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3-6

 また会いましょう。

 そう言って、ラヴィアとネムは黒い穴の中に入った。

 2人が入ったところで、自動的に穴は消失した。

 後に残ったのは、微かな彼女の甘い匂いだけ。

 先ほど抱き着かれたからか、それは俺のすぐ傍から香り、止まない。


「……チッ」


 わざとらしく舌打ちを零す。

 彼女の残り香だけで、心を乱されている。そんな自分自身への苛立ち。

 ……正直に言って、危なかった。何とか理性が勝ったが、次は耐えれるかと問われれば分からない。

 今までにない経験。ここまで欲情をかき立てられたのは初めてだ。

 抱きたかった。こんな状況にもかかわらず、俺は彼女を抱きたいと思った。後先の事など考えず、欲の思うがままに行動をしたいと、そう思ってしまった。

 今更時代錯誤の清廉さや、純情を掲げるつもりは無い。嘯くつもりも無い。

 だが……俺はこんな人間なのか。

 それともラヴィアが特殊なのか。

 できれば後者である事を願いたいが……


「……必要な事だけを考えろ」


 第一の目的は、アンナさんの救出。

 第二の目的は、アリアの目的の達成。

 そしてそのために、少なくとも第一の目的を達成するためには、ここでラヴィアの事を考えている暇は無い。


「……チッ」


 もう一度。舌打ち。

 心を乱した事への苛立ち。

 ……しっかりしろ、俺。











■ 妹が大切で何が悪い ■











 さて。

 さてさて。

 さてさてさて。

 さてさてさてさて。

 さてさてさてさてさて。

 さて、さて、さて。

 ……さて、


「あーっ、いい加減にしろっ!!」


 一難去ってまた一難、とはよく言ったものだ。というかこの世界に来てからそんな事ばかりである。始まりの城と言い、ケントの街と言い、ダンジョンと言い……毎回毎回面倒事が畳み掛けてくる。少しは落ち着いた時間が欲しいものだが、こういう時に限って、1人では対処が難しく面倒な事ばかりが重なるものなのだ。

 愚痴を零しつつ、ジャブで相手の勢いを止める。止まったところで、顎を狙って右ストレート。ジャブの後はストレート。何度も練習してきたことだ。

 この一撃を受け、相手はまた足を止める。変な方向へ首が捻じれ、傍目から見れば死んだも同然。


 だが。だがだがだが。


 相手は自身の頭を掴むと、無理矢理元に戻した。骨が折れる音がしたが、全く意に介した様子は無い。

 視点が合わず明後日の方へ向けられた眼。

 半開きで血混じりの涎が滴っている口。

 飛び出た骨。赤黒くなった肌。痛ましさに此方が目をそらしたくなる程。

 それでも。相手は動きを止めない。

 意思は無く、しかし操られているかのように襲い来る。


「……ホント、しつけぇな」


 屍人。間違いなくそうだ。だが今までの屍人とは全く違う。

 まず、外見が人間離れをしている。大柄な体躯に、6本の腕と2つの頭。頭にはそれぞれ、3つずつ、計6つの眼がついている。

 耐久性も段違いだ。隆起した筋肉。折っても砕いても動きを止めない。俺を襲おうとしつこくも手を伸ばしてくる。

 そして俊敏。走るのは当然として、攻撃時の速さが只の屍人のそれとは比較にならない。

 屍人が進化したとでも言うのだろうか。魔物が上位種とやらに進化する話はクシーから聞いた事があるが……


「……まぁ、いいさ」


 考えるのは後でいい。それよりも、まずはコイツを倒すか、逃げるなりしないと。

 伸ばしてきた腕を砕く。面倒くさい個体は今のうちに潰したいところだが……


「頭と腕には無いんだよなぁ……じゃあ、心臓か?」


 懐に入り込み、心臓にストレートを打ち込む。丈夫さは分かっているので、突き穿つつもりの力で。目論見通り、俺の腕は屍人の身体を貫いた。


「っとぉ!」


 すぐに引き抜き、ついでにまたぐらを蹴り上げる。僅かに身体が浮いたので、そのまま泳いだ手を取り一本背負いの要領で地面に叩きつける。

 幸いにも核を潰せたのか、屍人は呻き声を上げると、僅かに痙攣した後そのまま動きを止めた。

 これで5体目(・・・)


「ったく、何だってんだ」


 突然だった。異形化した屍人が襲ってきたのは、本当に突然だった。

 ラヴィアたちと別れた後。格子をはめられた洞窟を見つけ、中を見ようかと格子に手をかけた時だった。

 背後の森から、奇声を上げながら襲ってきた屍人たち。

 どいつも1人として同じ外見では無かったが、共通して頑丈になっているのと、緩慢だったはずの動きが俊敏になっていた。

 そしてもう一つ。


「偶然、じゃないよな」


 こいつらは格子に手かけたところで襲い掛かってきた。それも奇声を上げて、まるで自身に注意が向くように。

 何か、この格子の先に。つまりは洞窟の中に。奴らが触れられたくないモノでもあると言うのか。

 或いは、盗賊団の仕掛けた罠とでも言うのか。


「……壊せなくはない、な」


 格子は木製。拳を見舞うと、それだけで罅が入る。仮に閉じ込められたとしても、出られなくなるわけでは無い。

 ここが盗賊団に関係するかは分からない。つまりはわざわざ寄る必要の意味は無いかもしれない。

 だが。屍人の巣窟に拠点を構える事。フェロモンの存在。それを取り扱っている事実。

 決して盗賊団に関係しない、とも言えはしない。

 なら、どうするか?

 そんなの、考えるまでも無い。


「入るしかねぇだろ」


 本当なら、こんな暗い中に入りたくは無い。何の事前知識も無く散策したくは無い。

 だがそんな事は言っていられない。そんな事を言っていられる程、余裕は無い。

 腰にぶら下げていたカンテラに光を入れる。魔力発光式のカンテラだが、説明のつかない感覚を乗せることで、発光させることが可能になった。……尚、この感覚は間違っても魔力じゃない。魔力であるならアリアが感知可能だが、彼女は感知できなかった。魔力とは全くの別種であるはずだ。


「……いる、な」


 洞窟内に足を踏み入れる。まるで線引きでもされたように、くっきりと変わる。

 漂う嫌な気配。

 腐臭。

 観察。

 品定めをされているような視線。

 それを無数に感じる。

 全く以っていい気分はしないが……


「いくさ」


 この程度で足を鈍らせるはずも無い。

 カンテラの発光を最大に。

 まばゆい光が洞窟内を照らし出す。

 ……比べるまでも無いが。

 ダンジョンの方がよっぽど不気味で、命の危険を感じた。

 それに比べれば、こっちはまだまだ生易しいくらいだ。











「……これは酷いな」


 十字を切る。名も知らぬ犠牲者に形だけではあるが安らぎを。

 洞窟内を進んだ先。一際大きく開けたスペースに出る。

 そこには幾つかの部屋があった。そのどれもが格子で区切られている。入り口にあったのと同じ、木製の格子だ。きっとここは牢を兼ねていたのだろう。

 だが。格子の向こう側には生きている者はいない。動いている者もいない。

 人影はある。人の形をしたものはある。

 だがそのどれもが、物言わぬ死体となり、果てて倒れている者ばかりだ。


「腐臭の原因はここか」


 酷い腐臭だ。既に鼻は効かない。ここで鼻呼吸をするのは自殺行為だ。左手で抑えながら籠手越しに呼吸せざるを得ないくらいだ。


「放置されたってことか?」


 何れの死体も、かなりの時間が経過している。腐っているのはまだ新しい方で、白骨化しているのもある。だが死体になってから放置されたのではなく、生きている内から此処に入れられた者もいるのだろう。格子越しに手を伸ばし、救いを求める様相のまま果てている者もいた。

 酷いものだ。改めて、そう思う。

 盗賊団が攫ってきた人か、或いは反逆者への処罰か。

 いずれにせよ、人道的とは言い難い。


「屍人になっていないだけマシか」


 或いはこれから屍人化するのか。死人が屍人化しないように火葬に処するというのは、ミリアの葬式の時に学んだ、この世界の常識だ。だとすれば、目の前で果てている彼らは、何れは屍人化する可能性がある。……まぁ何にせよ、格子で閉じ込められている今、わざわざ死体に追い打ちをかける必要は無い。


「……男、だな」


 一つ一つ、死体を見ていく。白骨化したのは分からないが、腐っているのは一見する限りでは男性ばかりだ。女性らしいのは見当たらない。女性は売り物になるからだろうか。……なんにせよ、此処にアンナさんが放り込まれた可能性は限りなく低いだろう。彼女を始めとする女性陣は別の場所に監禁されているのだろうか。……そうであってほしいところだが。


「……あれか」


 彼らを気の毒とは思えど、既に死した人たちをどうこうす暇は無い。

 ここ以外に道は無いか。周囲を見渡すと、人工の階段を見つけた。その先には、また別の穴。

 あそこを行けば、また別の場所に出られるのだろう。もうここで見るべきものは見たので、長居する必要も無い。




「これに比べれば、私たち魔族の方がよっぽど良心的です」




「っ!?」


 完全に反応は遅れた。

 すぐ背後からの声に、振り返りつつ跳び退くが、全くもって遅きに失した行動だ。

 気が付かなかった。言葉にすればそれだけだが、この状況でそれは致命的だ。

 だが背後にいた人物を見て、別種の驚きで声が出なくなった。


「……何か?」


 さも当然、とでも言いたげに、彼女はそこにいた。

 銀色の長髪。紅玉色の眼。表情の薄い顔。黒色の給仕服。巨大な斧。

 そして傷跡。顎から頬にかけてが赤く腫れ上がっている。

 ……知っている。彼女が誰か。何故顔を腫らしているのか。誰が腫らしたのか。


「……ネム、か?」


 見間違えるはずがない、だってつい先ほど、別れたばかりだ。

 だが、何故此処に?

 その理由が分からない。


「ええ、そうです」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……何か?」

「いや……」


 頭を振る。振って、一旦思考をリセットする。


「……戻ったんじゃないのか?」

「はい」

「……何で、此処に?」

「ラヴィア様の代わりにネクロマンサー生け捕りの任務を遂行する為です」

「……任務?」


 そう言えば、ラヴィアは何か言っていた。任務。何の任務と言っていたかまでは覚えていないが……俺はあくまでも、そのついでに戦闘行為を仕掛けられたのだ。

 だが、


「……その任務は、適当な理由を付けるんじゃ?」


 ラヴィアは去り際にそう言っていた。少なくとも、彼女は任務の遂行とネムの安全のどちらを取るかで、ネムを選んだはずだ。


「ラヴィア様がどう言おうと、任務は絶対です。……失敗すれば、相応の罰が下されます」

「第七位でも、か」

「はい。……ですから、絶対に私はラヴィア様の代わりに任務を遂行しなければなりません」


 成程。何故ネムが来たのかは分かった。自身の失態のせいで上司の顔に泥を塗るのが嫌なのだろう。……部下として見るなら、非常に喜ばしい考え方である。


「そして、もう一つ」


 一拍置いて、ネムは目つきを鋭くした。有体に言えば、睨んできた。……俺を。


「私は、まだ負けていません」

「……」

「まだ、勝負はついていません」

「……おう」

「ですが、実力が劣っているのは事実です」


 苦々し気に。それはそれは苦々し気に。ネムは口を開いた。


「暫く、貴方を観察します。……絶対に、勝ちます」


 宣言。どうやら、倒す相手として見られているらしい。

 そしてそこまでを宣言したところで、ネムは右手を出してきた。


「……?」

「……」

「……」


 ……また、無言。どうやら本当に必要なこと以外で発言するつもりは無いらしい。手を差し出されているところを見るに、握れという事か? だが出し方が、掌を上にして出してきている。何かを渡せという事か? だが渡せるものなんて……


「籠手を外して、右手を此方へ」


 ……とりあえず言われるがままに右手を出す。柔らかな手が俺の手を掴み、そのまま左手で手の甲をなぞられる。


「……これで大丈夫です」

「?」

「では行きましょう。あっちから気配がします」


 すたすたとネムは先に行く。観察すると言っておきながら、随分と勝手だ。ここまでの動きと言い説明不足にも程がある。

 が、そこにわざわざ目くじらを立てる気力は起きない。ハァ、と。溜息を吐き出して、後を追う。今ここで、態度云々を気にする余裕がある訳でもない。……寧ろ、此処で変に口論をして、敵対する事の方がよっぽど面倒だ。











「どうやってこっちに戻って来たんだ?」

「魔石を砕いて溶かした水を使用しました」

「水……ラヴィアが使っていたな。あれか」

「はい。魔力を流せば、魔界と人間界を行き来できます」

「……それを使えば、ダンジョンを通らなくてもいいわけか」

「はい。ですが、一定の能力が無ければ、通り抜ける際に、生命力を奪われます」

「一定に達していないと、通り抜けることも叶わないと」

「はい。力が無ければ、ダンジョンの生成を待つ方が良いでしょう」

「……その水があれば、いつでも魔王とやらはこっちに攻め込むことが出来るのか」

「はい。望めば、すぐにでも」

「……望めばって事は、魔王は望んでいないのか?」

「そう、ですね。少なくとも魔王様と、ラヴィア様は、そうです」

「……ラヴィアは魔王は攻め込む意向だと言っていたが?」

「立場がそうせざるを得ない。それだけです」

「本人は望んでいないのか……」

「はい。……何者かが来ますね」

「また屍人か。……面倒だな」




「ネムもラヴィアと同じなのか?」

「同じ、とは?」

「人間界に攻め込むことの考え」

「そうですね。そこはラヴィア様と同じです」

「命令があれば従う、と」

「はい」

「命令が無ければ、別にどうでもいいと」

「はい」

「……何で、歴代の魔王は攻め込もうと考えていたんだ?」

「分かりません。ただ、言うなればそう言うものだからです」

「そう言うもの?」

「はい。理由など、考えたこともありません」

「……そうか」

「ただ……ラヴィア様は人間界が大好きですから、ご自身から攻め込まれることは無いでしょう」

「人間界を?」

「はい。……よく、ラヴィア様は人間界に行っています。その度に、楽しそうにお話をされます」

「そんな頻繁に来れるのか」

「先ほど言った通り、あの水さえあれば行き来は容易ですから」

「……ますますトンデモナイ水だな」

「凄い、と。賞賛いただきたいです。これはラヴィア様の発明品の一つですから」

「……発明品?」

「はい」

「あれ、ラヴィアが発明したの?」

「そうです」

「それは確かに凄い――――チィ」

「また、ですか」

「ああ。後ろは頼んだ」




「……ネムは魔人軍の中でも上位なんだろう? この屍人どもを抑え込めないのか?」

「……悔しいですが、出来ません。彼らはネクロマンサーの手で操られています」

「ネクロマンサー?」

「はい」

「すまん、ネクロマンサーってのは何だ?」

「死者を操る者です」

「死者を操る……あー……つまり、屍人共はネクロマンサーに操られているから、意思に関係なく襲ってくると」

「そう言う事です。彼らが意思を持ったままなら、襲い来るはずがありません」

「なるほど。……もしかして、この異形化しているのも、ネクロマンサーのせいか?」

「はい」

「死者への冒涜か……気持ちの良いもんじゃないな」

「はい。……ですが、実力は一級品です」

「?」

「ネクロマンサーは、普通は操れて2~3体です。それも、キメラの様に合わせることなどできません」

「……キメラの様に?」

「はい。こんな異形化させておきながら、尚も支配下に置けるのは……並大抵の実力では不可能です」

「複数体を操れて、改造も可能と……厄介だな」

「加えて、私の魔力放出でも支配を揺るがせませんでした」

「ネムよりは実力は上かもしれない、と」

「かもしれないという話です」




「……これは?」

「魔法陣、ですね。此処で行き止まっている事から察するに、此処から別の場所に転送されるのかと」

「転送? この上に乗ると、別の場所に飛ばされるのか?」

「そうかと」

「乗れば良いのか?」

「まずはそうですね」

「……」

「……」

「変化しないな」

「では、魔力を込めてみましょう」

「っ」

「……正解、ですね」

「ああ。……で、これはまた随分な出迎えだ」

「では半々で」

「冷静だな……ああ、了解した。因みに、あの無駄にデカいのは?」

「貴方にお任せします。転送で魔力を使い、疲れました」

「……良い性格しているよ。了解した」




「……どうしました?」

「いや……なんでもない」

「屍人に、顔見知りがいましたか」

「……いや、顔見知りじゃない。……同郷の者がいた」

「その黒色の服を着ている人ですか」

「ああ。……運が悪かったんだな」

「運、ですか」

「ああ。……まぁ、いいさ。先を行こう」

「……」

「……どうした?」

「……いえ。人間は、仲間意識が強いと思っていたので」

「……同郷の人たって、別に知っている人じゃないからな。懐かしい服だな、って思っただけだ」

「そうですか……」

「それに……顔見知りが死ぬ事は、慣れていないけど、経験済みだ」

「……なら、心配は無いという事で」

「そう言う事だ」

「……この扉の先は、一層強い気配があります。準備は大丈夫ですか?」

「……大丈夫さ」

「では、行きましょう」











 扉を開ける。と言ってもわざわざ、丁寧に開閉するのではなく、拳でぶっ飛ばす。

 ただの扉が耐えられる筈も無く、綺麗に拉げて吹っ飛んで行った。

 ――――その扉が、両断される。


「あれか」


 部屋の中心には男がいた。筋骨隆々な体躯。小ぎれいな服装。抜かれた長刀。一見すれば人間だが……


「あれも屍人ですね」


 ネムの言う通り、あれも屍人だ。ニンマリと。俺たちを見て嗤う。三日月に象った口が、禍々しいほどの赤色を見せた。

 気配はこれまでの屍人とは段違い。此処にいて、待ち構えていたという事は、門番的な役割をさせられているのだろうか。


「屍人の中でもそれなりの実力者、ってことか」

「そうかと思われます。ネクロマンサーによる術が、特に強く掛けられているようですが……そもそもの生前の実力も高かったかと」

「そうか、生前の実力が関係するんだったか」


 生前が強ければ、死した後も強い死体となって操れる。とは言え、強すぎると制御できないらしいので、強者を従えさせているということは、そのままネクロマンサーの実力が高いことを表している。


 だが、所詮は動く死体だ。


 距離を詰め、頭部を砕く。骨を砕く感触を感じつつ、追撃のフックをわき腹に。くの字に曲がったところで、長刀を躱しつつ蹴りを顎に入れる。

 ガクリ、と。膝が落ちる。無防備な首。見逃すわけも無く、手刀で砕く。


「……これでとりあえずは終わりか」

「流れる様な無駄のない動きですね。……心なしか、顎が痛みます」


 ネムは言葉の通り、顎を擦っている。回復薬を使い、腫れた痕はほとんど見えない。何なら充分に回復したはずだ。が、何を言っているか分からないほど俺も愚鈍ではない。

 あえてネムの言葉は無視をする。無視をして、念を入れて死体の四肢を砕く。また操られても面倒だからだ。


「可哀そうな死体ですね。死んで、操られて、戦った相手に顎を砕かれるなんて」

「……」

「最後に見た光景はどんな光景だったのでしょうか。ぐるんと回転したのでしょうか。それとも暗転したのでしょうか。或いは気づきもしていないのでしょうか」

「……ホント良い性格しているよ。ネム」


 冗談です。半分。そう言ってネムは無表情のままに顎を擦る。……いや、無表情を装っているだけだ。絶対。

 最初の頃の無駄に固い彼女は何処へ。今はそれなりに冗談を飛ばす様になっている。その殆どが俺に受けた仕打ちへの意趣返しの様なのはどうかと思うが……いや、いいか。別に。


「で、今度は扉が2つか。……あっちの扉は外に通じていそうだな」

「そうですね……隙間から光も見えますし、間違いないかと」

「……とりあえず、もう一つの方から行こう」


 2つある扉の内のもう一つから気配を感じる。扉の向こうから、此方を窺うような、そんな気配を。

 それはネムも感じ取っているのだろう。扉の方を一瞥するだけで、黙って頷いてくれた。


「屍人ではないですね」

「やっぱりか」

「はい」

「敵意を感じないんだよなぁ……盗賊団の可能性も低そうだ」

「第三者、でしょうか」

「多分、な」


 仮に盗賊団であるなら、わざわざここで待って様子を伺う必要が無い。さっさと仲間を呼びに逃げればいい話だ。

 逃げずに残り、尚も様子を伺っている。且つ敵意も無い。ならば高確率で、扉の向こう側にいるのは盗賊団ではない、第三者だ。


「ネムは……まぁ、このままでいいか?」

「大丈夫でしょう。バレはしません」


 外見だけで話をするのなら、ネム自身は人間と変わりない。給仕係の服に身を包んだ、可愛らしい女の子。

 魔族特有の禍々しい気配も抑え込むことは出来るらしく、今は殆ど感じない。人間と相対しても、魔族であることがバレることは無いだろう。




「■■■■■――――ッ!」




 油断は無かった。が、想定からは外れていた。

 絶叫だった。劈く様な、甲高い絶叫だった。

 発生源は先ほど倒した屍人から。と、同時に背に割れ目が走り、パックリと大きく裂ける。ズルリ、と。触手が出てきた。


「チィ!」


 四肢まで破壊した今、動いても這うだけしかないと思ったが……此処で異形化するとは想定外だ。

 触手は背からズルズルと複数本出てくる。明らかに体積を無視をした量と太さと長さ。合計……6本のそれが、うにょうにょと蠢いている。

 その一本が、俺を狙って突いてくる。それを籠手でいなすが、すぐに薙ぎ払いに変化させて来る。予想外の力に、耐え切れずに吹き飛ばされる。


「ガッ!」


 体勢を立て直す――――のとほぼ同時に、別の触手による突きが襲ってくる。いなすのは無理と判断し、籠手でガードするが、こらえきれずにそのまま扉に叩きつけられた。


「きゃぁっ!」


 ネムではない。アリアでもない。第三者の声。だがそれに反応している暇は無い。

 追撃をしようと波打つ触手を避け、伸び切った無防備な箇所を踏み潰す。潰れて断たれたところで、無様に波打つそれを、思いっきり引っ張った。


「……貴方は、盗賊団では無いのか?」

「違う!」

「なら……一旦味方と考える!」


 第三者の声。先ほどの悲鳴とはまた別の声だ。

 そして目の前に白色の人影が躍り出る。

 スパッ、と。触手に切れ目が走り、体液が吹き零れた。


「くっ、小刀ではこの程度かっ!」


 女性だ。

 薄い布を体に巻き付けた、女性。

 茶色のショートカット。そして凛々しさを感じる眼。

 意図は不明だが、とりあえずは敵ではないらしい。


「充分だ」


 切れ目に手を突っ込む。突っ込んで、無理矢理に引き千切った。流石に痛みがあるのか、屍人はまたも絶叫を上げ、一瞬だが身体を硬直させる。それから暴れ狂う様に触手を動かし始めた。


「隙だらけ」

「同感だ」


 反応が遅い。

 一瞬の硬直の間に、ネムは斧で触手を2本切断した。さらに襲ってきた1本を追加で斬り飛ばす。これで無事な触手は残り2本。

 屍人は残り2本の触手をネムに向けた。俺への注意は殆ど払っていない。一番の脅威は彼女であると認識したのだろう。甘く見られたものだが、それは悪手だ。間合いを詰め、全く以って隙だらけの――――その米神を、思いっきり殴り飛ばす。


「■■■■■――――ッ!」


 勢いをつけて殴りかかったせいか、屍人は壁までぶっ飛んだ。ぶっ飛んで衝突し、大いに室内を揺らす。

 そして絶叫。残った触手が、屍人本体を守る様に、幾重にも重なって巻き付く。そして追撃に入るより先に、外へと飛び出て行った。


「逃げ、た?」

「体勢を立て直すだけでしょう」

「てことは、また来るか」

「十中八九そうかと。……貴方は貴方で無事ですね」

「ああ。まぁ、取り柄だからな。ネムも無事で何よりだ」

「当然です」


 ふんす。自慢げにネムは胸を張った。あの程度は、大した相手では無いと言いたげ。相変わらずの無表情気味ではあるが、何となくだが感情が読めるようになった。


「……ところで、あの人は?」

「ん? ああ、ええと……」


 ネムが指し示した先。物陰から窺う様に此方を見ている女性。……そう言えば、自己紹介も何もしていない。


「敵じゃない。多分な」

「……まぁ、敵とはならないでしょう」


 言外に、実力不足だと。彼女はそう言っている。仮に敵対をされても、制圧は容易。それはその通りだろう。

 俺たちが近づくと、女性は深々と頭を下げた。


「すまない、助かった。レオナ・マイヤー。傭兵で……見ての通り、盗賊団に捕らわれた敗北者だ」

「傭兵か」

「ああ。次いで、彼女たちは……ああ、すまない。見ないでやってもらえるか?」


 言われてから気が付く。この部屋には、彼女以外にも人がいた。その誰もが薄い布を体に巻き付けており、鉄製の檻の中で身体を寄せ合っている。こちらを見る眼には、安堵と恐れが半々ずつ込められている。

 詳しく説明をされなくても分かる。……恐らく彼女たちは、皆盗賊団に捕らわれた人たちだ。

 そして、それが正しいのなら、


「すまない。1点だけ、先に確認をさせてくれ。……この中に、アンナ・アルボルクと言う方はいるか?」


 不躾と捉えられても仕方が無いが、まずはそこを確認しなければならない。俺がこの地に来た理由の一つが、アンナさんにある。俺にとっては、重要事項だ。

 一瞬女性たちは顔を見合わせた。それから、1人がおずおずと手を挙げた。




「は、はい……私が……アンナ・アルボルクです」




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