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4-9

 やべぇ女の子がいる。

 目の前で笑う彼女(宮下小雪)を見て、俺は一も二も無くそう判断した。

 ……何でかって?

 こんな気味の悪い場所でニコニコと笑っているんだ。

 そんなヤツをマトモだと思う度胸は、俺には無い。











■ 妹が大切で何が悪い ■











 宮下小雪と言う子は、どうやら話が取っ散らかるタイプらしい。

 話したい内容と話す内容に相違が生じたり、散見したりするのは、誰にでもある事だ。が、彼女はそれが酷い。

 今だって、簡単な自己紹介からスタートしたはずの会話は、気が付けば彼女の友人の話になっている。

 適当に相槌を打っているだけなのだが、彼女は構わず話を続けているのだ。

 ……えーと。整理をしよう。

 彼女は宮下小雪と言う名前で、俺や一佳と同じ日本人。

 出身は千葉県。

 地元の高校に通う一年生。

 この世界の事を噂で聞き、試しに友達と入ってみた。

 だが友達とは離れ離れになってしまった。

 ……有用な情報は此処までか。後は彼女の友達がどんな人物かについての話になっている。別段知りたいと言える内容でも無い。


「その友達とは離れ離れのままなのか?」


 話が取っ散らかったまま明後日の方に行っているので、軌道修正を試みる。と言っても露骨な修正は望んだ情報を得られにくくする事になりかねない。

 相手に気持ちよく話をさせつつ、自分の望む展開に導く。

 営業の基本だ。


「ヒロミとメイとは離れ離れのままだよ。結構長いかな、もう。2年くらい経過してると思う」

「2年? え、じゃあ、こんなところに2年もいるって事?」

「そうだよ。あれ、言ってない?」


 聞いてねぇよ、と言いたいのを堪える。こういうタイプは、言いたい事だけを言って、他の事には無頓着なのが多い。例にも漏れず、彼女もそうだと言うだけだ。


「帰る方法も見つからないし、ずるずるとシグレとの共同生活が続いてんだよね。だからシグレ以外と会話するのも久しぶりかな」

「シグレとの共同生活?」

「うん。一つの身体を分け合ってんの」

「分け合ってる?」


 当然の事の様に言葉を吐かないで欲しい。逐一質問を挟まないと理解が追い付かない。


「そ。元は私の身体なんだけどね。山賊ってヤツ? そういうのに襲われた時に、妖刀を抜いたんだよね。その時からの仲」

「それって、シグレは妖刀だったって事?」

「うん、そう。で、その時から身体を半々に分け合う事にしたの」

「……だから、シグレとの共同生活って事か」

「そうそう。まぁ、基本はシグレに任せているけどね。私、戦えないし」

「……じゃあ、宮下が表に出てくることは稀なのか?」

「そうだね。私が出るとしたら食事の時くらいかな。この世界って結構ヤバみな食べ物多いんだよね。この前だって――――」


 また話が脱線するが、とりあえず放って置く。それよりも情報の整理だ。

 シグレの身体は、元々宮下の身体。

 そもそもシグレは妖刀ってやつで、固有の身体を持っていなかった。

 だから、宮下の身体にて借り暮らしをしている状態。

 ただ基本的には、シグレが表に出て行動をしている。

 宮下は別にこの状況に異議を唱えるつもりは無い。

 ……ん? じゃあ、今はシグレが宮下の中にいるって事か?


「……そう言えば、クルメアって街のパフェが美味しいって聞いた事があるな。食べた事は?」

「無い! どんなパフェ?」

「確か……季節のフルーツパフェだったかな」

「フルーツパフェ! いいね! 今度シグレに訊いてみよっと!」

「シグレは連れってくれるのか?」

「大体は言う事聞いてくれるよ。聞かなくても、この身体は私のものだし、無理矢理に言う事聞かせるけどね」

「へぇ、じゃあ、好きな時にシグレを制御できるんだ」

「まぁね。でもシグレって大体の時が戦っているから、滅多にはしないよ。いきなり戦っているところに出たくないし」

「シグレが何をしているかってのは分かるのか?」

「分かるよ。生放送見ている感じで、映し出されるからね」


 やや遠回りになったが、有益な情報が入手できた。

 肉体の主導権は、宮下にある。

 そして、宮下が望めば、いつでも代わることが出来る。

 さらに、中に居てもシグレの状況は分かると。

 ロボットを操縦するようなものか? あ、いや、全然違うか。


「映し出されるって事は、脳内で見える感じか?」

「ううん、違うよ」

「?」

「言ったじゃん。生放送見る感じって」


 ……比喩表現じゃないって事か?

 じゃあ、


「テレビとかに映るって事?」

「そゆこと」


 ……ここで? 四方八方骸骨と毒々しい空しか見えないこの薄気味悪い場所で?

 プロジェクターみたいな感じにでもなるのか?


「ここだと見れそうにないけど、どうやって見ているんだ?」

「ここはシグレの住まいだからね。私の方に来れば分かるよ」

「シグレの住まい?」

「そう。言ったじゃん。共同生活しているって」


 いや、そうは言っていたが……どういうことだ?


「うーん……そうだ、来てよ! さっき開けた穴から私の方に行けるから」

「宮下の方?」

「そうそう、見た方が早いって」











 俺はこの場所が、ダンジョンみたいに、どこか別の場所だと思っていた。

 或いは、ミリアと会話した最期の場所のような。夢の世界とか。

 だが宮下の話を聞く限り。俺の考えはどちらも間違いで。

 どうやら今いる場所は宮下という身体の意識の中らしい。

 ……何で俺がそんなところにいるのか。

 疑問への答えは、無い。




「こっちこっち」


 そう言って宮下に続いて、俺は彼女が出てきた穴の中に入る。

 黒々とした、何も見えない穴。

 入る事に抵抗が無かったわけじゃないが、入らないと事は進まない。


「……これは」


 そうして。入った先は。

 先ほどまでの気味の悪い世界とはまるで違う。

 リビング。

 それも、こっちの世界では無く、俺たちが住んでいた世界でのリビングだ。


「適当に座ってて。えーと、リモコンリモコン……」


 ぽいぽいぽい。クッションをひっくり返してリモコンを宮下は探し始める。片付けが出来ないタイプなのだろうか。一見すると部屋は綺麗に見えるが……


「あったあった」


 見つけて、掲げて、ボタンをぽちっとな。テレビ特有の、起動したときの低くて薄いノイズ。それから、黒かった画面に映像が映し出される。

 ――――争い。振るわれる刀と、間一髪でそれを避けるアリア。


「こうやって見ることが出来るんだよ。眼で見た光景が映るから、こういう戦闘中の時は結構見辛いんだけどね」


 テレビからは、シグレのあの煩わしい声が聞こえた。あの怖気を感じる笑い声だった。

 憎々し気に此方を睨み付けるアリア。だが彼女は攻勢に出れない。シグレの攻撃を躱し、防ぎ、時にかすり傷を負う。防戦一方。だがそれも長くは続くまい。……シグレの方が、明らかに優勢だからだ。

 と。大きく映像が変化を見せる。攻勢に出ていた筈のシグレが跳び退いた。同時に、黒いデカいナニカが2人の間に割って入る。――――ネムだ。


「こんな感じで映るんだよね。今みたいなときは絶対代わらないなぁ」

「……ここは、宮下の意識の中なんだよな?」

「? そうだよ?」

「……何で俺は、此処にいるんだ?」

「確かに」


 確かに、じゃねぇよ。そう言いくなるが、言っても仕方が無い。俺が此処にいる理由を、宮下が知るはずもない。


「もしかしたら、シグレが持っている妖刀のせいかなぁ」

「妖刀?」

「そう。シグレって刀を集める癖があるの。それかも」


 つまり、集められた刀の効能によるものだと。……理由としては有りだろう。否定する根拠は乏しく、寧ろ此処に来るまでの記憶を思えば、有りの可能性の方が高い。

 妖刀の効果。自身の精神世界に、斬った相手を連れてくる。

 意味が分からないが、そういうのもあるのかもしれない。


「……どうやったら出られるかとか、分かるか?」

「うーん、分からないなぁ。だって、こんなこと今までになかったし」


 そりゃあ……まぁ、そうだろう。宮下の言う通りだ。前例が無いのに解決策なんて出る筈もない。

 なら……似たような時にはどうだったか。ダンジョンの時は? アレは魔石を起動させて戻ったか。黒々とした世界も泳いで出たっけ。出口の無い部屋は……薄い壁を壊したか。

 ……起こり得る現象には、何事にも必ず説明がつく。そこに至るまでの道筋が存在する。俺が此処に来た事が、仮に妖刀のせいだとしても。来た以上は、出る方法があるはずだ。必ず、絶対に。


「というか。橘って、さっき外で戦っていたよね?」


 何を今更と言うか。寧ろ気付いていなかった事にこっちは驚きだ。


「……あぁ、そうだな」

「なら、念じてみたら? なんか出来るっぽくない?」


 簡単に言ってくれる。それで解決したらこんな苦労しないだろうが。

 能天気な言い方に苛立ちを覚えるが、すぐに霧散させる。頭越しに否定しても意味が無い。何かを言う前に、先ずは試してみないと。


「……ああ、それもそうか。ちょっと試してみる」


 言って。念じる。

 自分の姿。橘恭兵という一個体を。

 25年。ずっと一緒だった身体。

 思い描けないなんて。

 そんな馬鹿な事は、無い。


「あ! あそこに倒れているのって、橘じゃない!?」


 ……集中をしているところに邪魔をしてほしくないものである。

 崩れたイメージ。はぁ、と。苛立ちを含んだ息を吐き出して。

 俺は眼を開けた。

 眼を開けて、その映像を見た。


「――――っ!?」


 倒れる俺。

 手を翳す一佳。

 必死の形相の一佳。

 その一佳が。

 急速に大きくなり。


「イチ――――」


 2人の間に影が割って入る。

 アリアやネムとは違う、別の少女。

 だけど意味は無い。

 防ぐことも止める事も出来ず。

 振り払われるように、それは一佳の方へ弾かれて。

 2人は一緒に床を転げる。


 そして、そんな彼女たちに。


 画面の端から振り下ろされる、鈍い輝き。











 切欠は何か。

 別にそんなのはどうでも良い事だ。

 理由は後で考えて、理解すればいい。

 今必要なのは、原因の特定じゃない。

 これからどうするかだ。




 戻った。

 一の二も無く、そう判断する。

 視界がまったく別種の世界に変わったとか。

 多種多様な臭いがする事とか。

 息づかいや、血を踏みしめる音がする事とか。

 喧しいくらいの心音だとか。

 隣にいた宮下の気配が消えた事とか。

 あの悍ましい気配を身近に感じる事とか。


 諸々の理屈は、今は別に良い。

 それは今考える事じゃない。


 だが動こうとして、腹部に痛みが走る。

 腹痛という内的要因じゃない。

 言うまでも無く、貫かれたことによる外的要因。

 久しく感じていなかった、感覚。

 あぁ、痛い。

 すごく痛い。

 そして今の痛みに呼応する様に、身体の節々も痛みを訴え始める。

 けど、そんな痛みは。

 思考を割くほど重要な案件では無い。


「――――フッ!」


 短く、痛みを逃す様に、気合を入れ直す様に。

 呼気を吐き出す。

 吐き出して、イメージする。

 痛まないための身体の動きじゃない。

 視界の端の輝きへの、迎撃。

 その為の動きをイメージする。

 動け。

 動け。

 動け、動け。

 動け、動け、動け。

 動け、動け、動け、動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け――――っ!!!


「う、お、お、おっ!」


 引き延ばされた感覚。

 分かる。視界の端で振り下ろされているスピードが緩くなる。

 傍で舞う土埃が止まっているかの様。

 さぁ、整えろ。

 呼吸も、鼓動も、痛みも、意識も。

 今のこの一瞬だけで良い。

 後のことなんてどうでも良い。

 本当に、今、この瞬間だけで良いから――――


「お兄ちゃん……?」


 ……声が聞こえた。

 懐かしい声だ。

 知っている声だ。

 よく知っている声だ(・・・・・・・・・)

 そして望んでいた声だ。

 聞くことを望んでいた声。

 ずっと――――ずっと、聞くことを望んでいた、声。


「ぬ、ぅ――――!!!」


 その声を聞いて。いや、聞いたなら。

 尚更、此処で止まっているわけには行かない――――っ!!!


「――――お、お、おおっ!」


 返事はしない。

 今は優先せざるを得ないことがある。

 代わりに、一蹴り。

 目の前の敵に、一蹴り。

 迎撃として得物を弾き、そのまま首を狙う様にして

 殺す気で――――かますっ!


「――――チィッ!」


 当たった。間違いなく。

 蹴り抜いた、間違いなく。

 ああ……だって言うのに。相手は衝撃が伝わり切る前に、身体を捻って、衝撃を逃した。

 気配が離れる。距離を置かれた。追撃には……移れない。欲を言えば今の一撃で決着がつくことが望ましかったが……いや、言っても仕方が無い事か。


「お兄ちゃん、だよね……?」


 後ろから声が聞こえる。

 聞き間違えるはずが無い。

 そうとも。知っているさ。

 その声を、知っているさ。


「……ったく、やっとかよ」


 一佳と話した記憶は、あんまりない。

 それは俺の1人暮らしが長かったせいかもしれない。

 偶に帰って。その度に大きくなっていて。

 服装とか、髪形とか、趣味とか、話す内容とか。

 そう言うのが変わっているから、あんまり話についていけないこともあって。

 だから一般的に言うような兄妹の仲では無いのかもしれない。

 もしかしたら兄妹と言うよりも、親戚と言う方が正しいかもしれない。

 だが、それでも。

 コイツは、俺の、大切な――――大切な、妹。


「1年近くも音信不通になりやがって」


 拳を握る。まだ握れる程度の力は入る。

 足の指に力を込める。まだ地面を踏みしめていられる。

 痛みは……全然無視できる。大丈夫だ。


「帰ったら、皆に謝りに行くぞ。阿呆」


 振れる感情。熱くなる目頭。涙腺が弱くなっている。

 年齢のせいか――――ああ、きっとそうだ。そうに違いない。


「アイツぶちのめして、帰るぞ」

「――――うんっ!」

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