5-9
2020年内の投稿は、これでラストですね。
皆様、良いお年をお迎えください。
※20/12/29 誤字脱字修正 めちゃくちゃ文章抜けてた……
……どうやら俺は、俺が思っている以上に疲れているらしい。
目の前で、やたら偉そうにふんぞりかえる自称魔王様を見てそう思った。
なんだかまだ夢を見ているのではと思う程だった。
「……えーと……それで? どのような御用件で?」
目覚めたら知らないヤツが部屋にいると言うのは、かなり心臓に悪い。例え相手が身内だったとしても、俺はこう言うのは御免被りたいのだ。
とりあえずの疑問を口にする。が、これはあくまでも思考と現状把握の為の時間稼ぎ。起き抜けの半覚醒の頭をフル稼働させて逃げ道を模索する。相手は椅子。逃げるなら窓かドア。だが窓から逃走しようとドアから逃走しようと、多分反応されるくらいには面倒な位置に居座られている。
「随分と奇妙な魔力の波動を感知してな。暇つぶしに、その正体を探りに来た」
暇つぶしかよ。やめろよな、そう言うの。こっちの身になって考えてくれよ。
「随分と不服そうな顔だが、気付かぬ貴様が悪かろう」
俺の思考への返答。どうやら顔に出てしまっていたらしい。
内心大慌ての俺とは違って、相手は全く以って余裕綽々と言ったところ。
これは……出し抜くのは難しいと考えるた方が良いだろう。位置は元より、あらゆるコンディションが万全とは言い難い状態で、目の前のコイツの目を盗むのは難易度が高そうだ。
……それに、起きるのを待っていた辺り、一応敵意は無さそうだしな。気を張り続けるよりは、会話に思考をシフトした方が、有益と見るべきだろうよ。
■ 妹が大切で何が悪い ■
「ほう、話を聞く気になった、というところか」
「御推察の通りで。ところで、顔を洗ってきても良いか?」
「許そう」
随分とまぁ尊大なことこの上ない態度だ。が、それを正すつもりも無ければ、此方から不要にへりくだるつもりも無い。魔王を自称するだけあり、その言葉に違わぬ威圧感を感じはするが、俺からすればコイツは不審者以外の何物でもないのだ。
備え付けの洗面台で顔を洗い、先ずは思考をクリアにする。念入りに洗って、思考する時間を設ける。
……そう言えば、おかしなことに。コイツは暇つぶしついでに見に来ることが目的と言っていたが、達成後もまだ居座っている。という事は、実は見に来る以外の目的があるのだろうか。それも俺に対して。……いったい何だ?
「ところで、貴様は稀人のようだが、元の世界に帰るつもりなのか?」
……考え事の間に言葉を挟まれる。それも内容は、俺が現実世界からであることを前提にした言葉だ。
「……ああ、そのつもりだ」
黙っていても仕方が無いので、質問に返す。帰るつもりなのは間違いない。そこは偽る必要の無い真実だ。
「ふぅむ……分からんな。何故だ?」
「元の世界に帰りたい。何かおかしなことか?」
「この世界に来る者は、大抵が元の世界に戻ることを望まなかった。その意味で言えば、貴様は稀有だ」
「そんなの人によりけりだろう。俺は望んでいない。それだけだ」
誰も彼もがこの世界に永住したくて来たわけじゃないだろう。何せゲームの世界に入るって眉唾物の噂だ。興味本位で試した輩だって、少なからずいるだろう。この世界の危険性を目の当たりにして、帰りたいと思った奴はごまんといて然るべきだ。
「俺は帰りたいんだよ」
チカたちはこの世界に来た事を喜んでいた。ジャックは元の世界を憎んでいた。宮下はこの世界を満喫していた。
だが俺は違う。
一佳を見つけられた。無事に会えた。
ならば、この世界に留まる必要性は無い。
「今までに何人と稀人は見てきたが、貴様は変わり者だな。何故この世界に来れたのだ」
「……どういう意味だ」
「稀人がこの世界に来るには、当人が強く願う必要がある。それこそ、元の世界に未練が無いと言えるくらいにな」
それは初耳だ。そんな条件があるなんて俺は知らない。ただ、俺は一佳に会うことを強く願っていたから、それが作用したのかもしれない。
ただ……そうなると一つ気になることが出てくる。コイツの言う事が正しいのであれば……一佳はこの世界に来ることを強く願っていたことになるのだ。
何か日常生活で嫌な事があったのだろうか。そう言ったのが原因で、この世界に来たのだろうか。
……いや、今はそこは悩むところじゃないか。アイツは一緒に帰るつもりで行動している。この真偽は、ここですぐにでも明かさなければならないってものではない。
「……そこについては、俺の目的が作用しているんだろう。何にせよ、今の俺はこの世界で骨を埋めるつもりは無い」
「ほう、英雄の真似事には興味は無いと?」
「英雄? 何のことか知らないが、俺は帰りたい。それだけだ」
英雄、ねぇ……ジャックを斃したり、ダンジョンを潰した事への皮肉か?
「俺は別に、英雄とやらに興味はない。たまたま邪魔が入って、それを排除するしか無かったんだ」
「それは『聖女』に関係するのか」
「御推察の通りで」
俺の返答に、自称魔王は笑みを浮かべた。合点がいったと言いたげな、そんな笑みだ。
「通りでなぁ。ラヴィアの気まぐれはともかく、ネムと行動を共にしていたのはそれが理由か」
「ネムの事も把握していたのか」
「当然だ。ふむ、大凡は理解出来たぞ。貴様がイーリスを裏切った意味もな」
理解できたのは結構だが、俺の方は置いてきぼりだ。何だよ、イーリスって。そんな知り合いいないし、今はその名前を聞くだけでどっかの国が連想されて胸糞悪くなるのだ。
「イーリスの祝福をそこまで受けておきながら、そこに報いるつもりは無いという事か。身勝手だな」
「俺の自由だろ。そもそも何だよ、その祝福ってのは」
「貴様が身に宿しているスキルの事だ。祝福……いや、今は天与か。それに天恵。いずれもイーリスのスキルの派生だな。あ奴しか宿せぬスキルを分け与えられた身でありながら、その宿命に従うつもりは無いか」
実に楽しそうに嗤っている。だがそれが前向きな事では無く、他人の不幸を嗤うような、そう言う類のものであるのは間違いない。……何とは無しに、気分は悪い。
「分不相応な力を宿し、破滅に至った蒙昧な輩はごまんといるが、貴様は変わり種だな。それほどの力を得ながら、有効に活用する気も無い」
「何が言いたいか良く分からんが、目的以外の事をするつもりは、基本無い。そんな余裕は俺には無いんだよ」
「ハッ! それは結構な事だ。まぁ良い。あの阿呆の引き攣り顔を見れると思うと、楽しみで仕方が無い」
ご満悦なようで結構だが、俺は心底どうでもいい。コイツの感情は勿論、話の内容も、俺のスキルも。
俺が今必要としているのは、帰る事。ただそれだけだ。
「……腹が減った。話は、一先ずこれでいいか。続きは飯の後にしてくれ」
「ん? 待て待て、勝手は許さん」
「おいおい……勝手って、アンタなぁ」
「メシなら……ほれ」
ポイ。何かを投げ渡される。
反射的に受け止め――――
「っ!?」
「懐かしかろう」
ニヤリと。コイツは嗤った。俺の反応を見て、楽し気に。だがそこに言葉を返す余裕は俺には無かった。
「これって」
「ああ。貴様の世界の食べ物だ。違うか?」
……いや、その通りだ。
受け取ったそれを、まじまじと見る。
透明な包装紙に入った、三角の物体。
所謂、おにぎり。
コンビニやスーパーで買うような、おにぎり。
ご丁寧に日本語で、明太子と書いてある。
「足りなければ言え。幾らでも渡そう」
「……待ってくれ。これは、いったい――――」
「どういうことだ、か? 知りたければ来い。今は気分が良い。教えてやろう」
そう言って、自称魔王はニヤリと笑った。
本物の魔王が浮かべる様な、実にあくどい笑みだった。
■
自称魔王が空間に穴を空ける。ラヴィアやネムの時と同じ、真っ黒な穴。
「来い」
一言。説明は無し。しかし俺が後についてくる事を疑わない声色。
……行くしかない。
手に持ったおにぎり。この意味を知るために。数々の疑問を解き明かすために。そして今さっき脳内で構築した仮説の真偽を確認するために。
一佳やアリアがいなくても。俺は、付いて行くしかない。
「……ふぅ」
少し強めに息を吐き出す。そしてその穴に手を入れる。
……感触は同じだ、昨日通った穴と同じ。手を引き抜いてみたが、特に異変は無い。
「入るさ。ああ、入るとも」
覚悟を決めて、中に入る。昨日と全く同じで、真っ黒な世界はすぐに終わり、視界は開けた室内を映した。
「ようこそ、キョウヘイ・タチバナ」
そしてその先で。所謂RPGにおける王の間の如く、豪奢な椅子にアイツは座っていた。大仰で、芝居掛かった台詞だった。
「改めて自己紹介をしようか。魔人軍王位、シュヴァルグランだ」
「キョウヘイ・タチバナ。アンタらで言うところの稀人だ」
シュヴァルグラン。そう言えば、さっきもそう名乗っていたか。随分と威圧的な名前だ。そして確かに何となく魔王っぽくはある。
「さて、それでは何を知りたい? 今は気分が良い。我が知る限りの事なら、何でも応えてやろう」
「それなら――――元の世界に戻る方法を知りたい。今さっきアンタも見ていた本の内容以外の方法でだ」
即答。訊きたいことは山ほどある。解決したいことは山ほどある。
だが緊急性を要し、先ず真っ先に知りたい事。
それはまさに、今問うた事だ。
「うん? 話が読めぬな。そこは重要な事か?」
「重要だよ。俺にとっては、何よりも」
コイツがおにぎりを取り出せた理由も。
現実世界の知識を有している事も。
現実世界とこの世界との関係性も。
ダンジョンの内部構造との関係性も。
この世界に来るための条件も。
この世界に読んでいる事の目的も。
訊きたい事は山ほどある。あるが、それらは今すぐに解決しなければならない事じゃ無い。
「俺はすぐにでも帰りたいんだ。だが本に書いていある内容じゃ、どうしても時間がかかる。アンタが魔王だってなら、何か他の方法を知らないか?」
本の内容も、難しい事には難しいが、できなくはないのだ。何せ、方法が明示されているのだから。
だが時間が掛かる。それこそ、ひと月ふた月の話じゃ無い。きっと数年はかかるだろう。
過ぎている時間が同じくらい出る以上、此処で1年2年と過ごせば、向こうも同様に年月が過ぎる。今だって、1カ月以上はもう経過しているのだ。……俺たちが居なくなってしまった後の、親父やお袋の事だって心配だ。
「ほう……そういうことか。全くこの世界に未練はないようだな」
「気になる事はある。ただ、優先順位の問題だ」
気になる事……正直に言えばアリアの事は……いや、だが、幾ら気になっていても、俺の中の優先順位は一佳が最優先でブレることは無い。ブレてしまえば、何故この世界に来たかの意味がなくなる。
「なるほどなぁ……まぁ良い」
「……」
「そうだな……結論から言えば、あるぞ」
「っ!」
「世界を繋げるだけだ。我の力をすれば、難しい話じゃ無い」
ただなぁ。そう言って、ニヤリと。シュヴァルグランは嗤った。わざとらしい溜めと、厭らしい笑みだった。
「我の力を見返り無く使おうとはムシが良すぎると思わんか?」
「……何をすればいい」
「ハッ! 話が早いじゃないか……ヴィヴィ」
パチン。指を鳴らすと同時に、シュヴァルグランの隣に、1人の女性が現れる。黒髪のロングヘア―で白色の服に身を包んでいる、小柄な女性だ。
「……?」
とりたて何がおかしいわけでは無いが、何故かそんな彼女に妙な違和感を抱く。何が気になっているのか分からない。直感的な違和感。
なん、だ? 何に俺は違和感を感じている?
俺は彼女の事など何も知らない、初めて見た。どこかで会った記憶は一切ない。なのに、何故?
女性はシュヴァルグランからの指示を聞き、相槌を打つように頷いていた。そしてある程度話がまとまったところで、一歩を引く。そのまま暗闇に紛れる様に、彼女は姿を消した。あの白色の服も、霧散するように、消えた。
「……白、色?」
そう白色だ。彼女が来ていたのは白色の服。……つい昨日も見たような、白色の服。嫌という程見た服。
イーリス聖教国の、服。
疑問。浮かぶのは疑問。そして間髪入れずに一つの推測。馬鹿なと言いたくなるような、突拍子もない仮定。
「察しが良さそうだな。どうした、口に出してみるがいい」
俺の動揺を目敏く感知したのだろう。相変わらずの厭らしさを浮かべながら、シュヴァルグランが促してくる。……人の思考を読んでいるんじゃないかと思うくらいの目敏さだ。
「……ああ、そうだな。知りたいことがまた出来た。その前に一つ確認だ。彼女がイーリス聖教国と同じ服装なのは、偶然なのか?」
「いいや、違うなぁ。偶然ではないぞ」
くっくっく。堪え切れない喜悦を零しながら、問われたことにだけ回答をされる。俺の動揺が楽しくて仕方が無いと言いたげな厭らしさ。……コイツ、ふざけてやがる。
ふぅ、と。天井を見上げ、動揺を鎮める様に息を吐く。
シュヴァルグランの態度は気に喰わないが、回りくどい質問をしても意味が無いのは事実だ。コイツは事の真相は勿論、俺の動揺も感知している。駆け引き染みた質疑は、この場では無用に時間を浪費する悪手にしかなるまい。
「ほれ、何を考えている。言ってみろ」
「馬鹿げた推測だよ。本当に馬鹿げていて、阿呆な。そして拒絶してほしいと思うくらいの」
「構わん、聞かせろ」
促される。ニヤニヤと笑いながら。人の動揺がそこまで見ていて楽しいか。
なら、言ってやるさ。
……だが、その前に、
「推測の前に、確認だ。……ジャックって魔族がいたの、覚えて……いや、知っているか」
ジャック。魔族のジャック。元は同じ世界に人間だった……ジャック。
「ジャック。ああ、知っているとも。分不相応な力を手にし、呆気なく死んだ奴だな。生き様も、死に様も、滑稽な事この上なかった」
「アイツが稀人であることも?」
「勿論だ。尤も、稀人でありながら才能が皆無の、矮小な輩だったかがな」
随分な言われようだ。アイツは魔族である事を喜んでいたのに、そのトップからは全く評価をされていなかったのか。
「それで? それが本題ではあるまい。あ奴の真偽を知って、何処に繋げるつもりだ?」
「確認だよ。そう言っただろ。先ずはアンタはアイツが稀人である事を知っているかの確認。推測を真実と繋げるためにも、確認は必要だろう」
「ふん、確認は結構だが、まずは結論を話せ。我が寛大な心を持ってしても、回りくどすぎると気分を損なうかもしれんぞ?」
どこが寛大だよ。ふざけた事を言いやがって。
いきなりの最終通告。俺に落ち着く時間を与える事無く、動揺のままにさっさと結論を話せと来た。俺の内心の考慮をする気は全くないわけだ。そこまで慌てふためく姿見たいってわけか。
……本当に、ふざけてやがる。だがこいつがそのつもりなら、言ってやるさ。
「……最初は、魔族と人間は争っていると思っていた。魔物は問答無用で襲ってくるし、ジャックはにも殺されかけたしな。周りもそう言っていたし、そういうもんだって思い込んでいた」
ヒントはあった。今までに、幾らでも。
例えば、黒騎士の治療。
例えば、ラヴィアのスタンス。
例えば、ネムの発言。
「だけど違った。そういうものだと思い込むように仕向けられていた。まるでその方が都合が良いようにな」
「ほう、それで?」
ニヤニヤと。隠しきれない喜悦の笑み。間違いない。コイツは真相を知っている。そして俺がその真相に近づこうとしている事を楽しんでいる。
……正直なところ、疑問は未だぬぐえない。俺が口にしようとしているのは、これまでの経験や知識による推測を重ねただけの仮説だ。俺自身、本当に正しいかは分からない。分からないが、最早胸にしまっておくわけにもいかない。
「まずは結論、だったな」
すぅっと。息を深く吸い込む。口上は、もう充分だ。
そうして、なるたけ平静を装って、結論を言葉として吐き出す。
「テメェら、グルだろ」




