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3-5

 分かっていた事だ。

 相手が強い事も。

 迷っている間もない事も。

 一手のミスで死ぬ可能性がある事も。

 全部分かっていた事だ。




 最速だった。

 大剣を構え、真っすぐに、一直線に。

 俺の反応よりも先に仕留めうと。

 慈悲も、躊躇いも、情けも。

 余分な感情が見えない。

 突き。


 それを、『予見』のスキルで察知する。


 狙いは心臓。

 一撃で屠るつもりか。

 大剣を構え、俺に向け突き出した姿を、視る。

 避ける暇は、無い。


 ならば、カウンターを合わせる。


 勢いは要らない。

 過度な力も要らない。

 ただ、顔を狙う。

 無表情のまま襲い来る、その顔に。

 拳を、当てる。




 交差は一瞬。

 ミスれば死ぬ。

 だが難しい話じゃ無い。

 不可能な話でも無い。

 ネムの踏み込みも。

 その剣速も。

 位置取りも。


 もう、視た。











■ 妹が大切で何が悪い ■











 結果から言えば。

 この戦闘は俺の勝ちだった。

 カウンターとして合わせた拳はネムの顎を打ち抜き。

 ネムの大剣は、俺の胴を微かに斬るに止まった。

 シグレとの戦闘や、アリアとの手合わせで、少なからず磨かれた『予見』のスキル。

 脳が揺れ、前後不覚となったネムは、呆気なくその場に倒れ伏す。

 無防備。

 その細い首を砕くなどしてとどめを刺せば、一先ずの戦闘はお終いだ。




「はぁい、おーしまぁい♡」




 だが追撃の前に、後ろから誰かが抱き着いてくる。

 不覚。

 ネムに集中するあまり、周囲への注意が疎かになっていた。

 抱き着かれた今、相手に悪意があれば、簡単に俺を屠ることが出来よう。

 急所を守る事も、或いは相手を振り解くことも、間に合わない。

 ……尤も。まさかこんなにも早くに、彼女と再会するとは思ってもいなかったが。


「……ラヴィアか」

「ええ、そうよ。……ふふっ、ネムを倒すなんてやるじゃない」


 ラヴィア。先ほど飛び立ったはずの彼女が、何故か背後にいる。楽しそうに笑っている。


「読み違えたわぁ。ネムの方が優勢と思ったんだけどねぇ。最後は見事なカウンターだったわぁ」

「見ていたのか?」

「ええ、もちろん」


 飛んで行ったと思ったが違ったのか。だが確かに彼女は、山頂に向かって飛んで行ったはず……

 幻覚? それとも瞬間的に移動をしてきた?

 身体を変化させる事、何も無い空間から部下を呼び出す事、そしてコレ。

 単純な身体能力の高さに加えて、訳の分からない能力がラヴィアには多すぎる。


「もぉ少し苦戦すると思ったんだけどねぇ……」

「苦戦はした。読み違えれば、倒れていたのは俺の方だ」

「もしもの話に意味はないわぁ。……ネムは倒された。それだけが事実」


 部下が倒されたと言うのに、ラヴィアは冷静そのものだ。寧ろ冷淡さを感じる程に、彼女の声は落ち着き払っている。

 ネムはまだ起き上がる気配を見せない。過度な力は込めていないが、それは俺の視点での話。ネムからすれば、予想外の一撃を無抵抗なままに、それも彼女自身の速さが加算された威力のモノを、顎に喰らった訳だ。脳が揺れた、などという生易しい言葉では済まされない。当面は起き上がれず、起き上がれたとしても身体は言う事を聞かないだろう。


「……今のままだと止めを刺せないんだが?」

「刺さなくて良いわよぉ。寧ろ、ダーメ。こっちは人間と違って、年中人手不足なの。そうほいほいと殺されるのは困るのよねぇ」

「人手不足? あんなに魔物がいるのにか?」

「失礼ねぇ、魔物と魔族は違うわよ。……あ、でも……魔物からの成り上がりもいるから、あながち間違いじゃないのかしらねぇ」

「……要は、魔族は少ないんだな」

「そう。人と違って簡単には増えられないの」


 子作り=セックスという概念が存在するので、生殖能力は人と同じだと思われる。にも拘らず増えないというのは、人と比べて生殖能力が劣っているのか、或いは単純に成長が遅いのか。長い間生きる、という言葉から察するに、後者の可能性が高そうだが……いや、そんなことは別に今考える必要は無い事だ。

 まぁ、つまるところ、何にせよ。


「……じゃあ、条件は達成ってことでいいな?」

「ん?」

「彼女を倒す事が、話の続きの条件だっただろう。だから、これで達成、でいいな?」


 疑問の口調だが、断定のつもりで発している。ラヴィアが先ほど俺に示した条件は、ネムを倒す事。そして今さっき、ラヴィア自身がネムが俺に倒された事を認めた。……条件は達成だ。


「んー……そう、ね。認めちゃったしぃ……貴方の言う通り、達成で良いわよぉ」


 で、何が知りたいの? ラヴィアはそう、俺の耳元で囁くように言葉を発する。吐息が鼓膜を震わせ、甘い香りが鼻孔をくすぐった。人差し指で俺の胸元を撫でている。……揶揄っているのは明白だ。


「さっきも言った通り、俺が知りたいのは元の世界に戻る方法だ。その情報が欲しい」


 なるたけ平静を装い言葉を発する。今更この程度に乱されるほど経験が無いわけでは無いが、戦闘の余韻で感情が昂っている。早々に情報を聞き出さなければ、ラヴィアの色気に当てられて、判断が鈍くなる可能性が高い。


「魔人軍の書庫にあるんだろ? 帰る方法を教えてくれるか、或いは情報を持ってきてもらいたい。それを頼みたい」

「……ふぅん。本当に帰りたい、のねぇ。まぁ、良いけどぉ……その代わり、別に条件があるわよぉ」

「条件? ネムを倒しただろう?」

「あの子を倒しただけなら、貴方の話を聞く証明だけよ。無条件に全部を叶える、ってわけじゃないわぁ」


 言っている事が違くないかとは思う。……が、正直なところ、ラヴィアとの会話の詳細までを覚えているわけじゃない。形として残しているわけでもない。記憶だけ。だが記憶は証拠とはならない。

 それに俺の目的は、帰る方法を知る事。ラヴィアと争う事ではない。別の条件一つでその方法を知ることが出来るのならば、無理に我を押し通す必要は無い。寧ろへそを曲げられたり、余計な条件を加算されるリスクを思えば、ここは黙って従う方が良い。


「……別の条件ってのは何だ?」


 逡巡している時間も惜しい。デメリットは聞いてから考えればいい。

 俺の返答を聞いて、ラヴィアは笑った。人の耳元で、嬉しそうに笑い声を零した。


「簡単な話よ。本当に、簡単なお話」


 密着した姿勢。ほのかに体温が上がっただろうか。抱きしめる力と、甘い匂いが強くなった。




「子作り。しましょう?」











「……あれは冗談じゃないのか?」

「言ったじゃない。割と本気だ、って。外見も実力も好みのタイプだしねぇ」


 その割には人を殺しかねない辺り、本当にそう思っているのかと問いたくなる。一歩間違えれば死んでいたのだ。……だが、まぁ、国が違えば価値観も違う。ましてや世界が違うのだ。納得は出来なくとも、そう言うものだと理解をするしか無いだろう。


「……子作りの言葉の意味について、互いの理解を確かめたい」

「へ? そんなのセックス以外にあるの?」

「魔族とのセックスなんて初めての経験なんだよ。俺の知っているセックスと違ったらどうする」


 人には人の。動物には動物の。魚には魚の。虫には虫の。それぞれの子作りという形がある。同じ二足歩行で、外見は同じホモサピエンス系で、共通の認識が出来る言葉を発する事が出来ていても、種族は違う。ならば、そこを埋めなくてはならない。


「あらぁ、そう言う事? ふふっ、そういう性癖かと思ってびっくりしちゃったわぁ」

「……特別変な趣味は無いつもりだ」

「そうかもしれないけど……変なところがあっても良いと思うわ。だってやってみれば、意外と興奮する事もあるかもしれないもの」


 ペロリ。そう言いながら、舌が首筋を這った。生温かく、柔らかい感触。そして僅かに荒くなる息。密着した背中から鼓動を感じる。反対側の耳を、指で優しくなぞられる。

 熱い。触れられたところが、なぞられたところが。決して不快ではなく――寧ろ逆の――熱さを感じる。


「ふふっ……澄ました顔をしているけど、興奮は隠せていないわ。……安心した」

「安心……?」

「不能じゃなくて良かった、って事」


 ……バレている。興奮も、色気に当てられつつあることも、冷静にいようと努めているが、バレてしまっている。


「私ね、貴方みたいな堅物そうなのが結構好きなのよねぇ」

「……参考までに訊くが、何故?」

「だってぇ、可愛いじゃない?」

「……」

「それにね、そうやってね……努めて冷静でいようとするのを少しずつ引き剥がしていく……それがたまらなく楽しいの」

「……それは、厄介だな」


 また息を耳に吹きかけられる。優しく、蕩ける様な、今までにない感覚。今までに全く経験の無い感覚。

 ヤバい。全く以って、ヤバい。

 強がりに意味は無い。完全に俺はラヴィアの術中に嵌ってしまっている。完全に、把握されている。


「大丈夫よぉ、貴方が分かりやすいわけじゃないわぁ。だってぇ、命を賭した戦闘後だもの。気持ちが昂るのはぁ……仕方のない事じゃない?」

「……ネムすら、作戦の内だったと?」

「さぁ? どうかしらねぇ?」


 甘い、匂い。蕩ける様な、匂い。

 彼女の吐息か、あるいは彼女自身の匂いか。

 何にせよ、酷く脳に効く。クラクラと、脳が優しく揺らされる。


「それで、どうする? 何をする?」

「……っ」

「情報、知りたいんでしょう?」


 ……そうだ。俺は情報が知りたい。帰るための方法を知りたい。一佳を連れて帰るための、その方法を知らなければならない。入手しなければならない。

 その方法の為に提示されたのは、子作り。セックス。それを、ラヴィアからは提示された。実に、なんて、簡易な条件か。


「心配しているみたいだから言っておくけどぉ、人のする子作りと同じよ。何も心配は無いわぁ」

「……そうか」

「ふふっ、そうよ」


 つまり、何も恐れることは無い、と。心配する事は無い、と。そう言う事か。

 一つ一つ。優しく引き剥がされる。理由を引き剥がされる。懐疑的だった思考も、躊躇いも、溶かされて、引き剥がされる。

 ……そうとも。俺が興奮していようが、いまいが、ラヴィアを抱かなければ、情報は得られない。それがラヴィアから提示された条件だ。

 なら、迷うことは無い。


「……ラヴィア」

「あら、なぁに?」

「子作りをする。それだけで良いのか」

「ええ、そう。孕めば、それで良いの」

「それだけ、か」

「そう。たったのそれだけ」

「そうか……」

「ふふっ……する?」

「……そう、だな」




「人を舐めるのも、大概にしろ」











 腕を取る。取って、隙間を作り、半回転。背後から抱き着かれていた恰好から、真正面に向き合う恰好へ。驚きを隠せない蒼玉色の眼へ、視線を合わせる。


「ふざけるなよ」


 興奮していたから?

 抱くための理由があるから?

 仕方のない事だから?

 そんな目の前にぶら下げられた言い訳に意思を委ねる程、俺は他人任せな薄弱な人物なのか――いいや、違う。断じて、違う。


「理由が無きゃ、抱かないとでも思ったか」

「へ、え?」


 ……違う。違う違う。言いたいことはそうじゃない。なんてことを俺は口走っているのか。だが今更、もう訂正は出来ない。

 ラヴィアの肩を掴む。こうなったら、何とかして軌道修正するしかない。


「俺は無理矢理するのも、無理矢理されるのも好きじゃない」

「は、はい」

「流されるのも、言われるがままなのも、好きじゃない」

「う、うん」

「抱くときは、自分の意思を以て、抱きたいから抱く。……だけど、それで終わりなんて真っ平だ」


 上手く軌道修正できている気はしない。が、ラヴィアが動揺している今のうちに、何とか押し切らなければ、また彼女に呑まれてお終いだ。頭を回転させろ。脳を働かせろ。口を動かせ。決して気取られるな。


「子作り、と言ったな。……孕んだその後まで、考えた上での発言か?」

「え、と……その……」

「子供はモノじゃない」


 ……そう。子供はモノじゃない。ひと時の感情で、好き勝手出来る存在じゃない。

 ラヴィアは今後の魔族の先行きを考えた上で、子作りと発言をしたのかもしれないが、それは彼女の事情だ。生まれてくる子供は、父親無しで育つことになる。……片親が悪い、という訳じゃない。だが、ラヴィア1人でどこまで見ることが出来るのか。


「俺はラヴィアの事は嫌いじゃない」

「っ!」

「だからこそ、一時の感情に流されたくは無い。無責任なことはしたくない」


 そうとも。ただのセックスならまだしも、今回の目的は子作り。責任を持たずして、その行為に及ぶことが出来るものか。


「……理由を色々とつけたが、要は今は出来ない。それだけだ。場を改めて、冷静に考えてから。それからでも良いか」


 ……要は今この場で流されてセックスするのが嫌だ、ということだ。アリアたちと早く合流しなければならない中で、ラヴィアの要望を全部聞いているわけにもいかない。そもそも子作りと明言している状態で、一回きりの性行為で完結するとは思えないのだ。しっかりと妊娠したのが判明するまでは、ラヴィアに拘束される可能性が高い。それに幾らの時間が必要かは分からないが……少なくとも、今すぐと言う訳にはいくまい。

 真っすぐに。眼を見る。逸らさず、視線を合わせ続ける。

 随分と遠回りな発言に、己の心からとは言い難い言葉。嘘を吐いているわけでは無いが、思った事を矢継ぎ早に発していた。此処で視線を逸らせば、相手に疑念を抱かせる。余計な問答は望む展開じゃない。


「あ、あの……その、ね……」


 ラヴィアが視線を逸らす。逸らして、桃色に染まった頬を掻きながら、何かを言おうと口を開閉させる。


「そ、それって……プロポーズ?」


 プロポーズ。言ってから、ラヴィアは傍目に見ても分かるくらいに頬を赤くした。……多分、俺もそうだろう。思い返せば、そう取られても仕方ない様な発言をしている。発言内容をミスったのは明白だ。

 だがここで否定をすれば、間違いなく拗れる。意図していない、は言い訳にしかならない。手を誤った。ああ、いや、言葉か。或いは口か。……ええい、そんなことはどうでもいい。本当にどうでもいい。そんな事より頭を回せ。嘘も吐け。小手先でどうにかしようとするからこうなるのだ。だがもう吐いた言葉は戻らない。なら、考えろ。考えろ、考えろ、考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ――――っ!!!




「……み、認められません」




 思考は一瞬。現実時間にして1秒にも満たない。

 まだ顔の赤さを拭えぬうちに、背後で声がする。

 まるで呪う様に。憎しみを込める様に。

 大きな声量でも無いに関わらず、思考を切り裂くように、その声は割って入った。


「手を離しなさい……ラヴィア様から、手を……その手を、離しなさい……っ」


 呪詛と憎悪。その二つが混ざり合った視線が背を刺す。

 ネム。

 顎を打ち抜き、もう暫くは目を覚まさないと思ったが、あんな体躯でもやはり魔族であるらしく、大剣を杖代わりにして、彼女は立ち上がっていた。


「まだ、私は死んでいない……負けていない……まだ……まだ……っ」

「……」

「構えなさい……私は……まだ……」

「いいえ、ダメよぉ」


 ふわっ、と。風が吹く。視界の端を影が通り、眼で追うよりも早くに、その影はネムの元へ到達していた。

 ラヴィア。彼女は優しくネムを抱きしめる。するとそこで力が限界を迎えたのか、ネムは力なく身体をラヴィアに預けた。


「貴方は負けた。……私が見ていなければ、死んでいたわ」

「でも……っ」

「事実は事実、よ。認めないとねぇ」

「ラヴィア様……」

「……ねぇ、キョウヘイ。私、初めてよ。そんなこと言われたの」

「……俺もあんな事を言ったのは初めてだよ」


 まぁそもそもの話、こんな迫られ方をされたことが無いのだが。元カノは束縛が激しかっただけで、性に旺盛なわけでも無かった。近しい経験なんて、仕事の付き合いで、そう言う店に行った時くらいじゃないだろうか。


「貴方の言う事、間違いじゃないわよねぇ。……まさか、イルファニア叙事詩をなぞる事があるとは思わなかったわぁ」

「?」

「此方の話よ。……今日は一旦オシマイ」


 ラヴィアは俺に背を向けたまま、空中を撫でる様にして楕円形を手で作った。あの黒々とした穴が再び生じる。


「『人と魔族は交われない。だから2人は天魔に堕ちた』。……今なら、少し分かる気がするわぁ」

「ラヴィア様……」

「……帰るわよ、ネム。任務は、適当な理由をつければ良いわ」

「……っ、申し訳、ございません」

「良いのよぉ。……それじゃあね、キョウヘイ」

「……ああ」


 最後に。

 穴に入る前にラヴィアは振り返った。

 振り返って、笑った。




「また、会いましょう」




※魔族の性設定について


老衰という概念が無いので、基本的に子を増やすという考えがありません。

そう言う意味では、ラヴィアはかなりの例外。

但し、単純に性行為が好きな魔族はいます。

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