表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/98

6-3

 知人が亡くなった。

 とは言え。だからと言って、日々の生活に劇的な変化が生じるわけでは無い。

 ましてや暫く会っていないような仲であれば尚更だ。


「お早うございます」


 葬儀明けの月曜日。いつも通りに起きて、いつも通りに会社に出社する。ルーティーン化した平日の動きに変わりは無い。違うところがあるとすれば、始業後の課の朝礼時に、先週の出張の報告をするくらい。いや、それさえも業務と言う枠組みで見れば、いつもの通りだ。

 いつも通りの日々。

 いつも通りの時間。

 何も変わりはしない。


「お早う。早速で悪いけど、プレゼンしに行った件で松竹梅から連絡きてるから対応頼む」

「すぐ確認します」


 始業時間は、あくまでも業務を始めなければならない時間。それ以前に業務を振られる事なんて、何時もの事だ。

 パソコンを開き、メールをチェック。まずは松竹梅技研のメールから目を通す。

 内容は……以外にも、電話会議の連絡。こんなにも早くに、しかも相手方から連絡をくれるとは、どうやらこちらの予想以上に関心を持ってくれているらしい。


「電話会議の連絡です。明日の10:00-12:00、もしくは15:00以降で時間を作れないかとの事です」

「俺出なくて大丈夫なやつか?」

「内容の詳細は記載無いので、問合せします。ただ、価格の話になる場合は、課長にもご出席いただきたいと考えます」

「価格なら、そうだな。購買は出るのか?」

「確認します。ただ、CCに入っているので、出席される可能性は高いかと」

「購買も出るなら、価格の話になるだろう。逆に購買が出ないなら、俺が出る必要は無い。訊いとけ」


 言われなくても訊くさ。アンタが出るのと出ないのとじゃ、俺の精神的疲労も段違いだっての。

 思えど、口にはしない。口にしたところで何も解決はしないから。

 嫌いな相手だが、同じチームとして仕事をしているのだ。好き嫌いで露骨に態度を変えていては、社会人として生きていけない。


「向こうは9:00始業なので、とりあえずメール入れときます。分かり次第報告させてください」

「はいよ」


 そう言って、課長は席を立った。多分、煙草だろう。始業時間まで、ゆっくりと一服。課長の朝のルーティーンだ。

 つまりは。朝礼まで課長との会話はひとまず終わり。


「……朝からうるせぇっての」


 ぼやき。周囲に誰も居ないことを確認した上での、小言での愚痴。

 愚痴を零して、それでおしまい。課長の言葉なんていつもの事、いつもの事。この程度で気分を害していては一日はままならない。

 ぐっと、伸びをして。溜息を一つ。




 さぁ、今日も一日が始まる。











■ 妹が大切で何が悪い ■











「お疲れさまでしたー」


 最後のメールを送り、パソコンを閉じる。メールの出し逃げ。今日はもう、この後何のメールを送られようとも反応しない。絶対にしない。

 漸く一日を終え、俺は仕事の緊張から解放される。今日は定時退社。昨今の社会的風潮……と言うよりは我が社の業績的な問題から、残業に規制がかけられているのだ。終わっていない業務は、家に持ち帰ってやるか、朝一に終わらすか。基本的にその二択だ。

 まだ職制たちはいるようだが、彼らは残業しようと手当てが付かないから、悪い意味で残業し放題なだけである。全く羨ましくはない。


「お疲れー」

「お疲れ様です」

「お疲れっすー」


 他部署の人たちとすれ違いざまに挨拶。足早に通り過ぎつつ、ロッカールームへ。それでもって上着にコート、マフラーを身に着けて外に出れば――――


「はい、これで月曜日はお終いっと」


 会社に残っていても、何も意味は無い。手伝おうと言う気が無いわけでは無く、残れないから帰るだけ。残り続けたところで、逆に叱責を喰らうのだ。

 会社の方針とは言え、もう少し残業に対して柔軟に考えて欲しいと思わなくはないが、若手枠の俺が何を言ったところで、トップ層を変えることは出来ない。今は方針に従う方が吉だろう。……そもそも、のこってまでして仕事をしたいとも思わないし。


「っとに寒ぃな」


 会社を一歩出ると、寒風が身に吹き付けた。室内との寒暖差はコートやマフラー程度では緩和しきれない。思わず身を竦めつつ、足早に駅に向かう。

 ……寒い事を除けば、何時もの月曜日の終わりだ。


「メシは……今日も鍋で良いか」


 鍋は便利だ。買い置きしておいた食材を、市販の鍋の素と一緒にぶち込み煮るだけ。1人前なんて大した量じゃない。帰ってぱっぱっと用意して終わりだ。

 よく一人暮らしは料理が面倒と聞く。

 そりゃまぁ、1人暮らしを始めたばかりならそうだろう。何せ今まで自動出てきた食事を、全て自分が用意しなければならないのだから。

 俺だって最初の頃は面倒だと思っていたさ。料理をする事は勿論、バランスの良い食事を心がけるとか、使っていない食材の賞味期限を考慮するとか、調理器具の後片付けとか。そう言った諸々を考えれば考える程、より楽な方へ人は流れていく。その極めつけが外食になるのだ。コストはかかるが、手間暇時間を大幅にカットできる。

 ただ、そうは言っても。一人暮らしの夕飯なんて、大して力を入れるものじゃ無いって俺は思っている。外で食べる方が確かに楽だが、俺の場合はどうせ帰っても大して何かがある訳じゃない。だったら料理に時間を割いたところで不都合はないのだ。


 そう。

 何かがある訳じゃない。


 仕事をして、帰るだけ。

 キックボクシングのジムは止めた。

 友人たちと遊びに行くことも無くなった。

 映画を見に行くことも、レンタルする事も無くなった。

 仕事の付き合いの為の、ゴルフの練習をすることも無くなった。

 仕事をして、帰る。

 仕事をして、帰って料理をして。

 そして食べて、寝る。

 もうずっと続いている、いつもの過ごし方だ。


「……?」


 ふと。

 疑問を覚える。


「俺、何時もこんな風に過ごしていたっけ?」


 足を止めて。会社の方向へ振り返る。

 別に何も変わらない。見慣れた景色が映るだけ。

 進もうとした先に視線を向ける。

 別に何も変わらない。見慣れた景色が映るだけ。

 そこになにかおかしなもの(・・・・・・・・・)がある訳じゃない。


「?」


 疑問に首を傾げるが、答えなんてのは見つからない。見つかるはずが無い。

 だって、疑問の正体が分からないのだから。

 もっと言えば、なんで疑問を抱いたかすら分からないのだから。

 俺は何時もと(・・・・・・)同じように(・・・・・)過ごしているのに(・・・・・・・・)何故疑問を抱いて(・・・・・・・・)しまっているのか(・・・・・・・・)


「……帰ろう」


 頭を物理的に振って、思考を無理矢理リセットする。

 答えの出ない疑問を考えても仕方が無い。1人で悩んで解決できないことに思考を割いても意味は無い。

 そんな意味不明な事よりも、目前の問題を終わらせることが先決だ。それこそ、今日の夕飯とか。

 釈然としない感覚はあるが、それにいつまでも引き摺られるわけにはいかない。もしかしたらこの感覚は大切なことかもしれないが、今悩まなくても良い事だ。

 暇なときにでも考えればいいさ。

 そう自分に言い聞かせ、それ以上の思考を俺は止めた。




 そうして、残りの日々も過ぎていく。




 月曜日が火曜日になり、火曜日が水曜日になり。水曜日が木曜日になり。

 8:30始業の時計は一定のリズムで時を刻んで、気が付けば17:30を指し示して。

 終業合図のチャイムが鳴り響けば、今日の仕事はもうおしまい。

 そうやって繰り返して、気が付けば金曜日。時刻は定時の17:30。

 時刻の認識と同時に、まるで待っていたかのように。

 いつものようにチャイムが鳴り響く。

 いつものように片づけを始める。


 何も変わらない。


 いつものように挨拶を交わし。

 いつものように会社を出る。


 何も変わらない。


 いつものように駅へ向かい。

 いつものように献立を脳内で組み立てる。


 何も変わらない。


 いつものように電車を降り。

 いつものように自宅まで歩き。

 そして鍵を開けて、部屋に入る。


 ……何も変わらない。


「ただいまっと」


 いつもの呟き。帰ってくる言葉なんて期待しない。そもそもあるはずがない。だって俺は1人暮らしなのだから。

 鞄を置いて、コートを脱ぎつつ。慣れた手つきでスイッチをオンにし、暗くなった部屋を明かりで満たす。

 一週間。ああ、疲れた。シャワーを浴びたら、さっさと寝てしまおうか……




「はい、お帰りなさい」




 まず思ったのは。

 聞いた事がある、だった。

 どこかで聞いた事がある。それが一番最初に思考を満たした。

 だから反応は遅れたし、実に無様な顔をしていたと思う。


「っ!?」


 遅れて、驚愕。

 硬直した思考に反し、反射的を具体化したような反応で、俺は声の方へ向いた。


「お久しぶりです、キョウヘイさん」


 そこには少女がいた。

 亜麻色の髪。

 小柄な体躯。

 髪と同じ亜麻色の眼。

 そして幼さが残る可愛らしい顔立ち。

 そこまでを認識して、俺の思考は再びフリーズした。

 ……見たことがある、だけじゃ済まない。そんなレベルじゃない。


「おま、え……?」


 人間驚きが極限に達すると、言語中枢に障害が発生するらしい。それぐらい、俺は意味の無い言葉を零していた。


「ごめんなさい。本当はもっと早くに出ようと思っていたんですけど……ちょっと手間取ってしまって」


 一方で。相手は俺の驚きななんて気にせず、何てことの無いように言葉を紡いでいる。だがその内容は、俺が理解出来るものじゃない。湧き出て飽和状態の疑問への解決には、一切たりともなり得ない。


「私との親和性の高さから、もっと早くにお話し出来るかなって思っていたんですけどね。ここまで時間が掛かるのは予定外でした」


 彼女の言葉に驚きはない。予定調和のように。なんなら、何故か申し訳なさを含んで。

 彼女は言葉を紡いでいる。

 ……ありえない。

 目前の不可思議な現象に、意識が否定を脳に訴える。

 だが、目前の光景に変わりは無い。


「この辺りは私の修行不足でした。本当に、遅くなってしまってごめんなさい」


 幻覚でも見ているのかと思った。

 だけど、間違いは無い。

 否定しようとすればするほど、脳が目の前の事実を現実と認識する。


「なん、で……」


 相当に俺は無様な顔をしているのは間違いない。

 だけど、どうしようもない。

 分かっていてどうにかできる事じゃない。

 だって、今。

 俺の眼に前には。

 つい先週、葬儀で見送った筈の――――




「ミリ、ア?」




 ミリア・パルムが。

 そこに、いるのだから。











「っ! はいっ、ミリアですっ! やっぱり、覚えていてくださったんですねっ!」


 俺の言葉に、名前を呼んだことに。ミリアは喜悦の色を浮かべた。

 亜麻色の眼。忘れるはずもないその眼が、俺の眼を真っすぐに射貫いている。


「私っ、わたしっ……」


 喜悦から一転して、ミリアは双眸に涙を湛えた。ちょっとの衝撃で零れ落ちそうなくらいにいっぱいになっている。俺が次にどんな言葉をかけても、きっと彼女はその双眸から涙を溢れさせることだろう。それは予感では無く確信だった。

 ……訳が分からない。

 そんな感情で大忙しのミリアに悪いが、今の俺の思考はそれでいっぱいだ。

 何故死んだミリアがここにいる?

 あの葬式はフェイクなのか?

 何か質の悪いドッキリなのか?

 或いは、本物の幽霊とでも言うのか?


「……ミリア、何だよな?」

「はいっ!」


 確信が違う事無く、名前を呼んだだけで彼女は涙を零した。状況的には完全に俺は置いていかれているが、どういうわけか少し平静を取り戻せた。慌てふためいている人間を見ると、逆に落ち着くって奴だろう。

 自覚と同時に、身体の緊張も解ける。内部から熱を取り戻し、筋肉が弛緩したのが分かった。試しに両手の指を動かしてみると、まだ硬さを覚えるが、一応意思通りに動くことは動けた。

 立っているのも何なので、一先ず傍の椅子に座る。


「状況を整理したい。話を聞いて良いか?」

「勿論ですっ!」


 ぐしゃぐしゃに顔をしながら、彼女は力強く頷いた。随分と泣き虫な事である。記憶の中の彼女はそこまで泣き虫で無かったと思うが……


「とりあえず……そうだな、適当に座ってくれ。何か飲むか?」

「あ、えっと……お構いなく、です!」

「じゃあミルクティーで良いな。少し待ってろ」


 ポットなんて持ってないので、鍋に水を入れて火にかける。それから開封済みの市販のインスタントミルクティーの粉末を用意。安いしお手軽に用意できるので、学生時代から重宝している一品だ。

 沸くまでのは時間があるので、俺の分の飲み物を用意する。と言っても、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出すだけだ。


「沸くまで待ってくれ……って、どうした?」

「あ、いえ……その、話には伺っていましたけど、本当に魔法無しでこう言う事出来るんですね……」


 魔法無しで? 何を言っているんだ、コイツは?

 意味不明な言葉に思わず眉根を寄せてしまう。こんなのは一般常識であり、別に何も特別なことは無いだろうに。パルム家だって同じな筈だ。

 と言うか、何だよ、魔法って。それを言ったら、葬式を上げた筈のお前が生きている事の方がよっぽど魔法だよ。


「……そのまま待っててくれ。先に着替えたい」


 魔法って何だよ、とか。いやその前にあの葬式は何だったんだよ、とか。お前は何者だ、とか。本当にミリアなのか、とか。

 言いたいことは色々とあるが、一先ず着替えと言う名目で思考の整理の時間を取る。そうでもしないと、感情のままに言葉を吐き出してしまいそうだ。物事は何時だって整理をした上で臨まないと、理解はままならない。


「へ、あ、はい……あ、ま、待って下さいっ!」

「……なんだよ」

「最初に、先に一言だけお話させてください!」


 最初に一言? そんな緊急で?

 着替えの時間も待てない程の緊急なら、先に言ってくれ。そう言――――いたくなるのを寸でのところで堪えた。堪えて、先を促す。

 ミリアは一転して、決意と気迫に満ちた感情を、その双眸に宿していた。


「結論から先に言います」




「このままだと、キョウヘイさんは死んでしまいます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ