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6-7

5月ラストの投稿。

6月は毎週更新できるようになりたい…


※21/6/7 誤字脱字修正

 これは言い訳にしかならないが。

 イーリスが何かしらのアクションを起こすことを予想をしていなかったわけじゃない。

 寧ろある程度中立的立場を取るシュヴァルグランや、その部下である黒騎士も、目的も関係性も不明のイーリスに注意を払うのは当然で自然だ。しかもアイツは素人目にも分かるほどに一佳を注視しており、執着を少なからず抱いているであろうことは容易に想像がついた。俺にとって不都合な思惑を抱いているようにしか思えなかった。

 ただ、まさか。一佳の説得のために警戒を薄めたその瞬間に。

 距離を詰めて来られるとは思ってもいなかった。




「チィッ!」

『影鬼っ!』


 舌打ち。より早く一佳を庇う様に引っ張る。さらに俺の身体を間に滑り込ませる。イーリスの動きを阻害すべく、全神経を一佳を守る事に費やす。加えて、刹那の差でミリアが術を発動してくれた。滑り込ませようと伸ばした俺の手に沿って、魔力が膨れ人型を成す。

 だが足りない。圧倒的に、足りない。

 極限にまで引き延ばされた感覚。何もかもが遅く感じる中で、イーリスの動きは既に完了している。

 手刀。

 俺が一佳の身を引こうと、身体を滑り込ませようと。

 影鬼が完成しようと、出てこようと。

 そのアクションが完了する前に、イーリスの手刀は一佳を襲う。


 ――――馬鹿か。うるせぇ、そんな弱音は聞かない。知った事じゃない。

 動かせ、伝えろ、回せ、掴め。

 身体を、力を、脳を、最適解を。

 一歩でも、一秒でも、一瞬でも。

 何より早く、動けっ!











■ 妹が大切で何が悪い ■











「させないよっ!」


 俺の手が届く前に。

 一佳に手が伸び切る前に。

 イーリスの姿がかき消える

 それから遅れて、音。そして風。

 ドンッ、と。何かが叩いたような音。

 バチッ、と。何かが弾けるような音。

 その正体を察する前に。

 答えは一佳の口から飛び出た。


「ターニャッ!」


 ターニャ。一佳の相棒。ずっと一佳の身を護ってくれていた恩人。

 その彼女が、寸でのところでの危機を救ってくれた。

 イーリスの手が一佳に届く前に、ヤツを押し倒す……いや、撥ね飛ばす様にして間に割って入ったのだ。


「させないっての!」

「チッ、邪魔をっ!」


 バチリと。稲光が走る。ターニャの身から迸る。

 雷。

 ターニャを、そしてその片腕に掴まえられたイーリスごと、雷が包んでいた。


「っ! アリア、一佳を頼む!」


 瞬間の判断。尤も信頼できる人物に、大切なものを託す。一佳の身をアリアに託す。

 それは直感……なんて言えるようなものじゃない。

 言うなれば、反射。

 本能に振り回された、反射。

 俺自身の意識など何処にも寸分も介入していない、本能への屈伏染みた行動だ。


「お兄ちゃん!?」

「キョウヘイ!?」


 2人の困惑めいた声。それに反応するよりも先に、俺の足は前方へと踏み進む。即ち、ターニャとイーリスの方向へ。

 この行動は、ターニャと共闘してイーリスを戦闘不能にさせる……なんて前向きな思考による判断ではない。そんな理屈の通る行動ではない。

 酷い悪寒が身を包んでいた。その正体も分からず、ただ嫌な予感と言う漠然とした恐れに思考が囚われている。その正体を探る事を恐ろしいとすら思っている。

 ……いや、馬鹿野郎が。そんな阿呆な事に怯えてんじゃねぇよ。いや、怯えるのは百歩譲って良しとしたとして、その原因を思考せずに甘受していたら、解決できるもんも解決しやしねぇ。


「っ!」


 足元で雷光が爆ぜる。ターニャたちを包む雷光の余波だ。生身で当たれば相応の傷を負うだろう。幾ら竜種の防具を身に着けていると言えど、どこまで耐えられるものか……

 ――――待て。その通りだ。普通の考えでいれば。視覚化できるほどの雷光に包まれるという事は、身を高電圧で焼かれるのと同じだ。まず生きてはいられまい。炭化し、黒ずみになるのは間違いない。

 じゃあ何故。イーリスは今も尚、あの身体を保っている?

 雷光の中で、尚も五体満足でいられるんだ?


 ――――ニッ


 それは幻視かもしれない。

 ただの幻想かもしれない。

 思考に答え合わせをしようと、都合よく見せただけかもしれない。

 だが。俺の眼は。

 ターニャに首元を掴まれ。雷光に包まれて。炭化するほどの高密度の光の中で。

 確かに、一瞬でも。

 嗤った、その顔を。

 見たんだ。











「無駄な事を……『堕ちろ』、全部」











 何が起きたのか分からなかった。

 ただ、雷光が一際大きくなって。

 刹那の間に、それが雷光と別種の物と察して。

 だけどそれが限界で。

 視界をいっぱいの白色が覆って。

 ……陳腐な表現だが、俺にはそうとしか見えず、そこまでしか分からなかった。

 そして次に気が付いた時には、


「……全く。本当に手を煩わせてくれる」


 爆発でも起きたかの様な更地に。

 その中心に、変わらない様相で佇む一人の女。

 ……イーリス。


「私たち3人で漸く相殺……化け物、ねぇ」


 耳元でラヴィアの声。だがその声に、普段の余裕めいた色は全くない。


「あれが初代聖女か。……ハッ」


 ガチャリと。重たいものが落ちる音。黒騎士が、隣で膝を着いている。


「っ、痛っ……」


 パキッと。想像していたよりもずっと軽い音と共に、手甲が砕け散る。


『キョウヘイさん……アレ、ヤバいです……』


 消え入りそうなミリアの声。分かっているさ、ありゃ化け物以外の何でもない。

 光に対抗すべく魔力を練り上げ、ミリアのサポートの下で防壁をイメージして拳を出した。だけどその意味は薄く、容易に砕かれて弾き飛ばされた。ラヴィアと黒騎士が相殺をしてくれなければ、あの光は一佳やアリアも飲み込んでいただろう。


「これで漸く分かったでしょう。私と、貴方たち程度の力の差を」


 悠然と。目の前の女は言葉をぶつけてくる。現実と事実と真実と言う、抗いようのない言葉をぶつけてくる。

 抵抗は無駄。頭を垂れてひれ伏し、命乞いをしろ。

 そう言わんばかりの威圧感だ。


「彼女も、これで少しは物分かりが良くなることを期待します。……次があればですが」


 何かが投げ飛ばされる。どさりと、それは俺たちの目の前に力なく転がる。

 ……黒ずみの、物体。

 それが何であるか、何であったか。

 分からないほど、呆けちゃいない。


「依代の魔力のおかげでまだ生きていますよ。良かったですね」


 弾かれたように、俺たちの間から一佳が飛び出る。飛び出て、ターニャに手を翳した。

 一瞬の遅れの後、2人を護る様にアリアがイーリスの前に立ち塞がる。


「貴女もですか、混血の娘」


 抜いた大剣。何度も危機を救ってくれた、アリアの武器。

 だが今は。あれほどまでに頼りに思えた武器が。

 か細く、か弱く、脆く見えてしまう。


「まだ分からないのですか」

「忠告痛み入る。が、それも加味しての決断だ」


 威嚇をするように、大剣に炎が灯る。だが分かる。その意味は薄い。幾ら炎が猛ろうと、燃え盛ろうと。あの女の前では、きっとひと吹きで消されてしまう。


「……ふぅ、少しはまともな判断を期待した私が間違っていた、と。そう言う事ですか」


 呆れを隠そうともしない溜息。その行為一つだけで、威圧感だけで、身体を押さえつけられているような感覚を受ける。目の前に立ち塞がる事も、その意思を抱く事も許さないような、絶対的なナニカ。このまま伏している事が正しい選択であると思わされる。

 だけどその想いは。大切な2人が、危機に曝されているのと同義。曝されたまま見捨てるのと同義。

 ……ちくしょうが、こんなところで寝てられるか。


「……私の目的は依代の身を確保する事。後はどうなろうと知った事ではありません」

「依代って言うのは、イチカの事か」

「ええ、その通りです。私が必要とするのは彼女だけ。それ以外は、どうでもいいのです」

「……人の妹をモノ呼ばわりとは良い度胸してんな」


 立ち上がる。膝が笑ったが根性でねじ伏せる。そんな己の事よりも、優先しなければならないことがある。


「……まだ立ち上がりますか。無駄だと言っているでしょう」

「ほざけ。それはテメェが決める事じゃねぇ」


 脳内でミリアが息を呑んでいる。小うるさい文句をぶつぶつとぶつけられている気がする。俺の行動がただの自殺行為だと思っているらしい。いや、正しくそうではあるが。だけどそれでも、寝たままでいることは選択肢に無い。出てくるはずが無い。

 言葉にしなくとも、俺の意思は理解してくれたらしい。身体の不調をサポートするかのように、魔力が流れてカバーしてくれる。


「どうやら、まだ力量差が分からないようですね」

「俺一人殺せない程度の出力で何を言ってやがる。小娘が」

「……死なないと分からないようで」

「あ? やってみろよ」


 前に出る。一佳よりも、アリアよりも、前に。何なら、イーリスの目前にまで。


「俺の妹にはテメェの指一本すらも触れさせねぇよ」

「……強がりもそこまで行くと感服しそうになりますね」

「ほざけ」


 一発。足場を踏み抜くくらいに力を込めて、一発。

 見た目の可憐さに惑わされるな。幼さに絆されるな。そもそも、少女だと思うな。

 それこそ、シグレを相手にするのと同じ。

 目前にいるのは化け物だと。そう、認識を新たにして。

 ただ全力で、魔力すらも乗せて。

 一発に乗せて。

 殴り……抜く!




「全く……無駄だt」




 殴り、抜く。いや、抜いた。

 意図も容易く。なんなら呆気なく。

 俺の拳はイーリスの頬を捉え。柔らかなその肌を打ち据え。

 ボールを飛ばすかの如く。

 ぶっ飛ばした。

 ……ぶっ飛ばした?

 こんな抵抗なく、ぶっ飛ばせた?











「……シュヴァルグラン!!」


 ぶっ飛んだ先。ゴムまりの様に跳ね飛んだイーリスが、立ち上がると同時に怒号染みた声を発した。びりびりと大気が震え、ただの声が衝撃となって俺の下に届く。


「邪魔をするな!」

「いい加減にしろ。ここは我の城だぞ」


 呆れを隠そうともしない声色が、俺のすぐ隣から聞こえた。

 シュヴァルグラン。

 如何にも面倒くさげな、そんな表情。


「誰の許可を経て暴れるか」

「私たちの間に許可など必要ない。そうでしょう」

「『決着は螺旋回廊による最終審判にてつける』。それが取り決めだった筈だが?」

「その決着の為に必要なものを手に入れようとしている。それだけですが」

「貴様の為に、我の持つ手ごまを削られては困ると言っているのだ」

「手ごま?」

「うむ。我の部下たちに、キョウヘイ。そして我が……いや、まぁ、その仲間と言ったところか」


 そう言って。シュヴァルグランは手を払った。軽く、ゴミでも払うかのような仕草。それだけで、地に一本の線が引かれる。断絶を意味するかのように一本の線が入る。


「困るのだよ。勝手をされるのはな」

「……なら、今決着をつけますか」

「最終審判を行う、と」

「ええ、そうです。その方が話も早い」

「おい待て勝手に話を進めるな」


 螺旋回廊? 最終審判? 決着? 説明が無いので何が何やらさっぱりだ。


「黙って待っていろ。悪いようにはせん」

「テメェのその言葉は、また無茶無謀を強制されるのと同じだろうが」

「ほう、何故分かった」

「さっきまでの前科があんだろうが。とぼけんな」


 シュヴァルグランがイーリスよりは此方よりなのは分かる。分かるが、だからと言ってその甘言にホイホイ乗っていては命が幾つあっても足りやしない。さっきみたく、何かしらの試練を強制されて、失敗すれば魔石の養分にされる可能性は存分にある。


「言葉からして嫌な予感がするんだよ」

「キョウヘイ、中々に勘が良いではないか」

「嬉しくねぇよ……」

「なに、説明は後でしよう。貴様なら越えられるさ」

「……随分と買っているのですね。そこのバグを」


 不機嫌を隠そうともしない、絶対零度のイーリスの眼。今までの有象無象を目にする眼ではない。明確に殺意を持って、敵と見做した相手に見せるであろう眼。加えて人をバグ呼ばわり。……どうやら想像以上にしっかりと敵としてインプットされたらしい。


「買うさ。こ奴は随分と楽しませてくれた。イーリス、貴様も同じであろう」

「……兄妹共々、才能は充分でした。それは認めます。が、私のものにならない才能に意味は無い」


 はぁ。大きく、それは大きくイーリスは溜息を吐き出した。諸々の感情がそこに含まれている事は、想像に難くない。


「……キョウヘイ・タチバナ、イチカ・タチバナ。久しく出会えぬ才能でありました。……出来れば穏便に行きたかったのですがね」


 くるりと。イーリスは背を向けた。それは、話し合いの断絶と、一時的な戦いの終結を意味していた。


「シュヴァルグラン。それでは、一月後に」

「うむ」


 ゆらぐ。その後姿が。

 かすむ。小柄な身体が。

 そして跡形もなく、イーリスが消え去る。絶大な爪痕を残して、消え去る。


「いなくなった、ということか」

「その通りだ」


 呟きに近い疑問をしっかりと拾われる。と同時に、限界を迎えた足が崩れ落ちる。地面に膝を着き、思わず疲労が乗った息が零れた。


「安堵するのは早いぞ」

「分かってるよ。……で、何をさせられるんだ?」

「逆に問おう。何だと思う」

「ロクでも無い事だな」


 俺の即答に、愉快そうにシュヴァルグランは笑った。……こういう笑いの時は絶対に本当にロクでも無い事を考えていやがるな。コイツとは僅かな時間しか共有をしていないが、そう断言できる自信があった。それくらい、嫌な予感が止まらなかった。



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