3-3
人を殴る。
この行為に慣れたのは、キックボクシングを始めてからだ。
だがそれには。ルールがあって、道具があって、審判がいて。
決められた枠があるからこそ、殴ると言う行為を正当化できた。
人に暴力を振るう。
この行為に慣れたのは、一佳が消えてからだ。
アイツを探すために、非合法な事にも手を染めた。殺しこそはしなかったが、培った力を真っ当ではない事に使った。
中には、一生消えない傷を負った者もいるだろう。俺を強く恨む者もいるだろう。
因果応報と言う言葉が実際に作用するなら、俺はいつか報いを受ける。
人を、殺す。
この行為を受け入れたのは、この世界に来てからだ。
ジャック。
殺しをした。殺さなければならないと思った。そこに後悔は無いし、同じ場面に遭遇したら、また同じようにするだろう。
シグレ。
アイツはまだ殺していない。だけど、殺すつもりがあったのは事実だ。殺すつもりで、俺は暴力を振るった。そこに後悔は無く、今度また再会したら、きっと殺すつもりで……振るう。
他にも、人では無くても、魔物や害獣を殺してきた。
倫理観は既にマヒをしている。
今更躊躇いや良心の呵責に惑う事も無い。
奪った命に祈りを捧げることも、弔う事も無い。
そして今も。死人が相手とは言え、俺は手を染め続けている。
これまでの自分の行動を思えば、俺は間違いなく地獄行きだろう。
……まぁ。
だからどうした、という話だが。
■ 妹が大切で何が悪い ■
「……さて、これで何体目だ?」
拳を振るう。恐らくは此処で亡くなった人だろう。その頭部を反対側へ回転させ、動きを止める。
俺の周りには、倒れ伏したアンデッドたちでいっぱいだ。死んだわけでは無いだろう。が、とりあえず急所を破壊すると動きが止まる。そこは生者と同じだ。
アリアの話では、アンデッドは核を破壊すると死ぬらしい。だがその核とやらは、大凡肉眼で判別できるものでは無く、また一個体ごとに場所が異なると言う。きっと完全に動きを止めるには、アリアの様に炎で焼き尽くすか、或いは二度と動かない様にミンチにするか、それくらいまでしなければなるまい。だがそこまで丁寧にする時間は、俺には無い。
「っと」
振りかぶられた剣。一際大きく、そして重たそうな甲冑に身を纏ったアンデッド。その動きにカウンターを合わせ、甲冑の上から殴り退ける。ぺきっ、と。小気味の良い音が相手から鳴り、そのまま巨体が後方へと吹き飛んだ。……相手の中身が骨だけであることを仮定したとしても、随分と俺も変わったものである。
次いで、離れた剣を手に取り、別の骸骨の群れへ力任せに投げる。骸骨共は避ける事も出来ず、剣と衝突し、砕けて倒れ伏した。
後方から別の骸骨が襲ってくるが、避け様に頸椎を砕く。頭部と胴体が分かれ、力なくその場に膝をついた。そのままむき出しの首を、縦に両断する。
「脆いな」
襲ってくるのは殆どが骸骨と、屍人。時々武装したり、体格が良かったり、或いは魔法を使って来る者もいるが、それだけ。この程度の奴らが相手なら、余程ヘタを打たなければ殺されることは無い。
ただ、数が多い。数えることが出来ないくらいに、多い。
此処で戦い続けるのは悪手だ。戦い続けると言うのなら、せめて一方向に限定したい。周囲に常に気を配って戦い続けていては俺が保たない。
では逃げるか?
「絶対追って来るよなぁ……」
森に逃げても、フェロモンがある限り撒くことは出来ない。奴らを撒くなら、川なり湖なりをさがして、フェロモンを流し落とすしかない。だが何処にあるかもわからないものを探し回るのは、この先の事を考えると賭けるに値しない行動だ。それに、探知のスキルでアリアたちを追えるとは言え、無暗に離れ続けるのも考え物だ。
それにしても、またもアンデッド共に囲まれるとは。
いつかの日を思い出し、溜息が零れそうになる。まるであの日の再生だ。
違うところがあるとすれば、過去を回想できる程度にはこの世界に慣れたことだろうか。
「来ないなら、逃げるぞ」
アンデッドとは言えども命は惜しいらしい。最初こそ景気よく襲ってきていたが、今は遠巻きに見ているだけだ。襲ってきていた奴らが倒されるのを見て、恐れでも抱いたか。心なしか、焦りを覚えている様にすら感じる。フェロモンも、所詮は呼び寄せる為だけの物なのだろう。
とは言え、それは彼らの事情なんか俺の知った事ではない。合わせるつもりも、待ってあげるつもりも無い。来ないならこれ幸いに逃げるだけだ。
「どこか……ん?」
森へ向かおうかと考え、すぐに足を止めた。
向かおうとした方向から、悪寒を感じる。それはアンデッドもの群れとは違う、まったく別種の感覚。
言うなれば、黒騎士やシグレと相対した時と同じような感覚だ。
あんなレベルがホイホイいても困るが、事実は事実だ。
そして運の悪いことに、それは俺に向かって近づいてきている。
捕捉されたのは間違いない。
「……やるか」
逃げる、という選択肢もあるが、まだ体力は充分に残っている。やり過ごせるのであればそれに越した事は無いが、時間が経過し、疲労した時に対峙せざるを得ない場合を考えれば、今対峙する方が良い。
俺の察知から遅れて、アンデッド共も気が付いたらしい。恐れや焦りが群れを包み、先ほどまでとは打って変わって散り散りになって逃げていく。……俺に対するのとえらい違いだ。
「あら。逃げない子がいるのね」
そんな事を考えていたら、耳元で誰かが囁いた。
気付かない内に接近を許した?
慌てて振り返るが、誰も居ない。
「遠隔魔法で語りかけているだけよ。でもその反応……鈍いってわけじゃあなさそうねぇ」
品定めをするような語調。
遠隔魔法と言うからには、テレパシー的な魔法なのだろうか。
「あと3分くらいでそこに着くかしらねぇ。死にたくなければ、退きなさい。貴方は目的じゃないし、見逃してあげるわぁ」
一方的な通告。とは言え、いきなり殺しに掛かられるよりは良心的だろう。今までの輩は、大体が通告どころか事前警告も無しに襲ってきていた。
だが、退けと言われて退くつもりは無い。コイツの目的は不明だが、発言からして人の生死に関わるのは間違いない。そしてわざわざこの地に来ている以上、少なからず目的が被っている可能性は高いのだ。
「……気が休まんねぇな」
アンデッド共から追われることは、一旦終わった。
が、俺がアリアたちと合流するには、まだまだ時間がかかるようだ。
■
「私は優しく通告したと思ったんだけどねぇ」
はたしてきっかり3分後。
薄暗い森の中から、俺と背丈が変わらないくらいの女性が出てくる。
黄色系の肌。青色の長髪。豊満な体つきに、それを強調するような服装。顔の右半分には紋様の様なものが刻まれている。
そして眼。言葉とは裏腹に興奮しているのが分かる、蒼玉色の眼。その眼が真っすぐに俺に向けられている。
「ま、無視した貴方が悪いって事で……行くわよぉ」
もう通告は無いらしい。
女性は背に持った大剣に手をかけると、一瞬で俺との距離を詰めた。到着と同時に剣が俺の頭蓋に向かって振り下ろされる。
躊躇いも慈悲も、或いは敵意や殺意すら無い一撃。
邪魔だから殺すと言わんばかりの一撃。
それを左の籠手で、いなす。
「!?」
「フッ!」
短く息を吐き出し、間髪入れずに腹部に右拳を入れる。
狙いは水月。此処を打ち抜けば、大抵の人間は呼吸困難で動けなくなる。
狙い通りに右拳は、相手の柔らかな腹部へと刺さった。
「っ!?」
……いや、刺さり過ぎた。
俺の拳は、相手の水月を打ち抜き、あろうことかそのまま突き抜けた。
温かな液体が腕を濡らし、突き抜けた右拳が外気の冷たさを感じ取っている。
慌てて引き抜こうとし――――
「やる、じゃなぁい」
ニヤリ、と。女性が笑った。笑って、ドロリと身体が溶けた。
何のことか分からずに焦るが、少し離れたところで、再び女性が現れる。地面から出現したかのように上半身から順に形どられて、好色を隠しきれずに笑っている。
「貴方、名前はぁ?」
「……キョウヘイ・タチバナ」
「キョウヘイ・タチバナ……ふぅん、もしかして貴方が、あのキョウヘイ・タチバナかしらぁ?」
あの、というのが何を示しているのかは分からない。だが最近話題になっていると言う意味では、恐らくはそうだろう。
「わぁお、すっごい収穫……つまらない任務かと思ったけど、大当たりねぇ」
嬉しそうに、それはそれは嬉しそうに女性は笑った。だがその笑みが、決して歓迎出来ないモノであることは間違いない。
女性は大剣を捨てると、自らの腹部に腕を突き刺す。そしてズルズルと、長い棒を取り出した。その先には僅かに丸みを帯びた刃が、鈍い光を発している。
大鎌。
まるで死神が持つようなソレを、女性は抜き取り、俺に向けて構えた。
「初めまして。私はラヴィア。魔族って言えば、分かるかしらぁ?」
「魔族……っ」
「そう。それで、先日はウチの馬鹿が邪魔したわねぇ。詫びとお礼をさせてもらうわぁ」
言うが否や、相手――ラヴィアは得物を振るってきた。刃先が正確に俺の首を襲う。
ここは避けるよりもいなして、再び同じように拳を振るおうとし、
「っ!?」
「ざぁんねん♪」
身体が衝撃で跳ばされる。刈り取る様に振り回された鎌に巻きこまれ、俺は地面に強く叩きつけられた。
「私の鎌を防ぐなんて、良い籠手。反応も上々。黒騎士の馬鹿が気に入るだけあるわねぇ」
「黒騎士……やっぱり、アイツの仲間か」
魔族と言う言葉から、そんな予感はしていた。魔族とやらが何人いるかは分からないが、アイツレベルがホイホイいるのが魔人側の実情だろう。
立ち上がり、構え直す。魔人だと言うのなら、障害となり得るのは間違いない。今でなくとも、いづれは、必ず。
「……仲間ぁ? あんなのと同レベルに見られるのは悲しい話ねぇ」
「……違うのか?」
「同じ種族って、だけ。ま、あの若さで第十一位まで行ったのは評価するけどねぇ」
「十……一?」
第十一位。言葉の意味は不明だが、大凡の予想はつく。
「あれで、11番目かよ……っ」
黒騎士は強かった。疲労があったにせよ、俺も、アリアも、ルドガーも倒された。奴にロクなダメージを与えられずに、倒された。
あの強さで、11番目。
何が、魔族を脅かせるほどの強者がいる、だ。
「そいう事よぉ。って事で、正式に自己紹介させてもらうわぁ。魔人軍第七位、ラヴィア。目的は此処にいるネクロマンサーのつまみ食いだったけど、貴方も味見させてもらうわぁ」
「抜かせ……っ!」
言うが否や、ラヴィアは俺との距離を詰めて、鎌で襲い掛かって来る。リーチを無駄にするような所業だが、器用にも持ち手を変える事で、遠近に対応した攻撃を繰り出してくる。
……流石は第七位、ってことか。こちらは相手の攻撃を防ぐので精いっぱいだ。
加えて、どういう原理かは分からないが、俺の攻撃は全てすり抜ける。ラヴィア自身の身体が水性の何かで出来ているせいで、俺の攻撃が効かないのだ。肉弾戦が主体の俺にとっては、かなり分が悪いと言える。
「やるじゃなぁい……噂に偽りは無しって事ねぇ」
キャハッ。嬉しそうにラヴィアは笑みを深めた。攻速が速まり、防ぎきれずに喰らう箇所が増える。息をつく暇すらありゃしない。
七位。これで、七位……っ!
「ほらぁ!」
横凪の一閃。力任せに振るわれた鎌が。左籠手を突く。
ピシッ、と。嫌な音が鳴った。
見れば……僅かとはいえ、罅割れ。
おいおい、これは竜種の素材を使った最高位の防具では無かったのか。
「……厄介だな。本当に」
耐えるのを止めて、攻撃に合わせて跳ぶ。勢いに乗り、ラヴィアから距離を取る。
改めて見ても、籠手にはしっかりと罅が入っている。今のままでも戦えなくはないが、何れは破壊されるだろう。
「その籠手、竜種かしらぁ。良いものだけど、私の武器には及ばない様ねぇ」
「……そうみたいだな」
ヒュン。風を斬る音。ラヴィアが自身の鎌を回した際に出た音だ。
それを連続で行う。風切り音と、風圧で斬れ目が走る大地。刃先が届いて無くとも、得物自体の切れ味でこの芸当だ。身体能力も得物も一級品。コイツと言い黒騎士と言いシグレと言い、事あるごとによくもまぁ化け物染みた奴らと出会うものだ。
「ほぉ、らぁっ!」
掛け声とともに、ラヴィアが鎌を振るう。距離はあるが、即座に俺は跳び退いた。
間髪入れずに、背後の山肌に縦の傷は走る。斬撃を飛ばした、ということか。常識外れにも程がある。
「遠近対応済みかっ」
「そういうこ……とっ」
続けざまに2発、3発と飛んでくる。漫画の世界か、と言いたくなるが、そもそも此処はゲームの世界だ。こう言う事もあるんだろうよ。
籠手で防ぐことも考えたが、防げるのは籠手でガードした場所だけだ。籠手以外の箇所を真っ二つにされれば意味がない。或いは俺の拳圧が斬撃を上回れば相殺は可能だが……ぶっつけ本番でやるにはリスクが高い。
――――拳に魔力を乗せて放つ。それならキョウヘイでも遠距離に対応できるぞ
いつだったかの手合わせの時に、アリアはそう言っていた。軽く練習もした。王国兵が放つ魔法程度ならかき消す事も出来る。
だがこれは規格外だ。
アルマ王国の兵士たちには悪いが、彼らが束になってもラヴィアには敵わないだろう。近づく事すらできずに、斬り刻まれる。そう断言できる。
「チィィイ」
そもそも魔力を練ると言う感覚が俺は良く分かっていない。身体にまとわりつく良く分からない感覚を、拳に乗せた状態で魔法を殴っただけだ。
理論がつかないものを扱う趣味は無い。そんな不確定な事に命は預けられない。
「ほらほら、ほらぁっ!」
相手は景気の良い事に連発してくる。斬撃自体は目に見えないが、地面を抉って来るので、初動さえ分かれば避けれなくもない。流石に放った後に操作とまではいかないらしい。
避けながら、少しづつ距離を詰める。
一瞬でも隙が見つかればイケるが……
「そぉ……れっ!」
鎌が横凪に変化する。マズい。咄嗟に身を屈めると、すぐ頭上を何かが通り抜け、遅れて風が身を打つ。
「良い反応ねぇ♡ 黒騎士が気に入ったのが分かるわぁ」
「そいつはどーもっ」
続けざまに放たれる斬撃。体勢が崩れた今の状態では避け切れない。一か八かで殴りつけるが……
「うおっ!?」
一瞬斬撃が停滞した。停滞して、しかし跳ね返すことは叶わず、逆に俺の身体が弾かれる。少しづつ詰めていた距離が大きく離れてしまう。
……だが、
「弾い、た? へぇ……良いじゃなぁい」
ラヴィアの言う通りだ。俺は彼女の攻撃を不完全とは言え防いだ。
籠手も大きな傷はついていない。鎌の直接攻撃を喰らった時に付いた罅だけだ。
遠距離攻撃は、直接攻撃に比べると威力が低め、ということか。……あくまでも比べれば、だが。
それにもう一つ。
「フッ!」
斬撃を殴る。あの説明のつかない感覚を乗せて、殴る。
やはり斬撃は一瞬停滞し、今度は距離のせいか、俺の体勢かは分からないが、斬撃の方を弾いた。
「……あはっ♡」
その様相を見て。
ラヴィアは笑った。今までもよりも濃く、強く。
それは嬉しそうに、笑った。
■
「貴方、今まで見た人間の中で、ダントツに強いわぁ。……人間でいるのがおかしいくらい」
「そりゃぁ……どーも」
「フフッ、イイ子。……ますます人であるのが、惜しいわねぇ」
鎌を納める。自身の身体の中に、また仕舞う。
そして何の警戒も無しに、俺に向かって歩いてくる。
「警戒は解いても良いわよぉ。今は攻撃するつもり無いからぁ」
するつもりがない、という言葉を信じる程俺は善人じゃない。構えは解かず、ラヴィアの一挙手一投足に注視する。だが歩みに何の警戒も無く、彼女はすぐ前まで歩み寄る。
距離は、ほぼすぐ目の前。
一歩踏み込めば、ゼロ距離に出来る程の近さ。
「ふぅん……レアスキル持ち、なのねぇ。しかも複数の呪いが混ざっている……」
じろじろと見て、冷静に感想を述べてくる。先ほどの戦闘時の喜色に溢れた表情とは違い、あどけなさが残る可愛らしい顔つき。そこには一切の戦意が見られない。この間に殴るべきかどうかを迷ってしまう程に、あまりにも無防備だ。
……ん、呪い?
「……貴方って、結構女性運悪いタイプかしらぁ?」
「いきなり失礼だな……と言うか、呪いって?」
「言葉のままよぉ。どれも女性が関わっている……ざっと見るだけで4人分、ねぇ」
4人?
俺が? 何故?
「……破滅させるってやつじゃなくてぇ……貴方を外敵から護る、って感じのが2つ。マーキングみたいなのが1つ。最後の1つはイーリスのものねぇ」
訳が分からない情報が重なる。俺の知らない内に何が起きているのか。というか……イーリス? 誰だそれは?
「顔も結構タイプだし、実力も充分。私でなくても、そりゃあ夢中な女の子もいるわよねぇ」
人が混乱している傍で、何故かラヴィアは舌なめずりをする。そして手を俺の頬に添えると、笑顔を浮かべてとんでもない言葉を発した。
「ねぇ、私と子作りしなぁい?」




