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※ 2021/3/8 誤字脱字修正
葬儀は11:00開始。
自宅から実家へは、大体1時間半くらいかかる。
てなわけで、遅くても8時には出ておきたい。
そう考えながら昨日は就寝したのだが……
「……会社務めの性だな」
目を覚まし、時計を見て。
俺は思わず溜息を吐いてしまった。
時刻は6:00。勿論AM。
これは平日に起きている時間。
要は、予定があるとは言え、せっかくの休日だと言うのに早く起き過ぎたわけだ。
ちなみに目覚ましは7:00に鳴るように設定している。
「二度寝は……止めとくか」
まぁ、なんだ。寝過ごすよりかはよっぽどいい。……損した感は否めないが。
ベッドに再び戻りそうになる上半身を気合で起こし、布団の温もりから脱出する。
頭を振りつつ、とりあえず朝シャンの準備。今の時間帯なら、洗濯もできるかもなぁ。
そう思いながら、テレビをつける。
――――今日は晴天です。雲一つない青空となるでしょう
「そりゃ朗報だ」
お天気お姉さんの言葉に独り言を零しつつ、頭の中で作業スケジュールを組み立てる。朝シャン→洗濯→朝食→出発準備→洗濯物干す→出発。よしこれで行こう。時間は充分にある。
昨日感じた違和感は解決していないし、なんなら今も継続して感じている。
だけど、今無視をする。
そんな事より、先の家事だよ。今は。
■ 妹が大切で何が悪い ■
「ただいまー」
「あら、おかえり。随分早いわね」
AM8:00過ぎ。予定よりも大分早い時間。
実家に着くと、まだ家着姿の母親が出迎えた。料理、或いは朝食中だったのか、玄関の向こうから良い匂いが漂ってくる。
「今日は道路が空いてて、殆ど止まらずに来れた。駐車場は一番近くのが空いてたから、そこに止めてきた」
「珍しいこともあるのね。ご飯は?」
「食べてきた。俺の分はいいや」
家事を終えたのが、結局AM7:00前。ダラダラしていても仕方が無いし、渋滞に巻きこまれたくも無かったから自宅は結局早く出た。だけどそんな心配は杞憂に終わった。なにせ渋滞どころか、信号にすら止められることなく自宅まで来れたのだから。所要時間は1時間程度。今までの帰宅の中で、最短記録であることは間違いない。
「あら、そう? じゃあ、用意はしないわよ?」
「いいよ。用意されても多分食べきれないし」
「あらあら、随分と食が細くなったのね。昔はあんなに食べていたのに」
「あの頃は部活動していたから。今はそこまで運動しないし」
そもそも年齢が年齢だ。もう25歳。単純な運動機能としてのみならず、身体の機能自体が学生の頃と比べて衰えている。定期的に運動をしているとはいえ、あくまでも運動不足解消が目的の奴だし、学生の頃みたく四六時中栄養を欲しているわけじゃない。
「茶々丸は? 散歩?」
「そうよ。お父さんとお散歩」
茶々丸。実家で飼っている柴犬。名前の通り茶色の毛並みの犬だ。人懐っこくて可愛いやつなんだが……散歩なら仕方がない。帰ってきたらモフろう。
「もうすぐご飯だから、一佳を起こしてきてくれる? あの子まだ寝てるみたいなの」
「了解」
まだアイツは寝ているのかと。呆れに思わず顔を顰めてしまう。8:00を過ぎているのだから、普通に起きていても良い時間帯だ。と言うか8:00過ぎまで寝ていて頭痛くならないのか、アイツは。
「……痛って」
頭痛の事を考えたら、誘発されるかのように頭が痛んだ。社会人になってパソコンと四六時中睨めっこをするようになったからか、今の俺は片頭痛持ちである。しかも頻度的には結構高め。
雨が降ったり、車に揺られたり、集中力が切れたり、朝寝すぎたり。切欠は何でも良い。何が切欠でも、ちょっとした拍子で頭痛が始まる。おかげで痛み止め系の薬が手放せなくて困る。
「……とりあえず、起こすか」
しかめっ面のまま階段を上がり、2階のアイツの部屋へ。アイツの部屋は階段を上がってすぐ目の前。ドアノブに手をかけ――一瞬止まってから、手を放してノックをする。兄妹とは言え、親しき中にも礼儀あり、だ。
だが反応は無い。
もう一回してみるが、やっぱり反応は無い。
「マジで熟睡してんのか」
もう普通なら起きないか? どんだけ夜更かししているんだ? 仮にも今日は葬儀だろ?
まだ高校生になったばかりとは言え、随分と悠長な事である。……ああ、いや。そう決めつけるのは良くないな。悲しんで寝れなかったとか、その可能性もあるし。
「入るぞー」
声はかける。大きめに。万が一のことを考えての行動。
――――ザザッ
「っ!?」
入ろうと。
ドアノブに手をかけて。
その瞬間に、脳裏にノイズが走った。
一層どころか、次元を超える様な頭の痛み。
思わず後ろに一歩下がり、腰を落とす。
「いま、のは……」
暗い部屋。
置きっぱなしのスマホ。
放り投げられた財布。
机の上に置かれた鍵。
掛けられた洋服。
ノイズと共に脳裏に過った光景。どこかで見た事のある部屋。瞬きを繰り返し、逸る鼓動を落ち着かせ――今しがた過った光景に蓋をする。突発的な頭痛には慣れている。痛みは今までに無く最悪なレベルで酷いが、こういう時の対処法は共通だ。頭を働かせないに限る。
漫然とした呼吸を繰り返す。意識をしない。俯瞰して己を眺める、に近い感じだろうか。頭痛に集中したり、痛みを和らげる事を強いると、かえって酷くなる。これは片頭痛を和らげるために色々と試した方法の中で、一番俺に効果があるやつだ。
「……よしっ」
ある程度和らいだところで、ゆっくりと立ち上がる。急には動かない。まだ痛みは残っているから、本当にゆっくりと。
それから眉間を抑え、深く、深く、息を吐き出す。痛みを逃がす様に、吐息に乗せて吐き出す。……まだ痛みは残っているし若干ふらつきはするが、さっきまでよりはマシだ。
「いったい何だってんだ……」
答えの出ない疑問を口にする。
意味は無い。求めない。
ただただ心を落ち着かせるための、それだけの行為だからだ。
「一佳ー! もうご飯できるわよー!」
階下から母親の声。俺がもたついている間に、あちらではもう準備が出来てしまうようだ。
もう一度ノックをし、ドアノブに手をかける。入るぞ。そう声を掛け、力を入れる。
ドアは抵抗なく開いた。
今度は頭痛はしなかった。
■
葬儀は恙無く終わった。
近所の斎場で、個人個人が別れを告げ、お終い。
俺の記憶が正しければ彼女は異国の子だった筈だが、郷に入ってはという事なのか、葬儀は教会では無く斎場で行われた。
教会での方式など知らなかったし、事前に学んでもいなかったので、以前に祖母を送った際と同じ手筈で臨むことが出来たのは僥倖だった。
「ありがとう」
彼女の母親は、哀しみの素振りを見せる事無くそう言った。娘を亡くして辛いだろうに。気丈な人だ。
お悔やみ申し上げます。俺にはそれしか言えなかった。それ以上を言えるほど、彼女の事を知らないと、そう思ったからだ。
ミリア・パルム。
俺は彼女の名前を知っている。
何処に住んでいるかを知っている。
甘いものが好きな事を知っている。
……それだけだ。知っているのは、たったのそれだけなのだ。
PM4:00。
茶々丸を連れて、近所を散歩する。
深い意味は無い。ただ、親父とお袋は買い物、一佳は勉強。つまりは家族の中で俺が一番手が空いていた。それだけだ。
それに、俺は今日の夜には自宅へ帰るつもりだ。多分PM9:00くらいに出発するイメージ。帰って出張内容のまとめと、月曜日にやらなければならない事をおさらいしておきたい。ならば、暫く会うことも無いペットの散歩の一つくらいしたいというもんだ。
葬儀の後に仕事が関係するとはいえ、自分の事ばかりを考えるなんて、見ようによっては不謹慎かもしれない。だけど、故人を偲ぶ事に時間をいつまでも使っているわけには行かない。ましてや自分は、彼女とは全くの赤の他人だ。偲ぶのであれば、それは故人と縁のある者たちこそ許される事。俺が不必要に偲ぶ事への意味は薄い。
「……ふぅ」
と、自身に言い聞かせようとも。
複雑なものは複雑だ。
悲しいことには変わりない。
仕事を理由に、この感情から逃げようとしている。
もしかしたら今の俺は、そうなのかもしれない。
「鬼さん、こちらー!」
「あー、待てー!」
「こっちこっち!」
傍の公園では、子供たちが鬼ごっこをしている。仲のいい事だ。昨今はゲームに興じる子が多いと聞くが、こうしてみると外で遊ぶ子も多い。
その中に、幻視をする。
少し昔。まだ俺が学生だった頃。
一佳とミリアと、あともう何人だったか。一佳の友人たちの面倒を見させられていた事が何度もあった。
記憶が正しければ、確か長期休みで実家に戻った際。夏場のくそ暑い日に、外で駆けまわる彼女たちの監視をさせられていたことがあった。
熱中症にならない様に見といてあげて、とは母親の言葉。過保護が過ぎるんじゃないかと思ったが、結局見ている俺も俺だ。しかもその後しっかり人数分ジュースを奢らされている。
ありがとう。感謝の言葉と、屈託の無い笑顔。
もう彼女のその笑顔を見ることも、声を聞くことも、叶わない。
「……はぁ」
頭を振って霧散させる。
それがどうした。
無理に思い出を想起するな。
死んだ彼女を見送った事へ、無理に感情を作る必要性は、決してない。
……それこそ、死んだ彼女への冒涜だ。
「帰るか」
俺の言葉に茶々丸が首を傾げる。もっと散歩したいという事か。
だがもう1時間は歩いている。下の処理もした。もう散歩は充分だろう。
帰路に足を向けると、察したのか茶々丸が少しばかり抵抗を見せる。だが強く引っ張ると、諦めたように歩き始めた。
「足りなきゃ、親父に連れて行ってもらえ」
俺の言葉が通じたのか。
茶々丸は少しだけ早足になった。
……いや、早足どころか駆け始めた。
「っ、おいっ、このっ」
急に引っ張られ、思わず手を放しそうになるのを寸でのところで堪える。
顔馴染みの犬でも見つけたか?
そう思って茶々丸が駆けだそうとした先に目を向け、
「……?」
少女がいた。
夕陽の逆光。
黒ずみ細部は見えない。
だけども、何故か。
俺は影のようなソレを少女だと。
もっと言えば、どこかで見たことがあると思い――――
「っ!」
……まただ。
酷い頭痛に思わず座り込む。
夕陽が目に入ったのが契機か。
こんな微弱な刺激で誘発されるとは……
朝のよりは幾分かマシだが、痛いことには変わりない。
「薬持ってねぇってのに……クソッ」
流石に散歩中までは薬を携帯していない。近くの薬局に買いに行く……のは勿体ないので、とりあえず歩きながら痛みを霧散させる。家に帰れば薬はあるのだ。傍から見たら酷い形相で歩いているのだろうが、そこに気を遣う余裕は無い。
それにしても朝と言い今と言い、随分と今日は酷い。一日にこのレベルの頭痛が何度も発生するのは初めてだ。
頭の中から、ぐりぐりとナニカを押し出されるような痛み。俺の頭痛は大体の場合が、右眉の少し上あたりに発生する。……尤も発生する場所が分かったところで、何度発生しようとも慣れることは無いのだが。
「医者に診てもらって、薬を処方してもらうか……」
今までは市販の薬で事足りていたが、このレベルの痛みが今後も頻発するのであれば、医者に診てもらうべきだろう。こんな痛みに耐えられる程、俺は我慢強くはない。吐き出した息は、寒さよりも痛みで震えていた。
週明けにでも病院へ行こう。それがいい。
そのままフラフラとした足取りで、家へと向かう。
茶々丸は意外にも、大人しく俺の後を付いてきた。
いつもみたくあっちこっちに行こうとはしなかった。
家への道を、俺の意思が分かっているかのように辿ってくれた。




