに7体とする。
②参加者の種族や年齢、性別は問わないものとする。
③本戦闘に管理者は参加できないものとする。
■戦闘について
①戦闘における武具や道具の持ち込みは可とする。
②計14体の参加者は、螺旋回廊のいずれかの部屋に、ランダムに配置される。
③螺旋回廊内に存在する物は、参加者の判断で自由に使用可能とする。
■決着について
①螺旋回廊内での戦闘可能期間は7日間とする。
②両陣営のどちらかの参加者の全滅を以って決着とする。
③7日目終了時点で未決着の場合は、螺旋回廊内の生存者を全消去して、再度選定し直す事とする。
④上記③における再選定時の猶予期間は3日とする。また、再選定可能回数は2回とする。
⑤2回目の再選定を以てしても決着がつかなかった場合は、両世界を消滅とする。
■ 妹が大切で何が悪い ■
「以上が最終審判にあたって、我とイーリスが定めたルールだな。何か質問は?」
あれよあれよと言う間に螺旋回廊だか最終審判だかが行われることになったのが、つい昨日の話。
それから約1日の休息を挟み、未だ目を覚まさぬターニャとネム以外の全員で、事の説明をシュヴァルグランに求めたのが、つい1時間前の話。
んで。説明が終わったのが今しがたの話。
……なんだか頭が痛いのは気のせいではあるまい。少しばかり視界が歪んでいるような気がしなくも無いし、不調の応じて気分も沈んでいるような沈んでいないような。あと妙に指先が痺れているっぽい。
なんて。そんな遠回しで意味のない表現を重ねてしてしまう程度には、どうにも今の俺の気分はよろしくない。……いや、気分が良くなくて当たり前か。
「……お前とイーリスの関係性とか、このルール設定の意味とか、色々聞きたいことあるが、先ず一つだけ確認させろ。俺は絶対参加か?」
「何を今更言うか。当たり前であろう」
呆れを存分に含んだ肯定。何なら嘲笑すらも含んでいるのではないだろうか。俺の疑問をなじる様な、そんな響き。
だがまぁ、返答内容は予想できたものだ。そらそうだわなぁ、なんて。99%の予想が100%の確信に変えられただけの事。
「あらぁ、ダーリンってば大分顔がヤバいわよぉ」
「仕様だ」
ラヴィアの茶化すような言葉の返答に、思わず溜息が混じる。だがそれも仕方あるまいさ。何せ俺は、これから約一月後に殺し合いをさせられるのだ。寧ろ気分が陰鬱になったり、溜息が混じるのを隠さないだけで済んでいるだけ、マシだというもんだ。
「妹を護りたいのであろう? なら、貴様の参加は絶対だ。イーリスをどうにかしない限り、貴様ら兄妹に平穏は訪れまい」
シュヴァルグランの尊大な物言い。その言葉に反論を探そうとするが、一秒もせずに諦める。
分かってはいるのだ。コイツの言う通りだって事くらい。
「例え逃げても、アイツ追って来るよな」
「であろう。寧ろ我が庇護下から逃れた事で、喜々として襲い来るに違いまい」
「……ハァ」
もう溜息しか出ねぇ。シュヴァルグランの言葉、その通りの想像をしてしまった。偽りの笑顔を捨て去り、喜色100%の満面の笑みで襲い来るイーリス。元の世界に戻ったとしても、アイツは追って来るだろう。ありありとその絵面が浮かぶ。
「そもそもの話、貴様ら兄妹の参加は絶対だ。イーリス自身から通達されている」
「はぁ? 俺はともかく、一佳もか?」
「そうだ。貴様ら兄妹だ」
「おいおい……今しがた聞いたルールだと、どっちかの陣営が全滅しないと決着つかないんだよな? なのに、一佳もか?」
イーリスが一佳に何かしらの思惑を抱いているのは確実だ。依代呼ばわりして襲ってくる辺り、それがロクでもないことであろうことも想像に難くない。
だからこそ、イーリスの通達してきている条件が意味不明だ。邪魔者であろう俺を排除ずるべく参加させるのは分かるが、何故一佳までも参加させるのか。危険な目、どころの話ではない。一佳が死ぬ可能性だってあるのだ。……そんな事はさせないが。
「……私はラッキーって思っているけどね。ターニャをあんな目に遭わせたアイツをぶちのめせるから」
「アレは出ないだろ」
「え、何でよ」
「管理者は参加できないってルールにあっただろ」
管理者は参加できない。先ほどシュヴァルグランの説明にあった内容だ。
「管理者ってのはシュヴァルグランとイーリスの事だろう。こんな勝手に互いの世界を賭けるくらいだしな」
「うむ、その通りだ。キョウヘイの言う通り、我とイーリスは参加は出来ぬ。あくまでも見守るだけだ」
「えぇ……」
当てが外れたのだろう。分かりやすいほどに一佳は落胆した。尤も俺としては、変にやる気を出されて危険な目に突っ込まれても困るので、仇がいない方が幾許かはありがたい。
「魔王様。質問があります」
「許そう、なんだレオル」
「参加者の割り振りはどのようにお決めになられるおつもりですか」
俺の疑問を他所に、黒騎士は淡々と現状の整理に入る。まぁ奴にとっては、俺や一佳の事情など知ったこっちゃなかろう。
割り振り。説明が事実なら、最低7人は必要だ。3戦目に至るまでを考慮するのなら、21人。決して少なくはない数だ。
「ふむ。この場にいる面々は確定だ。後は貴様らを除く、第十位までの面々。それから十一位以下を実力順に、と言ったところだな」
この場にいる面々となると、俺と一佳とアリア、それにラヴィアと黒騎士で5人。第十位までの面々ってのは、ラヴィアと黒騎士を除いた面々だから、プラスして8人。これで計13人だ。あとの8人は十一位以下となると……第十八位までか。ネムが確か十七位だから、彼女クラスの実力者が最低でも揃う事になる。
「尤も、三戦目までもつれ込むことはあるまい。最初の7人で事は終わる」
「尊大な自信だな。相手がそれを見越して、逃げ回る事だけに特化したヤツを選定した場合は?」
「可能性は無くもない。が、貴様らはそれを許してむざむざ逃がすつもりか?」
要は捨て駒を作る気も無いし、死に物狂いで戦えと。言葉の裏に潜んでいる意味を正しく理解する。
「初戦は貴様ら兄妹に出てもらう。残りの5人については、好きに見繕え。いなければ、貸し与えよう」
「私も参加するから、あと4人だな」
「あらぁ、私も出るわよ。だからあと3人ね、ダーリン」
「俺も出よう。暇つぶしにはなろう」
……トントン拍子で5人決まった。俺と一佳、アリア、ラヴィア、黒騎士の5人。……ラヴィアはともかくとして黒騎士を信じていいかは疑問があるが……まぁ、元より選択肢はないか。
「助かるよ。……下手に知らん奴と組むより、よっぽど信頼がおける」
「ふん、俺に対しての皮肉か?」
「テメェの実力を正しく理解しているだけだ」
何せこちとら腹を貫かれ殺されかけているのだ。しかも体感で言えば、ひと月以内の出来事。否が応でも覚えていると言うもんだ。
「頼りにするさ。……腹を貫かれた借りは、その後に返させてもらうがな」
「ふむ、私はいつでも構わんが……確かに、大事の前の小事に構っても仕方あるまい」
一々言い方がムカつくやつだが……黒騎士が俺と同等か、それ以上の実力者であることには間違いない。今はその力を借りれるのなら、それでいい。
「5人までは決定したようだな。では、あと2人は期日までに好きに見繕うがいい。足りなければ、我が軍から貸そう」
「寛大なお言葉に涙がちょちょぎれそうだよ」
「なに、面白いものを見せてもらう事への先払いだ。此度の試練も存分に足掻き、乗り越えて見せろ」
「本っ当に趣味悪ぃな」
人の不幸は蜜の味。この言葉とは意味が違うかもしれないが、シュヴァルグランが楽しもうとしているのはその類のものだ。強大な試練を前に、俺が死力を尽くして足掻く様を、楽しみにしていやがる。
……いや、そんなマイナスな考えは止めよう。冷静に考えてみれば、今の状況は寧ろ渡りに船状態なのだ。何せ邪魔者を潰し、憂いなく帰れる可能性があるのだから。
「……尽くすさ、嫌でもな」
「その意気だ。精々楽しませるがいい」
そう言い残して。瞬きの間にシュヴァルグランは消え去った。……どういうトリックかは分からないが、そういうもんなんだろう。そこは気にしても仕方が無い。
「私も出よう。これ以上いると、七位の機嫌を損ねそうだ」
「あらぁ、幾ら何でもそこまで野暮じゃないわよぉ。貴方を消し炭にするのは、全てが終わった後だもの」
「おお、それは恐ろしいな。では、また」
ラヴィアの静かな殺意にも動じる事無く、それどころか鬱陶し気に振り払う余裕すら見せて。次に席を立ったのは黒騎士だった。奴は自らの足で、部屋を出て行く。刺すようなラヴィアやアリアの視線を、全く意に介さず、堂々と。
――――クイッ
「ん?」
これで、残ったのは4人。幸いにして、話が充分に通じる仲の4人だ。
ならば、これからの事でも話そうか。そう思い、口を開こうとした矢先に。服の端を引っ張られた。
引っ張っているのは……一佳。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ」
「ちょっと話が有るの。2人きりで。いい?」
■
「ちょっと待ってね。先にターニャとネムさんの治療をするから」
一佳に連れられて部屋を出て、先導されるがままに着いたのは、ターニャとネムを寝かせている別室。その別室に入ると、一佳は2人に手を翳した。
『うひゃあ、流石は聖女とされるだけありますね。噂に違わない、見事な回復魔法です』
脳内でミリアが驚いているが、俺には一佳が何をしているのかさっぱりだ。集中して見てみようにも、手を翳しているようにしか見えない。
勿論、2人が最後に見た時から大分様相が変わっている事は分かる。
黒焦げだったターニャも、両足を切り飛ばされて腹部に大穴を開けたネムも。今は全くその傷の面影なく、五体満足の状態で寝ているのだ。きっと、俺が見ていない間に一佳が尽力してくれたおかげなのだろう。
『あっちのネムって子の方はもう大分落ち着いていますね。早急に魔力を流した事と、あの子自身の体力もあり、数日以内には回復しきると思います』
そりゃ朗報だ。思えばネムには出会った時から連戦続きのまま、助けられてきた。俺との戦闘、屍人、チカ、シグレにイーリス聖教国の面々、それでもって最後には黒騎士。出会い方はともかくとして、デカすぎる借りを作りっぱなしなのだ。……返すまで、死なれちゃ困る。
「うん、オッケー。これでとりあえず2人は暫く大丈夫かな」
「……良く分からんが、お前がそう言うなら信じる。ありがとう、助かるよ」
それで、話って?
言葉には出さず、視線で促す。
今のこの瞬間は、寝ている面々、及び脳内で息を殺しているミリア以外には、何を話しても誰の耳にも入らない状況だ。
その意図を一佳は正しく理解したのか、何かを迷う様に、しかし意を決した表情で口を開いた。
「……お兄ちゃんに、訊きたいことがあるの」
「何だ」
「お兄ちゃんは、どこまであの魔王の事を信じるの?」
……どこまで、か。難しい質問だ。尤も、こんな質問をしてくる時点で、一佳はシュヴァルグランに相当な不信感を持っているようだが……
「……正直に言えば、アイツの事は殆ど信じていない」
「……」
「ただ、今はアイツの口車に乗るしかないから、乗っているだけだ」
100%の事実。何も隠していることは無い。事実として、俺はシュヴァルグランを信用しているわけじゃない。ただ、元の世界に帰る方法をアイツが知っているという事、そしてイーリスと言う敵に相対するために、魔族側に付いているのだ。……いや、魔族側に付くしかない、か。そこはどちらでもいいか。
「……お兄ちゃんのそんなに望みは分かっている。帰らなきゃいけないことも、その通りだと思う。でも、それってアイツに力を借りなきゃいけないのかな? そこまでして、急いで帰らなきゃいけないの?」
「早く帰れるに越したことは無いだろ。……そんなに、アイツは信用ならないか?」
「……うん。だって、魔王だよ。それに、ターニャをあんな目に遭わせた人と、知り合いなんでしょ? 絶対に、なんか企んでいる気がする」
「……ああ、そうだな。お前の考えは正しいと思う。アイツは信用ならん。何かしら企んでいやがる事は同意見だ」
一佳の理解を肯定する。全く以ってその通りで、俺もアイツが素直に力を貸してくれるタマだとは思えない。出会って一日程度だが、そう確信するに足るだけの悪辣さを感じ取れているつもりだ。……ただ、
「だけど、今はアイツの口車に乗るしかない。帰る為ってのもそうだが、あの厄介なイーリスと敵対していることは好都合なんだ」
「イーリス……本当に、あの人は聖女イーリスなのかな……」
「悪いが、そこは知ったこっちゃない、だな。推測を立てるにも、情報が少なすぎる。アレが本物なのかは考えても仕方が無いだろう」
「それは……そう……かも、しれないね」
歯切れの悪い返答。何か気になることがあるのだろうか。
「どうした?」
「……その、ね。私が聖女として奉られて、ずっと聖女の英雄譚みたいなのを聞かされていたから……」
「あー、アレが実物だとしたら、情報が間違い過ぎて困るってことか」
「まぁ、そんな感じ。……それと、その……」
「それと?」
「その……何を信じればいいのかも分からなくて」
強く、手に持った杖を一佳は握りしめた。
何を信じるか。
予想もしていない、意外なその言葉に。俺は何と返すべきか迷ってしまう。
「この世界に来て、人を護るために力を振るうことが正しいって。そうずっと信じていたの。けど、カタリナや教皇様は、何だか違う考えになっちゃった」
遠い眼を。一佳は見せた。傍に眠るターニャを撫でながら、帰らぬ日々を思う様に。
「でも、違う考えを持っていても、根底は変わらないって思っていたの。困っている人には手を差し伸べて、脅威に対しては力のある人が対抗しなきゃいけない。それだけは、間違っていないって」
「……」
「そう、思っていたのに……本当にあの人がイーリスだっていうなら……」
「聖人君子がこの世にいないとは言わないが、過度に期待するのは止めておけ。幻滅した時のダメージがデカいぞ」
「……うん、そう、かもね。私も最初からそう考えていればよかったのかな」
何事にも善悪があって、正誤があって、必ず定義される線引きがあれば。悩む事は少ない。
だけど世の中ってのは、そう簡単に線引きなんかできやしない。善いとか、悪いとか、正しいとか、誤っているとか。そんなのは立場や見方で簡単に変わる。良かれと思ってやったことを非難されることもあれば、偶発的な行いがその後の助けになる事だってある。
だから、考えるだけ無駄なのだ。答えの出ない疑問。一佳は今、無い答えを出そうとしているに近しい状態なのだろう。信じていた価値観に裏切られ、何が正しいか分からなくなったところで、友人が自分を護って大怪我を負った。……思考がマイナス寄りになる材料は、今の一佳には幾らでもある。
「……世の中そんなもんだ。完璧な人間なんていやしない。必ず皆、何かしら脛に傷を持っていて、手放しに尊敬できる奴なんて見つかんねーよ」
「……そう、なんだ」
「あったりまえだ。少なくとも俺は会ったことないね」
多少おどけて見せる。真面目な話はきっと逆効果だ。一佳は良くも悪くも真面目だから、今俺が彼女に合わせて助言をしたところで、必要以上に重く受け止められてしまうのが関の山。一佳が今必要とするのは、助言じゃない。かと言ってyesマンと化した共感でも、吐露した悩みを受け止める器でもない。
「俺の答えは理解したけど、納得は出来ないって顔だな」
「……うん」
まぁ、そりゃそうだろう。人に言われて納得できるような悩みなら、ここまで思いつめる筈もない。
なら、俺に出来ることは、
「好きなだけ話してみろ。お前が納得するまで幾らでも付き合ってやる」
深々と座り直し、ここ数年で癖になりつつある営業スマイルを張り付ける。
笑顔は相手の緊張を解すための道具の一つ。営業自体はクソみたいな職業としか思っていないが、それで培ったスキルなり経験が妹の悩みの解決に役立つのなら、幾らでも使ってやるさ。




