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4-3

※20/7/26 誤字脱字修正

 猛るように燃え盛っていた炎の壁は、カタリナの怒声と共に消え去った。

 決着、という事で良いのだろうか。

 だが目の前にいるカタリナからは、兵士たちとは比較にならない濃さの敵意と殺意が発せられていた。

 それこそ――――周囲の兵士たちが困惑するほどに。


 ――――殺す


 突き詰めていけば、感情とは言葉以上に雄弁に事を語るのだろう。

 何もカタリナは発していない。口を開いていない。だが剣を構え、俺を睨み付けるその双眸からは、言葉以上に雄弁に意思が溢れ出ている。


「……全く。念のため言っておくが、約束を違えたのは貴様だぞ」


 どうしようか、と。上手く宥める事を考えていたが、言葉にする前にアリア右隣に立った。飄々とした態度と口調だが、既に剣は抜かれている。その眼はカタリナに向けて、眇められていた。


「まぁ、そうなりますよね」


 アリアと同じように、ネムは俺の左隣に立った。体躯に似合わぬあの巨大な斧を構え、仕方無しと言いたげに溜息を吐いた。だがアリア同様に、剣呑にも眇められた視線がカタリナへ向けられている。


「ちょうどいい。3人まとめて殺してやるさ」


 約束どうなった、と俺は言いたい。だが先ほどまでの、どこか威厳のある態度から一変して、カタリナは獣が如く感情をむき出しにして俺たちにぶつけてくる。……もしかしたら最初から約束を守るつもりも無かったのだろうか。或いは、予想外にも負けてしまいプライドが傷ついて後に引けなくなった……とかか。前者も後者もクソみたいな理由だが、出来れば前者であってほしい。プライドで簡単に言葉を翻す奴に信用などあったものじゃない。

 何とか穏便に事を済ませたいと思っていたが、最早それは叶わないだろう。相手に歩み寄る気配が見れない以上、後は本格的な決着しか望めない。……無論、殺されるわけには行かないので、きっちり抵抗はさせてもらう。つまり、敵対は不可避だ。


「……穏便に済ませたかったんだがな」


 呆れを隠さず、聞こえる様に言う。……穏便に済ませたいのは事実だが、此方とて敵意をぶつけられて受け入れられる程余裕は無いのだ。

 改めて、構える。とりあえずカタリナさえ無力化すれば、後は烏合の衆だ。転がっているアーノルドと同じように、気絶させてしまえば問題は無い。

 ……ったく、本当に朝から大忙しな事だ。











■ 妹が大切で何が悪い ■











 空気としては、完全に一触即発だった。

 仮に敵対を止めるのであれば、それこそこの場には居ない第三者の介入で無ければ不可能だろう。

 勿論、その第三者とは力量的にも、立場的にも、目前の兵士たちを統括できるような人物で無くてはならない。

 だがそんな都合の良い事は起きない。

 都合よくそんな人物が現れるはずも無い。


 ――――白煙が、舞う。


 一瞬だった。対峙する俺たちの、そのちょうど真ん中。そこからいきなり白煙が生じた。

 白煙は煙幕となり、互いを分断し、視界を閉ざす。此方からは何も見えなかった。


「掴まってください」


 小声。だけど、聞き覚えのある声。

 振り向けばつい昨日まで一緒に行動を共にしていた、スキンヘッドの褐色の男性。

 ――――ヨシュアだ。


「転移魔法です。お急ぎを」


 言いたいことはあるが、一先ずここでその申し出を無下にする意味は薄い。

 まずは俺がヨシュアの手を取り。そして次にアリアとネムが、俺の服を掴んだ。

 途端、回転。

 視界が歪み、渦の様にぐるりと回った。そしてない交ぜになりぐちゃぐちゃになった視界が、再び映像を創り出す。

 ……今度は、どこかの部屋の中。


「……これで、一旦は大丈夫です」


 疲労を呼気に乗せ、ヨシュアは吐き出した。そして片膝をつく。転移魔法、と彼は言った。それは相当に魔力を消費するものらしく、まるで全力疾走をしてきた後かの様に、荒い呼吸を繰り返している。


「内部……いや、ここは、本国か」


 アリアは窓の外に視線を向けながら推察した。彼女は物陰から覗く様して外を見ている。監視を警戒しているのだろうか。

 ネムはカーテンを半分ほど締めると、その陰に隠れる様に腰を下ろす。この部屋には窓が一つしかない。俺もネムを真似る様に、窓の影となるところへと移動した。せっかくヨシュアの手で逃げられたのだ。彼の手を無暗に無下にするような行動は控えるべきだろう。


「ありがとう、助かった」


 ……そう言えばお礼を言っていなかったと思い、先ずは感謝の意を告げる。訊きたいことは多数あるが、あの場を助けてくれたのは事実だからだ。

 ヨシュアは数度大きく呼吸を繰り返すと、額の汗を拭って立ち上がった。そして深々と頭を下げる。


「御無事で、良かったです」


 まぁ……無事と言えば、無事か。少なくとも俺たちは5体満足だ。高所から落とされて、魔物の襲撃を受け、結界に弾かれ、挙句の果てに護衛部隊の総隊長に殺害宣言を受けてはいるが。

 とは言っても、そこを彼に言っても仕方が無い。彼が悪いわけじゃないのだ。


「……悪いな。結界、壊してしまった」


 恐らくではあるが、俺たちが最初に弾き飛ばされたのは、あの結界のせいだろう。飛行石で移動はしたがいいが、俺たち3人は拒絶された。だから弾き飛ばされたのだ。

 何故拒絶をされたかは分からない。分からないが、事実ベースの話をするのなら、この仮定は信憑性のある仮定と言えよう。


「結界自体は自動修復されます。そんなに時間はかかりません」

「そうか」

「ただ、その……立場的には……」

「ま、最悪だろうな」


 もう敵対するしかない。こちらの事情など鑑みず、あのカタリナを始めとした兵士たちは、俺たちを敵と認定しているだろう。今更手を取り合えはしない。


「名乗っちゃったし……ギルドの登録情報も、無くなるかな」

「すぐには無くならないさ。事実を調べて、審議を行う。確かに結界を壊したのは事実だが、やむを得ない事情はあるだろう」


 アリアの言葉に、そう言えばやむを得ない事情――つまりは呪いがあると言った事を思い出す。……事実と言えば事実だが、俺自身はデメリットを感じていないので、どうにも何とも言い難い。ま、言い訳の一つと言えば一つか。活用できなくも無いだろう。


「……ギルド云々は、脱出してからだな」

「まぁ……そうだな……」


 先の事よりも、先ずは今だ。

 予想外にも本国の中にまで入れたはいいが、勝手な外出は出来まい。ヨシュアとヴァネッサ以外に見つかれば、絶対に問題が起こる。ましてや、カタリナに見つかりでもしたらもう完全に打つ手が無くなる。

 ……と、そう言えば、


「ヴァネッサは?」

「あの方は、会議の方に出ております」


 会議。帰ってきて即会議に出席という事は、まず間違いなく俺たちの事だろう。元々調査の為に出向いていたという事だし、事細かに説明をしている事は想像に難くない。事実に沿って、多少良い方へ誇張してくれればいいが……それでも、今回の結界を壊してしまった事に作用するかと言えば、恐らくはNoだろう。

 恐らく彼女が取るであろう、一佳脱出の策をシミュレートする。

 ……これは高確率で、一佳脱出の為の使い捨てにされるな。


「私は所定の場所へ戻ります。此処は物置の部屋ですから、この時間帯に人が来る可能性は低いでしょう。鍵もかけていきますので、問題は無いと思われますが……」

「ああ。分かった。誰か入ってきそうなら隠れるさ。ありがとう」

「食事等は……申し訳ございませんが我慢をお願いします。それでは」


 ヨシュアは眉間を揉みつつ、部屋を出て行く。ガチャ。鍵のかかる音。これで誰かが入ってくる可能性は低くなった。

 空いている椅子に腰を下ろし、癖になっている溜息を吐き出す。最早意図せずとも出て来てしまう。幸せが逃げる? 知った事か。











 物置の中には時計が無いので、今の時間は分からない。分からないが、ヨシュアが出て行ってから1時間は経過しただろうか。


「――――キョウヘイは、商人というわけか」

「商人で、その実力ですか。どういう世界ですか、ふざけていますね」


 最初こそこれからの行動について議論を重ねていたが、此処の詳細が分からない以上は建設的な議論は限られる。憶測で事を語ることの意味は無いとは言わないが薄いのだ。

 故に、自然と会話は、俺がいた別の世界の話になった。2人にとっては未知の世界。俺がどんな国で、何をしていたのか。それをこの世界の物事に当てはめて説明をする。


「何を売っていたんだ」

「自動車って言う……馬車みたいなやつの部品だ」

「馬車みたいな? 部品?」

「ああ。と言っても、馬が引くわけじゃない。そうだな……」


 倉庫に転がっていた黒板。それを使用して、簡単に自動車の説明をする。


「台車とかあるだろ。あれって引っ張らなきゃ動かないけど、それを自動で動くようにした奴だ」

「自動で? ほぉ! それはすごい発明だな」

「……どういう原理ですか?」

「車輪を……そうだな、魔法を使用して勝手に回るようにする。そんな感じだ」

「それだとすぐに魔力が枯渇しそうですが……」

「ああ。だから魔法以外のエネルギーを使うんだ」

「ほほう。技術的には随分と進んでいるんだな」

「この世界みたいに、魔法が使えるわけじゃないからな。魔法が無いから、人力でどうにかしようとした。それだけだよ」


 魔法。お伽噺の世界の話。そんなのが俺の世界で実在するなど、聞いた事も無い。あるはずも無い。

 ……いや、そうも言い切れないか。俺や一佳が此処に来たのは、間違いなく魔法によるものだろう。子の世界よりもよっぽど少なく、そして表には決して出ないだけで、存在している可能性はある。


「自動車か……それがあれば、移動も楽だな」

「いや、飛行石なんてトンデモなく便利なのがあるんだ。こちらの世界じゃあってもすぐ廃れる」


 飛行石。あれは便利な存在だ。アレがもしも現代に存在すれば、多くの産業が斜陽……いや、潰れるだろう。運送業に自動車系の製造業、あと旅行業界は、その最有力候補に違いない。


「この世界はすごいよ。俺は、全く知らなかった」

「私たちだって同じだ。……あの日キョウヘイに出会わなければ、一生無縁だっただろう」

「……日本、でしたか。行ってみたいものです」


 来るのは結構なことだが、多分すぐに辟易するだろうな。何となくだがそう思う。この世界と現代は大きく違うのだ。俺だって、一佳に会うつもりが無ければ、速攻で帰る方法を模索していただろう。この世界には悪いが、自信を以てそう言える。


「ま、帰る方法さえ分かれば、それも可能だろ。アリアは……何か知っていたりは――――」

「残念だが、無い」

「そっか」


 まぁそうだろうさ。アリアだって、別の世界の事など噂程度でしか知らなかった。それなのに帰る――いや、行く方法まで知っているなんて、そんな都合のいいことはあるまい。

 その後もとりとめのない会話を続ける。

 魔法の無い生活。

 魔物はいない事。

 飛行機の存在。

 食事事情。

 他の国。

 そして――――


「……ん?」


 何かが視界の端で動いた。話を中断して、そちらへと視線を向ける。……トカゲ?


「む、トカゲか。……食べるには小さすぎるな」

「分け合う意味も無いですね」


 俺もこの世界で食べた事はあるが、そんなに美味しいとも思わないし、個人的にはナシの部類だ。良かったな、此処にはトカゲ(お前)を食う奴はいないぞ。

 くりくりと目を動かしながら、俺たちを凝視している。物珍しいのだろうか?


「……そういえば、使い魔と言う手がありますね」


 思い出したかのように、ネムは呟いた。


「此処で待っていても仕方が無いですし……コレ、使い魔にしますか」


 コレ。そう言って指し示したのは、トカゲ。使い魔にするの意味が良く分からないが、操れたりするのだろうか。

 ネムは手をトカゲに翳す。するとトカゲは弾かれたように高速で物陰へと退避した。


「……逃げられたな」


 フリーズするネム。良く分からないが、アリアの言う通り、失敗したという事か。

 ギギギ。錆びついた扉の如くやや鈍重な動きでネムは俺たちを見た。すこしばかり頬を膨らませている。


「……失敗じゃありません。まだ掛けていませんから」


 ……薄々感づいていた事だが、ネムは存外負けず嫌いである。十七位という立ち位置と、魔族と言う種族でありながら、ふとした拍子に外見相応の子供っぽさが出てくる。

 はいはい。あやす様にアリアは笑った。そりゃ逆効果だと思ってアリアに視線を送るが、全く気にした様子は無い。ネムは……ああ、やっぱり。予想通りさっきよりも不機嫌度が増している。


「使い魔、か」


 ふと。使い魔で一つ思い出す。

 影鬼。

 ダンジョンでミリアが使用していた使い魔……ああ、いや、あれは呪術だったか。

 まぁ、でも。自分の影から生み出して、命令することが出来るのであれば、それは使い魔と同義ではないか。

 アレが使えたなら、もっと楽かもしれない。


「影鬼、か」


 使えたりしないだろうか。少ないながらも、あの時俺はミリアの影鬼に自分の血を吸わせた。何かそれで因子が出来ているか……いやぁ、ありえないな。

 俺に魔力と言えるものは無い。それはアリアが立証済みだ。魔力を介さなければ魔法だろうが呪術だろうが発動できないのに、どうやって発動しろ言うのか。


「……影鬼」


 小声で。2人には聞こえないような声量で、名前を呼ぶ。呼んで、あの良く分からない力を練り上げた。

 ……だが、何も変わらない。

 そりゃそうだよなぁ、と。天井を見上げて溜息を吐く。

 まったく。溜息を吐き出したくなるくらい、俺は無い物強請りが過ぎるのだ――――



おまけ



ヨシュアのプロフィール

名前:ヨシュア・ウォン

年齢:21

種族:人間

性別:男

出身:イーリス聖教国

クラス:人工魔法使い

好きなもの:特に無し

嫌いなもの:特に無し

最近の悩み:修練の時間を満足に確保できていない

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