5-1
新章突入。
そしてまた隔週。
毎週更新できるようにしたい…
さて、困った事になった。
何が困った事になったかと言うと、一佳とターニャが仲間を待つと言い出したのだ。
いや、待つことは別に問題じゃない。その人が一佳にとって仲間だと言うのなら、そこは一佳の意志を尊重して然るべきだ。それに一佳を脱出させようと尽力してくれたわけでもある。
困った事になったのは、その相手が、カタリナという事だ。
カタリナ――俺の記憶と、皆の言っている事に相違が無いのなら、間違いなくイーリス聖教国に入国する際にひと悶着起こした相手だ。……いや、ひと悶着起こしたのは俺の方か。
何にせよ、向こうは俺を殺す気満々だったわけであり。そんな相手と上手くやって行けるかどうかに少なからず不安はある。
「カタリナは良い子だよ。ちょっと短気なところはあるけどね」
……まぁ、俺に断る権限がある訳じゃない。此処で個人の感情で無理を通す必要は無いし、俺が幾らでも譲歩すればいい話だ。感情のままに振る舞う程子供のつもりも無い。
「何時頃彼女は来れるんだ?」
「情報操作をするから、あと一週間はかかるかな」
「一週間? それだけの時間で本当に出来るのか?」
「もうちょっと正確に言うと、『カタリナ自身も聖女を護り切れなかった己の無力を嘆いて行方不明になる』って筋書き」
ターニャの補足が入る。……それでいいのか? その程度の案で平気なのか?
聞けば聞くほど不安が募る。こんな世界観だからそれで良いのか? かと言って、じゃあ具体的な案が他にあるのかと問われても出てこないのだが……
「お兄ちゃん? すんごい難しい顔しているよ?」
「……仕様だ」
俺の持つ常識がこの世界で通用しない事は既に何度も体験した事。この世界の住人であるターニャやカタリナがそのつもりなら、それに従う方が良かろう。疑問に思うだけ徒労ってもんだ。
■ 妹が大切で何が悪い ■
怪我は回復した。
回復魔法とはすごいものだ。
体力は、まぁ、まだだ。
そこは回復魔法でもどうにもならんらしい。
「えぇ……もう動けるの?」
「ん? ああ」
軽めに筋トレを再開させる。一佳が顔を引きつらせているが、怪我が治った以上は無用に惰眠を貪る趣味は無い。動ける時に動く。それは今も昔も変わらない。特にこうして自身の身体能力が生存に直結せざるを得ない状況なら尚更だ。
「まぁ、『聖女』の身内なら驚きはしませんね。ラヴィア様と少しばかりとはいえ渡り合った事にも、ほんの少しですが説明がつきます」
ひょっこり。一佳の後ろからネムが顔を出した。そして、ふふん、と。何故か得意げに笑みを浮かべている。何でお前がそんな得意そうなのか。
「……てか、今更だけどアンタらって魔族だよね。助けてくれたから有耶無耶だったけど……どういう関係?」
「アンタら?」
ひょっこり。今度はその後ろからターニャが顔を出してきた。小柄な一佳の後ろのどこに隠れていたんだお前らは。
と言うか、魔族、か。しかも「ら」という複数形。一つは俺が結界を壊した事に起因しているとしても……ネムの事がバレたか。
ちらりと視線を向けると、ネムは一転してバツが悪そうに顔を逸らした。……バレたな、こりゃ。
「あー……コイツが魔族ってのは知っているのか」
「ま、あのキチガイ女との戦闘を見たらね……」
シグレとの戦闘は加減をしながらできるものでは無かった。文字通り全力を尽くしても、一歩間違えていればあの場にいた全員が死ぬ事もあり得た。だから、まぁ、そこでバレたのなら仕方が無い。
「確かにネムは魔族だ。けど、皆が思う程の危険性は無い」
「分かっているよ。この子はイチカを助けようとしてくれた。危険だとか、敵だとかは思ってない」
思考が柔軟で助かる。魔族に敵意や恐れを抱くのが普通の世界観で、彼女のような思考は貴重だし、率直に言ってありがたい。
「そうか……関係性だけど、コイツとはちょっと取引中なんだ」
「取引?」
「ああ。どうしても魔族関係の力が必要でな」
詳細は明かしても仕方が無い。元の世界に戻る、なんて言ったところで、アリアと同じように好意的に受け止められるとも思えない。それどころか頭がおかしい人間と見られても仕方が無いだろう。そもそも一佳がどこまで皆に伝えているのかという話でもある。
「で、俺は呪いを受けてる。複数受けているみたいでな。魔の者とやらによく間違われる。正真正銘ただの人間だよ、俺は」
「ん? いや、お兄さんじゃなくて。彼女の方」
俺じゃない? 彼女の方? 指差された方へ視線を向けると……アリア?
「アンタも左腕を変形させていたよね。その、魔族の腕に」
左腕? アリアが?
アリアは顔を顰め、自身の左腕を強く掴んだ。魔族の腕と言う割には、普通に見えるが……
「……ハハッ、見逃してはくれないか」
「悪意が無いみたいだし、イチカを助けてくれた手前、責める気はないけどねー」
ターニャは呆れを多分に含んだ息を吐いた。別にそれが議題の終着点ではない、と。
「ただ、左腕だけってのもおかしな話なんだよね。他は別に魔族って感じしないし」
「……魔族に呪いを受けた。それだけさ」
魔族に呪い、か。そう言えば、ケントの街で左腕を振るっていたような……確かにあれは魔族っぽいと言うか異形化していた記憶がある。あれが、呪いか?
「呪い? なら、イチカ治せるんじゃない?」
「診てみない事には分かんないかな。時間を掛ければ出来るかもしれないし、進行具合によっては断言できないし。でも、私の眼から見てもアリアさんが呪いに掛かっているようには見えないんだよね」
「え、そうなの? イチカでも見分けがつかないって、相当ヤバくない?」
「ちょっと診てもいいですか?」
言うが早いが、イチカはアリアの腕を取った。そして引っ張る様にして、リビングへと移動する。……第三者に見られるとマズいのか?
移動したのを追いかけるのもなんなので、引き続き今の部屋で待つことにする。……それにしても、解呪か。俺に掛かっている呪いとやらも解けるのだろうか。
「解けなくても、種類が分かれば助かるな」
「どうしました?」
「いや、なんでも」
ま、今すぐに呪いの種類を知らなきゃヤバい事でもない。ラヴィアだって種類と効能を把握していたようだし。俺の事よりも、今はまずはアリアだ。
と言うか、
「……魔族云々が、意外と受け入れられるとはな」
「確かにそれは意外でしたね」
「魔族本人のお前が言うか」
今回はシグレに襲われたっていう致し方が無い面があるが、それにしてもネムは体裁を気にしなさすぎる。もう少し言い訳の一つでも口にしたらどうなのか。魔族とバレて困るのは……あ、困るのは俺か。コイツは困らないのか。
「ズルいな」
「どうしました?」
「なんでもない」
そこでコイツを責めても仕方が無い。元々の感性や観点が違うのだ。そもそもネムの力を頼りとしているのは俺の方。ズルいと思ったところで、あまり隠す気のないネムからすれば、何をいきなりと言う話だ。
■
「なぁ、ネム。そう言えば、契約って何だ?」
このまま一佳たちを待っていても時間が無駄なので、今の間に疑問を解決する事にする。
まずはネムが勝手に交わしたと言う契約。
俺の知らぬ間に、詳細の説明一つされず、勝手に結ばされた、詐欺めいた事柄についてだ。
「……いや、質問が抽象的過ぎたな。契約の内容を教えてくれ」
「契約の内容、ですか」
「ああ。契約を交わした事で、俺とネムの間に、何の責務が生じるんだ?」
契約という言葉から察するなら、互いに何かしらの責を負うことになる。その内容を知らずに放置は出来ない。
「そうですね……先日の聖女と従者の会話は覚えていますか?」
「一佳たちの会話?」
「はい。あの時彼女たちは、互いの動向を把握できると言っていました。効果はそれと同じです」
「つまり、俺とネムは互いの動向を知ることが出来ると」
「そうですね。あと、互いの魔力を分け合うができます」
「分け合う?」
「ええ。魔力が枯渇しそうなときは、そうやって互いが互いをカバーする事が可能となります」
成程。それはまた便利だ。俺みたいにあまり魔力を使用しないなら、その分ネムが使えるわけだ。あ、いや、待った。
「ちょっと待ってくれ。俺の魔力は魔力じゃないらしいぞ?」
魔力によく似た何か。だから魔力(仮)。それは、使えるのか?
「貴方のは魔力ですよ。それも魔族側の魔力ですから、私からすれば非常に都合が良いですね」
「は?」
「魔力にも種類があるんですよ。貴方のは特別濃い。魔族の魔力と比べても遜色ないです」
「待て待て」
いきなり内容が分からなくなったぞ。何とか内容に追い付けていると思ったのに、速攻で引き離そうとしないでくれ……
「魔力には種類があるんだな?」
「そうです」
「まぁ、それはそうか。で、俺の魔力は魔族側の魔力と似通っていると」
「はい」
血液型みたいなものだと思え。日本人はO型が多いが、何故か俺は新種のABO型になった。そして魔族側はABO型ばかりだ、的な。よし、大丈夫だ。これでまだ追いかけられるぞ。
……あ、いや、ちょっと待て。
「魔力が似通っているってことは、それで結界に拒絶されたのかな?」
「可能性はあります」
「じゃあ魔力によって判別される場合は、また疑われるわけか……」
と言うかほぼ間違いなく黒扱いされるだろう。外見以外での判断基準があるなら、それが魔力であることは想像に難くない。感知される方法は不明だが、イーリス聖教国の結界しかり、俺がどうと対策を立てらないモノであるなら、この問題は永劫ついて回る問題なわけだ。
「すまん、話が逸れた。戻そう。とすると、俺もネムの魔力を使用することが出来るのか」
「はい」
「どうやって使用すれば良いんだ? それに、ネムはどうやって俺の魔力を使用しているんだ?」
「え?」
え、いや、何その反応。
「魔力に集中してみてください。私と貴方との間に線があるのが感じれると思います」
「集中? ……うん?」
「魔力にですよ」
「あー、すまん。えーと、魔力への集中ってどんな感じでするんだ?」
「え?」
止めろよその反応。傷つくだろうが。
「魔力は魔力ですよ」
「何を指しているかは分かっているつもりだ。ただ、集中ってのがな……」
魔力(仮)を拳に纏わせる。これの事を指しているのだろうってのは想像できるが、幾ら自分なりに集中してみても、何かが変わるわけでも見えるわけでもない。あの良く分かんない感覚を、拳回りに感じるだけ。
「魔力は使えていますよね?」
「ああ」
「じゃあ何で集中できないのですか」
「分からん」
心底不思議そうに言われても、分からないものは分からないのだ。嘘を吐いても仕方が無い。
俺の発言にネムは考え込む様に目を伏せた。
「……では、魔力が何処から出てくるかはイメージできますか?」
何処から出てくるか、か。拳に纏っている魔力の発生源。言われて見れば気にした事は無かった。
「……線、か。何か伸びているな」
「それを追ってみてください」
「ん……何か、ある?」
言われたとおりに追ってみると、線が何か大きなものに繋がっているのが分かった。これが魔力の発生源か?
「見つけたようですね。そこに意識を集中してみてください」
大きなもの……サイズ的にはサッカーボールくらいだろうか。身体の中心の、少し下くらい。臓器とは違う。全く別種のものだ。そこから、幾つか線が伸びている。
その一つが、俺の身体を飛び出て伸びている。即ち、ネムの方へ。
その線を、イメージの中で引っ張ってみる。
「ん……今、魔力を引っ張りましたね。どうですか?」
「いや、何か変わったような感覚は無いな」
「それは量が少なかったからですね。今みたいな感じでもっと引っ張れば、魔力量の変動が分かると思います」
成程、これが魔力の分け合いというやつか。今みたいな感じでイメージの中で引っ張れば、相手の魔力も使えると。
「まぁ、貴方には不要でしょう。要所要所のみの使用なので、魔力の消費が少ないですしね。大技くらいでしょう」
「大技?」
「シグレとの戦闘時に練り上げた高純度高濃度の魔力。あれは規格外の魔力量でした」
シグレとの戦闘の時……あの時は必死だった。正直何をしたのかは覚えていない。感覚に任せていたところもあり、大技と言われようと再現性は低い。
そう言えばあの時は影鬼が出ていた。あれも、俺が何かをしたという事なのだろうか?
「……契約の内容は以上なのか?」
「そうですね。基本契約のみですので、今のところはその通りです」
「基本契約? てことは、他にもあるのか?」
「ありますよ。互いに条件を出し合い、了承すれば契約成立となります」
「つまり、定型みたいなものではないと」
「その通りです」
大体は理解した。契約の内容自体は、互いの理解と信頼性があれば不当なモノじゃない。勝手に結ばれたことが分かった際には焦りもしたが、あまり魔力を使用しない俺にとっては悪い内容ではないだろう。いや、悪い内容どころか、ネムとの繋がり=ラヴィアとの繋がりにもなるから、充分なメリットと言える。
「同じ要領で、相手の状態も見れます。魔力の鳴動は生命力とも繋がっていますから、それで相手の状態を把握できます」
「それが一佳の言っていた繋がりってやつか」
何となくカラクリは理解できた。いやはや。生活基盤のみならず、魔力一つで随分と色々と応用が利くものである。
■
アリアの解呪には時間がかかるのか、三人は別室に引き篭もったまま2時間以上が経過した。
暫くはネムと会話をしていたが、会話と言うのは存外疲れるものだ。無論、話す方も、聞く方もだ。
となると、次の行動は手合わせ。傷は回復したとは言え、俺もネムも手酷くやられている。身体の四肢が、そして指先一本一本が意図している通りに動くかの確認は、重要事項と言える。
そんなわけで、
「っ!」
「ふっ!」
ネムの蹴りをいなし、崩れたところにカウンターを入れる。狙いは顔面。だがそれを、ネムは残していた右手でガードした。
互いに本気の手合わせ。
と言っても、ぶっ倒れるまでやっては元も子もない。顔面に一撃を喰らうか、両足両手以外が地面についたら負け。そうやってルールを設定して、建物の外で互いの拳や脚を繰り出す。
「う、づっ」
「っと」
俺の右拳が、僅かにネムの体勢を崩す。だがその隙を責める前に、ネムの左手が俺の顎を打った。
流れ的にはまだ戦えなくもないが、定めたルール条件で言えば俺の負けだ。
「痛つつ……追撃がマズかったか」
「いえ、あそこは実戦で言えば追撃して然るべきです。ただ、追撃が私を一撃で昏倒させられる威力では無かった。そこが問題だったかと」
「むぅ、まぁ、その通りだな」
顎を擦りつつ互いに分析をする。威力が足りないことを自覚したからこそ追撃に移ったが、それ自体が悪手だったという事か。或いはあの隙事体、ネムの誘いの可能性もある。
「もう一戦しますか」
「そうだな……ん?」
誰だろうか。知らない気配が近づいてくる。気配なんて言うとマンガみたいだが、この世界に来てからそう言った方面での感覚が鋭敏になっているのだ。元々人に近づかれるのがあまり好きでは無く、パーソナルスペースが人よりも広かったのが、此処に来てより悪化した感じだ。
「誰か来ましたね」
ネムも気づいたのか、警戒心を強めた。気配は複数だ。
カタリナ一人ではないとすれば、彼女の協力者込みという事か。或いはこの場所を知る別の誰かか。いや、後者の可能性は低いな。此処は秘密裏に用意していたと聞いた。
……それだけじゃない。そもそも前者の可能性も低い。仮にカタリナたちであるなら、何故一佳やターニャが出てこない?
「ネム」
「はい」
ネムは俺の身体に隠れるようにして、後ろへと下がった。万が一の可能性を考え、戦闘に移るのも、一佳達に知らせに行くのも、両方が可能な位置取り。
俺は拠点の真正面に位置取りを変えた。万が一の可能性に至ってしまった場合、まず俺が相手を止める為だ。
「……嫌だな、疑う方が先だなんて」
死が隣り合わせの状況だからこそ、そして味方が少ないこんな状況だからこそ。過剰とも言える警戒を俺は自分に強いている。
全く……それこそ、自分自身で辟易するくらいに、だ。
■
……振り返ってみれば。
俺の行動は正しかった。
俺の警戒も正しかった。
ただ足りていなかったのは、予見すること。
いや……どんなに予見しても、無理なものは無理か。
ま、つまりは。何が起きたかっていうと。
視界を光で埋め尽くされた。
ただの、それだけだ。




