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4-8

その頃のあの人は、的な。

キョウヘイのターン。


※7/13 誤字脱字修正

 腹を貫かれたのは分かった。

 最初に感じたのは異物感。体内を突き進んでくるその感覚を気持ち悪いと感じた。

 それから熱さ。間髪おかず、痛み。

 そして。

 声を上げる間もなく。



 ――――何かが入って来た(・・・・・・・・)











■ 妹が大切で何が悪い ■











 死ね、と。

 それが囁く。

 腹を通して、身体を侵し、脳に直接囁いている。

 それは男の声のようで。

 それは女の声のようで。

 それは老人の声のようで。

 それは幼児の声のようで。

 それは上司の声のようで。

 それは後輩の声のようで。

 それは同期の声のようで。

 それは友人の声のようで。

 それは家族の声のようで。

 それはネムの声のようで。

 それはアリアの声のようで。

 それは一佳の声のようで。

 それは――俺自身の声のようで。

 それは絶え間なく、俺に囁き続ける。

 死ねと。

 死ねと。

 死ねと。死ねと。死ねと。

 死ねと死ねと死ねと死ねと死ねと死ねと死ねと死ねと――――


「うるせぇ」


 溜息。

 嫌になる。

 喧しくて仕方が無い。

 体内に勝手に入ってきたと同時に、それは俺の許可も得ず只管に雑音を奏でている。煩わしいことこの上ない。だが俺の怒りはそれには露ほども効いておらず、出て行く気配も一切無い。頭を叩いても左右に振っても、全く意味が無い。


「で、どこだよ此処」


 気が滅入りそうになるのを堪えて、俺は疑問を口に出した。わざわざ口に出したのは、頭で思考を重ねているだけだと、この声に邪魔されかねないからだ。


 さて。


 俺は今、随分と気味の悪い場所に居る。

 足元には大量の骸骨。

 空は毒々しい曇天。

 地平線の先まで四方同じ光景。

 頭の悪い地獄絵図。

 誰もが思い描く様な、実にわかりやすい地獄の絵面。

 或いは趣味の悪い墓場か、戦場跡地とでもいうのか……

 何にせよ、こんな場所など見たことも無いし、心当たりもない。


「……転移魔法か?」


 記憶の最後は、イーリス聖教国の、あの城内。ホール。

 そこでシグレに刀で腹を貫かれた。肉を割き、抵抗空しく入り込む刃。そしてこの気味の悪い感覚。一瞬とは言え油断した事による対価。それは覚えている。

 だが。気持ちの悪さに思わず目を瞑り、次に開いた時にはこの場所にいた。この骸骨だらけの気色の悪い場所にだ。

 最後にいた場所とは、全く違う場所。こんな一瞬で移動するなど、転移魔法か、或いは飛行石くらいしか手があるまい。

 だとすれば、俺は転移系の何かを喰らったってことか?


「……傷は、ある」


 心当たりは、当然貫かれたあの一刺ししかない。

 服をめくると、確かにそこには傷がある。血が流れ、空いているのが分かる。不快感を感じる。

 だがそれだけだ。

 痛みは無い。動き辛さは無い。試しに、恐る恐るだが、穴に指を入れてみる。……やっぱり、痛みは無い。

 痛覚が飛んでいるのだろうか。試しに頬を殴る。痛い。わき腹を抓ってみる。痛い。穴に指を入れる。……痛くない。


「気持ち悪ぃ」


 率直な言葉が零れる。声や場所もそうだが、俺の身体に起きている異常事態。痛みは異常の発信信号だ。それが部分的にとは言え機能しないなんて、異常事態と言う他ない。


「……死んだ?」


 んなわけあるまい。言葉にして、すぐに否定を重ねる。心臓は動いている。考える事も出来る。そもそも死んだというのなら、この身体の異常事態への回答はどうするのか。この煩わしい声は何だと言うのか。

 死ね、死ね、死ね。

 様々な声で繰り返される罵倒。これのせいで思考が邪魔される。雑音として処理をするにしても、実に煩わしい。耳を塞いでも意味が無い。脳内に直接囁いてきているのだ。


「……順当に考えれば、シグレの刀だよな」


 この状況を引き起こした原因。それは十中八九、シグレの刀だろう。アイツの一撃を喰らったのが最後なのだから、それ以外の原因を探す方が難しい。

 魔具、或いは呪具の一つ、ということか。アリアの大剣と同じで、特殊効果付き。刺した相手を、別の場所に移動させるとか?


「いや、待て。耐性ついてたよな?」


 ふと。彼是ずっと忘れていたスキルを思い出す。

 なんか、こう言うのに耐性ついていなかったか?

 そう思い、ステータス画面を開く。

 『呪い』。

 すると真っ先に、その言葉が出てきた。


「呪い、ねぇ……」


 呪いの文字をタップする。だが出てきたのは、文字化け化した言葉のみ。解読は不可能だし、わざわざ時間を割く気も起きなかった。


「ん?」


 画面を移動させようとしてタップしたが、何も動かない。もう一度タップすると、今度は全画面に奇天烈な文字群が表示される。なんだこれは、エラーって事か?

 閉じて、もう一度開く。

 だが映し出された光景は同じだった。

 多種多様な文字で規則性も無く埋め尽くされた、青色の画面。


「……なんだってんだ、こりゃ」


 二、三回ほど繰り返すが、何も変わらない。これがoutlookのメールなら、エンコードから言語設定を変えれば治ることもあるが、これには残念ながら当てはまらない。結局諦めて、俺はステータス画面を閉じた。

 とすると、次は『探知』のスキルを発動する。これまで何度となく役に立ってきたスキル。

 だが今回は、何の光景も出てこなかい。

 いつものようにアリアを、そしてアリアの大剣を思い描いたが、何も出てこない。


「……どういうことだ?」


 ケントの街で。一瞬だがアリアの姿を見た。

 ダンジョンで。世界が異なれど、導はアリアへとつながった。

 ならば、ここで発動しないなんて。そんな道理はあるまい。

 ……だが、何度念じても結果は同じ。

 光の導も、アリアの姿も、大剣も。何も見えない。


「スキルの不発……もしくは、無効化?」


 仮説。この仮説を確証にするには、事例を重ねる他ない。だが俺のスキルに、探し人以外に可視化できるようなスキルはあっただろうか。……正直、あまり覚えていない。『探知』のスキルばかりを多用し、他を軽んじていた弊害か。画面を見れないのが、実に恨めしい。

 この後も時間を置いて、同じようにステータス画面を開閉したが、結果は同じだった。











 この場で考え続けても仕方ないしどうしようもないので、とりあえず歩くことにする。

 骸骨の地平。一歩進むごとに、足元で骨が割れる。骨が積み重なり過ぎて、地面は全く見えない。少し足元を蹴飛ばしてみたが、新しい骸骨が現れるだけだ。

 パキッ、ピキッ。

 ペキッ、ポキッ。

 ……それにしても随分と景気よく割れることである。

 なんだか自重で沈んでしまうのではないかと思ってしまう。


「ったく、何が何だか……説明が欲しいことばっかりだ」


 この状況もそうだが、俺はこの国にきてから訳の分からない事ばかりが連続している。

 結界に弾かれた事。誰も居ないイーリス聖教国の本国内の事。シグレの突然の襲撃。

 今までも訳の分からないことが無かったわけじゃないが、それらには一応の説明がついている。本当に純粋に疑問ばかりが積み重なっているのは、初めての経験だ。


「早く戻らないといけないってのに」


 アリアたちが心配――なだけではなく。それ以上に、確かめたいことがある。

 一佳。

 俺の妹。

 最後に、確かに。

 俺はアイツの声と、アイツの姿を見た。

 咄嗟にして一瞬の事だったが、多分間違いは無い。

 あの場に、一佳はいたのだ。

 あの――シグレと言う危険人物がいる場にだ。


「……どうやって戻るんだ、クソッ」


 気持ちが逸る。

 無事であってくれと、焦燥ばかりが募る。

 あの場所には、アリアもネムもいる。いるが、相手が相手だ。彼女たちの実力を疑う訳じゃないが、何がどうなるか分からないのだ。

 ――――シグレ。ダンジョン内で出会った、イカレ女。頭のネジが外れた戦闘狂。

 アイツは強い。癪だが強い。先の襲撃でも、アイツは余裕綽々だった。俺たち三人を相手取って、尚も余裕があったのだ。

 俺の拳も。

 アリアの炎も。

 ネムの突撃も。

 アイツは最小限の動きだけで防ぎ、いなし、避ける。

 そこに焦りも、恐れも、何も無い。

 あるのは、気味の悪い笑顔だけ。

 獲物を見つけた、狩人としての笑顔だけ。


「……チッ」


 思わず、舌打ち。それから、腹部を撫でる。

 初撃は本当に急だった。

 アイツは空間を裂いて現れ、真っ先に俺の首に向けて刀を振るった。籠手でのガードが間に合わなければ、首が胴体と泣き別れしていただろう。感慨も、友好も、敵意も、殺意も無い。呼吸をするような自然さで、アイツは人に刀を向けてくる。

 そしてあの、関西系の訛りと方言を混ぜ合わせた、奇怪な口調で言葉を吐くのだ。

 会えて嬉しい、と。

 ……俺からすれば死神と疫病神のハイブリットに出くわしたようなもんだから、全く嬉しいわけが無いのだが。


「……空間を裂いて出た、か」


 シグレが目の前に出てきたことを思い出し。何も無い虚空を手で撫ぜる。

 空間移動と言うのか、次元移動とでも言うのか。どういう原理かは分からないが、認識外の空間からの奇襲を俺たちは受けた。あれは、シグレの能力なのか。それとも、刀の能力なのか。アレと同じことが出来るなら、元の場所へと戻れそうだが……


「……ハァ、うるせぇな」


 思考を重ねている間にも、声は止むことなく続いている。

 死ね、と。死ね、と。

 何度も何度も繰り返し絶える事無く。

 あらゆる老若男女の声で。

 俺の脳に直接ぶち込んでくる。

 ……これも、シグレの刀の能力なのか?

 精神的な苦痛と言う意味では、充分に効果がある。

 脳内に直接囁いてくるから、耳を塞いでも効果が無いのだ。

 おかげで、ずっと聞く羽目になる。


「あー……うぜぇな」


 流石に頭を割って脳みそを穿るわけにはいかない。

 だが頭痛みたいなものと割り切るにも程度が酷い。

 何か手はないか、と考えて。そう言えばあの訳の分からない力――めんどくせぇ、魔力(仮)だ――なら声だけ追い出すことは出来ないだろうか。

 体内で練り上げるのは初めてだが、やってみる価値はある。


「えーっと」


 苛立ち混じりの言葉を零して、目を瞑る。脳内をイメージしやすくするためだ。不幸中の幸いにして、ずっと囁き続けられているおかげで、脳のイメージは容易い。あとはイメージした脳の中心部から、声を押し出すようにして魔力(仮)を広げる。

 効果は……あり。少しばかり声が小さくなった。

 ならばと、魔力(仮)を強めて見れば……


 ――――ガシッ


「うおっ!?」


 脚を掴まれる。脳内のイメージに集中し過ぎてたこともあり、焦りと驚きに思わずバランスを崩した。

 骸骨の上に尻もちをつき、足を見てみれば――――


「!!!?????」


 人間、驚きすぎると声が出なくなるらしい。

 或いは予想外な事に出くわすとこうなるのか。

 いや、何でもいい、どっちも同じことだ。

 出すべき言葉が出てこなくて、開閉するだけの口。言語機能はマヒして動かず。

 混乱の極みで身体自体も動く事を忘れている。思考も混乱していることは正しく認識せども、行動にまでは及ばない。

 ただ。先ず。

 見たままに事を述べるなら。

 俺の足を、人の手が掴んでいる。

 骸骨では無く、生身の、人の、手だ。


「え、あ、なに!?」


 直情的な言葉が口から零れる。違うそうじゃない。他に口にする事があるだろ。ほら、なんか。なんでもいいから、いやなんでもよくはないか。

 もっと混乱すべき状況に出くわしたことは数あるのだが、全く以って予想外な状況過ぎて、混乱が酷い。こんな混乱するような人間だったか、俺。

 落ち着け。深呼吸。無理に事を解決しようとするな。先ずは落ち着くことに全力を注げ。いやほんとマジで。


 ――――ずぼっ!


「……驚かねぇからな。もう、驚かねぇからな」


 誰に対しての良い訳か。

 目の前から、また手が出てくる。生身の手。……右手か? 俺の足を掴んでいる手を見る。左手。対になっている?

 待ってみるが、何も出てこない。変わらない。相変わらず人の足を掴んだままの左手と、所在なさげにあちこちの骸骨を叩いている右手。……なんだこれ?


「……出さなきゃ、ダメか?」


 見るからに怪しい手だが、この骸骨とか雑音とか以外での、初めての変化点だ。

 速く戻る事へ、利用出来るか、出来ないか。

 ……悩んでいる時間も、惜しい。


「ふぅ」


 強めに息を吐き出す。吐き出して、右手を握る。びくりと。右手が驚いたように痙攣した。

 左手は、足から離して、しっかりと握りしめる。これで両手とも掴んだ状態だ。


「出すぞ」


 返事を聞くつもりも待つつもりも無い。

 言うだけ言って、思いっきり俺は引っ張り上げた。

 魔力(仮)のブースト付きの、文字通りの全力だった。











 足元が爆ぜる。

 骨が飛ぶ。

 抵抗は少々。

 勢い余り過ぎて、引っ張った相手はぐるりと一回転。

 俺自身も背中から倒れ込む。

 多少力任せが過ぎたかと後悔しなかったわけでも無いが……まぁ、結果オーライだろう。


「い、たた……」

「あー……大丈夫――――」


 言葉を失った。

 2回目の混乱。

 だが初回とは違い、今回は身体が何よりも先に反応した。

 相手を目視し、認識した瞬間に。

 俺の身体は大きく後退して、距離を取った。


「痛たた……やっと出れたー……」


 そいつは、背や頭を撫でつつ、ゆっくりと立ち上がった。

 ショートボブの黒髪。透き通るような白い肌。まだ幼さを感じる、可愛らしい顔と、柔らかな笑み。

 身に着けているのは、どこかの学校の制服だろうか。シャツとスカートとリボン。この世界では見ない姿。


「災難だよ、もぅ……」


 呟きつつ、そいつの視線と、俺の視線が交差する。そいつは首を傾げると、合点が言ったかのように目を見開いた。


「もしかして、さっき引っ張ってくれた人ですか? すいません、ありがとうございます!」


 深々と頭を下げられる。90度は下げているか。それから、笑顔と共に、そいつは顔を上げた。


「助かりました! 私、宮下小雪って言います!」


 宮下小雪。そいつは、そう名乗った。日本人の名前。現代の名前。この世界では聞かない名前。

 だが俺はまだ混乱から抜け出せない。まだ理解がしきれていない。

 だって、そいつ、いや、彼女は――――シグレと瓜二つなのだから。



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