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4-5

※20/6/27 誤字脱字修正

 覚えている。

 あの声を、あの腕前を。

 あの顛末を。

 覚えている。



 ――――キョウヘイ。此処出たら、またやろか


 あのダンジョンで。

 アイツはそう言った。

 また会う事を疑わない言葉。

 アイツはこの世界に戻って来れないと思ったが、大外れだったらしい。

 俺の勘違いあれば良いが……この嫌な感覚を勘違いと判断するのは、無理がある。


「何だ、今のは?」


 訝し気にアリアは言葉を吐いた。吐いて、背の大剣に手をかける。


「……禍々しい、ですね」


 ネムもどこからかあの巨大な斧を取り出しており、周囲に油断なく視線を走らせていた。


「……場所は?」

「周囲には無いです。生命探知に反応は無し。……ですが、」

「分かる。信じられないよな」


 周囲にいない。そんな馬鹿な事があるか。ネムのその感覚は、きっと正しい。

 あの女なら、きっと生命探知すら潜り抜けてくるだろう。

 それは予感では無く確信だった。











■ 妹が大切で何が悪い ■










 『時の牢獄』という禁術がある。

 効果は、この世界とは別の次元に対象者を捕らえ、監禁する。

 脱出するには、術者が許可するか、術者が死なないと出られない。

 私も本を見て知っただけだから、それ以上は分からない。


「別に取って食べようなんて思うとらんのや。せやからそない眼で見ぃひんといてや、聖女様?」


 私の目の前で、女の人が嗤っている。それはそれは楽しそうに嗤っている。

 ショートボブの黒髪。透き通るような白い肌。年齢は……私と同じくらいだと思う。可愛らしい顔立ち。柔らかで、それでいて不気味な眼差し。

 ――――『鬼神』シグレ。

 魔族を単体で斃せる実力者にして、それ以上の被害を周囲にもたらす第一級の危険人物。

 どう言う訳か分からないけど、私はコイツに捕らわれたらしい。

 それも、おそらくは禁術で。


「ぐ、ぅ……」

「ターニャ、ダメよ。動かないで」

「イチカ……でも、アイツは……っ」

「ダメ」


 敵意を迸らせるターニャ。私が止めていなければ、すぐにでもシグレに跳びかかるだろう。だけどそうさせるわけにはいかない。だって今彼女が動けば――――


「せやで、お嬢ちゃん。聖女様のお言葉には従っとくべきや。早死にしたくはないやろ?」

「黙れ……っ!」

「コイツで斬られとんのに元気な事やな。ま、無理はせんことや。臓物が零れるで」


 シグレは小刀を手の甲の上で回して遊んでいた。……あれはきっと魔具とか呪具の類なのだろう。私が先ほどからターニャに回復魔法をかけているのだが、傷が全く治らない。一瞬塞がりはするのだが、すぐにまた開こうとするのだ。継続して掛け続けないと、アイツの言う通り、中の臓器とかが零れてしまう。


「流石は聖女様やな。一瞬でも回復できるとはなぁ」

「これはその剣のせいなのね」

「せやで。『打首』いうのや。ええ刀やろ?」


 おそらくは回復をさせない特殊能力を持っているのだろう。それも聖女として回復能力が強化されている私とほぼ同等の拒絶。厄介な事この上ない。多分、あの刀を壊さない限りは、ターニャはこのままだ。


「……貴女の目的は何?」


 回復をしつつ、問いかける。

 シグレは突然私たちの前に現れた。……ターニャを始めとする護衛の皆と廊下を歩いていたら、いきなりコイツが現れたのだ。

 そして一閃。本当に、私にはそうとしか見えなかった。それだけで、周囲の護衛は倒れた。ターニャも私を庇って傷を負った。そしてその時点で、生きていたのは私とターニャだけだったのだ。


「私たちを捕らえてどうするつもり?」


 シグレは日本刀で空間を裂き、そこに私とターニャを放り投げた。……あの場で殺さなかったという事は、何かしらに利用をするつもりなのだろうけど、その目的がさっぱり分からない。(聖女)を捕らえて、何がしたいというのか。


「そない焦んなや」


 シグレは余裕綽々といった態度で、ゴロリとその場に寝転んだ。私の言葉なんて、怒りなんて。シグレには何も届かない。


「アンタらはスパイスや。メインディッシュのな」


 楽しそうに。シグレは嗤った。禍々しくて、おぞましくて。でも何故か少しだけ、艶やかで。

 まるで何かを待ち焦がれているみたいで。

 ますます私には、シグレの目的が分からない。


「アイツはどうやら聖女様にご執心みたいでなぁ……アンタの身柄が必要なんや」


 ……どうやらシグレと言うよりは、別の誰かが私の身を欲してるらしい。

 心当たりは、無い。

 ありすぎて、無い。

 私の身は――――いや、私の能力は誰もが欲している。

 この国だってそうだし、教皇様だってそうだし、或いは別の王国だってそうだ。

 シグレは依頼を受けて、私を攫いに来たと、そう言う事なのかもしれない。

 何にせよ……最悪のタイミングだ。


「お兄ちゃん……」


 思わず小声で零してしまう。

 ようやく会えると思った矢先にこれだ。

 何故か同じ建物内の、それも端っこの方にいたお兄ちゃん。

 使い魔で地図を作成している最中に、偶然見つけたのだ。

 ……見つけて、すぐ会いに行こうとしなければ。シグレに攫われなかったかもしれないし、ターニャが傷つかなかったかもしれないし、護衛の皆も死ななかったのかもしれない。

 私の選択が最悪を招いてしまったかと思うと、心が押しつぶされそうになる。


「ま、もう少し待ちぃや。向こうから出向いてくれるみたいやしなぁ」


 くっくっ。嬉しそうに、それはそれは嬉しそうにシグレは嗤った。


「早よ会いたいなぁ……キョウヘイ」











 その名前を聞いて。

 その言葉を聞いて。

 私は一瞬、我を忘れた。


「キョウヘイ……イチ――――っと、噂の冒険者ね」


 多分、ターニャは私のお兄ちゃんと言おうとしたんだと思う。それを無理矢理に変えた。

 ぐるりと。シグレはターニャの言葉を聞いて、悍ましさを覚える動きで私たちに目を向けた。

 そして口角を釣り上げる。


「せやで。ええ男や」


 きひっ。今まで一番禍々しくて、怖気を感じる嗤い方。きひっ、ひひっ。堪え切れないと言った様相で、シグレは零し続けた。


「あれは私のモンや。想定外の成長。誰にも渡さへん」

「……気持ち悪ぃな、アンタ」

「生娘には分からんやろなぁ。残念な事や」


 きひっ、ひひっ。口元を拭い、尚も笑みを零す。


「力が増しているのが分かる。寵愛を受けたのは他にも知っとるが、アイツは格別や」

「……ハッ、さっさと行ってやられちまえばいいのに」

「まだや。アイツはまだまだ強ぉなる。今日はつまみ食いや」

「……ハァ?」

「キョウヘイはなぁ、何故か聖女様にご執心なんや」


 視線が私に向けられる。私個人に向けられる。真っ黒な瞳が、私を捕らえて離さない。


「聖女様、アンタは起爆剤や。キョウヘイの本気を引き出す起爆剤や」


 ……漸く私もシグレの言いたいことが分かった。

 お兄ちゃんを本気にさせる為、私を餌にするつもりなのだ。


「ハッ、舐めんなイカレ女。その前で私が殺してやる」

「腹を割かれてそこまでほざけるのなら上等や。ま、でも、アンタは別の機会や」


 ピタリと。一瞬でシグレは刀を抜いて、私の首元に当てた。冷たい感覚。そしてピリッ、と。痛みが走った。

 見れば、刀に少しだけ血がついている。


「ええ血やな。才能に溢れとる。サポート、及び回復特化。好みやないな」

「テメェ……」

「アンタもの中々ええ血やで。キョウヘイや聖女様には及ばんが……前菜程度にはなれるかもなぁ」

「ほざけ……っ!」


 跳びかかろうとするターニャを必死に止める。跳びかからせちゃいけない。少しでも動けば、すぐ傷が開く。私が永続的に回復し続けないと、ターニャは失血死してしまう。


「聖女様には大人しく従っておくんやな、半獣の生娘」

「殺してやる……っ」

「そない殺したいなら、もう少し力をつける事やな。癇癪を起こしたガキと同じやで?」


 絶対的な隔たりが、私たちとシグレの間にはあった。それは意識とか実力とか、そう言った諸々で。要はシグレには敵わないと。そう思わせるものだった。

 彼女が興味を持っているのはお兄ちゃんだけ。他には何も見ていない。私たちはエサで、それ以上でも以下でもない。


「……ああ、そうや」


 ふと。思い出したかのように、シグレは日本刀を振った。するとその場所が裂け、外の世界が見える。


「っ!?」


 その世界を見て。私とターニャは思わず目を逸らした。

 そこは酷い惨状だった。

 赤。ただただ、赤。

 そして転がる人体――――違う、もう、多分、死体。


「新入りを吸わせていたのを忘れ取ったわ。危ない危ない」


 シグレは一本の日本刀を、外から取り出した。

 真っ白な日本刀だった。柄も、刀身も、全てが真っ白。純白と言ってもいい。

 あの地獄みたいな世界から取り出したにしては、不自然すぎる白さ。血の一滴たりとも付着していない。


「『雪花』っていうんや。ええ刀やろ。血を吸わせんと癇癪起こすのが玉の傷やけど、まぁ可愛いもんや」


 これまた純白の鞘にシグレは今の刀を収めた。収めて、腰につける。

 ……シグレは合計5本もの刀を腰に下げている。そのいずれもが、『打首』や先ほどから空間を開いている刀と同様に、特殊な力を宿しているのだろうか。

 5本も刀を扱う人を私は知らないが……彼女の悪名が真の事ならば、不思議な事じゃ無い。


「さぁて、キョウヘイに会いにこうかなぁ」


 まるで恋する乙女の様に。

 シグレは嗤った。

 愛おしそうに今しがた収めた『雪花』を撫でながら。

 シグレは嗤ったのだ。











 まさかここにキョウヘイがおるとは思わんかった。運命ってやつやな。

 そう言って、シグレはまたあの気味の悪い嗤い声を零した。

 ほな、行って来るわ。

 そして散歩に出るような気軽さで、彼女は外へと出た。


「……チクショウ」


 後に残されたのは私とターニャだけ。何も無い空間で、ただ待つことしかできない。

 悔しそうにターニャは言葉を零すと、そのまま顔を両手で覆った。

 彼女は負けると、こうやって顔を覆って泣いた。

 ヴァネッサやカタリナと一緒に行動するようになってからは、無暗に泣き顔を晒さなくなってけど、私と2人きりだとこうやって零すことがある。


「……まだ負けていないよ」


 私は彼女の頭を撫でながら、なるべく優しく言葉をかける。


「……何も出来なかったのに?」

「何も出来なかったけど、死んだわけじゃない。リベンジも出来る。だから、まだ完全に負けたわけじゃない」


 そこは詭弁ってやつかもしれない。事実だけで話をするのなら、私もターニャも何も出来ずにシグレに下された。

 だけど生きている。死んだわけじゃない。

 なら、どこかでやり返せる。


「今はシグレも居ないし、全力で治すよ。そしたら、此処を出よう」

「治すのは良いけど、出れるの?」

「理論は分かっているから大丈夫……だと思う。それより、多分そこまでしたら私動けなくなるから」

「分かった。任せて」


 気休め、じゃない。

 治癒に関しては、シグレが遠のいたのか、ターニャの傷の開きが少し遅くなっている。回復しつつ原因も調べて、おおよその対処方法もアテを付けた。今持てる魔力を解呪と治癒に当てれば、回復は難しい話じゃ無い。

 此処を出る事に関しても、禁術である『時の牢獄』の概要を知っているから、それとは正反対の手順を試せば、出られるとは思う。勿論行使するのは初めてだから、絶対とは言えないけど、何もせずにいるよりは絶対マシだ。

 問題は、多分解呪と治癒と脱出をする事で、間違いなく私は全力を使い果たすであろうこと。

 こうなったら、私は完全なお荷物だ。


「外に出たらすぐカタリナに連絡を取ろう。ターニャ以外だと、カタリナじゃなきゃシグレに対抗できないよ」

「私もそう思う。……癪だけど、仕方ないね」


 何処に出られるかは不明だけど、おそらくは私たちがシグレに襲撃を受けた付近に出るだろうと思う。カタリナは遠いけど、私たち4人で繋げているテレパシーによるプライベートチャンネルがあれば、余程遠くに行っていなければ連絡がつくはず。

 口を強く結び、治癒と同時に解呪を並行して行う。シグレの前では下手に行動を起こせなかったけど、今ならば彼女の眼も無く容易だ。幾つもの呪いが複雑に絡み合っているけど、(聖女)の前では無いも同然。別に解かなくても、ちょん切っちゃえばいいのだ。

 そして地面に手を付き、世界の構成術式を紐解いていく。

 大変なのはここからだけど……大丈夫。私ならできる。

 だって私はお兄ちゃん(キョウヘイ)の妹。

 そしてこの世界の『聖女』。

 これくらい解けなきゃ、お兄ちゃんを守るなんて言えないから。




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