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3-2

20/4/12 誤字脱字修正

 結論は最初から出ていた。

 今更、何も悩むことも無い。

 やるべきとをやる。

 それだけだ。




「到着しました」


 AM10:00。

 特別に雇った馬車に乗って、俺たちは懐かしの場所に来ていた。

 フェルム王国第三禁足地、『屍人の森』。

 相も変らぬ黒々とした森が、目前には広がっている。


「では、これで」

「すまない、助かった」


 御者は挨拶もそこそこに、俺たちを降ろすやいなや、来た道を戻って行った。

 この場に長くは居たくないのだろう。

 金を受け取り、相応の責務を果たした以上、客のその後など知ったこっちゃないって事か。


「ここで合ってるのか?」

「はい、確かに」


 アンドレアスさんはその場に膝をつくと、何かを拾い上げた。

 木片。

 それも丸みを帯びた、人工的な造り。

 車輪の破片だ。


「ここで襲われました、記憶が正しければ、そのまま真っすぐに中へ」


 示した先は、道らしい道の無い、自然のままの世界。

 人を拒絶するかの如き威圧感。

 本能に訴えるような圧迫感。

 それは敵意があると錯覚をしてしまう程。

 ……だがこの中に入らなきゃ何も始まらない。











■ 妹が大切で何が悪い ■











 昔聞いた事がある。狩人は、折れた枝や、踏みしめられた草、土に付けられた跡だけで獲物を追うことが出来ると。

 ……だが。そんなのは素人じゃ分かりっこない。

 今日改めて、その事実を思い知った。


「こっちだな」


 今回俺たちは、アンドレアスさんの依頼を遂行するために、狩人出身の冒険家とパーティーを組んでいる。

 ラッツ・ヤボット。

 依頼内容を聞き、殆どの冒険家が断る中で、唯一同行を承諾してくれた、俺たちと同じくらいの年齢の男性。

 前払いな上に相場の3倍近い金額を請求されらしいたが、狩人出身というだけあって、素人目には一切違いの分からない道なき道を、自分の庭に様に迷いなく先導してくれる。

 ……ちなみに、らしい、と言うのは、昨夜の内にアンドレアスさんが俺たちに断られることを考慮して、他の人にも依頼をしていたからである。そんなわけで俺とアリアが彼と出会ったのは、つい数時間前が初めてなのだ。


 ――――今話題の冒険家と同行するなら大丈夫だな!


 人を見るやいなや、楽天的な発言をされた身としては、彼の能力に不安があったのだが、此処までの動きを見るにどうやら杞憂で終わりそうである。一応馬車の中で獲物を追う際の知識を教わってはいる。が、全くと言っても良いほど素人目にはその痕跡とやらが分からない。アリアも兵士時代に基本技能として学んでいたらしいが、様子を見るに彼女も彼ほど痕跡を追えていない。彼がいなければ、間違いなく迷って終わりだっただろう。


「……こんな程度じゃ、判別できる自信はねぇな」


 草を踏む。離した瞬間は足跡が残るが、数秒もしない内に周囲の景色と同化した。此処は踏んでいた、という記憶があるから分かるが、そうでなければ分からない。加えて太陽光を遮るような鬱蒼とした森の中。悪条件は重なっている。


「おっと。そこ、気を付けて。巨大ナナフシだ。コイツ自体に害は無いが、触ると無駄に動き回って、別の問題を誘発する可能性がある」

「どこに?」

「左のそれだ。一見するだけじゃあ分からないだろ。俺の後をついて来れば大丈夫だ」


 ……ダメだ。全然わからない。とりあえずラッツの後を付いて行くが、件の巨大ナナフシは景色に同化し過ぎて、全く判別がつかない。よく見わけがつくものだ。

 列はラッツを先頭に、アリア、アンドレアスさん、そして俺の順。森の中、それも禁足地という悪条件が重なる中、存外アンドレアスさんはペースを落とさずに歩いている。これは嬉しい誤算だ。冒険慣れしていない一般人という事で、もっとペースが落ちるだろうと、俺とアリアは予想していた。

 そして予想外は、もう一つ。


「思ったより魔物が出ないな……」


 屍人の森と言われるだけあって、此処はアンデッド系の巣窟だという。遥か昔の大戦時に犠牲になった者たちが、今なお消えない怨念を宿し徘徊する土地。しかしそんな大仰な名前ながら、肩透かしを食らう程に、全く魔物の気配がしない。


「まぁ盗賊団の跡を追っているからな。もしかしたら魔物の縄張りを上手い事避けているのかもしれない」


 それも理由の一つとしてあるかもしれない。前向きの捉え方をするならば、その可能性は寧ろ大いに高いだろう。此処を根城にしているのなら、危険性の回避方法だって分かっていて然るべきだ。

 怖いのは、これが何の理由もない偶然でしかなかった場合。そして囲まれるほどの大群に襲われてしまった場合。

 戦闘は俺とアリアが行うが、全てを引き受けられるわけじゃない。ラッツは彼自身とアンドレアスさんの事は、出来る範囲で護衛をすると言ってはくれている。が、それが叶わなくなるような状況に陥った場合は……いや、そんなこを今から考えても仕方が無い。


「チッ……」


 どうも思考がマイナスな方面に舵を切りそうになるのは、この地が俺にとって苦い思い出の地だからか。

 死んだ皆。初めて見た竜。怖気を感じる程のアンデッドの群れ。訳が分からないままの状況。

 忌々しいが、良い思い出があるとは言い難いのが事実。

 とは言え、まだ訪れるかもわからない未来に気を揉み、疲れる事態に思いを飛ばして疲れるなど意味のない行為だ。疲れの自給自足。究極に生産性が無い。


「しっかりしろよ……」


 前を行く皆には聞こえない様、そっと零す。

 あれこれと考えて行動できるほど俺は器用な人間じゃない。そんなことは俺自身が一番よく知っている。

 今俺が出来ることに、全てを注力する。それだけだ。











 警戒とは裏腹に、俺たちは魔物にも盗賊団にも遭遇することなく、森を抜けた。

 途中で何度か休憩を挟んだため、入ってから3時間は経過しただろうか。何にせよ、無事に抜け出られたのは喜ばしい事だ。


「……足跡はこのまま真っすぐ進んでいるな」


 で、だ。森を無事に抜けたところで、次に進むは目の前の山脈らしい。ご丁寧に、俺でも分かるくらいに無数の足跡が山に向かって伸びている。


「この先、ですか……」

「ああ。……引き返すなら今の内だぜ、アンドレアスさん。足跡を追うなら、隠れる場所の無い道を進むことになる。しかも見た感じ、かなり足場は細い。……お勧めはできないね」

「……それでも、私は進みます。アンナ様を助けなければ」

「命の保証は出来ないぞ。……俺はヤバそうだったらすぐに引き返す。死にたくはねぇ」


 ラッツの判断は正しい。彼は雇われの身ではあり、金も前金でもらっている。無理に付き合う必要は無い。寧ろ此処まで来て、尚も可能なら手助けをしようとする辺り、かなり良心的と言える。


「構いません。私は、それでもアンナ様を助けたい」

「……アンタらはどうなんだ? まだ付き合うのか?」

「まぁ、な」


 流石に此処まで来て見捨てるのは目覚めが悪い。最後まで協力はするつもりだ。

 ……それに、アリアの元の目的もまだ分かっていない。せっかくの機会だ。逃すつもりは無い。

 尤もそんな俺の心情など知る由も無く、ラッツは思いっきり溜息を吐いた。


「……仕方ねぇな。けど悪いが、戦闘は一切しねぇ。こっからは、跡を追う事だけに尽力する」

「それで充分だ。戦闘は私とキョウヘイがする」

「……死んだらお終いだぞ。まぁ、いいけどさ」


 不承不承、と言った体でラッツは先頭を行――――こうとして、足を止めた。いな、止めさせられた(・・・・・)


「急くな」


 アリアがラッツの首を掴み、無理矢理後ろへ移動させる。代わりに俺が前に出て、ラッツ目がけて飛んできた矢を折る。


「うわっ!?」

「おっと」


 焦るラッツ。

 冷静なアリア。

 矢が飛んできた方向へ目を向けると、何者かが岩陰に隠れたのが見えた。


「盗賊団か」

「だろうな。1人、と言ったところか」


 矢の追撃は無い。他の場所から飛んでくることも無い。目的は不明だが、少なくともこの状況で矢を放つ辺り、味方となりえる存在ではない事は確かだ。


「……ここら一帯の警備担当か?」

「恐らくはそうだろう。……だが、1人か」

「どうした?」

「いや……1人、というのが気になってな」


 腑に落ちない、と言いたげにアリアは眉根を寄せた。


「仮に盗賊団で、且つ腕に覚えがあったとして……それでも、1人で一気に4人を相手取ろうとするか?」

「……俺なら、相手の動向を見るな」

「私もそうだ。少なくとも、気付かれるようなことはしない。仮に相手取るなら、1人ずつ着実に減らせるタイミングを窺う」


 あまりにも短絡的で考えなしの行動。とても狡猾で悪名高い盗賊団の一員がしでかすような行為ではない。そう、アリアは言いたいのだ。


「功を焦った、と言えば辻褄が付かなくも無いが、納得しがたい」

「最悪を想定するなら、俺たちを狙う以外の目的があった、と見るべきか」

「……その考えで正解だぜ」


 ラッツが苦々し気に言葉を吐く。彼は先ほど俺が折った矢を手に持ち、その先端に付いた液体を布でぬぐい取った。


「この矢、集合性フェロモンがついてやがる」


 フェロモンというからには、何かを引き寄せるのだろう。加えて集合性という言葉。何かをおびき寄せるのだろう。そしてこの場でおびき寄せるものなんて、一つしかない。


「アンデッドをおびき寄せるのか」

「おそらくは、な」


 布を嗅がせてもらうが、何も臭わない。アンデッドの本能を揺さぶる代物なので、きっと生きている人間には判別がつかないのだろう。


「そうすると、折った俺にはそのフェロモンの飛沫がついている、って事か」

「ああ。高確率でそうだ」


 コイツは痛い罠だ。そして漸く相手の目的が読めた。

 フェロモンに浸した矢を侵入者に刺して、フェロモンを付ける。侵入者は負傷した上、アンデッドに襲われるから、探索どころではない。負傷しなくても、俺の様に防ぐだけで飛沫は付着するから、どっちにしろアンデッドに襲われる。盗賊団たちは、全く労力を使わずに、侵入者を排除できるって寸法だ。


「……すまないが、俺には身体のどこに付着したかもわからねぇ。水で洗い流す事も出来ねぇな」

「してやられたってわけか」

「この手の代物は、そこまで持続性が強いわけじゃねぇ。早くて半日、遅くても1日で消えるはずだ」

「1日、か……長いな」


 非戦闘員とともに、この先を進むには、あまりにリスクが大きい。しかしそうは言っても、1日経つまでこうやって過ごすわけにもいかない。


「その矢と、あと布をくれるか?」

「あ、ああ」


 ラッツから矢と、フェロモンを拭い取った布をもらう。そして矢は懐に入れ、布を腕に巻き付ける。


「俺が囮になる。アリア、2人を頼めるか?」

「……別行動、ということか?」

「ああ。不服だが、それしかないだろう」


 リスクを考えるなら、そうせざるを得ない。敵を無暗に増やすわけにはいかない。


「先に行ってくれ。俺はあっちの、相手が射ってきた方へ向かう」

「キョウヘイ……」

「俺は問題ない。1人だから行動しやすいくらいだ。……そっちこそ、大丈夫か?」

「……平気さ。ああ、平気だとも」

「じゃあ、悪いが任せる。アンドレアスさん、自分は一旦別行動をとります。後でまた会いましょう」

「はい……」

「ラッツ。悪いな」

「俺はいいけど……チッ、死ぬんじゃねーぞ」


 時間が無い。森の奥から嫌な気配が膨れ上がっていた。いつかの日に感じた気配。確実にソレは、此処へ来るだろう。


「じゃあ、また……ッ」


 返事は聞かない。聞く暇も無かった。

 続けざまの、第二矢。

 それを右拳で真正面から殴って破壊する。

 確かに、何か水滴の様なものを感じた。

 ……相手は此処に俺たちを縛り付ける気でいるらしい。


「行けっ!」

「ああ!」


 視線は合わせない。その必要もない。

 力強い言葉を聞ければ、それで充分だった。











 矢が射られる。

 折る。

 矢が射られる。

 折る。

 矢が射られる。

 折る。

 都合三度。俺が射手の元へ向かうまでに射られた回数だ。

 相手はもう隠れる気が無いのだろう。岩陰から出ると、俺に向かってただ射って来る。俺の頭を狙った、正確無比な射撃。矢を抜き、フェロモンの液に浸し、それから番えて、放つ。その流れを、機械的な動きで繰り返している。


「っとぉ!」


 逃げないのは良い傾向だ。距離を詰め、四度目が放たれる前に相手を殴り、押し倒す。そして腕を極めると、その頭を地面につけ、動けないように固定する。


「……で、あんたはデジャス盗賊団の1人で良いか?」


 問うまでも無く、この現状であれば十中八九そうだろう。99%の疑惑を100%の確信に変える為だけの問いかけ。

 ……だが、


「っ!」


 ブチッ、ブチブチブチ。

 筋線維が切れる音。腕を極めているにも関わらず、相手は無理矢理に動き始めた。当然、腕は変な方向に曲がり続ける。激痛が走る筈だが、意にも介した様子が無い。


「この……っ」


 人外の様相だが、此方が力を緩めるわけにはいかない。相手は俺を殺すつもりで襲ってきたのだ。わざわざ情けを掛けることは無い。

 髪を掴み、一瞬引き上げ、もう一度地面に叩きつける。しかしそれでも、相手は呻き声一つ上げない。それどころか、より抵抗が激しくなる。


「……恨むなよ」


 極めていた腕を折る。それから、これ以上動けない様に、両足も折る。情報を引き出したいので、まだ殺しはしない。最終的には殺すが。……この世界に来てから、倫理観が大きく変化しているが、今更その是非を問うても仕方が無い。

 それより、


「……まだ動くか」


 自由に動かせるのは左腕だけ。もう立ち上がる事も出来ない。出来てはいずり回る事だけだが、それすらも激痛の筈だ。

 にも関わらず。尚も相手は動いている。

 呻き声を一つも上げず、痛覚も無視して、まるで屍人の様に――――屍人?


「……マジか」


 嫌な予感を確かめるべく。頭を掴んで、引き上げる。そして思わず溜息を吐く。

 殴った時は籠手越しだから気が付かなかった。組伏せた時も、服越しだから気にもしていなかった。

 だけど今。こうやって相手の顔を見て、肌を触って。そうやって確かめることで、疑念を確信に変える。


「屍人……いや、アンデッドか」


 今まで見た屍人は、皆呻き声を上げながら徘徊していた。土気色の顔に、白目、そして真っ赤に染まった口元。

 だが今回のは違う。

 顔色は血の気の無い白色。一切温度を感じられない冷たい肌。脈は無い。鼓動を感じられない。そして眼。何も映していない、虚ろな目。

 種類は不明だが、アンデッドの分類であるのは間違いない。

 これでは情報を聞き出す事も出来ない。


 ――――ビチャッ


「……おいおい」


 ……しまった。完全に意識から外していた。

 アンデッドは唯一動く左腕で、俺に集合性フェロモンをかけてきた。小瓶に入ったそれが、丸々足に付着する。多少洗い流す程度では、落ちやしないだろう。……ますますアリアたちとの合流が遠のく羽目になった。

 ハァ、と。盛大に溜息を吐き出す。

 今の状態でアリアたちは追えない。どうにか別のルートを行く必要があるが……


「まずは、生き残るところからか」


 振り向きざま裏拳を喰らわす。

 背後に忍び寄っていたアンデッドの首が吹き飛び、首なし死体が崩れ落ちた。

 ……その死体の向こう側には、此方に向かって来る別のアンデッドたち。


「やってくれたな」


 忌々し気に睨み付けても、もう遅い。

 何者かの罠に嵌められた。

 それだけが、事実だ。



おまけ


ラッツのプロフィール

名前:ラッツ・ヤボット

年齢:18

種族:人間

性別:男

出身:フェルム王国

クラス:狩人

好きなもの:ちゃんと調理された鶏肉料理全般

嫌いなもの:ただ焼いた肉

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