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※20/2/14 誤字脱字修正
※20/3/23 誤字脱字修正
伝えたいことは沢山ある。
言わなければならない事も、沢山。
だがその殆どは、今は必要ない事だ。
「あれが魔石だ」
「分かった」
今一番にしなければならない事は、魔石の破壊。今はまだ出て来ていないが、魔石が順応し終わった今、いつシグレや怨念が来るとも分からない。
俺の一言だけで汲み取ったのだろう。アリアは承諾の意を示すと、大剣に炎を纏わせ、魔石に向かって振るった。大剣が魔石を両断し、炎が柱となって飲み込み、燃やし尽くす。
炎が晴れた後には、何も残っていない。広々とした空間のみ。通ってきた穴は消えた。あの出来事が嘘のように思えるほどの呆気なさ。シグレが来ることも、怨念どもが来ることも。もう、無い。
「これで後は出るだけだな。……さぁ、排出されるぞ。掴まれ」
「……排出?」
「ああ。……あれ、言ってなかったか」
至極意外そうに言われるが、何も俺は聞いていない、言われていない。言葉の響きと言い、アリアの発言と言い、さっきまでとは別種の嫌な感覚が頭を過る。何と言うか……アリアは割と説明足らずの面があるのだ。
「……まぁ、いいか。何事も経験だ」
「いや、説明は必要――――」
ああ、またかよ。ダンジョンの鳴動で、無理矢理口を閉ざされる。結局は説明不足のまま、本番に突入する羽目になるという事か。
せめてもとミリアの遺体を強く抱きしめる。
排出と言うくらいだから、きっと吐き出されるんだろうな。
そんな諦めに似た予感に、溜息が出てしまった。
■ 妹が大切で何が悪い ■
魔石があったあたりの場所から、いきなり黒い靄が噴き出たのは覚えている。反応する間もなく、濁流の様な靄に飲み込まれ。次に目を開いた時には、既に外に出て――いや、落ちていた。
「う、お、おおっ!」
咄嗟に空中で身体を捻る。足から着地はするものの、勢いは止められそうにないので、そのまま後方へ転がる。こんなのは初めての経験だが、身体は考えた通りに動いてくれた。疲れ果てているせいか、余計な力の入らない、理想的な動きだった。
緊張を息に乗せて吐き出す。
結果だけ見れば良かったが、心臓に悪すぎる。
今度からは、しっかりアリアに説明を求めなければ。
「大丈夫か」
「……ああ」
……まぁ、とりあえず文句は後で良いか。
見上げた空。久方ぶりの本物の太陽。風。新鮮な空気。
1日も経過していない筈なのに、感動を覚えるくらいに嬉しくて仕方が無い。
「さぁ、とりあえずは報告をしようか。立てるか」
「大丈夫だ、立てるさ」
「そうか。……ちなみに、その女の子はどうするつもりだ?」
そう言ってアリアはミリアを指し示した。まだアリアにはミリアの事を話していない。彼女からすれば、俺は見知らぬ女の子の遺体を、大切に抱いているようにしか見えないだろう。……だが事情を話すには、少々時間が掛かる。
先に魔石破壊の報告をしよう。そう言うとアリアは二つ返事で頷いた。そう簡単に把握できる事情ではない事を察してくれたのだろう。まだ何をどこからどこまで話すかすらもまとまっていない身にとって、アリアの察しの良さには感謝しか無い。
「先に行っててくれ。すぐに追う」
「……そうしたいが、ちょっとそう言う訳にはいかなそうだ」
「?」
「見てみろ」
促されて、周囲に目を向ける。
……武器を構えた兵士たちが、俺たちを警戒するように取り囲んでいる。
ダンジョンから排出されたことに驚いている、というわけではなさそうだ。
「……何でこんなに警戒されているんだ?」
「皆目見当がつかないな」
「まさか魔物に間違えられているとか、そんな事は無いよな?」
「安心しろ。私の目の前には、惚れそうなくらいにイイ男がいるぞ」
「そうか。俺も惚れそうなくらいにイイ女が見えるな」
戯言を零しつつ、周囲を把握し直す。阿呆な会話でも、緊張を緩和させる程度には役立つ。
問題は武器を構えた兵士たちだけじゃない。
ダンジョンに入る前には無かった高台。砲撃の準備。空を飛んでいるのは魔法使いだろうか。そして居並ぶ兵士たちの中でも一際目立つ、赤色の甲冑を身に着けた兵士たち。そのどれもが、俺たちに対して警戒心を抱いている。こんなボロボロの様相の俺たちに対して、だ。
一方的に警戒される意味は分からないが、今のこの状態で敵対をする事が好ましくない事は、火を見るよりも明らかである。戦闘に及ぶのは回避したいところだが……
「アリア。とりあえず、あの赤色の兵士たちに事情を説明をしよう」
「……」
「……アリア?」
「……え? あ、うん。分かっているともさ、うん」
……何故か取り乱しているアリア。怪訝には思うが、今この場で問うには状況が悪すぎる。
「ああ。分かった。とりあえずこちらの事情を説明しよう」
アリアの異変は深呼吸一回で元に戻ったらしい。見慣れた様相で、俺を待たずして彼女は先へ行った。一先ずは……大丈夫、だろう。多分。
さぁ、もうひと踏ん張りだ。
身体は悲鳴を上げている。休息を欲している。食事を、睡眠を、回復できるものを欲している。これ以上の運動は望んでいない。
そんな内側の欲求をしまい込む。蓋を閉めて、聞こえないふりをする。
俺が今しなければならない事は何か。やらなければならない事は何か。
当然、欲求に従う事ではない。
「あとちょっとだ」
状況の解明。魔石の破壊報告。アリアへのミリアの説明。
それが終わったら、ミリアを葬ろう。
彼女の故郷に連れて行くことは叶わないが、せめて手厚く葬ってあげたい。
俺が休むのは、それからでいい。
■
ダンジョン攻略の報告は恙無く終わった。
ミリアの説明も、葬送も、恙無く終わった。
全て恙無く、終わった。
ダンジョン攻略の報告は、兵士たちの警戒が嘘のように、身分の紹介一つでスムーズに進んだ。
シグレの時にも思ったが、どうやら俺が考えている以上に、この世界では魔族を斃したという事実は大きな意味を持つらしい。
要は。俺とアリアの名は、知らない内に大きく世間に広まっていた。
『聖女』以外で魔族に対抗できる、数少ない存在として。
「イーリス教に携わる者以外で魔族に対抗できるのは、少ないんですよ!」
兵士の1人が興奮気味にそう話してくれた。
この世界には魔族に対抗できるような人間に、二つ名がつけられるらしい。
『聖女』、『炎帝』、『鬼神』、『氷眼』……
二つ名は本人の戦闘方法や、特徴などを踏まえて付けられるらしい。アリア曰く、俺たちにもいずれは二つ名が付けられるとか。今回のダンジョン攻略で、その可能性はほぼ確実だと言う。
……事情は置いておいても、有名になる事は有難い話だ。名が広まれば、得られる情報も増える。一佳に出会える可能性は高くなる。
一方で。
良い話だけ終わる筈も無く、ダンジョン攻略時に、予想外の出来事があった。
ダンジョン内外での、時間の経過の違い。
俺とアリアは1日も経過していないと考えていたが、外では実に20日もの日数が経過していた。
外に居た兵士たちは、いつ魔石が順応し終わり、高ランクの魔物や魔族が出てくるかもわからない中、急ピッチで迎撃拠点の整備をしていたのだ。
そりゃそんな中でダンジョンがおかしな動きをすれば警戒心が先立つ。
排出された俺たちが人間に見えても、彼らが警戒心が解けなかったのはそれが理由だ。
さらに加えてもう一つ。
彼らは特級危険人物である、『鬼神』がダンジョン内に入った事を知っていた。
『鬼神』、シグレ。
かつての英雄と同じ名を持ち、奇しくも同じく隠里の出身である女剣士。
多くの魔族を屠る実力持ちながら、強い存在を斬りたがる危険人物であり、魔族も、人も、獣も、竜種ですらも、彼女はかまわず手に掛ける。
故に、『鬼神』。
一種の災害。
……俺も厄介な人物に狙われたものである。あのまま魔物側の世界にずっといてくれればいいのだが……
ミリアの説明と葬送は、俺が想像していた以上に簡単に終わった。
何なら呆気なさすら覚えた。
……それだけこの世界では、人が死ぬという事は身近な出来事なのだろう。
アリアへの説明は兎も角。兵士たちへの彼女の説明も、葬送の助力の依頼も、全ては事務的とも言える単純さで終わった。
魔菌に侵され屍人として蘇らない様、火葬の後、慰霊碑にミリア・パルムの名前が刻まれる。
それだけだ。
「名誉な事さ」
ミリアの火葬の日。
アリアは顔色一つ変えずにそう言った。
……名の知れた人物ですら消息不明になる事も多いと聞く。アリアの言葉は事実だ。ダンジョン攻略の日、排出されたのは俺たちだけ。生きていれば魔物ですら排出されるが、死んでしまえばダンジョンと共に消滅する。
ミリアの他の仲間も、俺たちより先に入った冒険者も、後に入った冒険者も。彼らは待つ人々に、自身が死んだこと以外、他には何も残せていないのだ。
火をつけられた柩。立ち上る煙。天へ伸びる白い道に、ただ黙とうを捧げる。
せめて安らかに。
それが俺の出来る全てだった。
ミリアの火葬が終わった日。
俺とアリアは泥の様に眠りこけた。
せっかく買った正装を脱ぐこともせず、マノの街にあるギルドの客用の寝室で、ひたすらに寝た。
部屋が一つしかなく、ベッドも一つしかないにもかかわらず、俺たち2人は同じベッドで寝た。
……正直に言うと、記憶はほとんどない。
部屋に案内された。そこまでは覚えている。
気が付いたら。ベッドで。俺たちは似たような寝ぼけ眼を突き合わせていた。
何度かギルド職員の方が訪ねてきたようだが、俺たちの状況を見て、すぐに回れ右したらしい。
有難い空気の読みっぷりのおかげで、実にぐっすりと良く眠れた。寝すぎて頭が重いくらいだった。……その後のアリアとの気まずさについては、言及するまでもないだろう。
■
ダンジョン攻略を果たした俺たちには、ギルドからのクエスト達成報酬とは他に、依頼元であるアルマ王国からも特別褒章が出るらしい。
ありがたい話だ。これでダンジョン討伐時に目論んでいたことが現実に近づいてくる。
魔族を斃し、ダンジョンも攻略した。つい先日には、ルドガーとクシーの推薦もあり、俺もアリアもギルドのランクがAランクになった。加えてアルマ王国から、褒章と言う名のお墨付きをもらうことが出来る。イーリス聖教国の中心部へ行くには、まだすべての条件を満たせたわけじゃないが、それでもかなりの進歩だ。
という訳で。
今俺たちは、アルマ王国の首都であるデニオスにいる。
滞在しているのは、マノと同じように貴族用の邸宅。
無駄に広い上に、マノ以上に内装は煌びやかで豪華だ。
泊めてもらったところに申し訳ないが、全く落ち着かない。
「貴族の宿泊用の邸宅だ。どうやら相当にアルマ王国は恩義を感じているようだな」
アリアはそう言うが、彼女自身も全く落ち着いていない。決して浮かれているわけでは無い。俺と同じで、生来からこういうのが合わないのだろう。目を瞑って腕を組み、自身の腕を人差し指で規則正しく打ち続けている。
ちなみに邸宅内には俺たち以外に、給仕係が5人いる。他にも4人の兵士が入り口を護っており、交代制で必ず誰かしら入る。……気持ちは有難いが、実に無駄だ。平凡なサラリーマンの目線からすれば、兵士の育成や防衛設備の強化など、こんなところ以外に金を使うべきところは幾らでもあるように思う。……そんな事、考えても仕方ないが。
「話が終わった後、どうする?」
「一度フェルム王国へ戻ろう。そこでギルドの推薦を取り付ければ、後は3つだ。どの国をその次に行くかは、また相談をさせてくれ」
『聖女』に会うための条件の一つである、5つ以上の指定ギルドからの推薦。アルマ王国からはダンジョン攻略の件で、フェルム王国からは魔族撃退の件で、推薦を貰える可能性が高い。まだ見ぬ街での評価よりも、可能性の高い方から済ましていくのは当然の選択だ。
アリアも異論はないようで、分かったと、了承の意を示してくれる。
しかしまぁ、何と言うか……こう考えると、5つ以上の指定ギルドからの推薦は、かなり厳しい条件だ。わざわざこうやって条件が出される辺り、イーリス聖教国から各地のギルドへ話が言っているのは絶対だろう。かなり厳しめに実績を見られるに違いない。今回のダンジョン攻略の様に、文句のつけられる余地のないような、目立ったクエストを各地で受注できればいいが……
「……上手くはいかないか」
「キョウヘイ?」
「すまん、独り言だ」
先の事を考えすぎても仕方が無い。まずは目の前の事を、一つずつ。逸る思考を無理矢理に押さえつけて、一旦落ち着かせる。急いても事が良くなることは、殆ど無い。
「手合わせでもするか」
「アリア?」
「悩み事があるときは動くのが一番だ。そうだろう?」
……アリアの言う事にも一理ある。身体を動かして気分を楽にするのは、この世界に来る前にもやっていたことだ。
「……そうだな。それもありか」
「む? 意外とノリが良いじゃないか」
「じっとしていても腕が鈍るだけだしな」
ダンジョンから帰還後は、殆ど戦闘をしていない。筋トレやランニングなど、1人で出来るトレーニングばかりだ。アリア程の実力者が手合わせをしてくれると言うのは有難い話である。
「よし。じゃあ、早速やろうか」
「早いな」
「ルールは……足の裏以外が地面に付いたら負け、で良いか?」
「ああ、いいぞ。じゃあ、中庭でやるか」
貴族用の宿泊用邸宅なので、当然ながらトレーニング用の部屋は無い。手合わせをするなら、中庭以外の場所は無いだろう。
そう考えて中庭へ向かおうとし――――
「私は、早速、と言ったぞ?」
手を取られ、足を絡ませられる。完全に不意を突かれ、俺は簡単に尻もちをついてしまった。
「承諾もしたな。……全く、気を許し過ぎだ」
アリアはわざわざ倒れている俺の側に腰を下ろし、笑いながらそう言った。一切の毒気の無い、年齢相応とも言える笑み。
「少し落ち着くといい。……なんなら……一緒に、寝るか?」
「……顔を赤くして言う事じゃないだろう」
「……そっくりそのまま返そうか」
「……」
「……」
「……今日は、もう、寝るか」
「……そう、だな」
おまけ
シグレのプロフィール
名前:シグレ
年齢:?
種族:人間
性別:女
出身:隠里
クラス:剣士
好きな得物:刀全般
嫌いな得物:棍棒や大槌など、斬ることが出来ないもの




