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5-EX

恭兵が入った、その後の出来事。

5章は最後まで難産なパートでした…

「帰ってこられたら望みを叶える、ですか。帰ってこられる望みなど無いと言うのに……相変わらずの悪辣さですね、シュヴァルグラン」

「何を言うか。確かにこれまでは、誰一人として帰っては来られず、試練に屈した。だがキョウヘイもそうであるとは決まっていまい。可能性が無いと決めてかかる貴様の方が悪辣ではないか、イーリス」

「白々しい。貴方のその術の詳細を知っているからこその言葉ですよ。彼も可哀そうに」

「決めてかかるな。人とは、可能性だ。あ奴の意思が真ならば、帰って来るだろう」

「……帰って来れなかった場合は?」

「もしもそうであれば、それまでだ。試練に屈し、あ奴は死ぬだけ。非常に残念ではあるが、我の見込み違いだった。それだけだ」

「彼に同情しますよ」

「ふん。『聖女』らしからぬ言葉だな。博愛と慈愛の欠片も無い。貴様とてあ奴のこれまでに無関係と言う訳ではあるまいに」

「何を言いますか。私が彼に会ったのは、此処が初めてですよ」

「あれほどの加護や祝福を授けておいて、無関係を強調するか。説得力がないぞ。それに、この世界に来るに足る者かの選定には貴様も噛んでおろう」

「それはその通りです。確かに、彼には幾らか手を咥えました。ですが、そこから先のこれまでは、彼が選んだ結果でしょう。貴方の配下と対立したのも、我が信徒に忌み嫌われているのも、彼の選択の結果。私は門戸を開いていただけです」

「悪意は無いと宣うか。キョウヘイの選択も自業自得と。はっ、貴様の方がよっぽど悪辣だ。その身体の主も泣いておろう」

「心外ですね。全ては選択の果ての事。私に言われても困ります」

「口が達者な事よ。その言葉に何人騙された事やら」

「私は騙しておりません。彼らが勝手に勘違いをしただけです」

「どうだかなぁ」

「……今日は随分としつこいですね」

「貴様からけしかけてきた話であろう。随分な言いようではないか」

「……確かに。話の起点は私でしたね。ですが話を膨らませたのは貴方でしょう」

「まったく……本当に口の減らない女だな」

「その言葉をそっくりお返しします」

「分かった分かった。貴様と言い争いをしても何も益は無い。もう充分だ。変わらず、可愛げのない女よ」

「今更の話でしょう。可愛げが無くて結構。私たちは無条件で肯定し合う仲ではないのですから。……それに、そんなに可愛げのある子を所望するのであれば、そのような部下でも侍らせればよいのでは?」




「それこそ、そこの物陰に隠れている子とか」











 マズイ事になった。

 物陰で息をひそめながら、今先程の光景を思い返す。

 魔王様が出した穴に入り込んだキョウヘイ。

 そして途端に薄くなった、キョウヘイとの繋がり。

 余程遠くに行ったのか、或いは別の世界に飛んだのか。

 何にせよ、状況は良いものじゃない。


「……ラヴィア様に、言わないと」


 今の現状を。余すことなく、全て。

 キョウヘイの事だけじゃない。魔王様が話している女。アレも、おかしい。

 分かる、分かってしまう。アレは、私たちとは別種の存在。説明なんて不要。垂れ流されている魔力が、身から出ている威圧感が。アレが普通等とは程遠い……いや、そもそもの次元が違う存在である、と。分からされてしまう。

 まずは、報告。キョウヘイの事もそうだけど、目の前のアレについても。

 ラヴィア様に言わないと。


「せめて、もう1人呼んでおけば……」


 ……遅い。そんなのは、今更悔やんでも仕方が無い。

 キョウヘイとの繋がりが遠のいた際に、誰にも言わずに後を追ったのは私だ。誰かに相談をする時間も惜しいと思ったから、そうした。結果だけ見ればその判断を悔いる形ではあるけど、今はもっと建設的に事を考えないといけない。

 だからこそ、すぐにでもこの事をラヴィア様に伝える。

 アリアでも、聖女でも、付き人でも無い。

 あの人でないとダメだ。

 あの人でないとキョウヘイを助けに行けない。


 水。

 魔石を溶かした、水。

 ラヴィア様が発明した、世界を繋げる、水。


 何故魔王様が道具も無しに行使できたのか分からない。

 もしかしたら元々は魔法だったのかもしれない。

 でも今は、そんなことはどうでもいい。

 ラヴィア様なら、キョウヘイを追えるかもしれない。

 だから、先ず私が伝えなければなならないのは、ラヴィア様。

 他の面々がどうするかは、今は考える事じゃない。




「それこそ、そこの物陰に隠れている子とか」




 この場を去ろうと腰を上げた、その矢先に。行動に言葉を被せられる。

 明らかに、私の向けられた言葉。

 気づかれていた。ずっと、前から。

 言葉が意味するその事実に、背筋を冷たいものが這う。足が竦み、鼓動が速まる。呼吸が荒くなり、視界がぐにゃりと歪んだ。

 キョウヘイと対峙した時も、ネクロマンサーと対峙した時も、シグレと対峙した時も。こんな感情を抱く事は無かった。

 恐怖。

 認めたくないけど、間違いなく……私は今、その感情をアレに覚えている。




「ふん、言いなりになるだけの存在など面白くもない。まぁその意味で言えば、そこのネムはキョウヘイと関わり、かなり変わったがな」




 魔王様も、当然だけど補足している。私の事なんてお見通しだったわけだ。

 逃げるのは、無意味だ。きっとラヴィア様の元に辿り着く前に、捕らえられる。

 なら……


「魔王様。大変、失礼いたしました」


 出る。2人の視界に入る様に、物陰から出る。

 そうして頭を深々と下げ、一つ魔法を行使する。

 感覚共有。

 つい先日にイーリス聖教国で、キョウヘイとアリアにかけた魔法。

 遠くに離れたキョウヘイに共有されているかは分からないけど、アリアにならまだギリギリ見せられる筈だ。

 逃げる事が叶わないのなら、異常を伝え――――


「うあっ!?」


 熱い! 衝撃と、熱さ。

 それから左目の異常に気が付いた……違う、これは、閉ざされた、動かない! いや、そもそも見えないっ! それに、とても痛い……っ!


「我を前に魔法の行使か。今までのお前には無かった事だな。人形のように言いなりにならないのは結構な事だ。わずか数日の間に、そうやって自分で考えるようになったことは、喜ばしい成長だよ、ネム。が、盗み見させるほど、我は寛容では無いぞ」


 左目に、何か刺さっている。短剣だろうか。

 ……やられた!

 アリアと共有していた左目を、物理的に潰された。共有はほんの1秒にも満たない。この状況を伝える事は……もうできない。

 アリアは今のこの一瞬の事で気が付いてくれただろうか。……いや、都合の良い事を前提に考えを展開しても仕方が無い。それよりも、まずは怪我の具合だ。

 傷を抑えた手が、私の血で真っ赤になっていた。剣を抜くと、鮮血がぼたぼたと地面に落ちる。

 結構な出血だ。勿論、魔族だから、この程度じゃ死なない。ただ、回復することは出来ない。魔王様の目前で自身の容態を優先するなんて、そんな不敬は行えない。


「魔王様の眼前での、感覚共有の魔法の行使と言う不敬。大変、失礼しました」

「ふむ……己の罪を理解しているのであれば、まぁよい。許そう。貴様も、キョウヘイが心配であったのだろう?」

「寛容なお心遣いありがとうございます。仰る通りであります」


 膝を着き、頭を垂れる。私は魔人軍第十七位。魔王様とは、天と地以上に差が離れている。力も、役位も、そして一個人としての在り方も。

 私は知っている。魔王様が気に入らなければ、私など塵芥を払うようにして消し飛ばすことが出来る事を。事実、不敬を働いた私より位の上の者が、一撃で消し飛んだところを見たことがある。それを思えば、魔法(左目)を潰しただけで済ましてもらったのは、本当に寛容と言えるのだ。奇跡的な結果なのだ。


「魔王様、ご質問を宜しいでしょうか」

「よいぞ」

「ありがとうございます。その……彼は、一体どうなったのでしょうか?」


 穴に入ったキョウヘイ。彼との繋がりは、本当に集中しないと感じ取れないくらい薄い。繋がりが薄くなるのは、物理的な距離も関係するが、キョウヘイの場合は、その上に感知を著しく阻害する様な、何かしらのフィルターが掛かっているように思える。

 これでは、彼の身に何かしらの異常事態が発生しても、私は瞬時には気が付く事が出来ない。


「彼に、何をされたのでしょうか?」


 知らなければならない。知らないからこそ、知らなければならない。知らないままに、分からないままに放置することは出来ない。

 そんな私に向けて、魔王様は鼻を鳴らし、嗤った。


「ふっ、そんなに気になるか? お前にとって、数日程度しか行動を供にしていない男だろうに」

「仰る通りです。ただ、私は彼に助けられました。それが魔族として恥ずべきことだと承知しております。故に、私は自らの誇りを取り戻すために、彼を自らの手で打ち負かさなくてはなりません」


 事実だ。私は負けた。それは、認めなければならない事。私の力の至らなさの結果の事。

 私は、自らの誇りを取り戻すために、彼に勝たなくてはならない。

 例え、これまでに何度も背中を合わせ、彼と共闘し、難敵を退けていたとしても……

 ……そう。それ以外の理由なんて、


「ネム、それは貴様の本心か?」


 ……本心、だ。本心でなければならない。

 私は魔族。彼は人間。本来なら相反する存在。

 彼の事は、己が成長する糧と。それ以外であっては困るのだ。

 だから、これは。今の私の言葉は。

 本心に決まっていて――――


 ――――お、ネム。起きたか


 キョウヘイの事は……私は、何も、


 ――――助かった、ありがとう


 だって、彼は、


 ――――任せた


 ラヴィア様の、もの。


「……本心、です」

『貴方には私程度で充分なのですから』


 言葉に、別の言葉が被った気がした。

 だけどその言葉は、脳裏から消し飛ばして蓋をする。

 ありえない。そう思った。

 彼とは出会って何日程度だ。

 本当に、数日程度。

 なのに、こんな感情を抱くなんて。

 そんなのは認められない。


「本当にか?」

「はい」


 言い切る。胸の内。騒めいた何かを閉じ込め、蓋をして。私は言い切った。


「ククッ……まぁ、良い。今はその言葉を信じてやろう」

「勿体ないお言葉……ありがとうございます」

「それで……ああ、そうだ。最初の質問は、キョウヘイがどうなったか、だったなぁ」


 魔王様の言葉に愉悦が含まれる。それはそれは楽しそうな、音。


「あ奴はな、試練を受けておる」

「試練、ですか……」

「ああ。ククッ、見ものだぞ。何せ、今までに誰一人として生きては帰って来れなかったものだ」

「っ! それは、いったい……どういったものなのでしょうか?」

「逆に問おうか。ネム。お前は、どのようなものだと思うか?」


 試練。それも誰も生きて帰って来れなかったもの。

 思いつく限りなら、難敵が現れたりとか、迷宮の中を彷徨うとか……そう言うものだろうか。


「……我々魔人軍の、第一位から第十位ような実力者との対峙、でしょうか」

「なるほど。そう思うか。だが違うな。力を示すという方向性だけだな、正しいのは」


 ハァ、と。そこまでを聞いて第三者が溜息を吐いた。

 女。

 魔王様と会話をしていた、修道服の女。


「シュヴァルグラン。話が長いのでは? 答えを教えてもよいかと」

「答えを出すだけでは成長は望めぬ。思考を止めた人形もどきを量産する趣味は我には無い」

「無駄に時間を浪費する事の方が悪手では? 少なくとも、これ(・・)に関しては想像できる範疇から外れているかと」


 女の方は試練の内容を知っているらしい。加えて、私程度では分からないだろうと嘲られる。

 だけど、私は何も言い返せない。分からないという事実だけでなく、この女から放たれる威圧感に言葉を奪われる。

 近くに寄った事で、尚更その力量差を感じる。

 途方もない、差。

 この女は、異常だ。


「答えを急くか。つまらぬ女だよ、貴様はな」

「つまらなくて結構。言う気が無いのなら、私から教えましょうか?」

「それには及ばん。貴様の話は分かり辛い側面がある」

「お互い様でしょうに」

「分かった分かった。まぁ確かに、ノーヒントでは難しいか」


 頭を上げよ。魔王様の言葉に従い、私は頭を上げた。無事な右目が、魔王様の楽しそうな顔を映した。


「教えてやろう、ネム。キョウヘイが受けている試練はな、」




「幸福からの脱却だ」











 幸福からの脱却。

 その詳細を耳にした。

 その試練を理解した。

 魔王様は事細かに説明をしてくれた。

 どんな試練で、どんな内容で、そして結末がどうなるかを。

 言葉。説明。内容。意味。

 その全てを理解した私は、いったいどんな顔をしていたのだろう。


「あうっ!?」


 気が付けば、私は組み伏せられていた。床に這いつくばり、身動きが取れなくなっていた。

 熱い腹部。動かない両足。せめてもと伸ばした腕は、降って来た剣に貫かれる。その痛みと、熱さで。私は自分の腹部も同じように貫かれたであろうことを察した。

 それに……見えないけど、もしかしたら両足は斬り飛ばされているかもしれない。

 唯一無事な右目で、周囲を見ようとすると、その目前に別の大剣を立てられた。


「止めておけ」

「ほう、レオルか」


 私の位置からは見えないが、また別の、第三者が出てきた。

 レオル。……確か、通り名は、


「『黒騎士』」

「ほう、流石は第十七位。まだ喋る余裕があるか」


 何故コイツが? 重なる疑問。

 だがその疑問が形となる前に、黒騎士が口を開く。


「止めておけ、消し飛びたくなければな」

「何を……っ!」

「ふっ、レオルの言う通りだぞ。ネム」


 魔王様まで? いったい、何を?


「どうやら無意識の行動のようだな。ククッ、あ奴も罪深い男だ。まさか魔族まで手籠めにするとはな」

「魔王様、いったい……」

「貴様はキョウヘイを追い、この穴に入ろうとした。それをレオルが止めた、それだけだ」


 感謝する事だな。そう言って、魔王様は手に黒い紫電を纏った。魔王様の得意魔法の黒雷撃。……黒騎士が止めなければ、黒雷撃で私を消し飛ばすつもりだった、と。言葉にはされずとも、意味を理解する。

 私が理解した事を、魔王様も理解したのだろう。満足そうに鼻を鳴らすと、紫電を霧散させた。


「黙って見ておけ、ネム。既に賽は投げられたのだ。あ奴自身の手でな」


 そう言って、魔王様は私から視線を切った。もう、私の事などどうでもいいのだろう。

 歯を噛み締める。痛みに耐える様に、強く。


「づっ……」


 朦朧とする意識。暗く染まる視界。

 血を流し過ぎた。もう、私に残された時間は長くはない。

 だが回復魔法を使えば、その瞬間に魔王様に消し飛ばされるだろう。

 詰みだ。私一人では、もう何も出来ない。


 ならば。


 キョウヘイとの繋がりを強く意識する。

 残された時間が長くないのなら、せめても魔力を彼に受け渡す。


「無事、に――――」


 あぁ、もうダメだ。いよいよ、幻覚まで見えてくる。いないはずの彼が見えてくる。

 だとしても、私の最期の言葉は、最期の行為は。

 彼に、届いてくれるだろうか。

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