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※20/12/06 誤字脱字修正

 理屈はとりあえずどうでもいい。

 必要なのはどうするか。

 それは今まで培った常識が全く以って無意味となるこの世界での、俺の思考の基本スタンス。


 だから。


 視界の端で煌いた鈍い輝きも。

 まるで呼応するかのようにして出現した黒い人影も。

 一瞬だが、確かに聞こえたその声も。

 それら一切合切を無視して右拳を放つ。




 今の俺の目的はコイツ(シグレ)をぶっ潰す事。

 それ以外は、後で考えれば良い事だ。











■ 妹が大切で何が悪い ■











 拳がシグレの頬にめり込んだ。

 感触で分かる。クリーンヒット。難敵を相手にしての、初めての、クリーンヒット。

 今までの流され、いなされ、芯をずらされた当たりとは全く違う。確実にダメージを与える一撃。

 ならばこそ、この一撃で潰す。

 瞬間的に魔力(仮)を上乗せする。単純な物理的衝撃への加算。少しでもダメージを多く与える。遺恨を残すつもりは無い。確実にここで――――潰すっ!


「――――おおぉっ!」


 柔らかい肌だ。触れるだけで分かる。鍛え上げている筋肉では無い。多分、殴られた事も無いのだろう。それでいてあの運動能力なのだから恐れ入る。まさに天が与えたフィジカルギフテッド。

 シグレは殴られながらも、身体から力を抜いていた。筋肉の硬直を失くして、俺の力に無理矢理逆らう事をしない。このまま力を抜くことで、衝撃を緩和させようという事だろう。今更スウェーやスリッピングは間に合わないと判断しての、しかしながら変態的とも言える判断と実行能力。イメージに対して身体がズレる事無くついてくるということか。

 ……だとしても、逃がさねぇよ。

 使えるモノは何でも使う。

 今までの知識と、現在の状況。

 理屈も理解も理由も全部すっ飛ばして。

 使えると判断したモノは、何でも使ってやる。


「づっ――――」


 歯を食いしばって、足を止める。加速の付いた足を、無理矢理にその場に留めた。

 ブチブチと、筋線維が切れる音がする。分かる。こりゃ暫く運動は禁止だな。回復に時間が掛かるヤツだ。

 だがそのおかげで、不用意に身体を流す事無く、その場に留まる。留まり、追撃に動ける。

 一撃で斃せないなら、もう一撃追加すればいい。それでもダメならもう一撃。それでもまだだっていうなら……確実に潰れるまで。この身体が動く限り、何度でもやってやるさ。


「チィッ!」


 シグレが俺の思惑を察し、脚部に力を込めた。飛び退くつもりか。或いは迎撃か。だがその行動が実を結ぶ前に、肝臓に、水月に、拳をめり込ませる。

 初めて苦悶の表情をシグレは浮かべた。腹部のダメージは、中々抜けない。抜けず、蓄積していく。加えて今回は息をつく間も無い。幾ら身体能力が優れているとはいえ、シグレとて人間。負荷を感じつつ今まで通り動けはしない筈だ。

 密着したまま逃がさない。インファイト。

 着実にぶち込んでいく。

 今が最大にして最初で最後のチャンスだ。


「影鬼」


 ……声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。そして聞き覚えのある言葉だ。

 視界の端で、あの黒い人影が動く。小柄な人影。俺の動きに合わせて動いている。シグレを追い詰めるように、俺だけじゃ足りないところを補って、動いている。動いてくれている。


「っ!」


 無呼吸連打。呼吸の間が惜しい。吸うより、吐くより、今はコイツをぶちのめす。

 人影がシグレの退路を断つ。先回りして蹴り。退路の先を限定することで、追撃が容易になる。ありがたい。実にありがたい。

 シグレは逃げられないことを悟ったのだろう。だが耐えるのではなく、衝撃を逃がすようにして、僅かな動作で芯をずらしにかかっている。拳はめり込んでいるのだが、打ち据えている感覚が無いのだ。

 ……化物が。天才という言葉すら生温い。単純な身体の操作だけでなく、筋肉一つ一つすら思いのままって事か。ありえねぇ。

 だが……長くは続かない筈だ。


「んうっ、かはっ!」


 完全に密着して、シグレの顎を肩でかちあげる。かちあげて、意識を顔へと逸らし、水月に至近距離から拳をめり込ませ――――


「――――ガッ!?」


 衝撃。視界が明滅する。遅れて腹部への痛み。いや、待て。今、何をされた?


「……おかえし♡」


 耳元で。楽しそうな声。逃さぬ様にシグレを捕まえてそのまま締め上げて、


「っ!?」

「かんかくきょうゆう、や」


 耳元で、甘える様に、くすぐる様に、場に全くそぐわない声で囁かれる。

 チロリと。あろうことかこの状況で耳を舐められる。


「これで文字通りの一蓮托生やな」

「ほざけっ!」


 抱き上げて、そのまま締め落とす様に腕に力を込める。だが俺が力を込めると、それに比例して俺の腹部がギリギリと締め上がった。それは俺がシグレに与えているのと、恐らくは同じくらいの力加減。

 かんかくきょうゆう――――感覚共有って事か?

 俺の感覚と、シグレの感覚が、共有されているという事か?


「――――グッ」


 脳裏を過った疑問は、考える間もなく衝撃で消し飛んだ。

 見ればあの小さい人型がシグレの後頭部を殴りつけていた。

 その衝撃が、俺の後頭部にも響いている。


「本当はこんなの使いとぉなかったんやけどな、2:1なんや。堪忍してや――――カハッ」


 言葉を返す気力は無い。そこに費やす労力が惜しい。

 状態は理解した上で、俺は尚もシグレを離さずに締め上げる。比例してギリギリと俺も締め上がるが、それでも弱めるつもりは無い。無論、手を離すのは以ての外だ。


「じょ、ねつ、てきや、なっ!」

「――――っ」


 シグレの声が嬌声を帯びていく。あぁ――――実に煩わしい。聞くに堪えない。

 だが……感覚共有。これはふざけた能力だ。これだと、俺も相応の痛みを喰らう事になる。重傷度合いで言えば腹に穴が空いている分、俺の方がシグレよりも酷い。同じダメージを受け続けたら、先に参るのは俺の方だ。

 ……なら、


「っ、へぐぅっ!?」


 人型の追撃に合わせて、一瞬だけ力を緩めて身体を入れ替える。入れ替えて、シグレの首を絞める。

 感覚共有。結構な事だ。単純に殴ったり蹴ったり斬ったりするのは分が悪いだろう。驚異的だが……今この場限りにおいては、絶対的な能力でも無い。

 オトす。

 呼吸を出来なくさせて、意識を失わせる。仮にオチるのが同時なら、止めは他の面々にしてもらえばいい。オチた後なら、能力も消える筈だ。

 ギリギリと首が締まっていく。ただでさえ呼吸が荒い中での首絞め。チアノーゼになるのはシグレが先か、俺が先か。……いや、どっちでもいいか。例え先に俺がオチても、この腕の力だけは絶対に緩めない。千載一遇のチャンスを逃すつもりは――――無いっ!











「仕方ないなぁ、シグレってば。――――カード、オープン。『ストレート』。効能は……あー、仕切り直し、かぁ」










 ……何が起きたのか。

 正直訳が分からない。

 訳が分からないが、周囲が瞬間的に変貌したのは分かった。


「チィッ――――」


 瞬間的に。シグレを逃したと。それだけを理解する。

 理解し、しかしすぐに俺はシグレの姿を捉えた。首を抑え、蹲る彼女の姿。

 無論、見逃す選択肢があるはずもなく。

 俺は彼女に追撃をするべく地を蹴り、


「うぇっ、す、『スリーカード』!」


 到達するより先に、俺の身体は上から抑えつけられる。抗い難い力。動けなくも無いが、今の俺には跳ね除けるには強すぎる。

 俺の動きが弱まったのを見て、シグレは慌てて退いた。今までの様な化け物染みた動きでは無く、本当に慌てて走るような、ぎこちなさすら覚える動きだ。

 それから、俺の方を見て、手を翳す。


「やった、もういっちょ『スリーカード』!」


 重さが倍になる。これは……もう、動けない。せめて膝を着くところで堪えるが、それが限界だ。

 シグレは俺が動けないのを見ると、安心したかのようにその場に尻もちをついた。……本当にシグレか、と疑問に思う程に今までとは様相が違う。それとも、これがアイツの素なのか?


「ストップ! 落ち着いて、橘! 私だよ! 宮下! 宮下小雪!」


 両手を俺に向けて、ストップの意思表示を示すシグレ――――いや、宮下と言ったか、今?

 宮下。俺があの訳の分からない世界で話をした人物。

 そう言えばアイツはシグレと同居をしているとか言っていたような……


「あー、もー! 他の皆も待って! ええい、もういっちょ、『スリーカード』!」


 俺の傍まで来ていた、一佳たちも動けなくなる。強烈な重み。もう、立ち上がることは出来ない。

 宮下は俺たちが動けなくなるのを見て、盛大に安堵の息を吐いた。吐いて、ゆっくりと立ち上がる。


「私は戦う気が無いっての……」

「ハッ、あんな喧嘩を売って置いてよく言う」

「いや、まぁ、そこは確かにそうなんだけど……」

「ふざけた態度ですね。人を半殺しにしておいて、よく宣えます」

「あー、うん。そこはごめんなさい? でも、はい、これで一旦終わりにしよ! ね?」

「……ふざけんなっ! ヴァネッサを殺しておいて、よくもっ!」


 宮下からすれば、身に覚えの無い所業で責められている、といったところか。……いや、違うか。アイツは確かシグレが何をしているか知覚できるし、身体の所有権もあると言っていた。

 つまりは知っていてシカトしていただけ。

 なら、責任が無いとは言えない。


「あー、ピンチに助けに入ったはいいけど、結構貧乏くじ的な?」

「……見りゃ分かるだろう」


 重圧は一時的なものらしい。少しずつ効力が弱まっている。このままなら、再び動くまでは大して時間は必要ない。

 脚部に力を込める。シグレが引っ込んだ以上、宮下は戦闘方面についてはど素人もいいところの筈。なら、不意さえつけば潰すのは容易かろう。

 潰す――――そう、潰す。

 大丈夫。俺は、出来る。

 ……問題があるとすれば、他の面々が飛び掛かって、徒にシグレを刺激しないかだが、


「……痛み分けにしない? 私がシグレにバトンタッチしたら、今度こそ皆ダメっしょ?」

「それで退くとでも? 舐められたものです」

「右に同意見だ。喧嘩の責任は取ってもらおうか」


 ……これはダメだな。アリアとネムは戦う気満々だし、一佳と一緒にいるもう1人は、殺意に満ち溢れている。このままなら戦闘は避けられない。

 重圧は緩和してきているが、まだ飛び掛かるには強い。今はまだ、力を貯めろ。3人が勝手に動くこともそうだが、シグレが出てくるまでのギリギリのタイミングを見極めろ。目立たず、注視される事無く、ただその時を待て。


「はぁ、もうちょっと皆命を大事にしない? そりゃあシグレは悪いことをしたけど――――」

「黙ってよ! アンタの口からそんな言葉聞きたくもない! 動けるようになったら、覚悟してよ!」


 一触即発なんて、そんな生温いものじゃない。明確な殺意。動けさえすれば、今すぐにでも飛び掛かるのだろう。

 その怒りの余波を受けながら、呼吸を整える。痛みも疲労も酷いけど、まだ動ける。シグレをぶちのめしにかかれる。

 それにしても――――ヴァネッサ。彼女の言うヴァネッサが俺たちが知るヴァネッサと同じなのであれば、アイツはシグレに殺されたという事か。……信用はしていなかったし、そもそも親しくも無いが、彼女がいなければ今日と言う日に此処には居られなかった。……そう考えたら、弔いの一つくらいは、一撃に乗せても良いのかもしれない。


「……まぁ、うん、理解は……もういいや」


 ……さぁ、脚力は充分。


「戦闘する気は無いからさ」


 見極めろ。


「暫くはそうしていてよ」


 意識が逸れて、重圧が緩和して。


「てことで、じゃあね」


 飛び掛かれる、その瞬間を――――


「『フォー』」


 見極めろ!











 低姿勢からの突撃。

 レスリングを齧っていた友人に、蘊蓄として疲労をしてもらった。

 相手の姿勢より下に潜り込み、足を取り、バランスを崩す技法。

 柔道で言うところの双手狩りみたいな技。

 当然実戦で使った事なんて無いが、知識を動員して、今できる最高の一撃を見舞ってやる。

 それがレスリングだろうが、柔道だろうが、はたまた空手だろうがキックボクシングだろうが剣道だろうが何でもいい。

 今できる事を、全力でやる。

 それだけだ。


「っ、やっ!」


 地面が爆発した。

 そう思えるほどの轟音だった。

 それがまさか自分の飛び出しによるものとは思いもしなかった。

 ただ現実として、まるで第三者の如く、俺は地面を尋常ならざる力で蹴り、宮下に一瞬で肉薄し……その細い腰を取る。

 そのままバランスを崩させ、地面へ。刀を抜く間など与えない。此処で潰す。その想いだけは変わらない。

 ……だが、


「発動、済み」

「っ!?」


 取った筈の身体が消え失せる。

 確かにあった筈の感触が無くなる。

 結果、俺は1人で地面に転ぶような形になった。

 慌てて体勢を立て直すが、宮下の姿は見えない。


「アイツは!?」

「分からない、消えた!」


 遅れてアリアが俺の元に来るが、彼女も宮下が何処に消えたかは分からないらしい。


「キョウヘイが押し倒した瞬間に消えた。気配ごとだ」

「そう、か……」


 周囲を見渡すが、確かにアイツの姿は見えないし、あの悍ましい気配も感じない。

 本当に、何処に行った。

 油断はせず見渡す。それだけでなく、探知のスキルを使用してシグレと宮下を追おうとするが……


「っ」

「キョウヘイ?」


 膝が地面に着いた。

 自覚よりも早くに力が抜けた。

 何を、と。疑問に思う間もなく、視界が回り、明滅を始める。

 動け。まだ、動け。

 己に言い聞かせ、奮い立たせようとするが――――


「キョウヘイ! クソッ!」

「お兄ちゃん!」


 アリアの声と一佳の声。

 その二人の声が、俺が覚えている、最後の事だった。


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