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3-4

 子作り。

 ラヴィアは、確かにそう言った。

 そう言って、俺の頬を撫でている。


「……なんて?」

「あら、聞こえなかったかしら? 子作りよ。子作り。セックス」


 いや、分かるわ。分かるから訳分からないのだ。

 何故子作り? 殺し合いをしていた奴と? 何故?

 幾ら何でも急展開過ぎる。思考が現実に追いつけない。


「もしかして経験ないとかぁ?」


 いや、それはある。それはあるが、別に今は関係ない。俺が返答できないのは別の要因だ。

 手を振り払い、下がる。少しでも相手に呑まれて接近を許したことに、今更ながらに危機感を抱く。

 だがラヴィアは振り払われた手を軽く振るだけで、何の意にも介した様子が見られない。


「警戒しなくても良いって言っているのにぃ」

「黙れ。戯けた事を抜かすな」


 そもそもコイツは魔族だ。人類を敵視する奴らだ。

 同じ言語を交わせるからと言って、仲良くなれる筈がない。











■ 妹が大切で何が悪い ■











「イケずねぇ……取って食べるわけじゃないのにぃ」


 ラヴィアはやれやれとでも言いたげに溜息を吐いた。俺の行動を心外と思うでもなく。仕方ないと。そう考えてるような、そんな表情。

 意外なのは俺の方だ。何故そんな顔をする? 何故そんな言葉を吐く? 何故そんな態度を取る?

 魔物は大概が問答無用で俺たちを殺しにかかって来る。オークも、ゴブリンも、皆が。

 ケントの街は黒騎士たちに蹂躙された。生き残りは、ほんの僅か。後は皆殺され、屍人に変えられた。

 ダンジョンでは、魔物や呪いの塊が執拗に追ってきた。敵意を剥き出しにして、実力差も考慮せずに襲ってきた。

 そしてラヴィアも。先ほどは警告こそあったが襲ってきた。

 いずれも俺に力が無かったら、或いは運が無ければ、死んでいた事。

 俺ら人類は、魔族にとって敵ではないのか?

 敵だから襲ってきたのではないのか?


「……お前たちは、何だ?」


 発言してから後悔する。他人任せで抽象的な質問。問いかけるなら、もっと具体的な言葉を選ぶべきだ。


「訂正する。お前たちの目的は、人類を皆殺しにする事じゃないのか?」


 俺が描ける中で最悪の目的。それを口に出す。

 ラヴィアは一瞬呆けた顔を見せると、呆れを隠さずに息を吐き出した。


「そう思われているのは心外ねぇ……まぁ、仕方がないのかもしれないけど」

「……ジャックってやつが、殺す気で襲ってきた。アイツは人類を皆殺しにすると言っていた」

「ジャック? 誰の事か分からないけどぉ……魔族の誰か、ってことかしらぁ?」

「ああ」

「弱い子は興味ないから分からないけど……弱い子ほど魔王様には忠実だから、そう思うかもしれないわねぇ」


 魔王。

 恐らくも何も無く、魔族の王。

 今が何代目かは知らないが、大昔から人類に侵攻を繰り返してきた、魔物の親玉。

 そして今の会話で分かったのは二つ。

 一つは、やはり魔族側としては人類を皆殺しにすると言う目標がある事。

 もう一つは、


「お前は違うのか」


 問いかけ、ではない。問いかけの体で発したが、断定に近かった。

 仕方が無い。ラヴィアはそう言った。弱い奴ほど忠実だとも。

 それは裏を返せば、魔王の目的に迎合していない魔族もいる。そう言っているのだ。


 ――――私たちとは相容れないからだろう

 ――――魔物なんて、そんなものですよ


 思えば。

 俺は魔族の事をほとんど何も知らない。

 アリアもクシーも、魔物の生態を語るだけで、本質までは知っていなかった。


「……理解が早いのねぇ」


 対して。ラヴィアは驚きを隠せずにいた。俺が彼女の言葉を、思いの外あっさりと受け入れていること。そこに驚いているのは間違いない。


「私は別にねぇ……魔王様の方針に興味なんて無いしぃ……」

「……」

「まぁ、忠誠を誓っている手前ぇ……魔王様がそう命じるなら、従うけどねぇ」

「命令されなければ、人類を襲うつもりは無いと」

「そうよぉ」


 魔人軍第七位、とラヴィアは自身の事を言っていた。軍に所属する以上、命令には従う。だが、そうでなければ不要に人類を敵視する事も無い。

 ……思えば黒騎士も、俺たちに止めを刺さないばかりか、治癒まで施した。その理由は不明だったが、ラヴィアの言葉が本当なら、説明が付けなくもない。ケントの街を襲い、ある程度の犠牲を出す。それが目的だったから、必要以上に命は取らなかった。そう言う事だったのだろうか。


「お前が敵対するかどうかは、魔王次第ってことか……」


 そして今回で言えば。ラヴィアの目的は俺たち以外にある。俺は魔族である以上、どんな目的であれど戦いは避けられないと考えていたが、敵対をする必要性は無い訳だ。……ラヴィアも、その後の行動は置いておいても、一方的ではあるが警告はしている。


「何となくだが、理解はした」

「あら?」


 構えを解く。信用をするつもりは無いが、今は無駄に敵対の意思を見せている場合じゃない。


「信じてくれるのは嬉しいけどぉ……ちょっと早くない?」

「俺は魔族の事を良くは知らない。それに敵意には敵意を返しているだけで、それが無い相手を無暗に恨んでどうする」

「……私が騙そうとしている、って考えないのかしらぁ?」

「実力差は明白だろう。わざわざ騙す必要が何処にある?」


 実力差は明白、と言ったが、当然負けるつもりは無い。だが現実問題として、ラヴィアの謎の能力――身体を水性に変容させる――がある限り、俺はラヴィアを倒せない。戦っている間に打倒方法を考えるしかないが、そんな可能性は低いと言わざるを得ない。それはラヴィアも分かっている事だ。

 だから、騙す必要が無い。

 この会話も、ラヴィアから始めた事。強者故の奢りか、はたまた只の気まぐれか。真意は不明だが、彼女が時間を稼ぐ必要性は一切無い。


「うーん……そのぉ、貴方って、本当にこの国出身の人ぉ?」

「どういう意味だ?」

「理解が早すぎるのよねぇ……貴方が言った通りだけどぉ、低級の魔物程人類を襲うしぃ……そう言うスタンスを取ったのは、貴方が初めてよぉ」


 おっかなびっくり。先ほどまで人を殺しにかかろうとしていた者とは同一に思えないほどの変貌。それほど話に理解を示されるのが珍しい事なのだろうか。

 ……いや、実質そうなのだろう。

 アリアもクシーもルドガーも。シグレもミリアも。出会った人たちは、皆魔物を敵として見ていた。殺すことに躊躇いを持っていなかった。

 生まれが変われば、風土も文化も思考すらも変わる。

 ましてや世界が変わっているのだ。尚更と言う話である。


「理解を示さなければ、どうするつもりだったんだよ」

「別にぃ……充分暇つぶしにはなったしぃ……見逃してお終い、かなぁ」


 殺すつもりは無くなったらしい。それなりに戦闘で楽しんだから、これ以上はお終いということか。やっぱり理解の出来ない思考回路である。


「あ、でもぉ、子作りしたいのは割と本気よぉ」

「……そっちの方が理解できないんだが。そもそも人間と出来るのか?」

「出来るわよぉ。基本的な造りは同じだしぃ」


 そう言えば前に、アリアがゴブリンの生態を教えてくれた。奴らは一定の年齢に成ると人間の女性に興味を示し、子作りに励むと。……魔族もそう言う事なのか?


「魔人軍の連中には魅力が無いのよねぇ……長い間生きるからって、殆どが自分の研鑽に努めているわぁ。修行馬鹿って感じなのよねぇ」

「……強い方が良いんじゃないのか?」

「嫌」


 即答である。そして何も分かっていない、と言いたげに首を振る。


「好みは人それぞれでしょう? 私は好みのタイプとしかヤりたくないの」


 そりゃ結構なことで。次世代に残す事を考えると、種は優れている方が良いと思うが、それは野生の話だ。感情が追随すれば、その限りではなくなる。そこは魔族とて同じなのだろう。


「ところで、貴方って、もしかして『稀人』とかぁ?」

「『稀人』? なんだそれは?」

「うん? 違うのかしら? ええとねぇ……」




「違う世界から来た人、ってことよ」











 何を言っているのか分からなかった。

 意味が、ではない。

 何故その事を、という疑問故だ。


「あらぁ、大当たり?」


 ラヴィアは人の内心など知らず、仮説があった事に喜びを見せている。無邪気な笑顔だ。

 だが俺はそうはいかない。今ラヴィアは何て言った? 何故違う世界の事を知っている?


「昔偶々読んだ文献に、そういう記述があったのよねぇ。実物に会ったのは初めてよぉ」

「……それには、どんなことが書いてあったんだ?」

「えー、とぉ……『国の一大事に禁術を用いて、異世界より勇者を呼び寄せる、人類の最終手段』だったかしらぁ」


 それならば違う。境遇が違う。

 合っているのは、別の世界から来たというところだけ。

 俺は禁術によって呼ばれたわけじゃない。勇者として崇められているわけでもない。

 一佳を探して此処に来た。それだけだ。


「『稀人』なら先入観に囚われていないのも納得ねぇ。ふふっ、ますます貴方に興味が湧いたわぁ」

「……そりゃ、結構。俺も訊きたいことが出来たところだ」


 予期していないタイミングだった。予想していない言葉だった。それに動揺をしたのも事実だ。

 だが、これを幸いと言わずして、何と言うのか。これを逃せば、永遠に手に入らないかもしれない機会。


「『稀人』を、元の世界に戻す方法はあるのか?」


 一佳を連れて、帰る。それが俺の目標。会うだけでは、半分しか解決しない。アリアたちには言えていないが、帰る場所が俺と一佳にはある。

 だがどうやってその方法を探すか。そもそも探せるものなのか。

 願ってもいないタイミングで、その情報を得られるかもしれないチャンスが訪れたのだ。


「確か……あるわよ。詳しい方法は覚えてないけどねぇ」

「……それは、どこで分かる?」

「魔人軍の書庫にあったかしらねぇ……あまり読書は好きじゃないから、ちょっと自信は無いけど」

「その文献をもらうことは出来るか?」

「んー、それは無理ねぇ」


 あっさりと断られる。断って、ラヴィアは俺の眼に視線を合わせた。値踏みするように、じっと。


「私は貴方の事を気に入ったけど、それとこれは別。そこまでしてあげるつもりは無いわぁ」

「ダメ、か」

「ええ」

「……そう、か。確かにそうだな。言う通りだ」

「あ、あら? 聞き訳が良いのね」


 聞き訳が良いわけじゃない。ただ、此処で無理に押したところで、望む回答はもらえない可能性が高い。

 そう考えたから、一旦引く。

 交渉の基本戦術だ。


「帰る方法は一つも見つからなかったんだ。存在があると分かっただけ、大きな進歩だ」

「……ふぅん」

「ところで、魔人軍の書庫は人間も出入り可能なのか?」


 文献をラヴィアから入手できないのならば、自分から入手しに行けばいい。後はどうやって行くかだが……


「魔人軍の書庫事体は、別に誰でも出入り可能よぉ。歓迎されるかは分からないけどねぇ」

「歓迎、か……それ俺が人類だからか?」

「そうよぉ」

「……成程。じゃあ、連れて行ってもらうことは出来るか?」

「……正気?」

「正気さ」


 この上なく正気だとも。嘘を吐く理由も無い。


「ラヴィアの言う通り、俺は此処とは違う世界から来た。目的は妹を連れ戻す為だ」

「妹を?」

「ああ。で、それが済んだら当然元の世界に帰りたい」


 当然の事だが、俺は別にこの世界に永住をしたい訳じゃない。一佳を連れ帰り、前と同じように生活をする。

 勿論戻ったところで、何もかもが同じという訳には行かないだろう。何も言わずにいなくなった事で、一佳はニュースになった。戻れば騒ぎになるに違いない。俺も同じことにきっとなる。無断欠勤中の会社はどうなったのか。クビは間違いないだろうが……それよりも急にいなくなったことによる迷惑を、何かしらの形で詫びを入れなければ。……行方不明になった事による弊害は上げて行ったらキリがない。

 だがそれでも帰る。生まれ育った世界へ、一佳を連れて帰る。

 それは絶対に、やらなければならない事だ。


「その為には、どうしても元の世界に戻る情報が必要だ」

「……人間が入れる場所じゃないわよぉ?」

「それしか手が無いのなら、そうも言ってられないだろ」


 力技で良いのなら、下記の手順で入手する事は可能だ。

 ①ダンジョンの生成後、魔石が順応してから魔物側の世界へ入る。

 ②適当な魔物をしばいて、魔人軍の場所を聞き出す。

 ③適当な魔物をしばいて、書庫へ案内させる。

 ……当然、こんなのは脳筋めいた極論ではある。が、少なくとも①と②については出来なくもない。そして①については、些か手順がおかしいとはいえ、経験済みである。


「俺はどうあってもその方法を探し出す。あるって事が分かっただけでも僥倖だ」


 本心からの言葉。

 その言葉を聞いて、ラヴィアは深く息を吐き出した。俗にいう溜息だった。











「……男って、皆そう。何でも分かって、勝手に納得して……魔族も人類も、そこは変わらないわねぇ」


 ラヴィアは呆れを含んだ言葉を吐き出した。それは俺に向けられた、と言うよりは、遠い別の誰かにも向けられているようだ。


「貴方の事は気に入ったけど……そういうこと、なのかもねぇ」

「?」

「……こっちの話よぉ」


 ラヴィアは再び溜息を吐くと、自身の腹部に手を突き刺した。

 そうして取り出したのは、液体の入った小瓶。

 それをすぐ傍に放り投げ、手刀で割る。


「今ねぇ、魔人軍はごたついているのよぉ。つい先日に、第五位が殺されちゃったからぁ」

「第五位?」

「そう。それで、後任に誰を入れるかで、結構面倒なことになっているのよねぇ」

「……第五位に? 六位以下が繰り上がるんじゃないのか」

「違うわよぉ。魔人軍の第一位から第九位は、皆実力は並列。席が空いたら、別の実力者を入れるだけ」


 つまりラヴィアは7番目の実力ではない、ってことだ。もしかしたら9番目かもしれないし、逆に1番の可能性もある。


「ま、貴方の言う通り、普通なら順繰りに第十位が入るんだけどぉ。今は十位以下の実力が拮抗しているのよねぇ」


 ラヴィアの真横に、黒い穴が出来る。先ほど空中で小瓶を割った場所。それはゆっくりと広がり、ラヴィアの頭身ほどの大きさの楕円形になった。


「そんなわけでぇ、誰が入るかひと悶着起きているのよねぇ。それが面倒くさくて、適当な任務を受諾してこっちに来たんだけどぉ……ま、第七位って位の手前、やっぱり推薦の一つはしとかないとねぇ」


 楕円形の穴に異変が生じる。まるで暗闇を掻き分ける様にして、穴から出てくる人体。ラヴィアよりも頭二つ分は小さいか。同じような黄色系の肌。銀色の長髪。紅玉色の眼。表情の無い顔。黒色の給仕服に身を包んでいるせいもあるが、見た目はただの少女だ。

 だがその手に持つ、彼女自身の背丈よりも巨大な斧と、彼女自身の禍々しい気配が、それを否定する。


「ネム。彼を倒しなさい。倒したら、五位に推薦してあげる」

「はい」

「キョウヘイ。貴方の考えは嫌いじゃないわぁ。けどぉ、私に言う事を聞かせたかったら、それに足る証明をしてもらわないと」

「……この子を倒せと?」

「ええ、そう」


 ネムと呼ばれた少女は、一歩を踏み出た。軽々と斧を構え、いつでも俺に跳びかかれるような体勢を取る。


「ネム。彼は任せるわぁ。私は……そうねぇ、ネクロマンサーを捕らえてくるわぁ」

「畏まりました。ラヴィア様」

「ふふっ、良い子。……じゃあ、キョウヘイ。そう言う事だから」


 言うや否や、ラヴィアは背中から羽を生やすと、そのまま高く飛んでいく。もうこちらに興味は無いのだろう。見向きもせず、彼女は山頂へと向かう。

 追うことは出来ない。

 物理的な問題もあるが、それ以上に、


「……っ、逃すつもりは無いか」


 ネムが跳びかかって来る。ほんの一瞬、視線をラヴィアに切った。たったそれだけの間に、彼女は距離を詰め、あまつさえ斧を振り下ろしていた。

 受けるのでは保たない。籠手でいなし、距離を取ろうとするが、


「っ!」


 ぐるん。いなされて地面に突き刺さった斧の刃先を支点に、そのままネム回転した。回転して、再び斧を振り回してくる。

 規格外。力任せの、ありえない行動。

 退くが、気にすることなく彼女は追って来る。


「チィィィ……っ!」


 ……女性、しかも少女に拳を振るう。当然、今までにない経験だ。邪魔になるやつなら、女でも振るってきたが……今回はラヴィアよりも、シグレよりも、……一佳やミリアよりも年下の少女。どうしても躊躇いを覚えてしまう。それに相手は初対面の、魔族であること以外、何の背景も知らない少女。年端も行かない彼女を手にかけるのは……




「腑抜けかっ!」




 怒号。自分に対しての、怒り。

 斧を避けた際に、次の攻撃に入る前にネムを蹴り飛ばす。その無表情な顔、ではなくて斧を持つ手を狙い、容赦なく。

 骨の砕ける感覚が靴越しに伝わる。蹴りの衝撃でネムは手を離した。浮いた彼女の身体の、その胴体に、回し蹴りを入れる。

 ピンボールの様に、ネムは吹っ飛んだ。斧は地面にめり込み、無手のまま彼女は受け身撮れずに地面を転がる。

 ……少しでも気を抜けば、殺されるのは此方。幾ら少女の見た目とは言え、相手は魔族。命を狙われているのに手加減をする道理は無い。

 それに、


「……アンタを倒さないと、望んだ情報は得られない」


 今更許しを請うつもりは無い。今更良い人ぶるつもりも無い。今更綺麗ごとを抜かすつもりも無い。

 女は殴らない主義?

 手は汚いしたくない?

 ……俺は何があっても、一佳を連れ戻す。

 その為には、幾ら罪を重ねても構わない。

 もう、そうして来た。

 何度も。

 何度も。

 何度も何度も何度も。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も――――っ!


「……『キョウヘイ・タチバナ』。想定より、強い、ですね」


 むくり。ネムは何事も無かったかのように立ち上がった。立ち上がって、無表情のまま言葉を吐く。




「でも、覚えました」




 その瞬間は、ハッキリ言って分からなかった。

 何が起きたのかは、理解も何も出来なかった。

 ただ、腹部に生じた衝撃と。

 後方へ飛ばされた事と。

 そして壁に叩きつけられた事と。

 俺のいたはずの場所に立っている彼女を見て。

 何となく、察した。


「まだ、死なない。……覚えました」


 斧を手に取る。手に取って、ネムは構える。

 構えて、まるで手裏剣を投げるような気軽さで、俺に向けて投擲した。


「クソッ!」


 慌てて避ける。寸分たがわず、首を狙った投擲。あの小柄な体躯のどこにそんな力がとも思うが、魔族であることを考えれば容易いのだろう。何にせよ、間一髪で回避し――――


「そちらに避けると思いました」


 追撃を避けられたのは奇跡的だ。

 避けたその先には、何故かネムがいた。ネムがいて、彼女はラヴィアが捨てた大剣を振りかぶっていた。

咄嗟に避ける方向を変え、ギリギリのところで大剣を躱す。躱して、もう一度蹴りを喰らわす。


「それは、覚えました」


 ガシッ、と。足首を掴まれる。勢いが乗り切る前に止められる。

 完璧なタイミング。体勢が崩れたとはいえ、初対面の相手の攻撃を、ここまで綺麗に止められるか?

 振り払って距離を取るが、酷く呼吸が苦しい。見切られたことに動揺を覚えてしまう。


「キョウヘイ・タチバナ。情報をアップデートします。……次は、外しません」


 ネムは大剣を構えると、その切っ先を俺に向けた。俺の心臓へ、向けた。


「魔人軍第十七位、ネム。……行きます」

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