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6-1

新章開始。

此処までくるのに、予定よりも長くなりました。

進み具合としては、全体の8割ほど消化、といったところです。

このまま最後までお付き合いいただければ幸いです。

 酷く頭が重い。

 その重さに思考を遮られ、集中を妨げられる。

 眠いのとは違う。鈍痛が混じった不快感。泥の中を歩く様な陰鬱な気怠さ。

 だがそれでも、足は止めない。

 この暗闇の中をただ歩き続ける。

 先に見える小さな光に向かって。

 何故歩いているのか。

 何の目的があったのか。

 その先に何があるのか。

 光が本当のゴールなのか。

 何も分からない。何も分からないが、歩く。


「遠いな……」


 疲労の息を零す。もう結構な距離を歩いているつもりだが、目に映る景色に変わりは無い。只管に暗闇と、先にある小さな光の点。これだけだ。

 前にも似たような体験をしたような気がする。詳細を思い出す事は出来ないが。何となく俺の身体がそんな事を覚えている……気がする。と言うかこんな経験を前にもしたことがあるとか、どんな経験だ。どうせ夢の中の事だろう。


「っ、はぁ……」


 しかしまぁ、いつまで歩けば良い事やら。何時から歩き始めたかは覚えていないが、それなりには歩いているんじゃないだろうか。にも関わらず一向にゴールに近づいている感覚が無いのは、中々に不思議な現象だ。

 いつになったらあの光に着く事やら。

 ……いや、もしかしたら永遠に着かないのかもしれない。

 そんな事を考えつつも、足は止めない。止める事に意味は無い。歩かなければ意味は無い。だから光に向かって真っすぐ歩き続ける。

 いつかは辿り着くだろう。それは根拠もない、願望染みた思考。

 だけども。今の俺にはそんな事を支えにするしか他に無く――――




「起きろ、橘」











■ 妹が大切で何が悪い ■











「起きろ、橘。そろそろ着くぞ」


 肩を揺すられ。声を掛けられ。

 俺は目を覚ました。

 暗闇から――――どこだろうか、ここは?

 寝ぼけた眼を擦り、目に映る情報を整理する。


「良く寝てたな」


 反射的に、掛けられた声の方へと顔を向ける。

 良く日焼けした浅黒い肌。片面だけツーブロックにした髪。そしてスーツ姿。


「……一宮さん?」


 何故に疑問か。

 一宮さん。同じ営業部に所属している、3つ上の先輩。そして俺が入社時のOJTリーダー。

 何も疑問に思うところはない。同じ部署に所属しているから、毎日のように顔を合わせている人。何なら会社だけでなく、プライベートでだって結構一緒にいたりする。

 ……ん? 何で一宮さんが目の前に?


「おい、降りっぞ」


 降りる? まだ現実に追いついていない思考が反応を遅らせる。

 ぐるりと周囲に目を向ければ、先輩と同じうスーツ姿の人たちが、荷物をまとめはじめている。そしてアナウンス。まもなく広島。……広島?

 広島、広島、広島、広島、広島。都合五回。頭の中で繰り返す。


「っ!」


 ……ああ、そうか。漸く、思い出す。

 広島。そうだよ、出張じゃん。

 完璧に思い出した。広島方面にあるメーカーへの営業活動で、今日は一宮さんと朝早くから新幹線で移動しているんだ。


「すんません、完全に寝ぼけてました」

「見りゃ分かるわ。おら、着くぞ」


 既に乗っている新幹線の窓からは、駅のホームが見えた。あと十数秒で停止するだろう。

 急いで席を立ち、荷物を降ろす。日帰りだからお互いビジネスバッグだけ。だと言うのに、今の動作だけで異常に疲れた。身体が重い。完全に爆睡こいていたせいだろう。頭がまだフラフラする。


「おいおい、橘ぁ……そんな状態で今日のプレゼン大丈夫かぁ?」

「あー、まぁ、昨日部長に報告した通りに進められたら大丈夫っす。ただ……そうっすね、製品自体の強みや競合性、あと、えーと、価格関係以外の質問が来たら慌てふためくと思います」

「つまりは完璧ってわけじゃないわけだな」

「はい。すんません、そうなったら助けて下さい」

「おいおい……」


 呆れと半笑いの先輩。それから、しゃーねーな、と呟かれる。


「ま、そうなったら、な。今挙げた内容で8割方は押さえてある。それら以外の質問が来たとしても、橘なら大丈夫だろうよ」

「あざっす」


 軽口を交わしつつ、頭の中では整理していた情報をまとめ直す。

 今日の目的は、自社製品の売り込み。同型種の車両のモデルチェンジに向けて、自社製品のプレゼンをしに来たのだ。弊社の製品の方が価格安いですよ、しかも現行搭載品と同等仕様。だから次期車両向けにどうでしょうか? 早い話が、そうやってセールスをかけていくのだ。

 本来なら新幹線に乗っている間に、頭の中で自然と言葉が出る様に反芻するつもりが……まさか爆睡してしまうとは。あぁ、やってしまった。まぁ仕方が無い。昨日は資料作りで大分時間取られていたし。結構遅くまで手直ししていたし。


「うわっ、寒っ」


 ホームへと出ると、車内からの寒暖差に身が震えた。天気予報では晴れと言っていたが……その恩恵はほとんど感じない。降り注ぐ日光は見えるが、見ただけで寒さを覆せるほど、この日の寒さは生易しいものじゃない。

 身を震わしながら、とりあえず中央付近まで移動し、


「……?」

「どうした?」

「あ、いや、何でも無いっす」


 寒い。その事実に、何かが頭に引っかかった。引っかかったが、全く正体がつかめない。

 まぁ、いいさ。その程度なら、思い出したってどうせ些細な事だろう。

 引っ掛かりをかき消して、足早に進む先輩の後を追って改札口を出る。そしてそのまま真っすぐに、駅前のタクシー乗り場へと向かう。

 幸いにして人は並んでおらず。客待ちをしていたタクシーに、すぐに乗る込むことが出来た。


「松竹梅技研まで」


 地元……いや、全国的にも有名な会社なので、その名前だけでタクシーの運ちゃんは了承してくれた。松竹梅技研までは、ここから車で片道約20分。俺たちのような各社の営業部隊を、この運ちゃんはよく送っているのだろう。最初から松竹梅技研に案内するつもりであったかのような、淀みの無いハンドル捌きでタクシーは発進した。


「今日の議事録は俺が取るから、橘はプレゼンに集中しな。ま、お前なら問題ないさ」

「あざっす、助かります」


 先輩の言葉に素直に従う。

 大丈夫、資料を作ったのは俺。今日のプレゼンの組み立てを考えたのも俺。

 なら、できるさ。問題はねぇよ。










 プレゼンは、結果から言えば恙無く終了した。

 断られるわけでは無く、即決されるわけでも無く。恙無く終了した。

 何も今回のプレゼン一発で事が決まるとは思っていない。

 まぁ、考慮してみるよ。身も蓋も無い言い方をすれば、今日の相手の反応はこんな感じ。

 そもそもの話、今回のプレゼンは製品の紹介がメイン。実物の評価はこれからの話だ。

 それに、開発側の反応は悪くなかった。全く興味が無かったわけじゃない。次につなげられるだろう。


「お疲れ様でした、お先に失礼します」

「おう、じゃあな」

「それでは、また月曜日に」

「ゆっくり休めよ」

「はい!」


 広島駅前で、先輩に別れの挨拶をする。

 先輩はこのまま広島に住んでいる旧友と会うとの事なので、俺だけ1人帰路に着く。と言っても、新幹線に乗って、片道約4時間揺られるだけだが。

 時刻は16:30。自由席は意外と空いており、適当に窓際に座る。これからは品川駅に着くまで、窓の外を眺めるだけの時間帯だ。本当ならこの時間を今日の整理とかに有効活用したいものだが、俺は乗り物酔いをしやすい体質なので出来ない。車だろうが新幹線だろうが飛行機だろうが、基本的にパソコンを開いたり本を読んだりできない。吐く。

 そんなわけで。広島から約4時間、俺は窓の外を眺め続けるしかできない。


 ピロンッ

「おう?」


 窓の外を眺めながらぼぉっとしていたら、手に持ったスマホが、連絡用アプリの受信を知らせた。

 送り主は……母親だ。


「あぁ、喪服ね。分かってるよ」


 『明日来る時、喪服を忘れない様に』。母親からの連絡。明日の葬儀に参列する前に忘れ物をするなという、注意喚起。

 葬儀。といっても身内の話ではない。付き合いのある、ご近所さんの話。

 つい先日の話だが、ご近所さんのお子さんが事故で亡くなられてしまった。

 その子は確か、一佳と同い年くらいだったか。まだ若い……というよりは幼い身でありながらの逝去。俺も何度か話をした事はある。人懐っこい子だった。


 ――――キョウヘイさん


 脳裏にその子の笑顔と声が過った。亜麻色の髪の毛。年齢以上に幼さが残った、可愛らしい笑顔。

 確か、フルーツパフェ、だったか。その子や、一佳たちに請われ、どっかのカフェに連れていった時に奢ったパフェ。その時の笑顔と、感謝の言葉。

 もうあの子の笑顔を見る事も、声を聞くことも叶わない。その子とは大して会話を重ねた記憶は無いし、一緒にいた時間なんて合計してもひと月にも満たないだろう。だが、もう会えないとなると、胸にぽっかりと穴が空いてしまったような感覚を覚える。

 あの子は、確か名前は――――


 ピロンッ

「……はいはい」


 思い出そうとした矢先に、別の連絡が邪魔をしてくる。無視をしたいところだが……残念ながらそういうわけには行かない。何せ課長からの連絡だ。

 用件は……上手くいったようだな、だけ。多分先輩が報告してくれた事から、俺に個人的に連絡してくれたってところだろう。

 ささっと返信をする。ありがとうございます、内容纏めていますが所感では脈ありです、っと。あと、開発側興味アリだったので、引き続きアポ取って行きます、っと。……連絡用アプリでの報告は個人的には面倒で嫌なのだが、向こうから来てしまった以上返さねばならない。あぁ、本当に面倒だ……


 ピロンッ


 また通知。送り主は……課長。

 月曜、詳細聞くわ。お疲れ!

 それっぽちなら連絡してこなくても……と思ったが、黙って返信する。ありがとうございます! お疲れさまでした! ……これで向こうからは余程の事が無い限りは連絡してこないだろう。とりあえずはこれでオッケー、と。


 ピロンッ


 ……今度は誰だ? 送り主は……大学時代の友人。用件は、明日飲もうぜ。呑みたいのは山々だが、葬儀なので断る。仕方が無い。またの機会だ。


 ピロンッ


 今度は誰だよ? 珍しいぞ、こんなに間髪入れずに連続して連絡が来るのは。

 会社関係以外だったら無視をしようか。そう思い、送り先を確認する。……会社関係でも、なるべく先輩とか同期ですように。課長とか嫌なんだけどマジで。

 恐る恐る確認をする。


 ピロンッ


 その瞬間に、上書き。別の人物から。……いや、違うか。同一人物から、連続して、だ。

 Aria。

 表示されたその文字は、会社関係で無ければ、家族たちからでも、友人たちからでもない。

 彼女は、つい最近できた――――


「……?」


 瞬間、ノイズ。

 テレビの砂嵐のような、或いは音楽を聴いている時の雑音のような。

 そんな不快感を感じる様な何かが、俺の思考を妨げる。

 ……いったいなんなのか。気にはなるが、原因に皆目見当がつかない。

 言うなれば、まるで思い出す事を拒むような、そんな感覚。


「……違うな」


 拒む、ではなく、拒まれる、か。俺の意思とは別の問題な気がする。……まぁ、違いに大きな意味は無いが。

 とりあえず、アリアには返信をする。暇か、という問いなので、今週は葬儀だから会えないと連絡。というか、アリアにはすでにそう話していたような……


「……っ」


 そんな考え事は、不意にこみ上げてきた吐き気によって、強制的に中断させられる。すでに新幹線は出発済み。細かな揺れの中、画面に意識を集中していたせいで、乗り物酔いに気が付くのが遅れてしまった。


「チッ、あーあ」


 もうスマホは見ない、見れない。

 画面を閉じ、ポケットの中へ。そしてそのまま座席に身を預け目を閉じる。

 到着まで約4時間。

 とりあえず寝よう。

 今はもう、それだけ考えていればいい。他は後回しだ。











「ただいまっと」


 新幹線で4時間、在来線で、30分。それから、徒歩で10分くらい。

 ま、だいたい5時間かけて。俺は広島から、自宅のアパートまで戻って来た。

 既に時刻は21:00過ぎ。

 金曜の夜ではあるが、繁華街からは離れている事もあり、賑わいは殆ど無い。

 俺の呟きと、遠くに車の走る音。それだけだ。


「っと」


 玄関に置いてあるゴミの袋をまたいで、とりあえず寝室へ。スーツとコートは皺にならない様、縁にかける。それからバッグをベッドに放り投げ、傍の椅子に座って漸く一息をついた。


「シャワー……うん、それで、もう寝るか」


 飯は駅弁で済ました。後はシャワー浴びたら、とりあえず寝る用意は出来る。明日の葬儀の準備はあるが……正直喪服を持って移動するだけだ。しかも俺の場合、数珠と黒色のネクタイだけの筈……あ、いや、数珠は宗派が違うから必要ないんだっけか?

 念の為母親に確認の連絡を入れよう――――として、止めた。訊くまでもない。全部持っていけば良いだけの話だ。必要がなければ、ポケットにでも閉まったまま、出さなければいい。


「疲れた。もう、朝一の用意でいいだろ」


 ネクタイを緩め、デスクの上に置く。そして自分でも分かるほどに緩慢な動きで立ち上がると、ノロノロとシャツのボタンを外していく。

 ……シャワーも、朝一でいいか。

 脳裏に過った悪魔的な甘言。誘い。囁き。

 一瞬それに絆されるが、頭を振って否定する。汚れたままベッドに入りたくねぇ。


「えーっと、タオルタオル……」


 タオル、あと下着。それらを持って洗面所へ。んで、運転ボタンを押す。便利なもんだ。ボタン一つで温かいお湯を浴びれる。あっち(・・・)でも別の技術で同様にお湯を浴びれたが、慣れ親しんだシステムの方が俺には――――


あっち(・・・)?」


 脳裏を過った、疑問。

 あっち?

 あっちって、何だ?

 いったい俺は何と比較をしようとした?

 思わず頭を傾げるが、疑問は疑問のまま、答えは何処にも見当たらない。俺自身が訳の分からないことを口走ったままに終わっている。

 ……疲れている、のだろう。

 思考を止め、疑問に蓋をする。どうせ夢の内容と混合でもしたのだろうさ。

 釈然としない感覚ではあるが、そう自分に言い聞かせる。不必要な疑問を抱いても仕方が無い。

 それに、まずはシャワーだ。疑問を明らかにしたければ、その後でも良いじゃないか。


「っ、と」


 少々熱めにお湯を設定し直し、頭から浴びる。

 疲れているから。きっとそうさ。

 言い聞かせた言葉は、自分の言葉でありながら、実に空虚で何の信頼性も無かった。



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