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4-12

また1週間飛ばしてしまった……

毎週投稿って難しいですね、ごめんなさい……


20/8/18 誤字脱字修正

 目を覚ましたって事は、生きているって事だ。

 腹を貫かれようと。

 内臓を傷つけられようとも。

 筋肉が切れていようとも。

 度重なる連戦で疲労困憊であろうとも。

 目を覚ましたなら、まだ死んでいない。

 生きている。




 夢は見なかった。

 暗転して、すぐに目を開けた。それくらいのつもりだった。

 だが現実は、そうはいかない。

 ……知らない天井。

 最後の記憶は、シグレが消えたところ。

 その場面を最後に、視界が暗闇に染まり、意識が落ちた。

 すぐに目を覚ましたつもりだったが、半壊した屋内ではないことから、あの場所からは離れたらしい。


「ふぅ……?」


 溜息を吐きつつ、身体を動かそうとして。

 腹部に何かが乗っている感覚を覚える。

 ……いや、何か、じゃないか。

 視線を向けた先。知っている顔が寝付いているのを見て、俺は息を吐いた。静かに、そいつを起こさないように、ゆっくりと。

 目頭が熱くなっていた。胸が痙攣気味に震えた。意思に反して零れ出そうになる諸々は、久方ぶりの感情の反乱だった。

 全く……まだ目標は半分しか達成していないのに、連れて帰るまでは達成したとは言えないのに、此処で安堵するのには早いと言うのに。

 本当に……本当に全く以って……困ったものだ。











■ 妹が大切で何が悪い ■











 眠っている一佳を起こさない様にして布団から出るのは、結構な難度だった。

 身体は貫かれた腹を中心に、あちこちが痛みで悲鳴を上げている。疲労も頂点に達しているのか、今までに無く重くて怠い。そして異様なまでの身体の熱さ。身体の感覚という感覚が制御を失ってイカレている。

 こういう時は一も二も無く大人しくしているべきだが……今の俺は、ある原始的な欲求を解消したくて仕方が無い。

 トイレ。

 もっと婉曲に表現するなら、雉を撃ちに行きたくて仕方が無い。


「っ、ふぅ……」


 何とか一佳を起こさぬ様にベッドから脱出する。が、両の足で立ち上がった瞬間に、意識が飛びそうなくらいに意識が眩んだ。立ち眩み。こんなに酷いのは初めてだ。

 まごう事無き絶不調。

 今の俺は、魔物はいざ知らず、リス程度にすら負けるだろうさ。


「えーっと?」


 静かにゆっくりと部屋を出る。すると今度は開けた空間に出た。リビング、だろうか。僅かな灯りが照らす空間は、先ほどまで寝ていた部屋よりも広い。

 当然全く見覚えの無い場所だが、今はその詮索よりもトイレだ。膀胱が限界に近い。ちょっと気を抜くだけで、荒波の如く排泄欲が押し寄せてくる。

 とりあえず近くのドアを開ける。幸いなことにそこがトイレであり、この世界で何度も眼にしている、魔法による自動水洗式トイレがあった。要は現代洋式トイレと同じである。


「あっぶね……」


 ズボンと下着を降ろして便座に座り、安堵の息を吐く。それにしてもこの世界の魔法は実に便利である。この水洗トイレも、ボタン一つで水が流れる仕組みになっている。電気で動いているわけでは無いので、回数制限が決まっているものの、魔法の効果が保存されているカートリッジを交換すれば、引き続き使用できるのだ。

 水魔法、だったか。流石はゲームの世界である。


「便利だよなぁ」


 魔法を使えなくても、こうやって普及している魔具を使えば事足りる。魔法を使えるものなら、魔力の使用で大体の事はこなせる。俺の魔力(仮)もこんな風に利便性に富んでいればよかったのだが……まぁ、無い物強請りしても仕方が無い。

 それよりも、だ。


「『影鬼』」


 名前を呼ぶ。あの(・・)名前を呼ぶ。

 先ほどの戦闘で、俺の戦闘をカバーした黒い小柄な人影。いつかのどこかで共闘した仲間の術。……ミリアの、術。

 だが俺の言葉には何も反応しない。何も特別な事は起きない。暫し待つも、何も変わらない。

 ……いったい何だったのだろうか、アレは。

 アリアたちの手助けだったのだろうか?


「……ふぅ」


 疑問を溜息に乗せて霧散させる。今は良いか。それよりも寝よう。

 水を流してトイレを出る。真っ暗な空間。先ほどは気が付かなかったが、何人か分の寝息が聞こえる。アリアたちは此処で寝ている、という事だろうか。

 数だけを数えるなら、3人分だろうか。あの場にいたアリアとネムともう1人が此処にいるのなら、数は合う。あの場にいた全員は無事に生き延びた、という事か。なら、幸いだ。


「……はぁ……ははっ」


 足の力が抜ける。気の抜けた笑い声が零れる。

 逆らう事無く、俺は背を壁に預け、ずるずると腰を下ろした。ひどく疲れた……と言うよりは先ほどの戦闘を思い出し、足が笑い始めた。

 良かった……本当に、良かった。

 一佳が無事で、アリアが無事で、皆が無事で。

 そして俺も生きていて。

 あの悪魔みたいなやつから生還出来て。

 本当に……本当に、良かった。


「……もう、たくさんだな」


 力の入らない拳を開閉させる。

 だらりと両足を投げ出した体勢のまま、細く、ゆっくりと息を吐く。

 運が良かった。事実に即するなら、そうとしか言えない。シグレと言う難敵を相手に、誰も死ぬ事無く、重傷程度だけで済んだのは、本当に運が良かった。

 今はただ、その事実だけを噛み締める。

 もう二度とこんなのは御免だ。











 シグレの襲撃から一夜が明けた今、イーリス聖教国本国の被害状況は、史上最悪と言えるレベルらしい。

 一夜にして壊滅を喫した本国。聖女や教皇を始めとした、多数の死者。……そして壊れた結界。

 過去例を見ない大惨事に、イーリス聖教国は混乱の極みに達しており、最早その前日にあったゴタゴタなんて誰も眼を向けやしないという。おかげで俺たちの脱出は誰かに見咎められることなく、また追手を向けられることも無く済んでいる。俺たちは今、イーリス聖教国外にある、ヴァネッサたちが秘かに用意していた脱出用の仮拠点にて、体力の回復に努めている。


「……待て、聖女が死んだ?」

「うん。まぁ、ウソ情報ってヤツだよ」


 頬を掻きつつ、バツが悪そうに一佳は言った。一佳自身の意志で決めた……と言うには、後悔が過ぎている。とすると、誰か別の第三者が案を出し、一佳は押し切られたってところか。

 ……そう言えば、ヴァネッサは死体を偽装すると言っていた。

 ちらりと。一佳の隣にいる少女――ターニャへと視線を向ける。俺の意図に気づいたらしく、彼女は一佳の言葉を補足した。


「前々から準備は進めていたんだ。あの国に居てもイチカに未来はない。だから、死を偽装してでも逃がそうって」

「ヴァネッサも同じ事を言っていたが、本気だったとはな……」

「まぁ、普通なら無理だったよ。けど、今回は不幸中の幸いってやつ」


 特級危険人物、シグレ。あのイカレ女が教皇を始めとする有力者たちを殺しまわった。

 その事実に、一佳の死や、結界の破壊といった、他の責任も擦り付ける。元々の評判が汚れて真っ黒なのだ、今更追加したところで問題は無い。

 とは言え勿論、今の状況は結果論に過ぎない。元の作戦がどうであれ、シグレの偶発的な介入は、俺たちの全滅もあり得た……いや、寧ろ、その可能性の方が高かった。ターニャの言う通りこの結果は、本当に偶然が偶然を呼んだ、不幸中の幸いなのだ。

 ……いや、手放しに幸いとは言い切れないか。


「ヴァネッサは……彼女は、本当に死んだのか?」

「……間違いないよ。ヴァネッサとの繋がりが切れちゃっているから」

「繋がり?」

「うん。私たちはね、魔力を繋げあっているの。繋げているとね、相手が無事なのか、危険な状況なのか……それか、死んじゃったかが分かるの。互いが望んで断ち切るか、死なない限りは、ずっと繋がっているんだけど……」

「そんなことができるのか……」


 また摩訶不思議な設定が出てきた。それも魔法の一種なのだろうか。だとすれば、本当に魔法とやらは万能である。魔法を使う系統の職種が多かったのも理解できる。


「私がキョウヘイと繋げているやつですね」

「「はぁ?」」


 横からトンデモ発言が飛び出て、思わず俺は素っ頓狂な声を上げた。ネム。彼女はさも当然と言いたげな表情で、なんならなにか不思議な事でも?と首を傾げている。おい、ちょっと待て。初耳だぞ。


「契約。交わしたじゃないですか」

「いつだよ。全く覚えないぞ」

「あの洞窟ですよ」

「洞窟?」


 はて。記憶を穿り返す。洞窟、洞窟……洞窟?


「ネクロマンサーに会う前の、あの檻のあった場所です」


 ネクロマンサー……あぁ、チカの事か。それの前の、檻?

 場所は思い出せるが、全く分からない。契約を交わすような何かをしたか?


「目的を話し、右手に紋様をつけました。……貴方を凌駕すると、そう言いましたでしょう」


 それは覚えている。絶対に勝つ、と。ネムは俺に宣言した。……そう言えばその時、確か右手を取られて、


「……え、アレ?」

「はい、あれです」


 ふふん。何故か誇らしげなネム。ちょっと待て、あれで契約成立? 俺とネムの? ……どういう内容か知らんが、詐欺になんねぇのか、それ?


「まぁアレは仮契約ですから。本番の契約は、入国前に口づけで交わしています」

「おい、待て。どっちも一切の同意が無いだろうが」

「抵抗しなかったじゃないですか」

「おい、待て。本当に待て。混乱が酷い」


 知らぬ間に契約を交わされていた? なんて悪徳商法だよそれ。頭おかしいんじゃねぇのか、おい。混乱で別の意味で頭痛がしてくる。全く以って要らない混乱だぞ、これ。


「仕方が無いでしょう。私は回復しきっていませんでしたし」

「……後だしじゃんけんにも程があるぞ」

「何か問題でも?」

「問題になるかどうか分からんから――――ああ、いや、今はいいや。後で詳しく聞かせろ」


 このままだと際限なく追及しそうだったので、一旦無理矢理に話を切る。今この件は優先すべきことじゃない。気にはなるが、知るのは後ででも良い話だ。


「つまり、ええと――――ああ、そうだ。ヴァネッサが死んだのは間違いないのか」

「え、あ、うん。うん……そう言う事」

「……ヨシュアは?」

「ヨシュア?」

「ヴァネッサの部下だね。……生死は、分かんない」


 そう、か。彼には色々と助けられた。まだちゃんと礼も言えていないが……


「脱出の計画自体は、私とヴァネッサとカタリナが推し進めていたんだ。ただ、やっぱり3人だけだと人手が足りないから、各自で信頼できる人に協力は要請していたんだ」

「……私、知らないんだけど」

「だって、イチカって隠し事できないじゃん」


 呆気カランとターニャは言い放った。不服そうに眼を眇める一佳。だが一佳には悪いが、隠し事をできないと言う点では大いに同意する。


「彼はヴァネッサの腹心的な存在だったから……生死は絶望的かな。あの場では確認する余裕は無かったけど、ほぼ死んだと思ったほうがいい」

「そんなの……っ」

「イチカ。アンタは気にしなくていいの。私たちは好きにやった。それだけなんだから」

「でもっ!」

「この国にいても、イチカに未来は無い。イチカを護る。私たちが命を懸ける理由なんて、それで充分だよ」


 押し黙る一佳。何がこの国を、ひいては一佳を巡って張り巡らされていたかは分からないが、相当に危ない状況だったのだろう。……良かった。一佳に信頼できる仲間たちがいて、本当に良かったと思う。


「だいたい、お兄さんに会おうとして一人脱出計画を練っていたイチカには言われたくない」

「……気付いてたの?」

「気付いていないと思ってたの?」


 逃げ場は無し。反論の手を完全に封じられて、一佳は俯いて黙りこくった。……俺に会うために脱出計画を練っていたとは知らなかった。タイミングが少しでもズレていたら、一佳とすれ違いになる可能性もあった訳か。……こうやって会えたことを、神様に感謝しなきゃいけないかもしれない。


「ま、その辺りは今はいいや。とりあえず、カタリナから連絡が来次第、皆で脱出しよう」


 話はお終い。そう言いたげにターニャは掌を打ち鳴らして話を切り上げた。そして俺に向かって意味ありげに笑みを浮かべる。


「兄妹同士で積もる話もありそうだし♪」


 気を遣ったのか、出歯亀が……いや、気を遣ったんだろう、うん。

 一転して戸惑ったように俺とターニャを見比べる一佳。俺はアリアたちに視線を向けた。アリアは微笑みを浮かべたまま、どうぞ、とハンドサインを返してくれる。そしてネムを引き摺って席を立つ。ターニャもターニャで、すたこらさっさと部屋を出て行った。

 これで残ったのは、俺と一佳だけ。

 ……全く、ありがたいことこの上ない。











 久しぶりに家族や友人と会うと、会話の切り出しに苦労するという事は、割とよく聞く話だ。

 一度話を切り出してしまえば幾らでも出来るのだが、その最初の話題に何を選ぶべきかで悩んでしまうらしい。

 だがそんなのはまだしばらく先の話で、今の俺には無縁だと思ったのだが……


「……」

「……」


 困った。何を言うべきかが分からない。言いたいことはあるのに、何から切り出すべきかが分からない。

 元気か、か? 調子はどうか、か?

 いや、そんな如何にも当たり障りが無さすぎる言葉は如何程なモノか。他に言うべきことは沢山あるのだ。


「なぁ」


 とは言え。黙ったままでは仕方が無い。

 とりあえず声を掛ける。こういう時は、年上から会話を振るものだ。家族間だろうと、他のグループ同士だろうと、なんだろうとだ。


「傷、治してくれたのは一佳か?」

「え、あ、うん」

「そうか。助かった、ありがとう」


 違う、そうじゃないんだよなぁ。会話のきっかけとしては明後日の方向にも程がある。俺ってこんなに会話ヘタクソだったか?


「まさか聖女として崇められているとは予想していなかったぞ」

「あー……なりゆき、かな。私も、こんなんになるって思っていなかった」

「その力は願ったのか?」

「うん、まぁ、そうかな。かんながアタッカーやりたいって言っていたから、私はサポートを選んだの。ここまで強くなるとは思ってなかったけどね」

「そうか。強すぎるのも問題だな」

「それはお兄ちゃんこそ、でしょ。……見たよ、プロフィール」

「プロフィール?」

「うん。ギルドに登録したヤツ」


 ギルドに登録したヤツ? そう言えば登録時に、何か書いたっけか。


「ピンと来て無さそうだね」

「すまんな、疎いんだ」

「ギルドに登録するとね、直近の動向が他の人から見れるようになるの。だから魔族と戦ったことも、ダンジョン攻略した事も、ギルドには登録されているの」

「マジか」

「そう。……短期間ですごい無茶をしたのが分かるの」


 一佳は俯いて、小声でぼそりと言葉を零した。

 その意味が分からない程、俺は愚鈍なつもりは無い。


「気にするな。無茶は俺の専売特許だ」

「でも……」

「終わった事より先を考えるべきだな。今がゴールじゃないんだ」


 少し手厳しく聞こえるかもしれないが、事実は事実だ。一佳に悔やむ気持ちがあると言うのなら、それは俺にではなく他の皆へと向けるべきだ。


「親父もおふくろも、お前の事を心配している。早く帰って、安心させてやるぞ」


 がしっ、と。頭を掴んで、無理矢理にこねくり回す。幼い頃ならいざ知らず、今の一佳はこういうのを好まない。抵抗するかのようによく叩かれたものだ。

 が、今回は意外な事にされるがまま。

 しばらくこねくり回し続けるが、一向に反応が変わらないので手を離す。すると、迷いを持ったままの表情で一佳は口を開いた。


「……あの、ね。その、私、さ」

「うん?」

「その……ね、……帰って、いいのかな」


 うん? 何を言っているんだ?


「私ってさ、聖女として崇められちゃったんだよね。それで、こんな私の力を必要としている人が、この世界にはたくさんいるの」

「……」

「なのに、さ。帰っちゃって……本当に良いのかな」


 この世界には魔物が跋扈している。より強力な魔族だっている。

 奴らは簡単に人を蹂躙する。育んできたものを破壊し、自由に我儘に弱者を搾取する。

 そんな奴らに対して、一佳は人類最強の切り札として、逆に蹂躙が出来る。『聖女』としての能力故だ。

 ……そんな能力を持つという事は、少なからず責任も付随してくる訳で、


「良いに決まってんだろ」

「え?」

「良いに決まっている。悩む事なんかないさ」


 肯定する。一佳の疑問を肯定する。


「『聖女』として奉ったのは、イーリス聖教国の奴らだろ。他人の評判に気を回していたら身が持たないぞ」


 評判、或いは評価と言うのは首輪だ。見えない首輪。その評判や評価通りに振る舞わなければならないという首輪。職種と役職によって、その首輪は大いに効果を変えるが、誰もが持ちえるものだ。


「何より、『聖女』は死んだことになっているんだろ。なら、大丈夫だろ」

「だけど、この世界には私の力が必要な人がいて、見捨てるのは……」

「お前は優しいな」


 俺だったら御免だ。この世界での俺は打算でしか動いていない。目的を達成すれば、もうこの世界に未練はない。

 その意味で言えば。俺の目的は、後は帰るだけ。元の世界に帰るだけだ。


「俺の目的はな。お前を連れ帰る事だ。例えこの世界で王様になっていようと、町娘になっていようと、こうして聖女になっていようと、連れ帰る。絶対に、だ」

「……でも、それは……」


 分かるよ、一佳。お前がどれだけ悩んでしまっているか。人が助けを求めているというのに、自分にしかできないことに眼を背けるのは、勇気のいるやり方だ。

 だけど人は、全てを選べない。何かを必ず犠牲にしなくちゃいけない。

 犠牲にせずには、進めない。


「……俺はこれから、魔族に会いに行くつもりだ」

「!?」

「お前はどうする?」


 一佳の顔が強張る。まさかそんな無茶をするとは思っていなかった、という顔。そりゃそうだ。魔族に会いに行くなんて、この世界の常識で言えば自殺行為だからな。


「とある魔族曰くだが、元の世界に帰る術があるかもしれないらしい。俺はそれを入手しに行こうと考えている」

「でも、それって、魔族と会わなきゃいけないんでしょ?」

「そうだ」

「ダメだよ、そんなの! 死んじゃう!」

「だが他に手も無いだろう」

「待ってよ! それは幾ら何でも……っ!」

「他に、手はあるか?」


 他に手段があるのなら、俺はその手段を選択しよう。

 だけど俺の言葉を聞いて、バツが悪そうに一佳は視線を逸らした。……無いのだ。


「無いなら……やるしかない」

「待って。他に何か方法を探そう?」

「時間は限られている。いつまでもは此処にいられないんだ」


 最悪此処で生きていくと。そういうつもりがあるのなら、他の手を探す時間もある。

 だが俺にそんなつもりは無い。無いし、一佳は絶対連れて帰る。例え一佳がこの世界で生きていくことを望んだとしてもだ。


「できれば一緒に行動したい。だが危険なのは事実だ。一佳は別行動でも――――」

「……行くよ」

「……」

「行くよ。聖女としての力があれば、皆を護れる。……お兄ちゃんをこれ以上危険な目には、合わせたくない」

「そうか……」


 決断は嬉しい、なんて。そんな事は言えないか。

 俺は今、一佳の優しさを利用した。一佳自身に決断をさせているようで、俺と一緒に行動させる選択肢を選ばせた。……危険な場所に行くと言う、俺自身の命を駒にしてだ。

 最低の兄貴だ。間違いなく。だけど、この考えを違えるつもりは無い。

 一佳は何も考えなくていい。一佳を非難する声があれば、全て俺が代わりに受け止め、叩き潰そう。


「一佳。絶対に、2人で帰るぞ」

「うん!」


 手を握る。柔らかく、温かな手。

 この手を汚させやしない。傷つけもさせない。

 その役目は、全て俺が引き受ける。

 一佳は何も知らぬままに、元の世界に帰ってくれればいい。

 それだけが……俺の望みだ。

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