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3-8

 アンナさんとレオナさん以外は屍人。

 その言葉を理解するに、恥ずかしながら数秒かかった。

 数秒かかって、漸く飲み込む。


「……その事実を2人は知っているのか?」

「いや? 気づいていないと思うよ。防腐処理も完璧な自信作だし」


 いやー、苦労したんだよねー。再生魔法を重ねて、多重構造にするのって結構な手間なの。でも屍人って、なったそばから腐ってくから仕方が無いんだよねー。

 ペラペラと上機嫌にチカは言葉を重ねる。よっぽど会話に飢えていたのか、或いは自分の話を遠慮なく出来る機会に喜んでいるのか……まぁ、後者だろう。それを聞き流しつつ、扉の先へ意識を向ける。

 ……4人分の気配。その内2人は屍人だと。チカは言っているのだ。




「――――あ、そうそう。ところでさぁ」




「なんで私はその子に命を狙われているのかなぁ?」











■ 妹が大切で何が悪い ■











 にゅるにゅるにゅる。触手が人の指の様に動き、俺を指す。……正確には、俺が抱いているネム、を。


「視覚情報しか共有していないから、何が目的か分からないんだよねー。私、なんかした? キョウヘイ君、教えてよ」


 教えてよ、と。チカの疑問は尤もだ。が、そう言われても困る。……俺も詳細を知らないからだ。

 ラヴィアがネクロマンサーの生け捕りの任務を受けた。そして早々に諦めたラヴィアの代わりに、ネムが遂行をしようとしている。……それだけしか分からない。しかもネムは、生け捕りが無理と判断するや否や、殺害に思考をシフトしている。


「あ、もしかして第三者には知られたくない、とか? それなら平気だよ、あの子たちには音が漏れないように防音シールド張らしているから」


 あの子たち、とはアンナさんたちと一緒に出ている屍人の事だろうか。……状況が状況だから全く意識していなかったが、これだけの戦闘音がしても彼女たちが見に来なかったのは、チカのおかげだったわけだ。


「――――ふざけた能力ですね」


 何をどう言おうか。悩んだ矢先に、胸元でネムがもぞもぞと動く。苦しそうな息は相変わらずだが、声を発するくらいには回復したらしい。

 頭だけを動かすと、彼女はチカに視線を合わせた。……いや、合わせた、なんて優しいものじゃない。禍々しい気配を隠そうともせず、彼女はチカに向けて感情をぶつけた。


「腐敗侵攻を止める程の回復魔術に、魔術素養の無い者へも魔術付与。それも数名への並列付与。……貴方も、稀人ですか」

「まれびと?」

「俺らみたいなやつの事を言うらしい。ニュアンスは少々違うがな」


 分からない、と言いたげに首を傾げるチカに助け舟を出す。


「早い話が、現実から呼ばれた人間だ」

「呼ばれた? いや、呼ばれたわけじゃ……あ、だから、そういうこと? 勇者召喚的な?」

「多分、考えている通りだ」

「ふぅん……」


 まぁそうは言っても、この世界では人は簡単に死ぬ。この世界に住んでいようが、現実世界から来ていようが、知識があろうが、無かろうが。

 そんな事情など考慮されず、死ぬ……いや、殺される。

 だから俺たちは、ネムの言うような稀人には該当しないのだろう。


「貴女方の事情はどうでもいいです。私はラヴィア様の為に貴女を殺せれば、それで構いません」

「……ううん、そこが分かんないんだけどなぁ」

「分からなくて結構です」

「恨まれたもんだね。……ま、あと、さ。宣言するの、無駄じゃない?」


 言うが否や、足元が鳴動する。直感を信じて跳ぶと、間髪入れずに触手が飛び出てきた。そしてパックリと。その先端が開き、赤い口内が露わになる。このまま落ちれば、飲み込まれて終わりだろう。飲み込まれれば(・・・・・・・)

 訳の分からない感覚。それを足先に集中させる。集中させて、触手にむけて振り放つ。

 ざっくりと。切れ目が走り、触手は慌てて口を閉じた。


「っと」


 すぐそばに着地し、裏拳をぶつける。それだけで触手は破裂し、残った部分が慌てて地面へと引っ込んだ。

 相変わらず意味は感覚だ。原理も不明。だが、なんとなく扱い方には慣れてきた。屍人共に実践してきた甲斐があったというものだ。


「……すごいね。今のにも反応するんだ」

「巻き込まれたくは無いからな。まぁ、俺としては当人同士で解決をしてほしいんだが」

「? キョウヘイ君は違うの?」

「俺の目的は、アンナさんの救出だよ。言っ――――てないか」

「うん、聞いていない」

「まぁ、だから……ネムの事情は全くの別だよ」


 そもそも最初は殺し合った仲だ。一緒に行動しているのも、ネムの一方的な押し付けと言えば押し付け。ネムに俺の目的は伝えていないし、ネムもまた目的の真意までは俺に伝えていない。


「てことで、もう一度言うけど、俺としては当人同士で納得のいく解決方法を模索してほしいんだけど」

「うーん……私も平和的解決が良いんだけどなぁ」


 ちらりと。チカはネムに視線を向けた。向けて、顔を顰める。


「……何でこんなに恨まれてるの?」


 相変わらずネムはチカを睨み付けている。抱きかかえている俺が余波で辟易するくらいに――――彼女は禍々しさを想起させる感情を視線に混ぜていた。


「貴女個人に恨みはありませんでした」

「?」

「ただ、任務の遂行をしよう。それだけでした」

「……その任務って?」

「ネクロマンサーを捕らえる事らしい」


 埒が明かなそうなので、間に入る。どういう結果に転ぶにせよ、俺としてもさっさとこの状況は解決しておきたい。


「ネクロマンサー……もしかして、私の事?」

「ええ、そうです。ボルトライン。この名前に、聞き覚えは?」

「? 無い、けど?」

「……では、この触手の元の持ち主は?」

「触手……ああ、もしかしてあの紳士風のおじさんの事? 彼なら、この通りよ」


 チカは自身の背後の壁に手を付ける。すると壁が隆起し、人型の何かが排出された。

 べちゃり。水溶性の音。全裸で、白髪。生気は感じないが、そんな俺の見立てと相反して、それは起き上がった。


「襲ってきたから、殺して、支配下に置いたわ」


 何の躊躇いも無く。

 チカはそう言った。

 まるで呼吸をするような自然さだった。











「ボルトラインからの最後の報告は、人間界に桁違いの実力をもつネクロマンサーがいる。それだけでした。……それを最後に、報告は途絶えました」


 今までのネムは冷静沈着で、感情を表に出す事が殆ど無かった。

 だが今は違う。

 そしてその原因がチカで――――そして、ボルトラインとやらなのだろう。

 ……加えて、この話の流れ。次の展開が、何となく読めてしまう。


「名前までは聞いてなかったけど……何となく読めて来たわ」


 そしてそれはチカも同じらしい。呆れを多分に含んだ表情。それを隠さず、彼女は言葉を吐いた。


「ボルトラインってのは彼の事ね。そして彼を倒した私を捕らえてこい。……そう言う命令が下ったと」

「……ええ、そうです」

「なら、大人しく捕まるのが一番面倒じゃないパターンなのかしら。でもそれって、私の命の保証はされないよね?」

「……」

「ダンマリ?」

「……ボルトラインは、私の部下でした」


 ああ、これは最悪だ。俺は思わず天を見上げた。溜息を吐きたくて仕方が無かった。

 今の一言でチカも事情を全て察したのだろう。彼女は俺と違い、盛大に溜息を吐き出した。


「生け捕りが何で殺害宣告に変わったのかと思ったら……そういうことだったのね」

「……」

「部下の仇を討つ為に、命令に背いてでも私を殺そうとしたわけね」

「……」

「沈黙は肯定として受け取るわ。……まぁ、気持ちは分からなくないわよ。でも、黙って殺されるつもりはないけど」


 そう言って、チカは何かを呟いた。途端に地面から触手が飛び出て――――




「その能力を使うな!!!」




 怒号。

 膨れ上がる威圧。

 形を持った圧力に、俺は後方へと飛ばされた。




「その能力は! 触手は! ボルトラインの能力だ! 貴様のではないっ!」




 ネムは自らの背から黒い翼を生やしていた。……いや、翼じゃない。靄。ダンジョンの入り口や、魔石を覆っていたのと同じものだ。それを、翼を象るかのように、背から噴出している。




「死んだのはボルトラインが弱かっただけ……だけど、貴様如きが軽々しく使うな!」




 激昂。そして靄の噴出量が増加する。靄は消える事無くネムを覆い、部屋を埋める様に範囲を広げていく。

 ネムを挟んで対極にいるはずのチカの姿は見えない。もう靄が視界を邪魔している。そしてこの靄は……予想した通り、瘴気だ。少し触れただけで、あのジュクジュクとした痛みが走る。


「キョウヘイさん! これは!?」


 俺が吹き飛ばされたのは扉の方向だったので、異変に気付いたアンナさんとレオナさんが駆け寄ってきた。だが2人とも、目の前で渦巻く威圧と瘴気に、言葉を失い動きを止める。

 ……説明は後だ。逡巡している時間も勿体ない。

 俺は2人を抱えると、部屋を飛び出した。あの瘴気を全身に浴びれば命が危ない。

 そんな俺の直感に回答するかのように、瘴気が急速に面積を増やし、あろうことか部屋の外へと出てきた。


「掴まってろ!」


 チカ曰く屍人の2人は、何もせずに立っている。まるで糸の切れた操り人形。だが人間かもしれないと言う一分の可能性を考え、逃げろ、とだけ叫ぶ。


「あ、あれは、いったい!?」

「後で説明する! 出るぞ!」


 加速度的に瘴気は面積を増やした。広間で待っていられるか、なんて甘い考えは一蹴される。最早ここにいる事すら自殺行為。となれば、後は逃げるしかない。

 どこへ?

 ……決まっている。外しかない。


「う、おおっ!」


 人2人。女性とは言え、成人した人を抱えて走るのは、かなりキツイ。が、もう泣き言を言っている暇は無い。

 ちらりと後ろを見る。

 ……もう、瘴気はすぐそこだ。


「な、なんで、穢れが!?」

「キョウヘイ殿! 皆は――――」

「黙ってろ! まずは逃げる!」


 疑問はあるだろう。言いたいことがあるだろう。そんなのは御尤もだ。だが、今は丁寧に一つ一つ回答していられない。

 感覚を足に乗せる。イメージは反発。十全に体重を乗せ、反動を推進力に乗せる。

 そして、


「う、っらぁ!」


 扉を蹴り開ける。拉げて飛んで行ったそれに推進力を奪われるが、何とか外への脱出は成功する。

 着地と同時に右へ飛び避ける。振り返れば、俺が先ほど着地したところを瘴気が覆ったところだった。

 外。といっても、地上ではない。木組みで出来た足場。強風。そして遠く、眼下に見える森。空が近い。

 どうやら盗賊団の拠点は、結構な高所にあるらしい。階段をそれほど登った覚えは無いが……ああ、魔法陣に乗って移動したせいか。


「――――ふぅ」


 何とか出られた事への安堵からか、思わず膝をつく。勿論そんな事をしている暇は無いのだが、流石に頭の混乱が酷い。

 落ち着け、落ち着け、落ち着け。

 脳内で唱和する事3回。だがこういう時の落ち着けには殆ど意味がない。


「き、キョウヘイ殿……」

「……大丈夫だ。分かっている」


 何が分かっているのか。表面的な発言だ。いや、発言ではない。言葉でも声でもない。うすら寒い、ただの音。

 不安そうな2人を安堵させる。まずはそれだ。そして説明。この状況の説明と、これからの行動の説明。

 頭の中で順序建てる。やらなければならないこと。優先する事。俺が一息つくなんてのは、全く優先されるものではない。




「……キョウヘイ?」




 ……災難ってのはいつも畳み掛けてくるものばかりだと思っていたが、時には救いもあるらしい。

 聞き慣れた声。発音。響き。

 今の俺はどんな顔をしているのだろうか。どんな顔をしてしまっているのだろうか。

 思う事を堪え、表情を戻す。戻して、声の方へと向けた。




「無事だったか、アリア」











 説明をするにも、状況に応じた説明の仕方がある。

 だがどんな時であっても。結論から話すと言うのは変わらない。


「アンナさんを救出した」


 話すことは沢山ある。

 だがこの場における結論とは、まずは何を置いてでも、アンナさんの安否が最優先だ。


「アンドレアスさん、確認を」

「……いえ、するまでもありません。キョウヘイ様……ありがとう、ございます……」


 その場でアンドレアスさんは泣き崩れた。アンナさんの手を取り、蹲る。

 ……彼らの事は、とりあえず良いだろう。とりあえずは。


「こちらはレオナさん。盗賊団に囚われていた人だ」

「盗賊団……」

「……その様子だと気づいていたみたいだな。早い話が盗賊団の成れの果てだ。既に壊滅した後で間違いない」


 アリアとラッツの態度から、彼らが盗賊団と相対済みであることは分かった。なら、もう少し事実に即した言い方の方が良いだろう。


「生き残りは?」

「あの瘴気の中に2……いや、4名」


2人と言おうとして、一応訂正する。あの2人が屍人だと知っているのは、この場では俺だけだ。まぁ、仮に人間であっても、あの瘴気の中で生きていられるとも思っていないが。

 事実に即せば、あの瘴気の中には人間が1人、魔族が1人、屍人が2人。

 チカ以外は魔物系だから、瘴気に侵されて死ぬ事は無いだろうが……


「瘴気の出どころは、奥の小部屋だ。生き残りのうち2人はその小部屋に、もう2人は入ってすぐの広間だが……入り口の瘴気が収まらない限り、入るのは自殺行為だな」

「生存率は?」

「……悪いが、0だな。ただ、小部屋にいる方の2人は分からない」

「? 発生源は小部屋なのだろう? そちらの方が無事なのか?」

「いや……あぁ、何て言うか……」


 さて、どう説明しものか。片やネクロマンサー、片や魔族。ネクロマンサーなんて言えば、ここらの屍人の事を聞かれるのは間違いない。魔族なんて言えば、アリアがブチ切れて殺しにかかりかねない。

 では、何て説明をするか……




 ――――ピシッ




 それは唐突だった。

 本当に唐突で、それでいて誰もがすぐに事態を把握できる異変だった。

 ――――すぐ傍の壁に亀裂が奔る。

 これの意味が分からぬほどに、俺たちは場慣れしていないわけでは無い。咄嗟にアリアはアンナさんを、ラッツはアンドレアスさんを、俺はレオナさんをそれぞれ抱きかかえ、亀裂から逃げる様に階段を下る。


 だが、遅い。


 亀裂が伸び、その範囲を拡大化するのはあっという間だった。俺たちが階段を降り切る前に、亀裂は壁を、つまりは山肌を覆った。

 そして、


「う、わ、あ、あ」


 声を上げたのは誰だっただろうか。だがそんなのを気にする余裕は無い。

 砕ける音。それは分かった。

 突き出た触手。それも分かった。

 崩れる足場。それも、分かってしまった。


「何だよ、アレは!」


 悲鳴交じりの声。ああ、きっとラッツだな。そんなことを頭の片隅で思いながら、俺は何とか足場が崩れ切る前に、別の足場へと移った。

 もう、振り返って確認するまでも無い。

 背を這う悪寒が酷くなる。こんなに酷いのは、シグレ以来か。


「何だよ、アイツらは!」


 崩れ行く足場を走破しつつ、ラッツの声に反応して、一瞬だけ背後を振り返る。

 山肌を突き出た大量の触手と、相対する黒翼。

 ネムとチカの……2人の戦闘は、まだ終わっていない。




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