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1-1

作中の後輩の件は実話です。

彼曰く、静岡は長いそうです。


※20/1/20 誤字脱字修正

※20/3/9  誤字脱字修正

 俺にとっての最悪の日と言うのは、いつだって一佳が消えたあの日だ。

 空き巣に入られたとか。キックボクシングの試合で無様に負けるとか。付き合っていた子に振られるとか。抱えている案件を失注したとか。ばあちゃんが亡くなったとか。

 今までに悲しいと思った出来事は幾つもあるけど、それでもあの日を越えた事は無い。

 言葉に出来ない感情。何て言い表せばいいのか分からない。あの日の感情について、適切な表現の仕方を俺は知らない。

 あの日の衝撃に比べれば、他の出来事は幾らでも整理が付けられる内容だ。

 それこそ、突然のドラゴンの襲撃も。

 為す術もなく亡くなってしまった三人の同期も。

 今更ながらにこの世界が如何に危険であるかを自覚した事も。

 俺にとっては最悪と捉えるには程遠い出来事である。


「……遠いけど、なぁ」


 溜息を吐きたくなるのを堪える。堪えて、身体の力を逃す様に、目一杯息を吐き出した。

 人生はそう都合良くはいかないもの。それは今までに何度も、そしてこの短時間の間に改めて思い知らされた教訓でもある。

 ……繰り返そう。最悪が更新されたことはこれまでも、そしてこれからも来ることはあるまい。

 だが最悪でなくとも。その次や、次の次に悪い事は何回でも更新されよう。




 もう少しで古城を出ようという、その正門。

 壊れて大きく開かれたその門を目前にした広々としたホール。

 俺は今。そこで阿呆みたいに湧き出た骸骨に囲まれている。











■ 妹が大切で何が悪い ■











 城を出ようとホールに出たところで、そこらに転がっていた骸骨がいきなり動き出した。どういう物理法則は分からないが、骨だけの状態なのに動き出したのだ。

 とは言え、今俺がいるのはステータスが見えて、スキルが付与されて、ドラゴンが飛んでいる世界だ。残念ながら今更骸骨の一つや二つに驚きはしない。

 ……とは言え。流石に数えるのも嫌になるくらい出てくるというのは流石に想定外なわけで。


「クソッ!」


 状況の把握と同時に、逃走の為駆け出したのが今から2分くらい前。自分の事ながら迅速な判断だったとは思う。

 だが俺が走破するよりも、骸骨が出口に立ち塞がる方が早かった。或いは勢いに任せて突破を図れば違ったかもしれないが、俺は咄嗟に他の道を探そうと立ち止まってしまった。

 ……その結果がこれである。


「逃がすつもりは無さそうだな……」


 今俺の足元には三体分の骨が転がっている。いずれも先陣を切って襲い掛かってきたところを咄嗟に蹴り砕いたのだ。

 骨だけだと衝撃を逃がせないのか、それとも長年放置されていたからか、或いは武闘家としてのスキルのおかげか。思っていた以上にコイツらは脆い。それだけは朗報と言えた。

 ……だからと言って、この状況が好転するわけでは無いのだが。

 幾ら脆いとはいえ、数が数である。四方を囲まれたこの状況では、一斉に襲い掛かられたらひとたまりもない。


「……行くか」


 外的要因で助かる事を見込むつもりは無い。だがだからと言って、相手の挙動に合わせては助かる見込みは無い。

 ならば打って出る。敵が取り囲んで手を出さない内に、入り口に向けて突き進む。

 ネクタイを緩めると、それをバンテージ代わりに右手に巻く。最初の選択肢で普段通りの服装を選んだおかげで今の俺はスーツ姿だ。ネクタイを巻けばかなりの厚手になるので、痛める心配はそうそうあるまい。

 そうして気合を入れる様に強く息を吐き出して――俺は駆けた。


「退けええぇぇええええええ!!!」


 叫ぶ。意志を言葉に乗せ、自分の行為を改めて自覚させる。人外の相手に呑まれぬよう、己を鼓舞する。

 骸骨共が混乱したのは分かった。動きがぎこちなかったからだ。認識から迎撃の構えをするまでに間があった。

 遅い。遅すぎる。

 幾ら俺が練習生とは言え、キックボクシングの練習試合は何度か行っている。一面の長さが7m程度の限られた空間では、反応が一瞬でも遅れれば意識が刈り取られるのだ。反応の悪さを見せるなど、自殺行為もいいところだ。


「フッ!」


 目の前の1匹目の首の骨を砕く。その後ろの奴は足を砕き。突撃してきた3匹目は腕を砕いて払い退ける。

 脆い。ただただ、脆い。

 4匹目、ローキックで足を砕く。5匹目、カウンターで頭蓋骨を砕く。6匹目と7匹目は5匹目の身体を押し退けたら巻き込まれて倒れた。そのまま顔を踏み砕く。

 遅い。ただただ、遅い。

 8匹目、手刀で肩の骨を砕く。バランスを崩した相手を押し退けて無理矢理道を作る。何匹か巻き込まれて、出口が見えた。周囲を押し退けて無理矢理に突破を図る。

 多い。ただただ、多い。

 掴みかかろうとしてきた手を払いのける。立ち塞がったヤツを押しのける。勢いに任せて回し蹴りを放ったら、何匹かまとめて砕けた。

 一匹一匹の実力は大したことが無い。加えて耐久性も低く、数が少数なら倒す事に苦労はしないだろう。

 だがこいつらは数が多い。数えきれないくらいに溢れて蠢いている。幾ら斃しても終わりが見えない。キリがないのだ。


「邪魔だっての!」


 始まりをドラゴンに襲われ、次は無数の骸骨が相手。始まりから随分と手厳しい。今までの人生でここまで厳しい状況に直面したことは無かった。スタートから限界を強いられることは無かった。

 もしもシュウが生きていたら。負担を分担できただろうか。

 もしもマナミやチカが生きていたら。魔法の力とやらで敵をまとめて殲滅できただろうか。

 もしもリオンがいたら。闇魔法でこの局面を乗り切れただろうか。

 もしも。もしももしももしももしも――――


「腑、抜、け、かっ!」


 IF。もしも。仮定の話。

 ……そんなありえない事を考えても仕方が無い。

 空想に逃げることは幾らでもできる。後があれば幾らでも馳せることが出来る。

 だが今行う事じゃない。今空想しても仕方が無い。そこに意味は無い。何も無い。


「らああああっ!!!」


 己を戒める様に、鼓舞するように。俺は声を張り上げて他の感情を塗りつぶした。

 何時までこの骸骨共と戦い続けなければならないのか、終わりはあるのか、スタミナは続くのか、五体無事で切り抜けることは出来るのか、身体は保つのか。

 プラスの材料に対してマイナスな物事が多すぎる。そっちの方面に考えればキリがない。だが今この状況で、それを考える事に意味は無い。

 だから吠えた。吠えて、他の事を考えまいとした。ただ周囲の敵を壊す事に集中した。

 正面に立ちはだかる骸骨を。

 後ろから襲い掛かって来る骸骨を。

 左右から掴みかかって来る骸骨を。

 一匹残らず砕き、潰し、破壊する。

 ……不思議なことに。斃せば斃すほど、俺の思考はクリアになっていく。周囲を認識する余裕が生まれる。状況を俯瞰的に把握する事が出来ていた。


「……ははっ」


 キックボクシングの試合でもこんな感覚は無かった。或いはこれがスキルの恩恵と言う奴か。

 心臓が悲鳴を上げている。肺が酸素を欲している。両腕両足共に感覚が鈍り重く感じる。スタミナも限界が近かった。

 それでも。不思議なほどに周囲の状況は把握できた。次に襲い掛かって来る敵の攻撃の軌道を読み、効率的に斃す為の位置取りが分かった。

 ……全匹を倒すのは不可能だ。だが、この群れを突破することくらいはきっと出来る。その為の方法を、どんな手を取ればいいのかが分かる。


「――――っと」


 骸骨共も中々倒れない俺に警戒をしたのだろうか。むやみやたらに襲い掛かって来るのではなく、距離を置き始めた。遠巻きに囲う事で持久戦を強いてこようと言う算段なのだろうか。

 だがそんなものにわざわざ付き合うつもりも時間も無い。

 薄くなった群れの壁を突破すると、俺は勢いそのままに城外へ出て森へと駆けこんだ。身を眩ますことで、追撃を避け、追手を巻くためだった。

 そしてすぐ近くにあった木の後ろに身を隠し、骸骨共の動向を確認する。




 ――――骸骨共は城から出てこなかった。











「初っ端からキツイっての、クソが」


 俺はある程度城から距離を取ると、そこで腰を下ろした。疲労で足に力が入らない。暫くは立ち上がれそうになかった。

 乱れた息を深呼吸で整え汗をぬぐう。上着を脱いで、第2ボタンまでシャツを開けた。汗でシャツがへばりつき、ただただ気持ち悪かった。


「スタミナ回復のスキルもつければよかったな……」


 まさかこんなことにはなると思っていなかったので、つけることが頭から抜けていた。尤も疲労回復がダメだったから、つけられるかどうかは怪しいのだが。

 状況の再確認をしようと、もう一度念じてステータス画面を開く。すると状態のところが、疲労に変わっていた。


「……確か、健康だったよな?」


 詳しくは覚えていないが、そうだった覚えがある。だとすると、どうやら今の自分の状態はこうやって反映されるものらしい。……やはりここら辺はゲームの世界である。

 続いて全体の地図を見ようと、地図を開こうとする。だがどこの項目にもそんなのは無かった。


「……無いな」


 暫しあちこちタップしてみたが、画面は地図には切り替わらない。確か昔ゲームをした記憶では地図が出てきた記憶はあったが……流石にそこまでは親切設計ではないらしい。

 そうなると今度は近くの街がどこにあるのか分からない、という問題が発生する。

 少なくとも。目覚めたあの時に古城から見渡した景色に、街のようなものは見えなかった。


「流石に野宿はなぁ……」


 安全を確保されていない状態で野宿など自殺行為である。ましてやここはサバンナやアマゾンよりも人に優しくない世界だ。寝ている間にドラゴンや骸骨共に襲われる場面が、嫌に鮮明に思い浮かべる事ができた。

 ……兎にも角にも、まずは森を出なければ話にならない。


「確か道があった筈」


 骸骨共から逃げる間際。俺は森に飛び込んだが、正門の前には道があった。その道は森の中まで続いていた。舗装はされていなかったし、木々の浸食はあったが、それでも細々と道が続いていたのだ。

 ならば。その道を進めばきっと外に出られるだろう。

 後は道の続く限り進めば、もしかしたら街に出られるかもしれない。それでなくても誰か人に会う可能性が高くなる。

 両膝を叩いて立ち上がる。少しだけ立ち眩みを起こすが、逆に問題はそれだけだ。身体に疲労は残っているし、汗は未だ引いていないけど、歩くだけなら問題は無い。

 最後の記憶、そして今遠くに見えている城から道の大凡の位置を検討付ける。恐らくは左手の方向に向かえば辿り着く……筈。多分、きっと。


「ああ、クソ」


 一佳を探すつもりが、その前に自分の今を心配しなければならなくなるとは。

 此処は現実以上に世知辛い世界である。

 改めてそう思った。




「……すまないが、少し痛むぞ」




 迂闊だった。みっともないくらいに。

 気が付かなかった。何も察知できなかった。

 視界が回る。足が払われた。俺が分かったのは今の2点だけ。

 そしてその理解と同時に、咄嗟に受け身を取る。だが衝撃は緩和できても次の行動に繋げることは出来なかった。


「ここは国から指定されている禁足地だ。許可無しで入る事は禁じられている」


 足を払われ、地面に叩きつけられる。同時に馬乗りにされ、喉元に冷たい鉄の感触を押し付けられる。

 剣。

 学生の頃の教科書でしか見たことの無いような西洋の無骨な大剣。


「抵抗は止めておけ。助かりたければな」


 褐色の肌。黒色の短髪。シュウが身に纏っていたような軽装。

 そして眼。意志の強さを感じさせる、翡翠色の眼。吸い込まれそうなくらいに透き通った眼。

 組み伏せられた身だと言うのに、思わず綺麗な子だと思った。一佳程ではないが美人だ。


「立ち寄った目的を言え。正直に答えれば、余計な事はしないと約束しよう」











「ふむ。君は妹を探しにこの地に足を踏み入れたわけだ」

「端的に言えばそうなる」


 目的を言えと言われたので目的だけを告げる。嘘は言ってはいない。訊かれた事だけに答えるのは社会人の基本スキルである。


「だが何故ここだと? ここが危険地帯であることは有名だと思うが」

「道に迷っていた。ここが危険地帯であるとも知らなかった」


 ここが危険地帯で禁足地など初耳である。おかげでドラゴンや骸骨共の襲撃も納得がいった。初期レベルで太刀打ちできるはずがない。……初期開始位置を適当に決めたのは大間違いだったわけだ。


「……成程。君は異国の者か」

「異国?」

「この国の者ならこの地の危険性は分かる。だがそれを知らないから異国の出身なのだろう」


 成程。現代と同じく国が幾つかに分かれているらしい。

 ……だがそうなると、一つの疑問が生じる。


「どこから君は来たんだ?」


 これである。出身地の質問。普通なら簡単に答えられる内容。

 だが今の俺では出来ない。誰が、現実世界からゲームの中に入りました、なんて妄言を信じると言うのだ。


「……ずっと東にエビナという小さな村がある。そこから来た」


 我ながら苦しい回答である。エビナは海老名、友人が住んでいる街の名前。異国と言うからには名称と小さな村と言っておけば、そこまで深く訊かれまいという考えからの回答だ。

 その考えは間違っていなかったようで、相手は然程気にせず次の質問をぶつけてきた。

 何処をどうやってきたのか。

 何処に行く予定だったのか。

 今までどんな敵がいたのか。

 パーティーは組んでいないのか。

 クラスは何なのか。

 得意な技能はあるか。

 その服は何処で調達したのか。

 今のところの妹を探す以外に何か予定はあるのか。

 ……途中から関係の無い質問になった気がするが、一つ一つ答えていく。正直に答えられないところは嘘を交えつつ、しかしなるべく不振に思われないように。バレなければ嘘にはならないのだ。


「……内容をまとめよう。君は行方不明の妹を探しに東の村から此処に来た。合っているか?」

「ああ」

「この地に足を踏み入れたのは偶然で、今までは運良く骸骨共以外の敵には会わなかった」

「ああ」

「そしてこれから何処へ行くか、どんなルートを通るかは決めていない、と」

「ああ」


 ……まとめられると無計画にも程があるのが良く分かる。心なしか相手の発言にも呆れの色が混じっている気がしてきた。

 トントン。米神の辺りを叩いて、悩むように目を瞑る。無計画さに呆れているのは明白だ。そしてその気持ちは分からなくもない。

 俺、明日から夏休みを利用して伊勢神宮まで自転車で行ってきます!

 昔そんな発言をした馬鹿な後輩が居た。清々しいほどの馬鹿だった。宿も決めず、道も決めず、よりにもよって台風が来る週に出て行った。勢いだけで生きているような奴だった。

 今の俺は、きっと彼女にはそんな後輩と同じ様に見えているのだろう。


「……よし」


 暫し考えた込んだところで、意を決したように手を叩き合わせる。

 そして真っすぐに俺の眼に視線を合わせると、彼女はトンデモナイ言葉を発した。




「キョウヘイ、君の妹を探す協力をしたい」



おまけ


スケルトン

・アンデッドの中でも比較的低レベル。ただし核を破壊しない限りは何度でも蘇る。

 なので骨を砕くだけでは動きを止めることは出来ても倒す事は不可能。


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