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※19/11/5 誤字脱字修正

※20/1/20 誤字脱字修正

 異世界での初めての就寝。

 特に夢は見なかったと思う。

 ベッドに倒れ込んだら、すぐに意識が飛んで。

 気が付いたら空が白み始めていた。

 




「お早う、よく眠れたか?」


 ホールへ行くと既にアリアが用意を終えて待っていた。

 まだAM5:00だと言うのに、随分と早い起床だ。


「軍に居た頃は有事の際にいつでも動ける様にしていた。早起きは苦じゃない」


 日本の自衛隊も有事の際にはすぐ行動できるようにしていると聞いた事がある。世界が変わっても、人を守る職については、その辺りは同じなのだろう。

 アリアは立ち上がると、俺に向けて何かを放り投げた。


「朝食だ。朝一の馬車に乗るなら間に合わないからな」


 受け取ったのは茶色い紙で包まれたサンドイッチ。

 確かこの宿屋の朝食AM6:30スタート。アリアの言う通り、馬車に乗るのなら食べることは出来ない。

 ……昨日の今日だと言うのに、随分と手際が良い。感謝の言葉を口にすると、アリアは何の気負いも無い笑顔で手を振った。


「構わないさ。さぁ、行こう」











■ 妹が大切で何が悪い ■











 フェルム王国からイーリス聖教国に行くには、最低でも2つの国を経由しなければならない。

 まずは隣国のアルマ王国。そしてユウ国である。

 順調にいけばカルベからアルマ王国までは半日。そしてアルマ王国からユウ国までは3日。ユウ国からイーリス聖教国までは1週間かかる見込みだ。


「気持ちに水を差すようで悪いが、おそらく順調には行かないだろう。ひと月は最低でも見ておいた方が良い」


 早朝という事もあり、俺たちを含めても4人しかいない馬車の中。揺られながら俺とアリアはこれからの事を再確認していた。


「アルマ王国はおそらく問題ない。が、問題はユウ国だ」

「何があるんだ?」

「ユウ国は国土が広いうえに、君主による絶対王政で治められているわけでは無い。大昔の英雄であるサイの血筋引く子孫が、各々の部族を形成して領土を管理している」


 要は国土として一括に見なされてはいるが、実際は各地域ごとに独立しているらしい。他国から見た括りとしては大昔のモンゴルようなものなのだろう。


「その為部族間での争いが頻繁に起きてな、運悪くそれに巻き込まれると足止めされるどころの問題じゃなくなる」

「自分たちの身すら危うい、ってことか」

「そういうことさ。何なら馬車も行きたがらない。誰だって命は惜しいからな」

「……イーリス聖教国に用がある人はどうしているんだ?」

「キョウヘイのように急いでいるなら、ユウ国を通る者もいる。が、大抵はアルマ王国かられレオニア同盟国を通り抜けてイーリス聖教国へ行くルートを通るな」

「だがそれだとユウ国を迂回するから時間が掛かるな」

「その通りさ。部族間の争いに巻き込まれることは無いが、その分最低でも3倍は日数が掛かると見た方が良い」


 レオニア同盟国はユウ国と同じで君主による絶対王政で治められているわけでは無い。各地域を侯爵家が治めている。ユウ国と似ているが、正しくは小国が連なって同盟を結成している為、政治的な面での駆け引きはあっても、侯爵間で武力を用いた争いが起こる事は殆ど無い。

 無論通り抜けるには領地ごとの許可が必要だが、ユウ国を通り抜けるよりはよっぽど安全である。


「だけど俺はユウ国を通り抜ける」

「だろうと思ったよ」


 呆れ混じりの言葉をアリアは吐き出した。だがその顔には隠しきれない喜色があった。


「キョウヘイならそうすると思った」

「……楽しそうだな」

「想像通りで嬉しくなっただけさ」


 アリアは俺の言葉を肯定した。本当に嬉しそうに、楽しそうに、肯定した。

 俺の目的を、その荒唐無稽さを、己の命すら天秤に乗せる選択肢を。

 彼女は肯定したのだ。


「所在が知れている内に行かなきゃ、『巡回』で離れる可能性があるからな。キョウヘイの選択肢は間違って無いと思うよ」

「『巡回』?」

「聖女が各地の浄化に赴く事さ。主に魔物により土地が穢れていたり、瘴気が濃いところに行く」


 巡回。要は聖女として信仰のシンボルになるだけでなく、イーリス聖教国の維持、及び魔の物による侵攻を抑える役割を担うらしい。イーリス聖教国は元々は穢れた土地に建てられた。その時は浄化できても、時を経る事でまた瘴気が溢れるし、また世界の裏側から魔物が侵攻してくることもある。


「世界の裏側?」

「魔物が棲む世界さ。そう言われてる」


 此方側が人の世界なら、反対側には魔物の世界がある。大昔から魔物は此方の世界へ侵攻を繰り返しており、退ける為に何度も世界は危機を迎えていたらしい。

 そんな世界をどうにかしたのが七人の英雄だった。

 『聖女』イーリス。

 『剣聖』ライオット。

 『狂戦士』サイ。

 『大賢者』フェルム。

 『獅子王』レオニダス。

 『鬼神』シグレ。

 『天魔騎士』イルファニア。


「魔物に対して最も有効な手立てを持っていたのは聖女だったからか、聖女は各地を巡回するのに忙しい。イーリス教の司祭クラスですら抑えることは出来ても祓い切れないのさ」

「それでか」

「そう言う事。所在地が分かっている内に行かないと。何時まで経っても会えない可能性がある」


 流石はゲームの世界である。トンデモ設定が満載だ。

 もしも魔物側の世界に落とされていたら、俺は今頃余裕でリタイアだろう。


「先の事よりまずは目先だな。国境沿いの――ケントに無事に着くことを祈ろう」

「祈る? 不穏な言葉だな」

「ああ。昨日言っただろう。ここは元々魔物に支配された土地だった、って」

「ああ、確かにそう言ってたな」


 フェルム王国とイーリス聖教国は元々魔物の土地だった。それは昨日聞いた話だ。


「……その話の流れからすると、まるで魔物が襲って来るみたいに聞こえるんだが」

「その通りさ。……誠に残念ながら、その通りなんだ」


 はぁ、と。聞こえよがしにアリアは溜息を吐き出した。馬車が定期的に出ているのだから、その安全性は確保されていると思ったが、そう言う訳ではないらしい。


「ついでに言うと――ああ、いや、無理だな。すまない、後で説明をする」

「は?」

「しっかり掴まっていろ」

「いや、待ってくれ。何を――――うおっ!?」


 ガタンッ、と。一際大きく馬車が揺れ――いや、跳ねた。掴まっていろと言われていたのに、想定外の状況に俺はバランスを崩してしまう。

 乗客の悲鳴と馬の嘶き。そして怒声。

 アリアはそばに置いてあった大剣を手に取ると、後方の扉を蹴り外へと出た。


「アリア!」

「乗客を頼む!」


 交わした会話はたったの一言ずつ。

 だがそれだけで。何が起きたかを把握するには充分だった。


「……襲撃か」


 倒れた乗客に手を貸しながら俺は思った。

 どうやら一佳を探す旅は、順調には事が運ばないらしい。











 馬車の外と中。どちらが安全かと言えば、俺の常識で考えれば中の筈だ。

 だがこの世界では違うらしい。


「は、早く出ましょう!」


 バランスを崩した男女に手を貸す。が、男性はさっさと外へと逃げて、もう1人の少女は腰を抜かしながらも外へ出る事を勧めてくる。


「中にいると逃げれません! 早く出ましょう!」


 どうやら中にいる事で逃げ場がなくなる状況を恐れているらしい。

 ……外に出るのは賛成だ。アリアの事が心配だし、逃げたもう1人の身も気になる。

 だが当の本人が腰を抜かしている状況では、俺としても動けない。


「……仕方ない、ちょっと我慢してくれ」


 抱き上げる、と言うよりは肩に担ぐ。何せ非常事態なのだ。人としてではなく物を運ぶような体勢だが、この状態が一番動きやすい。

 相手もこの状態は予想外なのか、ヒィ、と小さい悲鳴のようなのが聞こえた。


「出るぞ、荷物は後で取ってくれ」


 馬車の揺れはもう収まっている。だがそれが外が安全であると言う証明にはならない。

 アリアを真似る様にドアを蹴り開ける。全く足先に抵抗は無いので、とりあえず外を固められている心配は無いようだ。

 だが外に出ると、不快な臭いが鼻を突いた。


「……なんだよ、これ」


 獣臭さとは違う。物が腐った匂いでもない。上手い言い回しが無い。表現のしようがない。

 ただ不快。ただただ、不快。

 断言できる。俺の今までの人生の中で、最もこれは不快な臭いだ。


「うぅ、やっぱり魔物の襲撃かぁ……」

「この臭いは魔物のなのか?」

「そうです、朝方は活動が大人しくなるのに……って、ヤバっ、上位種!?」

「上位種?」

「凶暴性を増した魔物です! あの黒いヤツです!」


 声の示す方向へ目を向けると、確かに真っ黒なナニカがいた。

 ナニカ、と言うのは。どう形容すれば良いかよく分からなかったからだ。

 何せ目にした時にはこっちに向かって走ってきていた。分かったのは、黒くて、ボディービルダーの如く筋骨隆々の体格である事くらい。


「っ!」


 カウンターを合わせられたのは奇跡的だ。

 抱えていた少女を降ろし、護る様に前へ出る。

 そして直線的に襲い掛かってきたナニカの顔面に右拳を突き出す。伸ばされた左拳のストレートをくぐる様にして、相手の勢いに合わせる。

 タイミングは完璧。惜しむらくは右拳が丸裸である事。

 メキョ、っと。感触で相手の顔面が歪んだのが分かった。衝撃を吸収しきれずに右拳に痛みが走ったのが分かった。

 だがここで引いては意味がない。

 俺は痛みを無視して、衝撃に負けぬ様に右腕に力を込める。


「っらぁ!!」


 接触は一瞬。

 感触は会心。

 初手は俺が取った。

 脳を揺らしたのは間違いない。

 意識が飛んだのか、膝が折れてその場に崩れ落ちる。


「フッ!」


 崩れ落ちて下がったソレの顔面を蹴り飛ばす。革靴を履いているから痛みを気にするつもりは無い。全力で蹴り飛ばす。

 この一撃で意識が切れたのだろう。力なく腕が虚空を彷徨わす。迷わずその腕を掴み、折る。


「■■■■■■■――――ッ!!!」


 言葉にならぬ咆哮。骨折による悲鳴。痛みを訴える叫喚。

 耳をつんざくような叫び声だったが、構うことなく俺はソレの頭部にもう一撃を喰らわした。

 殺される前に殺す。

 それはドラゴンにアンデッドと立て続けに襲われたことにより学んだ経験。

 始まって早々に死んでしまった同期たちに教えられた教訓。

 ましてや殺意を以って襲ってきた相手に余計な感情は要らない。

 倒れても追撃の手は緩めない。

 只管に頭部に蹴りを入れ続けると、やがてくぐもった呻き声を上げてソレは動きを止めた。


「すごい……ブラックオークを素手で倒しちゃった……」

「ブラックオークって言うのか、これ」

「はい。オークの上位種で、魔の力が増幅されているから普通の攻撃何て全然効かないんですけど……」


 信じられない。そんな目で少女がこちらを見ていた。どうやらかなりの強敵だったらしい。

 まぁ、確かに。多分最初の一撃綺麗に決まっていなかったら、俺がこうやって立っていられる保証は無かった。倒れた相手の頭部を何回も蹴り続けて漸く動きが止まったのだ。まともに相手をしていたら……多分戦いにはなっていなかっただろう。

 初めて、殺した。

 だが感慨に耽る間は無い。

 俺はまだ腰を抜かした状態の少女に手を差し出す。


「連れの様子が心配だ。立てるか?」

「はい! あ、いや、ごめんなさい、まだ立てません……」











 結論から言えば。

 アリアを心配する必要は無かった。


「おお、キョウヘイか。こちらは丁度終わったところだ」


 大剣を片手で軽々と振る。ビシャッ、と。音を立てて赤い液体が大剣から払われる。アリアの足元には幾つかの残骸が転がっていた。アリアの他に立っている者はいない。戦いが終わっているのは明白だ。


「オークが徒党を組んで襲ってきた、というところだな。近頃は物騒で困る」


 この状況を物騒の一言で片づけるとは頼もしい言葉である。だがそれが強がりでも何でもないのは、その振る舞いを見れば分かった。

 一切の傷が付いていない身体。乱れることの無い息。返り血一つ浴びていない。少なくとも3体は転がっている様に見えるが、この程度は敵にもならないのだろう。流石王国の軍隊で部隊長を務めただけはある。


「御者も馬も無事だ。説明が後になってしまったが……まぁ、つまりは、こういうことだ」

「……こいつらは何で襲って来るんだ?」

「分からん。敢えて理由を付けるなら、私たちとは相容れないからだろう」

「……魔物なんて、そんなものですよ」


 ひょっこりと。背負っていた少女が会話に入る。外見年齢からは想像の出来ない、突き放した言い方だった。


「君は……乗客の一人か」

「はい、クシーと言います」


 クシー。それが少女の名前らしい。

 何の疑問も抱いていなかったが、そう言えば名前を聞いていなかった、と今更ながらに気がついた。


「他にもう1人居たと記憶しているが……」

「すまない、もう1人は先に出て行ってからは見ていない」

「……それは困ったな。こっちも見てはいない」


 先に出た乗客の方はアリアの方面には逃げていないらしい。

 背の高い40代くらいの男性。茶髪で面長だったと記憶している。


「置いていくのは気が引けるが……ここに長く留まっているわけにもいかない」

「この臭いを嗅ぎつけて他の魔物も来る可能性がありますからね」

「その通りだが……よく知っているな」


 アリアが驚きの表情を見せる。という事は、今しがたクシーが発言した内容はそれほど一般的に出回るものではないと推測される。

 クシーは俺の背から降りると、その足で地面に立った。もう震えは収まったらしい。

 そして懐から一枚の紙を取り出し、俺たちに見える様に掲げた。




「クシー・トリーシャと言います。アルマ王国で魔物の研究をしております。この度は助けて頂きありがとうございました」




おまけ


・オーク

 筋骨隆々とした魔物。異常なタフネスと怪力を誇り、素手で人を引き千切る事も可能。

 正面切った戦闘は分が悪く、余程の手練れか魔物特効の武器・スキル持ちでないと倒す事は厳しい。

 年月を経て魔の力が増幅されると、上位種のブラックオークに変貌する。

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