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※20/7/26 誤字脱字修正
猛るように燃え盛っていた炎の壁は、カタリナの怒声と共に消え去った。
決着、という事で良いのだろうか。
だが目の前にいるカタリナからは、兵士たちとは比較にならない濃さの敵意と殺意が発せられていた。
それこそ――――周囲の兵士たちが困惑するほどに。
――――殺す
突き詰めていけば、感情とは言葉以上に雄弁に事を語るのだろう。
何もカタリナは発していない。口を開いていない。だが剣を構え、俺を睨み付けるその双眸からは、言葉以上に雄弁に意思が溢れ出ている。
「……全く。念のため言っておくが、約束を違えたのは貴様だぞ」
どうしようか、と。上手く宥める事を考えていたが、言葉にする前にアリア右隣に立った。飄々とした態度と口調だが、既に剣は抜かれている。その眼はカタリナに向けて、眇められていた。
「まぁ、そうなりますよね」
アリアと同じように、ネムは俺の左隣に立った。体躯に似合わぬあの巨大な斧を構え、仕方無しと言いたげに溜息を吐いた。だがアリア同様に、剣呑にも眇められた視線がカタリナへ向けられている。
「ちょうどいい。3人まとめて殺してやるさ」
約束どうなった、と俺は言いたい。だが先ほどまでの、どこか威厳のある態度から一変して、カタリナは獣が如く感情をむき出しにして俺たちにぶつけてくる。……もしかしたら最初から約束を守るつもりも無かったのだろうか。或いは、予想外にも負けてしまいプライドが傷ついて後に引けなくなった……とかか。前者も後者もクソみたいな理由だが、出来れば前者であってほしい。プライドで簡単に言葉を翻す奴に信用などあったものじゃない。
何とか穏便に事を済ませたいと思っていたが、最早それは叶わないだろう。相手に歩み寄る気配が見れない以上、後は本格的な決着しか望めない。……無論、殺されるわけには行かないので、きっちり抵抗はさせてもらう。つまり、敵対は不可避だ。
「……穏便に済ませたかったんだがな」
呆れを隠さず、聞こえる様に言う。……穏便に済ませたいのは事実だが、此方とて敵意をぶつけられて受け入れられる程余裕は無いのだ。
改めて、構える。とりあえずカタリナさえ無力化すれば、後は烏合の衆だ。転がっているアーノルドと同じように、気絶させてしまえば問題は無い。
……ったく、本当に朝から大忙しな事だ。
■ 妹が大切で何が悪い ■
空気としては、完全に一触即発だった。
仮に敵対を止めるのであれば、それこそこの場には居ない第三者の介入で無ければ不可能だろう。
勿論、その第三者とは力量的にも、立場的にも、目前の兵士たちを統括できるような人物で無くてはならない。
だがそんな都合の良い事は起きない。
都合よくそんな人物が現れるはずも無い。
――――白煙が、舞う。
一瞬だった。対峙する俺たちの、そのちょうど真ん中。そこからいきなり白煙が生じた。
白煙は煙幕となり、互いを分断し、視界を閉ざす。此方からは何も見えなかった。
「掴まってください」
小声。だけど、聞き覚えのある声。
振り向けばつい昨日まで一緒に行動を共にしていた、スキンヘッドの褐色の男性。
――――ヨシュアだ。
「転移魔法です。お急ぎを」
言いたいことはあるが、一先ずここでその申し出を無下にする意味は薄い。
まずは俺がヨシュアの手を取り。そして次にアリアとネムが、俺の服を掴んだ。
途端、回転。
視界が歪み、渦の様にぐるりと回った。そしてない交ぜになりぐちゃぐちゃになった視界が、再び映像を創り出す。
……今度は、どこかの部屋の中。
「……これで、一旦は大丈夫です」
疲労を呼気に乗せ、ヨシュアは吐き出した。そして片膝をつく。転移魔法、と彼は言った。それは相当に魔力を消費するものらしく、まるで全力疾走をしてきた後かの様に、荒い呼吸を繰り返している。
「内部……いや、ここは、本国か」
アリアは窓の外に視線を向けながら推察した。彼女は物陰から覗く様して外を見ている。監視を警戒しているのだろうか。
ネムはカーテンを半分ほど締めると、その陰に隠れる様に腰を下ろす。この部屋には窓が一つしかない。俺もネムを真似る様に、窓の影となるところへと移動した。せっかくヨシュアの手で逃げられたのだ。彼の手を無暗に無下にするような行動は控えるべきだろう。
「ありがとう、助かった」
……そう言えばお礼を言っていなかったと思い、先ずは感謝の意を告げる。訊きたいことは多数あるが、あの場を助けてくれたのは事実だからだ。
ヨシュアは数度大きく呼吸を繰り返すと、額の汗を拭って立ち上がった。そして深々と頭を下げる。
「御無事で、良かったです」
まぁ……無事と言えば、無事か。少なくとも俺たちは5体満足だ。高所から落とされて、魔物の襲撃を受け、結界に弾かれ、挙句の果てに護衛部隊の総隊長に殺害宣言を受けてはいるが。
とは言っても、そこを彼に言っても仕方が無い。彼が悪いわけじゃないのだ。
「……悪いな。結界、壊してしまった」
恐らくではあるが、俺たちが最初に弾き飛ばされたのは、あの結界のせいだろう。飛行石で移動はしたがいいが、俺たち3人は拒絶された。だから弾き飛ばされたのだ。
何故拒絶をされたかは分からない。分からないが、事実ベースの話をするのなら、この仮定は信憑性のある仮定と言えよう。
「結界自体は自動修復されます。そんなに時間はかかりません」
「そうか」
「ただ、その……立場的には……」
「ま、最悪だろうな」
もう敵対するしかない。こちらの事情など鑑みず、あのカタリナを始めとした兵士たちは、俺たちを敵と認定しているだろう。今更手を取り合えはしない。
「名乗っちゃったし……ギルドの登録情報も、無くなるかな」
「すぐには無くならないさ。事実を調べて、審議を行う。確かに結界を壊したのは事実だが、やむを得ない事情はあるだろう」
アリアの言葉に、そう言えばやむを得ない事情――つまりは呪いがあると言った事を思い出す。……事実と言えば事実だが、俺自身はデメリットを感じていないので、どうにも何とも言い難い。ま、言い訳の一つと言えば一つか。活用できなくも無いだろう。
「……ギルド云々は、脱出してからだな」
「まぁ……そうだな……」
先の事よりも、先ずは今だ。
予想外にも本国の中にまで入れたはいいが、勝手な外出は出来まい。ヨシュアとヴァネッサ以外に見つかれば、絶対に問題が起こる。ましてや、カタリナに見つかりでもしたらもう完全に打つ手が無くなる。
……と、そう言えば、
「ヴァネッサは?」
「あの方は、会議の方に出ております」
会議。帰ってきて即会議に出席という事は、まず間違いなく俺たちの事だろう。元々調査の為に出向いていたという事だし、事細かに説明をしている事は想像に難くない。事実に沿って、多少良い方へ誇張してくれればいいが……それでも、今回の結界を壊してしまった事に作用するかと言えば、恐らくはNoだろう。
恐らく彼女が取るであろう、一佳脱出の策をシミュレートする。
……これは高確率で、一佳脱出の為の使い捨てにされるな。
「私は所定の場所へ戻ります。此処は物置の部屋ですから、この時間帯に人が来る可能性は低いでしょう。鍵もかけていきますので、問題は無いと思われますが……」
「ああ。分かった。誰か入ってきそうなら隠れるさ。ありがとう」
「食事等は……申し訳ございませんが我慢をお願いします。それでは」
ヨシュアは眉間を揉みつつ、部屋を出て行く。ガチャ。鍵のかかる音。これで誰かが入ってくる可能性は低くなった。
空いている椅子に腰を下ろし、癖になっている溜息を吐き出す。最早意図せずとも出て来てしまう。幸せが逃げる? 知った事か。
■
物置の中には時計が無いので、今の時間は分からない。分からないが、ヨシュアが出て行ってから1時間は経過しただろうか。
「――――キョウヘイは、商人というわけか」
「商人で、その実力ですか。どういう世界ですか、ふざけていますね」
最初こそこれからの行動について議論を重ねていたが、此処の詳細が分からない以上は建設的な議論は限られる。憶測で事を語ることの意味は無いとは言わないが薄いのだ。
故に、自然と会話は、俺がいた別の世界の話になった。2人にとっては未知の世界。俺がどんな国で、何をしていたのか。それをこの世界の物事に当てはめて説明をする。
「何を売っていたんだ」
「自動車って言う……馬車みたいなやつの部品だ」
「馬車みたいな? 部品?」
「ああ。と言っても、馬が引くわけじゃない。そうだな……」
倉庫に転がっていた黒板。それを使用して、簡単に自動車の説明をする。
「台車とかあるだろ。あれって引っ張らなきゃ動かないけど、それを自動で動くようにした奴だ」
「自動で? ほぉ! それはすごい発明だな」
「……どういう原理ですか?」
「車輪を……そうだな、魔法を使用して勝手に回るようにする。そんな感じだ」
「それだとすぐに魔力が枯渇しそうですが……」
「ああ。だから魔法以外のエネルギーを使うんだ」
「ほほう。技術的には随分と進んでいるんだな」
「この世界みたいに、魔法が使えるわけじゃないからな。魔法が無いから、人力でどうにかしようとした。それだけだよ」
魔法。お伽噺の世界の話。そんなのが俺の世界で実在するなど、聞いた事も無い。あるはずも無い。
……いや、そうも言い切れないか。俺や一佳が此処に来たのは、間違いなく魔法によるものだろう。子の世界よりもよっぽど少なく、そして表には決して出ないだけで、存在している可能性はある。
「自動車か……それがあれば、移動も楽だな」
「いや、飛行石なんてトンデモなく便利なのがあるんだ。こちらの世界じゃあってもすぐ廃れる」
飛行石。あれは便利な存在だ。アレがもしも現代に存在すれば、多くの産業が斜陽……いや、潰れるだろう。運送業に自動車系の製造業、あと旅行業界は、その最有力候補に違いない。
「この世界はすごいよ。俺は、全く知らなかった」
「私たちだって同じだ。……あの日キョウヘイに出会わなければ、一生無縁だっただろう」
「……日本、でしたか。行ってみたいものです」
来るのは結構なことだが、多分すぐに辟易するだろうな。何となくだがそう思う。この世界と現代は大きく違うのだ。俺だって、一佳に会うつもりが無ければ、速攻で帰る方法を模索していただろう。この世界には悪いが、自信を以てそう言える。
「ま、帰る方法さえ分かれば、それも可能だろ。アリアは……何か知っていたりは――――」
「残念だが、無い」
「そっか」
まぁそうだろうさ。アリアだって、別の世界の事など噂程度でしか知らなかった。それなのに帰る――いや、行く方法まで知っているなんて、そんな都合のいいことはあるまい。
その後もとりとめのない会話を続ける。
魔法の無い生活。
魔物はいない事。
飛行機の存在。
食事事情。
他の国。
そして――――
「……ん?」
何かが視界の端で動いた。話を中断して、そちらへと視線を向ける。……トカゲ?
「む、トカゲか。……食べるには小さすぎるな」
「分け合う意味も無いですね」
俺もこの世界で食べた事はあるが、そんなに美味しいとも思わないし、個人的にはナシの部類だ。良かったな、此処にはトカゲを食う奴はいないぞ。
くりくりと目を動かしながら、俺たちを凝視している。物珍しいのだろうか?
「……そういえば、使い魔と言う手がありますね」
思い出したかのように、ネムは呟いた。
「此処で待っていても仕方が無いですし……コレ、使い魔にしますか」
コレ。そう言って指し示したのは、トカゲ。使い魔にするの意味が良く分からないが、操れたりするのだろうか。
ネムは手をトカゲに翳す。するとトカゲは弾かれたように高速で物陰へと退避した。
「……逃げられたな」
フリーズするネム。良く分からないが、アリアの言う通り、失敗したという事か。
ギギギ。錆びついた扉の如くやや鈍重な動きでネムは俺たちを見た。すこしばかり頬を膨らませている。
「……失敗じゃありません。まだ掛けていませんから」
……薄々感づいていた事だが、ネムは存外負けず嫌いである。十七位という立ち位置と、魔族と言う種族でありながら、ふとした拍子に外見相応の子供っぽさが出てくる。
はいはい。あやす様にアリアは笑った。そりゃ逆効果だと思ってアリアに視線を送るが、全く気にした様子は無い。ネムは……ああ、やっぱり。予想通りさっきよりも不機嫌度が増している。
「使い魔、か」
ふと。使い魔で一つ思い出す。
影鬼。
ダンジョンでミリアが使用していた使い魔……ああ、いや、あれは呪術だったか。
まぁ、でも。自分の影から生み出して、命令することが出来るのであれば、それは使い魔と同義ではないか。
アレが使えたなら、もっと楽かもしれない。
「影鬼、か」
使えたりしないだろうか。少ないながらも、あの時俺はミリアの影鬼に自分の血を吸わせた。何かそれで因子が出来ているか……いやぁ、ありえないな。
俺に魔力と言えるものは無い。それはアリアが立証済みだ。魔力を介さなければ魔法だろうが呪術だろうが発動できないのに、どうやって発動しろ言うのか。
「……影鬼」
小声で。2人には聞こえないような声量で、名前を呼ぶ。呼んで、あの良く分からない力を練り上げた。
……だが、何も変わらない。
そりゃそうだよなぁ、と。天井を見上げて溜息を吐く。
まったく。溜息を吐き出したくなるくらい、俺は無い物強請りが過ぎるのだ――――
おまけ
ヨシュアのプロフィール
名前:ヨシュア・ウォン
年齢:21
種族:人間
性別:男
出身:イーリス聖教国
クラス:人工魔法使い
好きなもの:特に無し
嫌いなもの:特に無し
最近の悩み:修練の時間を満足に確保できていない




