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5-8

 夕食は恙無く終わった。

 普通に夕食を口にし。

 普通に栄養を取って。

 夕食は終わった。

 一佳は色々と気にしている様子で。

 アリアは特に感情を表立てる事無く。

 ネムはすまし顔で。

 ラヴィアは皆に平等に気を配り。

 ターニャは食事に舌鼓を打って。

 本当に恙無く、夕食は終わった。




 部屋に戻り、ラヴィアから渡された本を開く。

 まだ全てを読んだわけじゃない。栞を挟んでくれた付近を、少し目を通した。ただのそれだけ。

 だが書いてあることに、嘘偽りは無いのだろう。


 同じ世界出身の生贄が必要。


 その事実は、きっと覆せない。











■ 妹が大切で何が悪い ■











 禁術『次元の門』。

 効果は、別の世界へと繋がる門を開く事。

 術の格子に当たって必要なのは、以下の3点。

 ・魔力(魔石換算で、100年分が5つ)

 ・魔法陣(白銀水での形成)

 ・生贄(異世界の指定がある場合は、指定する世界出身の者が望ましい)

 尚、門を開くことで一時的とはいえ双方の世界が混ざり合う為、形が保てなくなり消滅する危険性がある。長時間の行使は不可。




「……こんなもんか」


 ふぅ、と。息を吐いてペンを置く。

 本を読み、書き出した要約。

 これは自論になるが、物事の理解は書くと言う行為を経ることで格段に上がる。

 と言っても、書いてあること全てを、一文字一文字丁寧に理解するのでは時間が掛かる。俺が必要とする情報。まずはその理解が先決だ。


「……まぁ、どれも一筋縄じゃ行かないよなぁ」


 俺の視線は、今しがた書き出した、3つの必要なものをなぞる。

 魔力。魔石100年分が5つ。要は想像がつかないレベルで超膨大。

 魔法陣。図式を見る限り難解だが……書くのは図を見ればいいから、三つの中ではまだいい方。書く道具はラヴィアに訊けばいいだろう。

 生贄。これが一番厄介。それも元の世界に戻るなら、同じ世界の人間と来た。


「生贄……か」


 今更人を殺すことに躊躇いは無い。今まで何人の命を奪ってきたんだと言う話だ。

 問題は、ただの生贄じゃ済まない事。書いてある通り、同じ世界の人間が必要という事。


「世界を繋げるための情報ねぇ」


 術を行使するだけでは、何処の世界に繋がるか分からないらしい、と言うのは俺が全く予想していなかった事だ。だが少し考えてみれば分かる事。何せこの世界ですら、人間界と魔界に分かれている。現実世界だって、俺が知らないだけで別の世界があるのかもしれないし、もっと言えば映画の様に他の世界だってあるかもしれない。

 故に望む世界への扉を開くなら、生贄が持つその世界の情報が必要と来た。言葉では無く、その身体に刻まれた情報。その世界で生まれ、育ち、学び、形成してきた全てが必要。

 まぁ、筋は通っている。少なくとも無視をできる内容ではない。


「俺や一佳は論外として……アイツか」


 思い出すだけで、自然と顔がしかめっ面を形成する。

 俺が知る、唯一と言ってもいい生きている同郷の者。

 殺人鬼、シグレ。

 より正確には彼女に身体を貸している宮下。

 宮下はともかくとして、シグレはどうも俺にご執心のようなので、今後も会える可能性は高い。全く嬉しくないが。

 アイツなら、全く躊躇う事無く生贄に出来る自信がある。と言うか生贄にしたい。しっかりと死ぬところ眼にしたい。アイツは生きていたら、例え俺が元の世界に戻ったとしても、追ってきそうで怖いし嫌だ。


「後は……あぁ、リオンがいるか」


 リオン。同期の中で唯一の生存者。あの初日の襲撃以降、全く消息が分かっていない同郷の者。

 冒険者として生きているのか、幸せにどこかで暮らしているのか、或いは道半ばで倒れたか。

 ギルドに訊けば分かるかもしれないが……そこまでして生きているかも分からない人間に期待するのは非効率だろう。手の一つとしてカウントするならまだしも、期待するのは悪手にしかなるまい。

 それに……俺は進んでアイツを生贄にしようと言う気は起きない。腑抜けた事をと思うかもしれない。だが、俺が初日の襲撃で生きていられたのは、リオンの助言が少なからず関係している。直接的に助けられたわけでは無いが……俺自身は借りを作ったと思っている。


「ま、保険だな」


 とは言っても、どうしようもなくなったら生贄にするけどな。今更善い人ぶるつもりは無い。リオンを偶然にでも確保出来たら、そこは生贄になってもらう。申し訳ないなんて感情は、とうの昔に捨て去った。

 後は知り合い何て言えるのはいないし、生贄はこの2人にするしか無いだろう。


「あ、でも、死体ならイケるか?」


 禁足地で殺したチカや、洞窟に転がっていた死体。アレで良ければ、またあそこに行けば手に入る可能性がある。獣とかに喰われていなければだけど。

 ただなぁ……必要なものが生贄と明記されている以上、死体で賄えると言う考えは、恐らくだが通用しないと思われる。……いや、待て。アンデッドとして復活していればイケるか?


「……一応検討だな」


 仮にアンデッドや死体が通用してくれれば、わざわざ危険を犯してまでして、シグレとの三度目の邂逅を望む必要もない。……アレとは二度と会いたくないわけだし。そこは要検討と言えるだろう。

 なら、一先ず向かう先は禁足地。あの『屍人の森』だ。ラヴィアにまた繋げてもらえれば、生贄については一先ず方策が立てられよう。


「じゃあ次は……魔力か」


 魔石換算で100年分が5つ。要は500年分。途方もない。

 あのダンジョン探索ですら、1カ月そこそこの魔石の筈。ならば、あのレベルが12×500で……


「6,000、か? マジかよ……」


 あぁ、頭が痛くなってきた。生贄とは別ベクトルで大変な案件だ。いったい集めるのにどれだけかかることやら。

 運よく100年単位の魔石が見つかれば良いが、まず無理だろう。あっても攻略難度は高いだろうし、そもそも魔物側の世界にいる今、魔石の持ち帰りを好意的に見てもらえるとは限らない。敵対と言う、余計な手間が増える可能性が高いのだ。


「魔力、ねぇ」


 魔石に換算して、500年分。骨が折れるよ、本当に。

 はぁ、と。溜息を吐いて、天井を見上げる。ゴール前に中々の難関をぶち込んでくれたものだ。流石はゲームの世界だよ。


「……ゲーム、ねぇ」


 ゲームの世界。この世界の存在は、そう噂をされている。

 だがそれにしては難易度が高すぎ、人が簡単に死に、そして現実と同様にままならないことが多い。

 果たして本当に、ここはゲームの世界なのか。本当は人は死んでいなかったりするのだろうか。死んだら実は元の世界に戻ったりしているのだろうか。

 ……今更ながらに疑問は連鎖的に浮かんできたが、溜息と共に思考を中断する。

 今考えるべきは、そこじゃない。

 そこは俺が考えても仕方が無い事なんだ。











「魔石500年分、か。そんな途方もない魔力の量など、聞いた事も無いな」


 一人で考えていても仕方が無いので、こう言う事を分かりそうな人物……即ちアリアに助言を求める。

 だが返ってきた言葉は、否定。

 まぁそりゃそうだろうな、と。自分から問いかけておきながら納得してしまう。


「えー……そんな量、聞いた事も無いよ。私たちで用意できてどれくらいかな?」

「私たち全員が毎日限界まで魔石に魔力を貯め続けても、きっと何十年も掛かると思うよ」


 一佳とターニャも同じだ。500年分もの魔力と言うのは、やはり常識的ではないらしい。


「生贄に目が向いていて、そっちは見てなかったわぁ……途方もない量ねぇ」

「そもそも50年物の魔石ですら育つのが稀です。500年など、現実的に無理でしょう」


 ラヴィアとネムも、この件に関してはお手上げと言った様相。難しい、どころじゃない。ネムの言う通り、現実的な思考をするのであれば、そんな魔力量なんて調達は不可能だ。


「……はぁ」


 と言う訳で。

 とりあえず気兼ねなく訊ける面々に話は聞いたが、ロクな成果は得られなかった。生贄よりかはこちらの方が調達しやすそうだと思ったが、現実は全く甘くない。そりゃあ溜息だって零れてしまうというものだ。

 自室に戻り、ベッドに身を投げる。まだ着いて一日目。シグレとの死闘やカタリナの裏切りのせいで、身体はめちゃくちゃに疲れていることもあり、途端に眠気が襲ってくる。安心できる場所に居ると言う事実もあるのだろう。このまま任せてしまえば、10秒足らずで落ちれるだろう。


「ふ、あぁ……」


 欠伸を一つ。それだけで、睡眠に向けて意識が一歩進む。考えなければならないことは沢山あるのだが、中々に身体は欲求に正直だ。


「まぁ、寝る、か……」


 解決しないことについて考え続けても仕方が無い。そもそも1人で考える事にだって限度がある。皆からはとりあえずの情報を貰った事だし、今日はもう寝る事にするのが良いかもしれない。




「……で、どこだここ?」




 青空と水面。風一つ吹かず、鏡面の様にピクリとも動かない水。白色の台座。設置された同色のテーブルと2つの椅子。その1つに俺は座っている。

 周囲には他に何も無い。水平線の先まで続く、凪いだ水面。昔見た映画の1シーンに、こんな光景があった。幻想的で、現実離れしていて、そして何とも表現のし辛い感覚を覚える。

 例えるなら、昔に想いを馳せるような。もう戻らない懐かしさを想うような。そんな感じ。

 ……いや、見たことあるぞ。この光景。しかもつい最近。


「……まぁ、いい。夢だろ」


 ぎしっ、と。椅子に座り直す。此処がどこだかはどうでもいい。夢は夢だ。明晰夢。以上。それ以外の何物でもない。

 もう少し自分が元気であれば、明晰夢であることを喜び何かしたかもしれない。だが今は、そんな気力も湧かない程に疲れている。

 だから。ただただ座ったまま、水平線を眺める。

 風も吹かず。水面も揺れず。陽もどこにも見えず。

 そんな何も変わり映えのしない景色を眺める。

 いつかの時と同じように。


「ほう、随分と穏やかな心象風景だな」


 ぼうっと眺めていたら、いつの間にかに俺の真向いの席に男性が座っていた。

 黒色のタキシード。白銀のセミロング。そして挑発的な紅玉色の眼。

 見覚えのない男性だ。この世界に来る前も、来てからも、会った覚えは無い。……当然、話しかけられる覚えも無い。


「キョウヘイ・タチバナだったな。貴様の武勇は耳にしている。中々に苛烈な奴だと聞いていたが、心情はまるで正反対だな。」

「……どうも、初めまして。名前を伺っても?」


 なんか見たことのある展開だ。同じような風景、同じように突然現れた人物。違いと言えば、相手が女性じゃなく男性ってところ。

 だからとりあえず、名前を聞く。前の奴は……あー、何て言っていたっけな……


「名前か? ……そうだな、好きに呼べ」

「好きに? じゃあ……ナナシで」


 ナナシ。つまりは、名無し。名前なんてどうでも良いのなら、そう呼ばさせてもらおう。


「ほう、ナナシか。いいぞ、ではこの場限りでは私はナナシだ」


 ……良く分からんがお気に召したらしい。満足そうに頷いている。なんだコイツ。


「あー、で、そのナナシさんはいったいどういう御用件で?」

「ん? 特には無い。貴様の面を見に来たと言ったところだ」

「はぁ、そりゃあまたなんで?」

「決まっている。噂の稀人に興味が湧いた。それだけだ」


 そりゃあ……またご苦労な事で。興味一つで頭を突っ込みに来るとは、中々に奇天烈な人物のようだ。


「随分とラヴィアやレオルが貴様を買っていたのでな。人間如きに何をと思ったが……成程、中々どうして面白い」


 ニヤリと。ナナシは笑うと俺に向けて指を突き出してきた。


「中々に強烈な呪いだ。貴様の道の果てが楽しみだ」

「穏やかじゃないな。ラヴィアも言っていたが、俺にはそんなにヤバい呪いが付いているのか」

「あぁ、そうだ。実に面白い。その内容も、これからの貴様の行く先もな」


 不穏なことこの上ない。どうやら随分とヤバいのが俺にはついているらしいが……


「ちょうどいい。教えてくれ。どんなのがついている?」

「4人分だ。阿呆のイーリスに忌々しいシグレ。そして随分と貴様に執着している小娘。それに……む? 消えた?」

「消えた?」

「あぁ。どうやら私に見られることを恐れて姿を隠したか。どうやら看破されることは望みではないらしい」


 パン、と。大仰にナナシは手を打つと、足を組みかえて再び背を椅子に預ける。消えたというもう一つの呪いまでを、無理してまで見るつもりは無いらしい。


「楽には死ねぬな。業が深い」

「……まぁ、綺麗な死を望みはしないさ」


 死ぬ事を今から考えても仕方が無いか、俺のこれまでにしてきたことを考えれば、その報いできっと心穏やかには死ねないだろう。そうなるに足る事を俺はしてきたし、否定するつもりは無い。


「己の業を認めるか。人間にしては偏った死生観だな」

「何とでも言ってくれ。懺悔をするつもりも無いし、そもそも聞くつもりも無いだろう」

「あぁ、その通りだ。貴様の懺悔など全く興味はない」

「ならさっきの話は、俺の反応を見る為だけの小噺か? 趣味が悪いな」

「戯け。その程度に怯えて竦むような輩など話すに値はせん。蒙昧な凡骨に割く時間は私には無い」


 はいはいそうですか。相槌を打つのも面倒になって来る。偉そうなのは結構だが、こっちは疲れているのだ。夢の中でくらい心穏やかにさせてほしいのだが――――


「夢ではないぞ」


 俺の内心を見透かしたかのように。

 ナナシは口を開いた。

 俺の思考に向けて、明確に、言葉を発した。


「言っただろう。貴様の心象風景だと」


 心象風景……そういえば、最初にそう言っていたか?


「言い換えてしまえば、貴様の心の奥底だ。これまでに貴様が経験し、育み、形成してきたのが、この世界だ」

「心の中、ってことか。この世界が? 俺の?」

「ああ、そうだ。随分と澄んで、凪いだ、穏やかな内面だ」


 この世界が、ねぇ。だとすれば随分と寂しい内面だ。特に何も、此処には無い。


「報告によれば、貴様は穏やかさとは対極の人間と聞いていたのだがな」

「どんな酷い報告だ。俺だって本来だったら穏やかに生きていたいさ」


 それは本心だ。一佳さえ助け出したら、とっととこの世界からはおさらばしたいって俺は考えている。争いなんて御免だ。争わずに済むのなら、それに越したことは無い。

 そしてそれは……もうすぐなのだ。後はあの厄介な生贄や魔力さえ用意できれば……


「はぁ……」

「どうした?」

「いや、面倒事を思い出した」


 夢の中でも悩むとは。悩みや疲労の自給自足とは、俺もけったいな人間だ。もう少し肩の力を抜いて生きていく事を考えた方が良いかもしれない。


「そう言えば貴様は帰りたがっていたな。おかしなやつだ。そこまで力を持ちながら、此処での生活は嫌だと言うのか」


 なんで知っているんだよ。夢……じゃない、内面だからか?


「言っただろう。貴様の事は報告を受けていると」


 はいはいそうですか。


「こんな危険な世界に居られるか。俺は一佳さえ助け出したら、それでいいんだよ」

「ふむ。蒙昧な凡骨どもと違うな。与えられた力に振り回される傀儡かと思ったのだが」

「言ってろ。俺はアイツを連れて元の世界に戻りたいんだよ」


 基本方針にして、決して曲がる事の無い事実。

 俺は一佳を、絶対に元の世界に帰す。

 その為だけに、此処に来たのだ。


「それさえ叶えたら……その後の事はまた考えるさ。まぁ、此処に来る可能性は低いけどな」

「ゼロでは無いと」

「場合によりけりだ」


 浮かんだアリアの顔。アイツの望み次第では……いや、今は考えるところじゃない。

 優先順位をはき違えるな。

 俺は先ず、一佳を連れ戻す、後の事はそれからだ。


「ほぅ、堅物かと思いきやそうでもないか」

「言ってろ」


 ……内面だから筒抜けってか。面倒だからひと睨みだけする。此処で言い争いしても意味は全くない。


「はっ、いいじゃないか。女も知らん男が何になれるというのだ。レオルみたく堅物を極めるがオチだ」


 ……そのレオルってのが何者かは知らんが、こんなのと知り合いだって事実に深く同情するよ。女性関係なんて放っておいて欲しい話題だろうに。


「で、ヤッたのか?」

「止めろおいテメェ」


 下世話にも程がある。呆れを隠せずに睨み付けると、大仰にナナシは肩を竦めた。


「フッ、冗談だ」

「どーだか」


 溜息を吐いて、椅子に座り直す。此処で何を言っても意味は薄い。その事は理解しているからだ。











「……朝か」


 酷い夢を見た気がする。言葉には出来ないが、本当に酷い夢を。

 窓の外から差し込む陽の光。魔界でも朝は変わらないな。寝ぼけ頭でそんな事を考えながら身を起こし――――


「ほう、起きたか」


 ぱたんと。本を閉じる音。そして衣擦れ。

 思考の空白は一瞬。だが、遅きに失した。


「……どちら様で」

「覚えてないのか?」


 あぁ? 何を言っているんだコイツは? あった事なんてあるわけが無いだろう。

 訝しむ俺の視線の先。黒色のタキシード。白銀のセミロング。挑発的な紅玉色の眼。そして整うに整ったイケメンが、尊大な態度で椅子に座っている。


「悪いな、アンタみたいなイケメンに記憶は――――」


 無い。そう言おうとして、何かが脳裏を過る。

 『ナナシ』。……ナナシ?


「ふむ、無意識に内側の事は鍵をかけているようだな。まぁ、仕方あるまい」


 そいつは尊大な態度のまま、俺に向かって笑みを浮かべた。ムカつくくらい絵になる、所謂人を小馬鹿にするような笑みだった。


「改めて名乗ってやろう、キョウヘイ・タチバナ」



「我が名はシュヴァルグラン。貴様らで言うところの魔王だ」

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