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3-9

 ……事の顛末を語るのであれば、それは無事に脱出できたときにするのが望ましいだろう。

 アンナさんとアンドレアスさん、それにレオナさんを無事に帰し、誰一人大きな怪我を負う事無く近くの街で祝杯を挙げる。

 俺とアリアとラッツで出来事を回想しながら、一時の安息を噛み締める。

 それが一番のハッピーエンドだろう。

 にも関わらず。まだ脱出できていない状況で顛末を語ろうとするのであれば。

 それはハッピーエンドを諦めた――――即ち、自身の死が近づいている事に他ならない。

 ……それでも。それでもあえて、顛末を語ろうとするのなら。




「……なんで、キョウヘイ君は邪魔をするのかなぁ?」

「ネムに死なれちゃ困る。それだけだよ」




 まずは。

 俺は今。

 チカと対峙している。











■ 妹が大切で何が悪い ■











 不必要な情報を廃し、結果だけを述べるなら。

 ネムはチカに負けた。負けて、翼を失い、よりにもよって、俺たちの方へ弾き飛ばされた。

 大量の出血、折れた四肢。意識を失い、呼吸も脆弱。

 クレーターの中心で、生きているのが不思議なくらいの惨状で。

 ネムは負けた。


 だが事はこれでは終わらない。


 殺し合いの帰結は、どちらかの死によってもたらされる。

 ならば。微かとは言えネムの息がある以上、まだ決着はついていない。

 チカが止めを刺しに此処に来るであろうことは分かり切った事だ。


「やり残したことがある」


 此処でネムを死なすわけにはいかない。彼女が死ねば、ラヴィアとの決別につながる可能性が高い。そうなれば、現実世界へ戻る方法の模索に多大な労力を強いられることになる。

 となれば、俺がやる事はチカの説得。ネムを殺させない様にする。……助けたところでこの惨状ではネムは死ぬ可能性が高いが、放って置けば間違いなく死ぬ。殺される。分かり切った100%に至らない様にしなくてはならない。

 そしてその為には……戦闘行為に及ぶこともあるだろう。最悪の場合、俺が殺される可能性だってある。

 だが、それでも。やるしかない。

 俺の一言に、ラッツは盛大に溜息を吐いた。言いたいことが諸々あるのだろう。ネムと俺とを交互に見て、もう一回溜息を吐いた。


「……正気か?」


 ラッツが絞り出した言葉は、実に単純で、明快で、そして全てを表していた。


「あんな化け物がいる中で、まだやる事があるのか? こんな状況で?」

「ああ」

「テメェは馬鹿か!? 逃げるべきだ! 今しがたコレが叩き落とされたのを見ただろうが!?」


 コレ。ネムの事だ。黒翼の正体。触手と争い、敗れ、此処まで弾き飛ばされて。それでも尚も息がある。ラッツの発言を見るに、既に彼女がただの人間ではない事は、皆にバレているところだろう。


「何だよ、あの触手の塊は! あんなのがいる中で探索を続けられるか! 帰るべきだ! お前ひとりなら良くても、こっちは護衛対象もいるんだぞ!」


 ラッツの発言は実に理に適っている。そもそもの目的で言えば、半分は達成している。アンナさんは助けられた。後は無事に帰るべきだ。此処で無暗に時間を使うのは、皆の本意では無いだろう。

 だがそれでも。俺は自分自身の目的のために、此処で引くわけにはいかない。

 考えろ。説得するための言葉を。この状況で怪しまれない理由を。

 例えば、何か、俺だけが都合よくここに残る――――


「……なら、なおさら残るべきだろう」

「ハァ?」

「アイツがネムを殺して、その後俺たちを襲わないとも限らない。なんなら、続けて襲ってくる可能性の方が高い」

「……」

「足止めは必要だ」


 正確には必要ない。あの化け物――――つまりは触手の塊の正体がチカであることを知っているのは俺だけだ。チカはネムにさえ止めをさせれば、わざわざ俺たちにまで危害を加えるとは思えない。……まぁ、口封じに俺を殺す対象として見ているかもしれないが、それは考えても仕方が無い事だ。

 咄嗟にしてはそれなりに良く出来た理由だろう。ラッツも正当性は分かっているらしく、表情に迷いが見える。俺が此処に残る理由としては充分な筈だ。


「なら、私も残ろう」

「っ!?」


 だが予想外な事に。何の気負いも無く。アリアは第三の道を口にした。


「何を驚いているんだ? 1人より2人の方が効率的だろう」

「いや、確かにそうだが……」


 それはそうだ。が、俺の言葉には嘘が入っている。俺の都合的には、大人しく下山をしてもらえればそれで良いのだが……


「保護対象はアンドレアス殿とアンナ殿。それに、捕らわれていたレオナ殿だな。彼女を戦力としてカウントする訳にも行かないだろう。あと、倒れている少女」

「……」

「4人を護りながら、ラッツと私だけで此処を出る。おお、困ったな。非常に大変だ」


 わざとらしく。にやにやと笑みを浮かべながら、アリアは言った。理詰めで俺の言葉を潰してくる。


「全員が無事に帰るのであれば、1人でも欠けるわけにはいかないだろう。分散する方が危険だ。何かおかしなことを言っているか?」

「……共倒れになる可能性が高くなるぞ」

「ハハッ、全員で生きて帰れる可能性が高くなるの間違いだろう」


 引く気は無し。力づく……は、全く意味がない。そんなことをしている時間も余力も惜しい。

 ……考え方を変えるなら、アリアには俺の正体を打ち明ける可能性が高い。正体を隠し通せれば問題無いが、帰る方法を模索する以上は、何れは打ち明けていただろう。それが、偶々今このタイミングで来た。そう考えればいい。

 なら、


「ラッツ。4人を頼めるか。どこかで身を隠していてくれ」

「……」

「頼む」

「……チッ。ああ、ったく。分かった分かった。2人揃って頭のネジが外れてんのかよ。有名になる奴は何で変な方向にトンでんだよ」


 不承不承、という体ではあるがラッツは了承してくれた。これで注意を払のはチカとアリアに対してだけでいい。

 ネムを抱えてラッツたちは離れてく。ネムを連れて行ってくれるのは僥倖だ。正直に言えば、彼女は置いて行かれると思っていた。魔族という言葉に行きあたらなくとも、得体のしれないモノとして見られると。そう思っていたのだ。


「悪いな、アリア」

「なんてことないさ。……じゃあ気張るか」


 パシッ、と。手を叩きあう。

 何も知らないアリア。

 さて、どこから何を話すべきか。

 話す事を信じてくれるだろうか。




 ――――そんな悩みを抱いていたのが今から約20分前の事。




 俺が悩んで、何も切り出せないまま――――チカは、来た。











「や、さっきぶり」

「おう」


 軽い挨拶だった。旧友に会うような、そんな気軽さを含んだ言葉。隣でアリアが怪訝に思ったのは間違いないだろう。多少なりとも説明をすべきだったかと、今更に後悔を抱く。もう遅いが。

 チカは相変わらずの、布を身に纏っただけの姿。あの触手はどこにも見えない。だがすぐに繰り出せるのだろう。手ぶらで来るはずがない。


「まだ下山していなかったんだね。もしかして待っていてくれたとか?」

「ん、まぁ、それもある」

「それも? まだ何か此処に用があるの?」

「色々とあるんだ、色々と」


 他愛も無い話だ。意味は無いに近い。本題に入る前の、簡単な切り口。

 分かっていないのはアリアだけ。それでも彼女は黙っていてくれている。俺の後ろで、何も言わずに待っている。無言の信頼に心が痛みを訴える。

 アンナさんとレオナさんが無事な事。

 他の面々が無事な事。

 良かった、良かった、と。

 白々しく会話を重ねる。




「ところで、ここら辺にあの子を吹っ飛ばしたんだけど、どこ?」




 そして漸く本題へ。にっこりと。笑いながら、チカは疑問を口にした。疑問の体ではあったが、有無を言わさぬ威圧を込めた言葉だった。


「下山して治療中」


 その威圧を受け流す。この程度に屈していては始まらない。

 ふぅん、と。チカは薄く笑った。先ほどまでの張り付けた笑みではない。獲物を見定める様な、爬虫類を思わせる、笑み。

 笑って、口を開く。


「あの子、私の命を狙ってきたんだけど」

「そうだな」

「そうだな、じゃなくてさ。治療されると困るんだよね。どうせまた狙って来るでしょ」

「まぁ、事情が事情だからな。ただ、チカの言い分は尤もだけど、俺にはアイツには生きていてもらわなきゃいけない事情があるんだ」


 意見のぶつけあい。どちらも退く気は無い。

 チカの言い分は分かる。逆の立場だったら、チカの言葉には全面的に賛成だ。何時命を狙ってくるかもわからない危険人物を放って置くわけにはいかない。

 だが。俺はネムが必要だ。今はまだ、必要だ。


「アイツがチカを狙わない様に、縛り付けでもしておく。それじゃあダメか?」

「ダメ」


 即答だった。とは言え、予想はしていた通りなので驚きは無い。そりゃそうだろうなぁ、と思うくらいだ。


「こっちは命を狙われたの。だったら、殺さなきゃ」

「アイツを殺せば、もっと面倒くさいのが出てくるぞ」

「そしたらそいつを殺せばいい。それだけでしょ」

「言っている事矛盾していないか? チカは命を狙われるのが嫌だから殺すんだろ?」

「そうよ」

「じゃあ、アイツを殺して、アイツ以上の奴が殺しにかかってきたら、無駄に労力を使うだろ」

「その時はその時でしょ。今この瞬間に、命を狙われている。その方が面倒なのよ」


 チカと俺の意見は、平行線だ。交わる事はない。チカとしては絶対にネムを殺したいのだろう。

 とは言え、殺されるのは困る。現実に戻る方法。それを知るためには、ネムを死なすわけにはいかない。


「もう、2度は言わないわ。あの子を殺す。邪魔をするなら、容赦はしない」


 ピシッ。チカの足元が割れ、触手が出てくる。

 言葉では膠着状態だ。もうあとは、実力行使に出るしかない。その意思表示。争いたくは無いが、次の言葉次第ではそうもいかなくなる。ヘタな事を言えば、あの触手に襲われるだろう。

 アリアは一歩引いた状態から、俺たちの事を窺っている。状況が分かるまでは、余計な口出しも手出しもしないのだろう。

 つまりは。俺の決断が各々の次の行動を決めることになる。

 いっその事本音を伝えるか。現実に帰るためにネムを殺させないと。そう伝えるか。

 ……いや、それは俺の事情だ。チカに戻る気が無ければ、意味がない。そして部屋での会話を思い返す限り、彼女はあまり帰る事を考えていないだろう。此処で交渉のカードとして切っても、効果が薄い。

 なら、他の手はあるか?

 ……ハァ。

 溜息だって零したくなる。

 とは言っても。まぁ、この状況は。想定していなかったわけじゃない。

 交渉の決裂。

 なってほしくはかったが、仕方が無い。


「……ふぅん、構えるんだ」


 落胆の声。チカの声。彼女は分かりやす過ぎる程に、俺の行動に落胆の意を見せた。

 彼女の言う通り、俺は構えている。頭部を守る様に、両腕を掲げる。足は肩幅分まで広げ、僅かに利き足を後ろへ。重心も後ろへ。チカの行動に合わせられるように。


「……なんで、キョウヘイ君は邪魔をするのかなぁ?」

「ネムに死なれちゃ困る。それだけだよ」


 本当にそれだけだ。

 そして俺は自分の我を通すために、これから暴力を振るう。

 本当に……それだけだ。











「アリア。すまん、失敗した」

「了解した。じゃあ、倒せばいいんだな?」


 俺の構えに合わせて。

 アリアが剣を抜く。抜いた剣に炎を纏わせ、あっという間に刀身を灼熱に染めた。

 チカが触手を召喚する。十数本の触手が彼女の足元から這い出て、蛇の様に鎌首を擡げた。


「チカの能力は、死者を操る事だ。触手自体はアイツが操っている別の死体の能力だ」

「なるほど。なら、全て焼き払うか」


 脳筋か。そう言う前に、既にアリアの準備は終わっていた。高々と掲げた剣。それに炎が渦を巻いて立ち昇っている。

 一閃。

 チカに向けて振られた剣から、炎の渦が射出される。


「反則でしょ!」


 チカは咄嗟に射線から逃れた。だが触手までを動かすことは出来ず、十数本の触手は為す術も無くの炎に飲み込まれる。

 後には何も残らない。触手は消し炭と化し、肌を焦がすような熱風が身を打つ。


「見るのと対峙するのじゃ段違いじゃない!」

「まぁ、な」

「へ――――あだっ!?」


 驚きで理解が追い付いてないチカ。叫んでいるのといい、随分と余裕があるようだが……その余裕を逃すわけにはいかない。

 未だ目を白黒させているチカの腕を掴むと、そのまま捻り上げる。

 何てことは無い。アリアの攻撃にチカの意識が向いている状態で、距離を詰める。そして拘束。それだけだ。


「い、いやいや! ちょっ、ウソでしょ!」


 いや、ウソじゃない。残念ながら事実だ。

 此処に来て漸く焦りを見せるチカ。彼女には悪いが、こういうのは速攻で終わらせるに限る。

 触手を操作させる暇も、屍人を操る暇も、或いはその他の何かをさせる暇も。

 何も与えてはならない。


「ちょ、離し――――」


 無視して、密着。抑え込み、動きを封じる。

 チカの敗因。そんなのは分からない。わざわざ偉そうに講釈を垂れるつもりもない。

 何度でも言おう。こういうのは速攻で終わらせるに限る。


「こっから逆転とか、そういう――――」

「すまないが、そうはいかない。それと先に謝っとく。苦しいだろうから。すまん」


 首に腕を回す。回して、気道を潰す。

 チョークスリーパー。早い話が、呼吸をできなくして落とそう。そう言う事だ。


「へっ……ぇっ……ぅ……」


 苦しそうな嗚咽。ぼたぼたと唾液が零れているが、気にせず、落とす。

 抵抗のつもりか、腕に手を差し込もうとするが、剥がすには至らずに力なく震えるばかり。


「触手はこれで全部か? ふむ、まぁ、抵抗は止めておけ」


 そして触手は。アリアが斬って無効化する。この状況をどうにかしようと出現させた触手は、出た先からアリアが斬り飛ばしていた。まるでもぐら叩きの要領だった。

 抵抗に意味は無い。状況を悟ったのだろう。急速に力が抜け、


「落ちたようだな」


 アリアの冷静な言葉。ぐったりと力を失ったチカ。……決着は、思いの外簡単についた。

 腕を緩めると、チカは地面に膝をつく。そのまま優しく寝かせれば、とりあえずは無力化成功だ。


「それで、どうするんだ?」


 アリアが肩をすくめる。言外に、拘束する手は無い、と。そう言っているのだ。

 そしてそれは俺も同じ。加えて、今更ラッツたちに追いついて拘束具の有無を聞くわけにもいかない。

 つまり、今チカの動きを封じる何かは無い訳で。

 そして目覚められた場合、確実に戦闘になってしまう訳で。


「止めを刺す」


 言い切る。止め。つまりは、殺す。

 ……突発的で短絡的な考えではない。元より、これは話し合いが決裂した場合の選択肢とて考えていた事だ。

 アリアは俺の言葉に、意外そうに眉根を寄せた。


「知り合いじゃないのか?」

「知り合いだよ。でも、今は敵だ」


 既に拳を向けた。俺の戦意が無かろうと、彼女は今後俺を敵として認識するだろう。そして彼女ほどの厄介な存在を生かしておく意味は……無い。


「……気絶させた意味は?」

「せめて、痛みを感じないでほしかったから、だな」

「……そうか」


 それは本心だ。チカとは全く知らぬ仲、というわけではない。二言三言程度しか喋っていなかったが、確かにあの城で、同期として一緒に目覚めた。

 だが。自分の我を通すのであれば、敵対するしかなかった。だから、殺すことにも、迷いは無い。殺人など、今更だ。

 でも、可能であれば。彼女には痛みを感じる事無く死んでほしい。それは俺の独りよがりな感情だ。それでも、せめてもと。俺はそう思った。

 だから気絶させた。本当なら、距離を詰めた時点で、首の骨を折れば終わりだったのだ。


「まぁ、それが良いだろう。あの暴れ様からして、大人しい性分とも思えない。チカ、と言ったな。彼女か、あの少女、どちらかを取るなら……そうもなるさ」


 アリアの肯定。仕方が無い、と。責任を背負いこむな、と。そう言うように聞こえた。……都合の良い解釈だ。

 先に行っててくれ。そう言うと、アリアは首肯だけして背を向けた。……ありがたい。今更ではあるが、殺人を犯すところを見られたくは無かった。ただの我儘だが、その意を汲んでくれてことに感謝する。


「すまない」


 言ってから、思う。偽善と言うか、何と言うか……無駄だな、と。

 倒れ伏すチカの首に、足を当てる。後は踏み抜けば、それで終わりだ。

 少し足を上げ、眼をそらさず、狙いを定め――――




 ――――ベキッ




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