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6-6

一昨日には投稿の予定だったのに、何度も書き直ししたせいで、投稿遅くなりました……

計画性が欲しい。

 それは水の様に、するりと入ってきて広がった。

 それは水と言うには粘性が高く、水よりもゆっくりと広がった。

 それは水と言うには温かく、身体に沁み込む様に広がった。

 まるで片栗粉をまぶしたような、温水。




 直感だった。

 考える暇は無かった。

 理屈も、経緯も、確証も。

 何もかもをすっ飛ばして、ただ本能に従う。

 この感覚を手放してはならない。

 この感覚を逃してはならない。

 不思議……と言うよりは不可解ではあるが。俺の全てがその直感を肯定する。形すらない、ただの感覚に対しての全肯定。

 疑問は沸かなかった。或いはもしかしたら、沸いていたのかもしれなかったが、気にもしなかった。

 この直感に、俺の全てを委ねる。

 その判断を、信じる。











■ 妹が大切で何が悪い ■











 突然だが。

 世界の終わりってのはどんな感じなのだろうか。

 地獄から悪魔が出てくる? 宇宙人が攻めてくる? 異世界が侵略してくる?

 俺は……大量の隕石が落っこちてきたり、地震で地面が割れたり、大津波が押し寄せてきたり、火山が大噴火したり。そうしたものが、世界の終わりなのではないかって。想像力の乏しさ故に、そう思っている。……いや、思っていた、か。


「あああああああああああっ!!! 気っ色悪ぃなぁっ!!!」


 不快感に耐えられず、怒鳴る。愚痴が零れてしまう。

 真っ赤な空、真っ黄色の海、真っ青な砂浜。視界の端では毒々しい紫色の建物が嗤っている。

 酷い状況だ。色彩、造形、音、臭い、触感。外観を感知する全てが狂っている。味覚だけは不明だけど、多分口に何か入れたらクソ不味さに吐き出す事だろうよ。

 目に映る物が、耳に響く不特定多数の嗤い声が、肌を撫ぜる風が、捻じ曲がるほどの悪臭が。つまりはこの世界を構成るする何もかもが、おかしくなっている。


「うぇえええ!? 高密度の魔力!? なんで!? え、なに、いったい!?」


 異変に気が付きミリアが目を覚ます。だが今はその言葉一つ一つに反応している余裕は無い。体内に繋がるそれを捉えて逃がさない事に全神経を集中させる。それで手一杯だからだ。

 一度でも、一瞬でも。この感覚を失えば、二度と手にすることは叶わない。

 ネガティブではあるが、根拠のない直感ってわけじゃない。此方からアプローチを掛ける方法が分かっていない以上、失ってしまえば探すことは出来まい。ただそれだけの事。


「掴まってろ!」


 ミリアに一瞬だけ指示を飛ばす。怒号染みた、感情が昂るままの発言ではあったが、そこに気を遣う余裕は無いのだ。

 感覚を逃さぬこと、そして平行してこの正体への思考。

 先ほどは直感と言ったが、これらの言葉は、何の根拠も無しに出てくるものでは無い。これまでの人生で経験してきた様々な物事を踏まえ、筋道や理論を除外して出した結論。故に結論に至るまでが言語化できないので、直感や勘と表現をしている。そう考えている。

 だから。この感覚を逃してはならないと、そう決めた事に根拠は必ずある。何も無しに適当に決めたわけでは無い。


 ――――うぇえええ!? 高密度の魔力!?


 ミリアの先ほどの発言。あれは重大な事実だ。

 魔力……そう、魔力だ。俺の中に流れ込んでくるこれは魔力。ほんの数日前にネムから教えてもらった、意味不明な力の正体。

 知っているとも。ああ、知っているともさ。教えてくれたのだから。ただ何故か忘れていた……いや、忘れていた理由は今はどうでもいいか。そこは今思考しなければならない事じゃ無い。

 順序立てて考えれば、必ず答えに行き着く。基本の基本に戻って思考しろ。PDCA以前の思考。5W1Hに添え。まず、


 ①この感覚の正体は魔力である。


 オーケー。多分合っている。Whatはこれだ。

 じゃあ次だ。Why……いや、場合によってはWhoか。何故魔力が流れ込んでくる?

 自然に流れ込んでくるものなのか? それとも誰かが流し込んでくるとか?

 ……可能性はどちらも否定できないが、経験に即して話をするのであれば、後者であろう。何故かって? 現時点でもネムと魔力を繋げ合っているからだ。

 一方的に勝手に結ばされた契約。互いの動向を知り、魔力を繋げ合う。

 気のせいかもしれないが、レクチャーを受けた時に感じた魔力と同じにも思えるのだ。


 ②この魔力はネムのものである。


 Whoは上記で仮定する。ならば次はWhy。何故魔力を流し込んでくる?

 契約では、互いの動向を知ることが出来るとネムは言っていた。と言う事は、この状況をネムが感知して、俺の脱出のために魔力を流し込んでいるということか? ……いや、待て。ミリア曰く、俺は意識だけが囚われている状態。ならば俺の身体は眠っていると同義だろう。現実世界の時間の進み方にもよるが、寝ているだけの人物に魔力を流し込むだけしかしないのは疑問を覚える。

 疑問と言えば、流れ込んでくる魔力量もおかしい。最初こそゆっくりと少しずつだったのだが、今や間断なく流れ込んできている。俺のキャパなんか気にする事の無い、一方的な流し込み。……いやいや待て待て、これってネム自身の魔力量も計算していないんじゃないか? アイツがどれだけの魔力を持っているかは分からないが、この量と勢いは計算の上での行為とは思えないぞ。……何か、あったのか?


 ③ネムの身に何かがあり、魔力を流し込んできている。


 Whyが。もしもネムが己自身の身を考慮せずに、俺に魔力を流し込んでいるとすれば。それはネムの身に何かがあったに他ならない。彼女自身が魔力を持っていても仕方が無い状況……敵わないほどの敵を相手に抵抗を諦めたとか、か。いや待て、アイツはそんな簡単に諦める輩じゃない。俺やチカはまだしも、魔族にも危険人物として知られているシグレにも向かっていった。能力差を前に諦める性格じゃない。

 なら……戦闘が出来ない、とかか? 瀕死の重傷を負ったとか、そういう何らかの理由で動けないから、魔力だけ流している……そんな感じなのか? もしもそうだとすればかなり状況はヤバい。ネムの傍には一佳やアリアたちがいる筈だ。またシグレによる急襲か、或いは別の何かか。何にせよ、よろしくない状況であるのは間違いない。


「ああぁぁぁぁあああああ!!!? ヤバいですよ、これ!!!? 壊れてく!? この世界が壊れていく!? 罅が入っている!? 崩壊している!?」


 何故に疑問形か。腰に引っ付いているチビが分かりやすく混乱状態にいる。そのおかげで逆に少しだけ気分が落ち着いてきた。

 ミリアの混乱は置いておいて、ネムが何かしら危険な状態にいることは間違いないと思う。或いはそれに近しい状態。逆にそうでなければ、魔力を流し込まれている事への説明がつかない。

 と言うかぎゃんぎゃんとマジでミリアうるせぇ。この世界の脱出が俺たちの目的なんだから、壊れるのは寧ろ好都合だろ。これで戻れるはず……ん?


「なぁ、ミリア」

「ああああああぁぁああああああああ!!!? 何ですか!!?」

「この世界って、俺の記憶から抽出した世界なんだよな?」

「そ、そうですけど……」

「脱出の方法を俺たち探してたんだよな?」

「そ、そうですよ?」

「じゃあさ……もしかしてだけどさ」

「はい?」

「世界が壊れるのって、結構マズイ感じか?」

「い、今更ですか!?」


 ドン引きと言った具合の声色。……全く想定していなかったけど、実はヤバい状況らしい。でも、壊れりゃ脱出できるんじゃないのか?


「いや、だって……脱出すれば良いんだろ? だったら、壊れても脱出できるのかなって」

「そんなわけないじゃないですか! 世界の崩壊がイコール脱出ってわけじゃないですよ!」

「でもさ、この世界が壊れているって事は、魔石との繋がりが壊れたって事だろ。だったらそれって脱出にならないか?」

「それはその通りです! 確かに繋がりは壊れています! ですが今のこの状況は、家が壊れているようなものです! このままだと崩壊に巻きこまれて、私たち自身も霧散してしまいます!」


 成程、そりゃマズイ。常識で考えれば、何かしらの崩壊に巻き込まれてしまえば、普通なら大怪我を負ったり、或いは最悪死んでしまうだろう。だが俺はこの世界が現実とは違うと考えてしまっていたから、ミリアのような思考には全く至らなかった。

 だがそうは言っても。仮にこの状況がよろしく無いモノであっても、初めての子の世界での変化らしい変化ではある。この機を逃すのは得策ではない。……何より、


「契約をしていれば、魔力のつながりは追える。そうだよな」

「へ?」

「繋がっているんだ。なら、それを意識して、追えばいい」

「えーと、キョウヘイさん?」

「ん? ああ、掴まってろ。待ってられるか。脱出できないくらいなら、ぶっ壊す」

「え、ええ!?」


 拳と足に魔力を纏わせる。筋肉を意識するのと同じだ。意識さえしてしまえば、後は容易。

 脚力に魔力を乗せる。ひと踏み、ふた踏み、さん踏み。砂地は走り辛いので、そのカバーを魔力で行う。舗装された固い地面を踏むのと同じ感覚。スピードを上げる。


「え、ちょっ、ちょっとぉ!!!?」


 魔力は真っすぐに伸びている。視線の先へ、真っすぐに。

 なら、進む。進み続ける。何があろうと、そのまま進むさ。

 海に足を踏み入れるが、砂地と同様に足に魔力を込めて強引に海面を走る。そもそもここは俺の想像の世界みたいなもんだ。本物じゃない。なら、走れ。動け。海面だろうが波があろうが、踏み抜いて進め、進み続けろ。出来ないなんて道理は聞かない。そんな泣き言は、そこらに捨ててしまえ。


「しっかり掴まってろ。ぶっ放すぞ」


 脱出に当たっての仮説だが。この世界は俺の記憶を基にしているのだから、どこかに限界が無いとおかしい。だからその限界を探し出すことで、脱出が出来ると思っていた。

 だが限界地点は見つからなかった。どこに行こうとも、どこまで行こうとも。必ずどこかに行き着く。俺の知っているどこかに行き着く。ならば仮説への答えとして、

 ①この世界に限界地点というのは存在しない……まぁ、これだったらどうしようもない。

 ②限界地点は存在するが感知できず見つからない……こっちであってほしいが、正直手は尽くしており、見当がつかない。

 今の今までは、上記の2点だけしか考え付かなかった。

 ……だけどもう一つ、今まさに思い当たった仮説がある。


 ③実はすでに限界地点に達しているが、その度に別の場所に移動させられている。


 これに確証は無い。だがこの仮説の場合、筋が通るのだ。

 どこにも限界らしきところに行きあたらない事。

 俺の知っている場所にしか行けない事。

 海の先に魔力が繋がっている事。

 記憶を基にしているくせに不自由な事。

 他にも、諸々。全部とは言わないが、筋が通るのだ。

 そして今のこの場合。尤も限界地点が遠いのが、海であるのなら。常識を持っていればいるほど、そこには辿り着けないだろうと言う悪辣さを持って設定されているのならば。


「おおおおおおおおおおおおっ!!!」


 視界が一瞬ブレた。崩壊の影響だろうか。だが世界に罅が入っているおかげで、限界地点の場所が分かる。もう目前だ。

 ならば。あとはぶっ放す。

 雄叫びと共に、練り上げた魔力を、拳に乗せた魔力を、吐き出す様にぶっ放す。

 難しい事じゃない。不可能な事でもない。今までに何度もやってきた事だ。











 世界が壊れた。

 抽象的な表現で言えば、そんな感覚。

 俺が突き出した拳は壁を割り、その先へ到達した。

 ……何も見えない、暗闇へ。


「っ!?」


 振り返って見れば、キラキラと崩れ落ちてく俺の記憶の世界。割れたガラス片の様に、或いは描かれたステンドグラスの様に。世界を彩った破片が崩れて暗闇に消える。


「魔力を!」

「ああ!」


 ミリアの言葉。一言だけで充分だ。その意思を俺は理解している。

 辿る。暗闇で見えなくとも、魔力が教えてくれる。この進んだ先にネムがいると。きっといると。そう教えてくれる。

 なら、進む。もう振り返らない。都合の良い偽りの世界などもう充分だ。そんな世界を俺は求めない。必要としない。

 一佳を連れて帰る。それも成し遂げられずに、偽りの幸福に身を委ねるつもりは無い。


「私の事は気になさらず! カバーします!」


 言うが早く、俺の腰に引っ付いていた感触が消え失せる。魔力に戻った、ということだろうか。まぁ何であれ、憑りついている状態と言っていたし、少なくとも離れることは無いだろう。

 同時に、伸びていた魔力の線をより強く感じる。ミリアが魔力操作をしているのだろうか。ネムの限界も近いのか、当初よりも流れ込みが弱くなっていたが、これなら感じ取るのに不備はない。


「ふっ!」


 息を短く、強く吐き出す。それから一瞬緩めた足を、強く地面に踏み込ませる。

 加速。魔力を追い、前傾姿勢で、ゴールまでの距離を詰める。

 暗闇で見えないが、恐れは無い。自分の心音や息遣い以外何も聞こえないが、気にはしない。

 今はそれよりも、間に合わなくなる方が、怖い。俺のいないところで事が終わってしまうことが怖い。何もできずに結末だけを受け入れざるを得なくなるのが怖い。

 だから走る。全力で走る。魔力を、繋がりを追って、走る。


 そして終わりは唐突に訪れる。


 小さく先に見える光。それを感知した瞬間に、急速に光は拡大した。拡大して、視界を、暗闇を、俺を飲み込む。

 瞬きは一瞬。視界の眩みをリセットするように、一回だけ。

 だがその間に俺は元の場所に戻っていた。


「ネムっ!」


 いや……元の場所、と言うには少し違うか。

 俺の目前。血だまりに倒れ伏すネム。虚ろな目で俺を見上げるその顔に、生気は全く見られない。

 抱きかかえれば、まだ温もりを感じるが……


「っ……」


 酷い傷だ。左目を潰され、腹部には貫かれたのか穴が空いている。両足は斬り飛ばされて、離れたところに転がっている。まだ息があるのが奇跡的な重傷。


「ほう、予想よりも大幅に速いな。前人未到の最短記録と言ったところか」

「っ、シュヴァルグランか」

「うむ、つい先刻ぶり……いや、貴様からすれば何日ぶり、か」


 ニヤニヤと。あの余裕綽々の厭らしい笑みが俺に向けられている。クソ野郎のクソみたいな笑み。


「テメェの仕業か」

「いや、我ではない。レオル。あ奴だ」


 指を向けられた先。そちらに視線を向ければ、黒い騎士風の奴が……


「テメェ、あの時の……っ」

「うむ。久方ぶりだな。息災なようで何よりだ」

「何が息災だ、ほざけ」


 間違いない。ケントの街で会った魔物。アイツだ。


「ネムのは、テメェか」

「その通りだ。尤も、感謝してもらいたいのだがな。私がやらねば、消し炭にされて彼女は死んでいた」


 消し炭、ねぇ。周囲に目を向けるが、ネム以外は見当たらない。シュヴァルグランと、イーリスと、黒騎士だけ。

 察するに、俺の異常に気が付いて、単身ネムだけが来たって事か。それで、瀕死の重傷を負ったと。俺の自惚れが正しければ、彼女は助けようと何かをしてくれたのかもしれない。先ほどの魔力の流入も、その一環とか。


『彼女に魔力を流します』


 頭に響くミリアの声。それから、少しだけ魔力を引っ張られる感覚を覚える。ミリアが上手いところコントロールしてくれているのだろう。魔力の受け渡しで少しでも生き延びる時間や確率が上がるのなら、もっと持って行ってくれてもいいのだが……もしかしたら流入するよう次第では効果が薄れるのかもしれない。何にせよ、俺にそんな器用なことは出来ないので、ミリアに任せるしかないのだが。


「ふむ。良く戻ったな、キョウヘイ。正直戻っては来れまいと思っていたが、過小評価だったようだ」

「ほざけ、質の悪い夢を見させやがって。趣味が悪いんだよ」

「質が悪い、か。貴様に課した試練は、幸福からの脱却。我の知る限りで、あの試練を抜けたのは1人もいない。誇れ」

「嬉しくない賛辞だな。褒められているのに胸糞悪いのは初めての経験だ」

「はっ、中々言いよる」


 状況は悪い。ネムは瀕死で、早急に手当てが必要。だが俺に回復の手段は無い。ラヴィアの元に戻りたいところだが、どうも周りがそうはさせてくれない様に思う。

 特にアイツ。俺の視界外にいる女。

 イーリス。

 アイツの嫌な威圧感が、幾分か増している様に感じる。


「コイツを治療したい。話は後で良いか」

「ならん。戻りたいのだろう? なら、それは捨て置け」

「じゃあ妹を連れてこさせろ。元の世界に戻してくれんだろ? なら、妹と一緒じゃなきゃ意味が無い」


 一佳がいれば、ネムの回復は出来る。あとはネム自身に頑張ってもらうしか無いが、命は繋ぎ止められるだろう。


「その必要はない」

「ああ?」

「じきに来る。貴様のお仲間と共にな」


 何を言っているんだ? じきに来る? ……すでに呼んだってことか?

 シュヴァルグランは結論を端的にしか話さない。後は推察しろ言わんばかりの暴虐な会話。いや、会話ですらねぇか。一方通行な言葉を会話とは呼ばねぇ。

 コイツは何を言いたいのか。その意味を思考し、推し量る前に、しかしその答えは自らやって来た。











「ネムっ! ……キョウヘイも!?」


 聞き慣れた声だ。振り返れば、大剣を抜いた状態のアリア。顔は焦燥と驚きが混ざっているが、構えは敵の襲撃を予測してか全くブレていない。


「お兄ちゃん!?」


 次いで、一佳。一佳も杖を構えた状態でアリアの後ろから飛び出てくる。


「一佳、先行しないで!」

「ネム! 大丈夫!? ……あらぁ、おそろいで」


 それからターニャとラヴィアが出てきた。……ラヴィアは一目見て大凡の状況を把握したのか、瞬きの間に何時もの表情に戻っている。


「これって、どういうことかしらぁ?」

「説明は後だ。ラヴィア、ネムを頼む」

「ダーリン、説明も並行して行って欲しいわぁ」

「その余裕が無ぇよ」

「同感だな」


 敵。アリアは俺以外の3人をそう断じたのだろう。剣に炎を纏わせ、何時でも放てるような状態にしている。


「ま、借りを返す前に死なれちゃ困るし。一佳、回復はお願い」

「うん、任せて」


 音も無くターニャは俺の傍に寄ると、ネムを代わりに受け取ってくれた。そして一跳びで後方へと下がる。一佳もいるし、これで一先ずネムは大丈夫だろう。


「ふぅ……黒騎士? ネムは私の部下よぉ。勝手に手を出すなんて、よっぽど死にたいのかしらぁ?」


 ラヴィアは無手のまま、余裕綽々と言った様相で俺の隣に立った。……いや、余裕綽々ではないか。その眼には充分過ぎる怒りが含まれている。黒騎士を射殺さんばかりに睨んでいる。


「ネムの傷は、斬り傷。貴方がやったんでしょう」

「弁明をするつもりは無いが、私が斬らねば魔王様により粛清されていた。感謝してほしいものだ」

「それが本当だとしてぇ、ここまで無駄に痛めつける理由はぁ? ……返答如何によってはぶち殺すわよ」

「構わん。見える物が事実だ」

「言うじゃない、新参が」

「ふん、目の上のたん瘤には隠居いただく良い機会かもしれないな」


 一触即発。多分、切欠は何でもいい。何かが起きれば、すぐにラヴィアと黒騎士は殺し合うだろう。

 止める云々の話じゃ無い。2人は止まらない。俺は知らないが、以前から何かがあったのだ。それが、今回のネムの件で一気に表面化した。それだけの話なのだ。




「静まれ」




 押さえつけられる。上から。

 動かなくなる。身体が。

 重圧。身動きが取れなくなるくらいの重み。

 屈しない様に、その場で留まる事で精いっぱい。




「誰の前だと思っている。余所でやれ」




 流石は魔王、と言ったところか。ラヴィアと黒騎士は片膝を着き、シュヴァルグランに向けて頭を垂れていた。隣にいるアリアは何とか剣を支えに耐えている状態。一佳たちの方見れないが、何にせよ似た状況だろう。

 言葉を発する。たったのそれだけなのに、コイツがそれなりに力を発揮するだけで、簡単に人を押さえつけられる。実際に動けばどれだけの被害が出ると言うのか。

 規格外。見えない力量差。上限知らずで嫌になる。まさに、魔王。


「話を戻そうか。お前たちの争いに我は興味ない。余所で好きな時にやれ」

「仰せのままに」

「それで、だ。キョウヘイ。約束は守ろう」

「……幻覚とか、そういう落ちじゃないだろうな」

「そんなつまらないことはしない。約束は約束。違えれば、それは我の器に繋がる。つまらない者には誰も付いてこない」

「アンタの帝王学に興味はない。ただ守ってくれるなら、それでいいさ」

「ああ。貴様は約束を守った。なら、それに応える。それだけだ」


 そう言って。

 シュヴァルグランは、虚空に穴を空ける。試練とやらで俺が入ったのと同じような穴。

 但し今回は、あの時の穴とは違う。穴の先には景色が広がっている。

 見慣れた景色。

 会社の近く。


「魔石から貴様の記憶を覗かせてもらった。ここは、貴様にとって最も馴染み深いところだ」

「……あぁ、見慣れてるよ。まさかもう一度見れるとは思わなかった。会社近辺が馴染み深い場所ってのはショックだがな」


 これじゃあまるで社畜だ。早く転職をしたいと思っているのに、出来ていない。……どうでもいいか、そんなことは。何であれ、帰れるならそれでいい。


「では入れ。約束通り、貴様と妹を帰してやる」

「……どういう事?」


 後ろから、呟き。一佳の、信じられないと言いたげな言葉。

 重圧は既に霧散した。振り返れば、床に倒れ伏し顔だけを上げている一佳と視線が合った。


「どうもこうも……そのままの意味だ。帰るんだよ、一佳」

「待ってよ……まだ、意味が、」

「分からなくていい。お前は帰れ」

「待ってよ! 勝手に決めないでよ! 私は、まだ――――」

「お前がこの世界に残りたいと言うのなら、その意思は尊重するつもりだ。だが何も言わずに出て行ったことは、釈明が必要だろう」

「それは分かるよ! でもっ!」

「今の機を逃すわけには行かないんだよ」


 帰れるチャンスが幾つあるかも分からない。次のチャンスが何時かも分からない。

 なら、目の前のチャンスを活かさない手はない。ただそれだけ。




「お待ちなさい」




 再び、重圧。

 いや、再びなんてものじゃない。

 さっきのシュヴァルグランのそれよりも強烈で、気色の悪い、圧。

 辛うじて振り返れば。

 変わらぬ様相で嫋やかな笑顔を浮かべ、




「依代は残しなさい」




 大きく腕を振りかぶった。

 イーリスの姿。



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