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5-6

「あ、ダーリン? ちょっといい?」


 各自が部屋に案内されていく中、ラヴィアが俺を呼び止めた。


「えーとねぇ……その……」

「アリアの事だろう?」

「うん……そのぉ……」

「分かってる。わざと暴くつもりは無かったんだろ」


 言い難そうなので、俺から会話の切り口を作る。

 まさにそれが言いたかったことだったのか、ラヴィアは困ったように、そして申し訳なさそうに顔を伏せた。


「そうなの。皆知っている事だと思っていた……てのは言い訳ねぇ」

「無理もない。ラヴィアからすれば名前も知らない面々だろう? 自己紹介も殆ど無く会話に入ったしな」


 この結果は偶発的な要因が重なった事によるものだ。

 自己紹介を先ずはちゃんと行っていたら。

 アリアが呪いと濁していた事についてちゃんと聞き出していたら。

 互いに話をする充分な時間があれば。

 ……いや。そもそもの話。俺たちは稀人(俺と一佳)獣人(ターニャ)、そして最も忌み嫌われてるとされている魔族(ネム)による、別種族の混成パーティとなっている。まさかこの中に、種族を隠している者がいるとは思わないだろう。


「思い返してみれば、アイツはどこか様子が変だった。気づけたのに見過ごしていた時点で、原因は俺たちにもある」


 アリアにしては珍しく、棘のある発言が多かった。あれは気を張っているが故の発言かとも思ったが、それにしても普段の彼女らしくは無い。極端な事を言ってしまえば、此処に来てから、常にアイツは喧嘩を売っていた。

 ラヴィアからすれば、同じ魔族でありながら刺々しいアリアの方が不可解だったはずだ。


「アイツの事は何とかするさ。悪いな」











■ 妹が大切で何が悪い ■











 さて、はて。

 何とかすると見栄を張ったものの、具体的に何か策が都合よく浮かぶわけでもない。そんな簡単に浮かんだら苦労はしない。

 ラヴィアに案内された客間。その備え付けのソファーに座って。

 どうしたものかと天井を見上げる。


「……むずいんだよなぁ、こういうのは」


 誰にだって知られたくない事はある。人によっては大したことの無さそうに見えても、当人にとっては重大な事であったなんて、ざらにある話だ。

 例えば新卒社員のコネ入社。会社からすれば、その人を入社させることで、取引先とにパイプラインを設置した事になるから悪い事じゃない。だが当人にとっては、自分の力で入社したわけでは無いので、無暗に話として挙げては欲しくない事柄になる。

 例えば前職の仕事。別に前職で何をしていても――――あぁ、いや、これは趣旨が違うか。夜のお店に勤めていたことを理由に内定取り消しされたとか何とかで、ニュースに取り上げられたこともあるくらいだし。

 ……まぁ、つまりは。知られたくないことが暴かれたと言う事は、そう易々と解決を望めるほど、簡単な話とはなり得ないのだ。


「ましてや種族の問題か……」


 元の世界ですら、種別が違う事への差別は行われてきた。歴史を紐解けば、人権の無視、奴隷扱い、大量虐殺と、その手の話題には事欠かない。

 ましてやこの世界では。魔族である事が、どれだけの負担を当人に強いているかなんて。

 そんなの、俺には分かりもしない事なのだ。


「はぁ……ったく」


 愚痴を言葉にしてみても、溜息を吐き出しても、何も状況は変わらない。時間が過ぎるだけ。このままこうしていては解決には至りそうもない。

 悩みの相談に乗った経験はある。だが、此処まで深刻なのは初めてだ。正直俺一人の手には余る。というか、


「俺だけ悩んでも仕方ないだろ」


 当の本人がいない状態で俺が思考を回しても解決策なんて出る筈もない。アリアがいなければ何も分かりはしない。一も二も無く、まずはアリアと話さないと。


「えーっと」


 アリアは……どこの部屋だっけ? ラヴィアと話している間に、皆はそれぞれの部屋に案内されていった。どこにいるかは分からない。あ、いや、『探知』を使えばいいか。

 思い浮かべるはアリアの大剣。慣れたもので、俺の目の前にまた光の道が出来る。それはすぐ真横の部屋へと伸びて、


「って、隣かよ」


 思わず自分にツッコミを入れてしまう。まぁ、そりゃそうだ。わざわざ遠くに離すことも無い。

 ちなみに一佳やターニャもそばの部屋にいるらしく、光の道がそれぞれ伸びて行った。まぁそうだわな。

 てことで、


「アリア、いいか?」


 ノックを三回。なるべく平静を装って、何時もと変わらない自分を演じる。心臓がバクバク言っているが、無理矢理押さえつける。


「? アリア?」


 もう一度ノック。だが応答は無い。

 ドアノブに手をかけると、特に抵抗も無く回った。鍵はかかっていない。


「……入るぞ」


 言ってから2秒置く。それから、ゆっくりとドアを押し開けた。

 目の前に広がるは、俺にあてがわれた部屋とよく似た造り。違うのは、アリアの荷物が置いてあるか、否かだけ。

 そして室内に。アリアはいない。


「……風呂か?」


 窓は空いていない。部屋の鍵が締まっていないことを除けば、戸締りがされている状態というわけだ。

 じゃあどこかへ行くとすれば、後は風呂くらいか。部屋には個別に浴室が設置はされていないので、大浴場とやらに行かないとならない。

 だが……あの問答の後に一人で風呂に行くか?

 メンタルが強いとか弱いとか、そう言う問題じゃない。明らかに様子がおかしくなっていた人物が、ものの30分程度で回復できるとは考えられない。それだけだ。

 それに。その程度の時間で切り替えられる問題なら、あんな深刻な事にはならない。


「あ、ちょっと」

「はい、如何されましたか?」

「アリアが何処に行ったか分かるか? 黒髪の、褐色肌の女性だ」


 都合よくそばを通った給仕係の子を呼び止める。だがアリアの事は見ていないらしく、首を横に振られる。


「申し訳ございません。存じ上げてはおりません」

「そう、か……ああ、いや、ありがとう」


 だとすれば……本当に風呂か? それとも一佳たちの部屋か?

 あの様相で外出したり、誰かと会えるとは思えないが……いや、思い込みで考えても仕方が無い。

 事実の確認。俺がすべきは、まずはそれだ。











 結論から言えば。

 アリアは一佳たちの部屋にいなければ、風呂にも行っていなかった。

 時折すれ違う、他の給仕係も彼女の行方は知らず。

 ラヴィアのいる応接間に戻って見たが、そこにもおらず。


 なら、どこに居たのかというと。


「ネム」

「あぁ、来ましたか」


 中庭。広く、華やかで、日当たりの良い、その場所。

 その中心にアリアはいた。

 中心に立って、特に何をするでもなく。

 空を見上げていた。

 ただただ、中庭から空を見上げていた。


「ずっとあの調子ですよ。どこか気持ちを落ち着けられる場所に案内してくれ、と言うから案内したと言うのに」

「そうか」

「此処はラヴィア様の芸術性あふれる中庭です。ラヴィア様の御心に心が絆され安らぐ場所。あんな風に佇まず、もっと泣いて喜んで然るべきと思うのですけど……全くもう」


 ネムから魔力のパイプを通して、アリアの所在を教えてもらったのは、ついさっきのことだ。どうやら部屋への案内のあとすぐに中庭へ案内させられたらしい。そして案内してから、アリアは微動だにせず佇み空を眺めている。

 アリアに倣って空に視線を向ける。魔界の空を見るのは初めてだが、何処の世界でも変わらず陽の光が降り注いでいる。晴天。空はどこでも変わらない。


「……綺麗だな」


 背筋を伸ばし直立したままのアリア。彼女に降り注ぐ陽の光。俺自身の語彙力の無さを恨めしく思う程に、眼前の光景に対して陳腐な表現ではあるが、実に彼女は絵になっていた。綺麗だと思った。美しいと思った。それこそ、見惚れるくらいに。


「見過ごせない発言ですね。ラヴィア様より美しいものがあるはずないでしょう」

「俺が何を綺麗と思おうと自由だろうが」

「最初から貴方の貧相な感受性に理解は求めていません。ですがせめて事実を認識しなさい」

「はいはい、どうせ感受性が乏しいですよ」

「そもそもラヴィア様の愛を受けられている事がありえないのです。貴方には私程度で充分なのですから、ラヴィア様に認められたその幸運にもっと泣いて伏してみっともなく喜び駆け回っては如何ですか」

「へいへい」


 なんでこんな乏されなきゃならんのさ。感受性の乏しさは俺自身理解している事だし、別にいいけどさ。

 ぶつくさと文句を零すネムだったが、一頻り吐き出したところで、俺の腕を軽く叩いて踵を返した。


「後は任せます」


 俺の返答も待たず、ネムは屋敷内へと戻っていた。一度たりとも振り返る事は無く、後に残ったのは俺とアリアだけ。

 ……俺の思惑を察したのか、或いは単純にそこまで自身が気に掛ける必要は無いという事か。

 まぁ元からネムには外してもらうつもりだったし、好都合ではある。


「アリア」


 どう切り出そうかとも思ったが、まずは普通に名前を呼ぶ。平坦を装い、不要な心配を気取られぬ様にする。だが反応は無い。わざとか、本当に聞こえていないか。少し待ってみるが、何も変わりは無い。


「アリ――――」


 もう一度。名前を呼ぶ。但し今度は近づきながら。そして彼女の肩に手を置く。

 だが俺の手が触れるか触れないか、そのタイミングで。アリアは急速に反転をすると、俺の手を弾いた。


「……キョウヘイか」

「おう」


 弾かれた手を軽く振る。痛みは我慢できる程度。皮膚が裂けたわけでも、骨が折れたわけでもない。驚きはしたが、それだけだ。

 アリアは俺の顔を見て、気まずそうに眼を逸らした。今のは反射的な行動だったのだろう。どうやら全く俺の存在には気づいていなかったようだ。


「……どうかしたのか」

「そりゃこっちの台詞だ。これからの事で話そうと思ったら、部屋にいないじゃないか」


 いつもと変わりない様相で。そして言葉は慎重に。

 これは俺の経験則だが。人は精神面がマイナス寄りになっている時ほど、自身に向けられた視線や感情に敏感になる。

 仕事でミスをして、そのせいで何か陰口を言われてると感じたり。上司の叱責を受け、周囲が好奇の目で見ていないかと思ったり。

 人は自身が思っているよりも、興味を持ちはしない、と。そう分かっていても、

 それでも思ってしまう、思い込んでしまう。それは仕方が無い事だ。


 だから。表面上は変わらずに接する。


 好奇も、憐憫も、同情も、応援も。

 ただただ苦しめるものにしかならない事は、ある。


「これからの、事……?」

「ああ。俺はラヴィアから帰る方法を聞いて、それを実行する予定だ。アリアはどうする?」


 発言に不自然さが混じらない様に。思ったよりも演技臭くはならなかったと思う。

 アリアは少なからず困惑に顔を歪めた。俺の言葉に何て返そうか少し迷っているようにも見える。

 ……正直に言えば、この後の事なんてのは俺たち二人だけで話し合っても仕方が無い事だ。ラヴィアや一佳が一緒でなければならない。最早俺たちだけの独断で事を進められるような状況じゃないのだ。

 それゆえ。この切り口は、あくまでもジャブ。

 本題は、まだこれからだ。


「本音を言えば一緒に来て欲しいが……どんなことになるか分からんからな。先にアリア自身の意思を聞きたい」

「私の意思……」


 意味を反芻するように、アリアは僅かに俯いた。

 それから顔を上げると、少し寂しそうに笑った。


「そうか……私は……もう、これから先は不必要という事かな?」

「なんでそうなる」


 ……思わず素でツッコミを入れてしまう。いや、ホント、何でそうなる?


「ハハッ、冗談だ」

「……心臓に悪いぞ」

「ああ、すまない」


 冗談ならいいが……そうは聞こえない。本人は済ました顔をしているが、少なからず本心が含まれているのは想像に難くない。

 自身にとって一番に悪い想像を口にする。それは発言を否定されることを望みつつ、しかし仮に否定されなかった場合に、自分の内心への負荷を少しでも軽減させるために。まやかしの壁を作る。そうやって納得をさせようとする。

 ふぅ、と。小さく息を吐き出す。思ったより緊張しているのか、自分でも吐息が震えているのが分かった。


「見くびるなよ。俺が簡単に恩義を忘れるような輩だと思うのか」

「いや……思わんさ。……すまない、失言だったな」


 本当にこの問題は根が深いと思う。ここまで弱気なアリアは初めてだ。

 黒騎士に敗北した時も、禁足地で離れ離れになった時も、シグレの襲撃を受けた時も。初めて出会った時から今日に至るまで。彼女は何時だって気高く、強く、凛々しかった。

 種族の問題。

 軽々しい言葉は当人の傷を深めるだけ。

 本当に……俺が考えている以上に根深くて、厄介な問題だ。


「……なぁ、キョウヘイ。いつか……私の目的を話すと。そう言ったのを覚えているか?」

「禁足地に入る前だろ? ああ、覚えている」

「……その、な」

「……」

「……その、」

「……」

「……すまない、いざ話そうとすると緊張するな」


 ハハッ。泣き笑いの表情で、無理矢理にアリアは笑顔を象った。


「……時間を貰って良いか。夕方、だな。その時までに整理して……全部話をしたい」

「構わないが……全部ってのは?」

「全てさ。私が話したい事、話さなければならない事……その全て」

「ああ、分かった。夕方、だな」











 時間は過ぎ去る。

 例えジッとしていようと、動き回っていようと、良い事があろうと、或いは嫌な事があっても。

 早く感じようが、遅く感じようが、気にならなかろうが。

 時間は過ぎ去るのだ。




「遅かったじゃないか」

「マジか、早いかと思ったくらいなんだがな」


 夕方。16:00。

 アリアの部屋の前でどう声を掛けて入ろうかと悩んでいたら、本人が先に開けてくれた。昼とは違い、大分気持ちが落ち着いたのか、表情が改善されている。

 促されるままに部屋に入る。防護を外した軽装、うっすらと滲んでいる汗、籠った熱気。……筋トレでもしていたのだろうか。


「好きに座ってくれ。飲み物は……すまないが用意し忘れた。いるか?」

「いや、いらん。必要になったら、その時考えるさ」


 とりあえず近くのソファーに腰を下ろす。アリアはそれを見て、対面の椅子に腰を下ろした。

 その口から、重く、長く、息が吐き出される。


「さて……じゃあ早速だけど、何処から話したものかな」

「話しやすいところからでいいぞ。結論を急ぐ必要は無い」


 物事を話すのなら、結論から進めるのが相手に伝わりやすい。だが時には、背景も含めた全てが必要になることもある。効率のいい伝え方は、内容によって変わるのだ。

 アリアは少し悩んだ末に、覚悟を決める様に強く息を吐き出し直した。


「そうだ、な。まずは私の目的から話そう。……第三禁足地にいたことも含めてな」

「ああ」

「ところで先ずなんだが……私が最初に会った時に言った事を覚えているか?」


 最初に言った事? えーと……組み伏せられて……それから……


「手助けしたいと言っていたな。それより前か」

「うむ、そうだな。手助けより前。出会って、組み伏せて、その後だ」


 組み伏せられてから、手助けを申し入れられる前の事。そうなると、


「不法侵入、だったか?」

「あぁ、そうだ」


 懐かしむ様に、その眼が遠くを見る。事実、思えばあの出会いからそれなりに日数は経った。そして日数以上に濃い経験をしてきた。

 よくまぁ……ここまでこれたものだ。


「あの時に、キョウヘイを組み伏せて危険性を説いたな。それから確か、私自身も無許可で入った不法侵入者だと言ったか」

「ああ」

「実はな、あれにはな。……意味なんてのは無かったんだ」


 意味が無い?

 言葉の意味が分からず首を傾げる。


「意味が無いってのは、キョウヘイに偉そうに文句を垂れた事だよ。あたかも自分には目的があるかのように、偉そうに振る舞ったけど……実は何も無かったんだ」

「それは、アリア自身の目的がって事か?」

「ああ、そうだよ」


 何も無い? あんな危険地帯に入った事に?

 普通は逆だろう。何かしらの意味や目的が無ければ、あんな危険地帯に入るはずがない。何せまだあの頃は、チカが支配下に置いていなかったから、有象無象のアンデッドが跋扈していた。それに盗賊団も存命になる筈だ。


「ふむ、少し言葉足らずだったな。禁足地に入った事に、正当な目的を見出していなかった。無許可で入ったこと自体は、決して偶然じゃないし、迷い込んだわけでもない」

「ますます訳が分からん。偶然じゃないって言うのなら、散歩でもするつもりとか、そう言う訳なのか? 違うだろう?」

「ああ。流石にそこまでじゃないさ。……そうだな」


 アリアは唇を湿らせた。緊張を緩和させようと、大半の人が無意識に行うサイン。何てことも無い様な口調だが、やはり当人にとっては少なからず抵抗がある事柄という事か。

 無理に言わなくてもいいと。そう告げるべきかを迷う。アリアの目的を知りたい事には知りたいが、それほどに緊張を強いてまで聞き出すのは気が引けたのだ。ただ、今を逃せばこの先二度と聞く機会は訪れないと言う予感も同じくあった。

 そしてそんな迷いを抱いている間に、アリアが先に口を開いた。


「本当に……難しい話でも何でもない。ただ……端的に、簡単に言うと、だ」




「私はね、死に場所を探していたんだよ」


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